難易度を気にしないなら、とれる手段は色々ある
「ふぅぅ……何かスゲー疲れたな」
無事に次なる世界へと移動を果たした俺は、とりあえず一息つく。予想通り極めて簡単に魔王の力を回収できたはずなんだが、何故こんなにズシッとくる疲労を抱えているのかは永遠の謎だ。
「っと、そろそろだな」
だが、悠長に休憩している暇は無い。当然ながらこの世界も俺が望んで来た場所であり、「彷徨い人の宝物庫」に銀翼の剣をしまい込んでから待機していると、程なくしてガサガサと草木をかき分ける音と共に、犬っぽい顔の小柄な人影が現れた。
「わふ? こんなところに毛無しの人がいるとは、随分と珍しいのだ」
俺の方をしげしげと見てくるのは、言わずと知れたケモニアンの勇者ワッフルだ。つまりここは第〇〇二世界である。うむうむ、今回も転移は完璧だな。
「こんにちは、ケモニアンの方。俺に何かご用ですか?」
「道から外れた場所に気配があったから見に来ただけなのだ。そっちこそ何をしているのだ?」
「俺は狩りですよ。これでも腕にはちょっと自信があるんで」
言って、俺は腰に佩いていた鋼の剣をすらりと引き抜き一振りする。その太刀筋を見たワッフルの耳がピクリと動き、つぶらな瞳がキラリと輝く。
「おお! お前毛無のくせになかなかの腕なのだ! 確かにそのくらい強かったら心配する必要もなさそうなのだ。邪魔して悪かったのだ」
「いやいや、気にしないでください。じゃあ、俺はこれで」
「うむ! ではなのだ!」
俺とワッフルは笑顔で挨拶を交わし、そのまま互いに違う方向へと進み始める。そう、今回俺はワッフルと行動を共にしない。それは何故かと言えば、正規ルートでは時間がかかりすぎるからだ。
俺の手にした「銀翼の剣」は、その仕様上俺とティアの両方に縁のある世界にしか跳べない。要は二周目にてティアと旅した世界にしか行けないのだが、そのなかで今も魔王が存在している世界は、ここを含めて現時点で残り六つ。そして六つの世界の攻略難易度はそれぞれ大きく異なっている。
例えばレベッカの世界。霧の魔王はおそらく海の向こうにいるため、移動には船が欠かせない。が、俺は船なんて操れないし、大海の何処にいるか分からない魔王を探すとなれば、ちょっと波が高くなるだけで転覆する小舟で移動とはいかない。大型帆船とそれを操る人員を用意するのは大変な苦労を要するだろう。
例えばミゲルの世界。北の魔王は海を挟んだ別大陸の奥地にいるということだから、俺一人で敵地に潜入しどれだけ広いかわからない、ノルデ……魔獣のはびこる敵の本拠地を探索するのはあまりにも非現実的だ。追放スキルを駆使すれば不可能とまではいわないが、極めて困難であることは想像に難くない。
他にもドルトン師匠の世界だと三〇〇年先でも魔王が討伐されてないのが判明しているし、ジョンやクロムは今の周では記憶を引き継いでいないとはいえ、きちんと和解した……魔王という異物ではなく、それぞれの世界に生きる者として存在できている相手なので正直手を出したくないなど、理由は色々とある。
そんななか、この世界はワッフル達によって魔王が倒されている。つまり現実的に辿り着ける場所に魔王が存在し、現実的に倒せるレベルの強さだということだ。既に魔王が倒されていて弱点丸出しで運ばれているというトビーの世界を除けば、これはかなりの好条件。ということで第〇一六世界の次に選んだのがこの第〇〇二世界だったというわけなのだ。
ただ、ワッフル達と一緒に行動しては、魔王討伐までに何年もかかってしまうことは歴史が証明している。俺が手を加えて多少急がせたとしてもたかが知れているのに対し、神の定めた手段とは違うやり方で世界を渡れる「銀翼の剣」はいつ神に見つかって消されてもおかしくない。それはティアの喪失と同義なので、絶対に許容できない事態だ。
ならどうするか? その答えが「勇者を無視して一直線に魔王のところに行き、倒してしまう」である。これなら余計な手間は一切かからないし、あと早期に魔王を倒してしまえばワッフルとドーベンを決別させる村への襲撃は勿論、更に早ければ勇者選考会すら無かったことにできる可能性がある。
(流石に全く知らない相手から警告文を送られたって真に受けてもらえねーだろうし、かといって関係を築いてたら時間がかかっちまうからなぁ。この世界もいい具合に終わらせるなら、サクサク行動してかねーと)
「っし、じゃあ早速行きますか!」
内心の呟きを気合いの言葉で上書きし、俺は早速「失せ物狂いの羅針盤」を起動する。それは期待通りに魔王の居る方角を指し示し、俺はそこに向かって移動を開始した。
野を越え山を越え、一周目や二周目で通った場所や初めて行く場所など、あらゆる障害を最小限の力で躱し、あらゆる道程を最大限の速度で動く。そうして移動すること一ヶ月。俺が辿り着いたのは、大きな山の斜面に空いた、人ひとりが通れるくらいの穴であった。
「ここ、か……?」
正直、これはかなり意外だ。魔王というからもっと荘厳な場所に住んでいるかと思ったんだが、これじゃゴブリンと変わらない。確かに見つかりづらい位置ではあるだろうが、特に厳重に守られてたとかでもねーし……うーん?
「まあ、入ってみりゃわかるか」
最大限の警戒をしつつ、俺はその穴の中に入っていく。当然ながら周囲は真っ暗であり、腰に下げた携帯用のランタンの明かりだけが細い通路を照らしている。
幸いにして、その道はそう長くはなかった。分岐のない一本道を五分ほど歩き進むと、突然に通路は途絶え目の前にはとんでもない広さの空間がある。
「うっわ、こりゃスゲーな…………」
まるで山の中をまるごとくりぬいたんじゃないかという広さ。その壁や天井には所々に光る何かが存在していて、完全な閉鎖空間だというのに星の出ている夜くらいには明るい。これならランタン無しでも見える……というか、目を慣らすためにもランタンは消した方がよさそうだ。
「ティアが見たらはしゃぐだろうなぁ」
洞窟の中に生まれた星空なんて、ティアがいかにも喜びそうだ。その幻想的な光景に目を奪われそうになるが、残念ながらここは綺麗なだけの場所じゃない。そんな空間の中央には、巨大な闇の塊が蠢いている。
「そうか、こいつが魔王か…………」
それを実際に目の当たりにして、俺は深く納得する。この世界にのみ存在する固有の魔獣、クロヌリ。目の前の魔王はまさにそれの大本といった感じで、見上げるほどの大きさのある不定形の黒い闇は本能的な恐怖を煽ってくる。
「話し合いは……できる、のか? おーい、俺の声とか、わかる?」
三メートルほどの距離まで近づいてみたが、闇のスライムもどきとでも言うべき魔王は未だに俺を攻撃してこない。ならばと呼びかけてみると……その体が激しくウニョり始めた。
まさか本当に言葉がわかるのかと驚く俺の前で、クロヌリ魔王の体が次々と変わっていく。牛、羊、山羊、イノシシ、オーガに亀に鳥にドラゴン、様々な形が表面に浮き上がっては闇の中に溶け込んでいき、それが一通り巡ったところでクロヌリ魔王の体がひときわ大きく震える。
「BOOOOOOOOO!!!」
地の底から響くような重低音。それに合わせて震えた魔王から飛び散った黒い雫が地面に落ち、そこから様々な種類のクロヌリが生まれていく。
「なるほど、こうやって増やしてたわけか。で……まあそうだよな」
「BOOOOOOOOO!!!」
俺を囲む大量のクロヌリ達と、その母体たるクロヌリ魔王。その全てから感じる明確な敵意に、俺はニヤリと笑ってから剣を構えた。




