勇者にしか倒せない気がしたが、そんなことはなかったぜ!
「んじゃ、まずは小手調べと行きますか!」
周囲に溢れるクロヌリが一斉に飛びかかってくるも、俺はそれより一瞬早く地面を蹴って魔王へと肉薄する。こういうとき勇者パーティなら仲間が敵の大軍を押さえつつ勇者が戦うんだろうけど、ソロの俺には無限湧きする雑魚を構っている余裕など無いのだ。
「フンッ!」
ウニョウニョと蠢くクロヌリ魔王に、俺の剣が食い込む。だがその手応えが非常に悪い。
「うっわ、マジか? っと」
「BOOOOOOOOO!!!」
体を揺らしながらウニョンと伸びた触手でなぎ払われ、俺はその場を飛び退く。剣は何の抵抗もなく魔王の体を切り裂き……だがその刃先には何も付着していない。
つまり、切れていないのだ。より正確には切る意味がないというか……水を剣で切ったようなものだ。刃先は通り過ぎるだろうが、水自体にはダメージがあるはずもない。
「おいおい、勘弁してくれよ!」
一旦魔王から離れ、普通に攻撃の通じるクロヌリを軽く処理。その後もう一度魔王に近づくも、大量の触手が伸びてきたのでそれを切り飛ばす。
それは確かに切れて、破片が床に落ちる。するとその破片が蠢き、新たなクロヌリとなって俺に襲いかかってくる。それはまだいいとして、問題は触手を切られた魔王に一切消耗している気配がないということだ。
「うへぇ。痛覚無し、本体に対する物理攻撃無効、切り飛ばした分が雑魚として増えるうえに、本体の消耗が無し? 嘘だろ、最悪じゃねーか」
硬いとか速いとかなら、どうにでもできる自信がある。が、切っても効果がないというのは俺からすると洒落にならない強さだ。何せ俺の攻撃は剣のみで、攻撃魔法の類いは一切使えないのだから。
「これひょっとしなくても、ケモニアンしか入れないってあの場所で、こいつ特攻の聖なる力的なのが手に入るんだろうなぁ」
きっとあそこで試練を越えると、ワッフルの肉球がピカッと光るようになるのだ。で、その光ならクロヌリ魔王の本体を直接消滅させられるとか、そういう仕様があると見た。
そもそも第〇〇一世界だって、アレクシスが本物の聖剣を手に入れないと魔王は倒せない感じだったしなぁ。
「チッ、どうしたもんかな」
仕方ないので無限湧きの雑魚クロヌリを倒して時間を稼ぎつつ、俺は必死に思考を巡らせる。三周目に入らされたことで、今回も俺の「彷徨い人の宝物庫」からは中身が全部消えている。
が、失われたわけではない。どうやら今まで持ってた物資は全部ティア側に保存されているようだが、こっちからは手が届かないという感じだ。この制限を取っ払うには、ティアと再会する必要がある感じがする。
大量の物資や、何より「夜明けの剣」が失われていないというのは朗報だが、今この時に限っては手に届かないなら存在しないのと同じだ。今の俺の手札はアレクシス達と魔王を倒した後に余った物資のいくらかと、ここに辿り着くまでに補給した物資のみ。となると大分限られてくるが……。
「まずはこいつでどうだ……セイッ!」
俺はクロヌリ魔王を切り裂くと、その傷口に小さなツボを投げ込む。それは瞬く間に傷の塞がった魔王本体の中でボンッと弾ける……はずなんだが……
「爆発しねーのかよ!? 体内に取り込んだらその時点で無効化か……なら表面ならどうだ!?」
今度はあえて剣では切らず、普通に小さなツボを投げる。それは狙い違わず魔王の体表でボンッと弾けて火を生み出したが、それが魔王本体に触れると何事もなかったかのようにその暗闇に吸い込まれてしまった。
「はいはい、火は効かねーってか! なら水はどうだ?」
今度は宙空に革製の水袋を投げ、それを切る。すると中からパチャンと水がこぼれて魔王の体に引っかかるが、やはり魔王は何の反応も示さない。
「くそっ、水気の無い洞窟の中にいやがるからワンチャン水が駄目かもって思ったんだが……空気は通ってるから風は違うだろうし、山の中で地属性に弱いなんてあり得ねーだろ? あとは……光はどうだ?」
消していたカンテラの光を灯し、魔王に向けてみる。一〇メートル以上あるであろう魔王の巨体がテラテラと輝いて見えるが……それだけだ。
「BOOOOOOOOO!!!」
「そこは空気読んで効いとけよ!」
鞭のようにしなる触手が頭上から雨あられと降り注ぎ、俺はそれをかわしたり切り飛ばしたりしながら悪態をつく。えぇ、全部効かないとか酷くない? マジでどうやって倒せばいいんだ?
「待て待て、落ち着け。落ち着いて観察しろ……」
あえて口に出してそう呟きながら、俺は一端気持ちをリセットする。俺の手持ちで属性がありそうな攻撃は、これで全部効かなかった。何となく洞窟の天井を崩して太陽の光に晒せば弱体化しそうな気がするが、そんな土木工事をやり始めたらそれこそ何年かかるかわからないから却下。
やはり頼りになるのは己の腕と剣一本。だが切っても切ってもすぐに傷が塞がっちまうなら……………………?
「……ああ、そうか。何だよ、簡単じゃねーか」
浮かんだ答えに、俺は思わず苦笑いを浮かべる。どうやら俺の意識は、まだまだ三周目の……常識的な強さしかなかった頃の俺に引きずられていたらしい。
「ふぅぅぅぅ…………」
飽きること無く襲いかかってくる雑魚クロヌリを蹴散らしながら、俺は深く息を吐いて意識を集中させる。呼吸を整え意識を整え、使うのは人の限界を超える技。
「『火事場の超越者』、起動!」
追放されて戻るわけではないので、一〇分後に死ぬ「終わる血霧の契約書」は使えない。そっちに比べれば強化率はグッと下がるが、それでも俺の体には大きな力が満ちていく。
だが勘違いしてはいけない。限界を取り払うということは、扱いを間違えると簡単に自滅するということだ。何も考えずに全力で腕を振るえば、自分の力で腕がちぎれて吹っ飛んでいくことになる。
全ての力を、一切の無駄なく運用する。「不落の城壁」の防御に任せて群がるクロヌリの攻撃全てを意識から除外し、ゆっくりと剣を振り上げる。
「一刀――」
一歩踏み込み、剣を振り下ろす。それは単純にして至高の奥義。まるで閃光が走ったと錯覚するかのように、巨大な魔王の体に筋が通る。
「両断!」
「BOOOO――OOOOO!?!?!?」
二つに分かれた魔王の巨体が、グズグズとその場に崩れていく。そうとも、切ったそばからくっついて再生してしまうなら……その間すら与えずに切り分けてしまえばいい。
刹那の一閃にて山を切る。偉業を成し遂げた俺は、ギシギシと痛む全身に全力で「包帯いらずの無免許医」を発動させながら状況を見守る。
さあ、どうなる? 二つに分かれて戦闘再開か? それなら再生できなくなるまで分割し続けてやるが……
「BO……OOO……OOOOO……………………」
二つの闇の塊が、様々な魔獣の姿に変形しては崩れていく。何かに変わろうとして、だが何者にもなれず……必死にもがくその姿は、俺の胸になんとも言えない悲哀を感じさせてくる。
「そうか。いきなり真っ二つは対応できねーのか……わかった、今終わらせてやる」
倒さないという選択肢がないように、負かした相手を嬲るつもりもない。俺は二つに分かれた蠢く闇にそれぞれ腕を突っ込んで、その力を吸収し始めた。
食らう、増える、生き続ける。そんな根源的な想いが俺の中に溶け込んでいくほど、魔王の体はどんどん小さくなっていく。そしてその力が全て俺の中に収まったとき、最後に残ったふた塊がバチャンと音を立てて黒い水たまりとなり、それもすぐに蒸発するように世界へと溶けていく。
バシャン!
「ん? ……ああ、そうなのか」
魔王が消えるのと同時に、周囲から同じように水音がした。見ればあれだけいたクロヌリ達もまた次々に水のようになっていき、その痕跡が世界に消えていく。以前に読んだ「勇者顛末録」では徐々に減っていくという感じで書かれていたが、これは魔王が死んだことと消滅したことの違いだろう。
「ってことは、今頃世界中でクロヌリが消えてるのか? うわ、スゲー騒ぎになってんだろうなぁ……俺としては都合がいいけどさ」
魔王が倒されたことをどうやって世界に伝えようかと思っていたが、これなら何もしなくても平気だろう。勇者選考会は間違いなく開催が延期され、行われなくなるはずだ。言わずもがなクロヌリがいないのだから、ドーベンの村が襲われることもない。
「よし、目的達成だ。さて、これで行けるか……?」
俺は「彷徨い人の宝物庫」から銀翼の剣を取りだし、自分の中で問いかける。
残った羽は三枚。これと俺の今の力でティアのところまで戻れるか……?
「……あれ? まだ無理? うそーん」
どうやら俺の魔王狩りの旅は、まだ終わらないようだ。




