断章:わかりやすい解決策
「ふぅ…………」
何処でもあり、何処でも無い場所。世界の管理に一区切りついたところで、アレは小さく息を吐いた。といっても、勿論物理的に呼吸しているわけではない。何となくそういう気分になったというだけだ。
世界の管理は、順調にいっている。ソレを封印して以来、自らを脅かすような存在が新たに誕生することもない。まあ当然だ。あんなものがホイホイ出現するようでは、世界の管理などとてもやっていられないだろう。
ちなみに、今のアレはヒトのような形をしている。数百程度の世界を管理する時には、二足二腕に胴体と頭という体が都合がいいのだ。必要ならば腕や頭を増やす余地もあり、色々融通の利くこの姿はアレのお気に入りでもある。
そして、アレの感情は己が取っている形態にわずかながらも影響される。ヒトの形をしているときは何となくヒトのような気分になり、普段は気にもとめていない小さなモノに意識を向けることがあった。それは今回も同じで、何気なく覗き込んだ世界で無力に嘆く幼子に、気まぐれに自分の力をほんの少しだけ分け与えてみた。
するとどうだろう。幼子はヒトの身を遙かに超えた力を身に付け、その圧倒的な力で襲い来る理不尽を蹂躙し尽くした。その光景を目にし、アレはうんうんと満足げに頷いて……すぐに興味を失った。
後はどうなろうと、アレの知ったことではない。善も悪も同じ欲であり、ヒトが欲に溺れるなど必然。流石に世界を壊されるとやや面倒ではあるが、今与えた力ではそこまでのことはできるはずもないので心配する意味もない。
「ふむ、今日はいいことをしたな」
力が欲しいと望んだモノに力を与えた。他者の望みを叶えるという行為に小さな満足を覚えたアレは……そこでふと、少し前にも自分の力を分けていたことを思い出した。そしてそこにいるソレのことも。
「……………………確認してみるか?」
正確には、アレは何かを忘れたりしない。が、意識を向けないことで考えないようにすることはできる。意外に思うモノも多いが、アレには小さきモノと同じように感情があり、嫌なことから目を背けたりもするのだ。
できることなら、そのままもう一度意識の奥に眠らせておきたい。が、一度意識してしまったからには放置するのも気持ちが悪い。それでも自分の力を送り込んでおいたのだから、今頃は問題も解決し、あわよくばソレが消滅しているかも……などと楽観しながらソレの封じられた箱の前に己を顕在させ……そこにあった光景に、アレは思わず絶句してしまった。
「なっ…………!?」
封印の箱が、パンパンに膨れ上がっている。これでもかと堅牢に作った故に壊れたりはしていないが、だからこそ内側からの膨張に歪むことなどないはずの側面がわずかに歪み、ちょっとした刺激を与えるだけで爆発してしまいそうだ。
「何だこれは!? 何故こんなことに!?」
その不可思議な状況に、アレは激しい混乱を来す。当たり前の話だが、こんな事態は想定していない。というか、そもそも何をどうするとこんなことになるのかがアレの万知を以てしてもすぐには理解できない。
「まさか魔王が復活した……? いや、それは無い」
いくらアレが意識から遠ざけていたとはいえ、ソレの復活に気づかないことなどあり得ない。そもそもソレが復活したならば、こんな箱など簡単に終わらせて外に出てきていることだろう。
「だが、ならばこれは一体……? くっ、確認してみるしかあるまい」
本当は触れるのも嫌だ。何もかもなかったことにして、事象の地平線の向こう側に放り出しておきたい。
だが自分がやったことなのだから、そういうわけにもいかない。アレはやむなく二度と開くまいと思っていた箱の蓋を開く……前に、ほんの少しだけ隙間を空けて箱の中を覗き見た。すると……
「世界が増えている!? 馬鹿な、どういうことだ!?」
アレが箱の中に入れたのは、一〇〇の異世界とひとつの牢獄。だというのにこっそり覗いた箱の中には、明らかにそれを越える数の世界がひしめき合っている。
まさかソレが復活し、世界を創造したのか? そう驚愕するアレであったが、すぐに自らの考えを否定する。ソレの権能は終焉であり、創造とは対極に位置するものだ。如何にソレの力が強かったとしても、世界を生み出すことなどできるはずもない。
「……………………むぅ」
何かの見間違いを期待して、アレはもう一度箱の中を覗いてみた。だがやはり箱の中には世界がミチミチに詰まっており、そのせいで箱が壊れそうになっているのは明白。そこから更に観察すると、アレは一つの違和感に気づいた。
「……世界が二つある?」
元々あった一〇〇の異世界、それとほとんど同じなのにほんのわずかに違う世界が、重複するように一〇〇ある。そのうち一つに意識を伸ばして調べてみると、この異常事態の原因が判明した。
「魔王の魂が、私の意図しない形で分割された? それが一時的に位相の違う世界に同時に存在したせいで、世界そのものが分裂した、だと……!?」
一〇〇の異世界を巡るだけのはずのソレの魂。それがどういうわけか二つに分かれ、片方が存在している間にもう片方が新たなループに入ったことで、それに対応すべく世界にもう一つのループ……即ち新たな一〇〇の異世界が生まれてしまったのだ。
「くそっ、保護機能を強固にしたのが徒となったのか……」
ループの際に世界に生じる、復元の力。それが想定に無い状況に対応するため、新たな世界を「復元」してしまった。なるほど中身が突然倍になれば、箱も壊れそうになって当然だ。本来ならば慌てて対処を考えねばならないところだが……
「そういうことなら、これでよかろう」
アレは焦る様子も無く、箱の隙間から己の意識を飛ばす。その向かう先は、当然先に投げ入れたアレの力の欠片だ。本体たるアレの意思を受け、アレの欠片達は単なる力から意思を持つ存在となり、目的を遂行すべく動き出す。
「これであとは勝手に解決してくれるであろう」
箱の中からは激しい喧噪が聞こえてきたが、それこそ己の意思が忠実に反映されている証。そのことに満足げに頷くと、アレは再び箱を意識の隅へと追いやり、その場を後にした。箱は未だに揺れ続けているが、そんなことはもうどうでもいい。
――中身が突然倍になったことで、箱が壊れそうになっている。だが箱はそもそも渾身の品であり、これ以上強化することもできなければ簡単に拡張したりすることもできない。ならばどうする?
「増えたのならば、減らせばいい。実に合理的だ」
一〇〇の世界しか入らぬ箱に二〇〇の世界が溢れるなら、もう一度一〇〇まで減らせばいい……アレにとって世界など、その程度の存在でしかない。這いつくばって目をこらし、細心の注意を払って漸く見える砂粒のなかの出来事など、今日のように気が向かなければ意識することはないのだから。
「とはいえ、魔王を不用意に刺激するのは……いや、それも問題ないか?」
仮に世界の剪定に巻き込まれたとしても、既に那由他の果てまで死を繰り返している魔王が、今更一〇や二〇の死を重ねたところで変質するはずもない。それに……
「私を脅かせるほどの存在が、小さきモノのことなど気にとめるはずもないしな」
いかなる悪意も敵意もなく、ただ当たり前のこととしてアレはそう考える。ヒトと同じ存在に留まっているなら死んでも問題なく、それを越える存在となっていればヒトのことなど気にしない。自分の中にあるそんな常識を、アレは一遍たりとも疑わなかった。
故に、揺れる箱を視るモノはもういない。ならば箱の行く末もまた、今はまだ誰も知らない。




