妄想の答え合わせをしてくれるほど、世界は親切にできていない
「うおっ!? っとっとっと」
無事に「白い世界」へと戻ってきた俺は、そのまま数歩蹈鞴を踏んだ。揺れている場所から突然静かな場所に跳ばされたので、体と意識が追いつかなかったのだ。
とは言え、それで無様に転ぶほど鈍ってはいない。横を見ればティアも普通に立っており……だがその顔はキョロキョロと周囲を見回している。
「よかった、ここは揺れてないのね」
「そりゃそうだろ。そもそも世界が違うんだしな」
一瞬で移動しているとはいえ、各異世界とこの「白い世界」は完全な別物だ。故に揺れが波及するはずもなく……だが心配事が無くなったわけではない。
「バーンやエウラリアは大丈夫だったのかしら?」
「うーん、それは何とも……」
ホッとした表情から一転心配そうな顔をするティアに、俺もまた難しい顔で答える。それは俺も気になるところだが、一度追放された世界には基本的に二度と行けないため、それを確認する手段は相当に限られる。
もっとも確実に確かめられるのは、異世界巡りを全て終えて、その報酬で手に入るはずの「金の鍵」を使うことだ。が、さっきティアが話していた通り、異世界巡りはまだ全体の二割も終わっていない。今語るにはあまりにも時期尚早だし、そもそも鍵が確実に手に入るかすらわからないので、これは現実的じゃない。
あとは、世界の壁を破って無理矢理戻るのも当然無しだ。相当な準備と多大なリスクを背負ってなおできるかどうかわからないことを、ちょっと知り合いが心配だからという程度では行えない。そもそも世界移動の要だった銀翼の剣は無くなっているので、どうすりゃ世界の壁を越えられるのかもわかんねーしな。となると……
「とりあえずアレを読んでみりゃいいんじゃねーか? 運がよければ地揺れについて書いてあるかも知れねーし」
そう言って俺が視線を向けたのは、テーブルの上に置かれた一冊の本。俺達が追放された世界の顛末を知ることのできる、もっとも手軽な手段だ。
「そうね。それじゃ早速読んでみましょう?」
「了解」
ティアに促され、俺はテーブルについて本を開く。そこにはいつも通りバーンの人生について書かれていたが、俺は三周目冒頭で一度読んだ内容と同じ部分が多いし、ティアも気が急いているのか若干早めのペースで読み進めていき……そして最後。
――第〇一五世界『勇者顛末録』 最終章
かくて魔王を倒した勇者バーンであったが、魔王との戦いは激戦を極め、連れていた仲間の半分は決戦の地から戻ることはなかった。そのことに対して勇者バーンは多くを語らず、またずっと旅を共にしていた聖女も――ザッ――ザザッ――
「ん? あれ?」
読んでいる最中だというのに、本に書かれた文字が霞んで消えていく。それに疑問の声をあげるのと同時に、突然俺の体を大きな衝撃が襲った。
「うおっ!?」
「きゃあ!?」
世界が揺れている。それだけならばさっきと同じだが、その意味が決定的に違う。
普通の世界なら、地揺れは珍しくてもごく普通に存在する自然現象だ。地面が揺れると大仰に言っても、雪崩や大雨からの土砂崩れ、火山活動や果ては魔獣が地中を掘り進んだことによる地盤の沈下など、説明のつく理由は沢山あるのだ。
が、この世界にはそのどれもがない。というか、そもそもこの世界の物はどれもどうやっても壊せないくらい頑丈なのだ。
だと言うのに、ここが揺れている。何かが壊れたり崩れたりするのではなく揺れるとすれば、それは……
(この世界そのものが揺れてる!? 何だそりゃ、どういう状況だよ!?)
世界という箱そのものが揺れている……そうとしか思えない現象に、だからといって何ができるというわけでもない。ただひたすら耐え続けると、幸いにして三〇秒ほどで揺れが収まった。
「くっそ、何なんだよ一体……」
「エド! あれ! あれ見て!」
「どうしたティア? あれって……はぁ!?」
慌てた声のティアに促されて視線を動かすと、無数に並んでいた異世界への扉とそれが取り付けられている壁が、溶けるように消えていくのが目に入った。
「いやいやいやいや!? マジか!? なんだそりゃ!?」
すかさず立ち上がり、俺は扉の方へと向かった。だがその一瞬で壁も扉も綺麗さっぱり消えてしまい、後には何も残っていない。
「どういうことエド!? 扉が全部無くなっちゃったわよ!?」
「俺だってわかんねーよ! ふぅ……まずは落ち着こう」
思わず声を荒げてしまったが、大きく息を吐いて呼吸とともに気持ちを落ち着ける。そうとも、窮地なんてついさっき切り抜けてきたばっかりだ。記憶も力も相棒も、大事な物を全部置き去りにされて三周目に放り出されたことに比べれば、この程度はどうってことない……よし、落ち着いた。
ならば、まずは何が起きたのかの確認だ。異常と思えることを順を追って思い返せば、その発端は……やはり追放されたばかりの第〇四四世界だろうか?
あの時感じた地揺れ。俺はそれをごく普通の自然現象……つまり局所的なものだと思っていたが、ひょっとしてあれが世界全体を揺らすものだったらどうだろうか? であれば、完全な別世界であるこの「白い世界」が揺れたことにも説明がつく。
つまり、本当の意味で世界全体……つまり一〇〇の異世界とこの「白い世界」を含む、俺を閉じ込めている箱のような大世界そのものが揺れたんじゃないか?
なら、扉が消えたのはどういうことだ? 順当に考えるなら、この「白い世界」と各異世界の繋がりが消えたということだろう。単純に接続が切れた? それともまさか――
「……全部、壊れた?」
頭に浮かんだ恐ろしい予感に、俺は全力で首を横に振る。いやそれは、それはいくら何でも……あり得る、のか?
この「白い世界」は、あらゆる意味で他の世界とは違う特別製だ。周囲に配置された白い物質はどうやってもかすり傷ひとつつかないし、俺達の体が最初に登録された状態に戻ることから、極めて強力な復元、あるいは現状維持の力みたいなものが仕込まれている可能性が高い。
故に、この世界は壊れなかった。だがそんな世界が揺れるほどの衝撃に、果たして通常の異世界は耐えられるのか? 耐えられなければ……崩壊して……
「…………ド! エド!」
「……っ!? ティアか。どうした?」
強く肩を揺すられ、俺はハッとして横を向く。そこには不安げな表情で俺を見つめるティアの顔があり、ざわついていた心がそれを見ただけで少し落ち着くのを感じる。
「どうしたじゃないわよ、さっきからずっと呼んでるじゃない!」
「そうか? 悪い……で、どうしたんだ?」
「だからあれよ!」
「あれ……?」
またもアレと言われて、俺は顔を横に向ける、するとそこには新たな扉がぽつんと一つだけ出現していた。
「扉!? 接続が回復したのか!?」
「わからないわ。出てきたのは一つだけだし、場所も……」
「場所? ああ、あそこは……」
扉が出現したのは、第〇〇一世界の場所だ。たった一つの扉が、一番最初の場所に出現し直した。そこから導き出される予想に、俺は思いっきり顔をしかめる。
「え、ひょっとしてそういうことか? まさかまた最初からやり直せと?」
「えぇ? さっきの揺れって、そういうことなの!?」
「それはわかんねーけど……でも、状況的にはそれが一番近いと思う」
俺が意識できていなかっただけで、実は俺が死んだりしてやり直す度に世界が揺れてリセットされていたのでは? という考えが、ここでふと頭に浮かんだ。もしそうであるならば、これまでの苦労を無に帰されたこと自体は業腹であるものの、俺の精神的負担は一気に軽くなる。
そりゃそうだろう。イレギュラーな事態で世界が壊れたとかじゃなく、何千何万、何億回と繰り返してきた定例行事であったというなら、心配することは何も無いのだから。
まあ、なら何で今回は俺が生きて活動してる時にそれが生じたのかという疑問は発生するが……ティアと再会するためにかなり無理して色々やらかしたから、その反動と言われれば十分以上に納得できてしまう。
「あー…………」
「何? 何かわかったの?」
「予想に予想を重ねた、妄想とか想像みたいなもんだけど……何となくこうなんじゃねーかってのは思いついた」
「何なに? どういうこと?」
「スゲーざっくり言うと、本来別れるはずの俺とティアが再会したことに対するツケを払わされたって感じか? ズルして戻ったから最初からやり直しになったんじゃねーかなーって」
「それは…………仕方ないわね」
「ああ、仕方ねーな」
ティアと死に別れたまま旅を続けるのと、ティアと再会する代わりに最初からやり直し。どっちか選べと言われたなら、俺は迷わず再会してやり直しを選ぶ。
ならこれは受け入れるべきリスクだ。得られたリターンは途方もないのだから、むしろこれで文句を言ったら怒られる。たった数十年の巻き戻りで済んだのは僥倖だと諸手を挙げて喜んでもいいくらいだ。
「うわ、よく見たら今までの『勇者顛末録』も全部消えてるし、これはマジでそれっぽいな」
ふと気になって振り返ると、テーブルの上に出しっぱなしだった読みかけのものも含めて、棚にしまっていた全ての「勇者顛末録」が消えている。いよいよもってやり直し説が強くなってきてるが……果たして?
「むぅ。今までの頑張りが消えちゃったのは悲しいけど、またアレクシス達と旅ができると思えば……あれ? でもその場合私の存在ってどうなるの?」
「どうだろうな? 俺と一緒に移動するなら、やっぱり最初からいなかった扱いになるんじゃねーかな?」
「そっかぁ……って、あっ!? その場合、私もルージュちゃんに会えるのかしら?」
「そうだな。アレクシス達と合流した時にはルージュはパーティメンバーだったから、ティアがいない世界でなら、多分またルージュが仲間になってると思うけど」
「それはちょっと楽しみ! ねえエド、早く行きましょ!」
「切り替えはえーな! わかった、今行くって」
途端にはしゃぎ始めるティアに苦笑しつつ、俺は唯一の扉の前に立ち、ノブに手をかける。それは抵抗もなく周り、俺達は無事に異世界へと足を踏み入れることができたわけだが……
「…………おぉぅ?」
俺達の前に広がっていたのは、何故か激しく荒廃した世界であった。




