敗北から得る教訓は、生きていなけりゃ生かせない
「う……………………?」
寒い、寒い。あまりの寒さに目が覚める。何だここは? 何処だ俺は? 何をして倒れて……床? 寝てる? 何が……っ!?
「ぐ……あぁぁ…………」
埃っぽい空気を吸い込むのと同時に、最後の記憶が戻ってくる。友を、仲間を、最後には自分の命すら失ったはずのあの瞬間。だが……
「何で……生きてる…………?」
命を吸い取られるような感覚は、今でもこの身に焼き付いている。だからこそ間違いなく自分は死んだと思っていたのに、今こうして俺は生きている。
魔王の気まぐれ? そういえば魔王は俺と同じ顔をしていたような……何か殺せない理由があった? いやでも、最後のあれは間違いなくそういう加減のない力だった。
なら殺し損ねた? 理由はわからない。わからないが……
「はは、どうやら最後の最後まで、俺は仲間はずれみてーだな……」
力無く皮肉げに、俺は床に転がる三つの首に向かって嗤う。結局俺は何もできなかった。みんなを助けることも、みんなと死ぬことも。
「部外者は、最後まで部外者ってことか…………おっと」
ふらつく体で立ち上がり、俺は広間の隅に放り出されていた背嚢を拾う。そうして中身からいくらかの保存食だけを腰に付けた鞄に移すと、他は全部床の上にぶちまけてからみんなの元に戻っていった。
「ここに放置は……ねーよなぁ」
大事に大事に、俺は三人の首を背嚢に入れようとした。だが俺が手を触れた瞬間、その頭がサラサラと塵となって崩れてしまう。
「ああっ!? あっ、あっ! あぁぁぁぁ…………」
慌ててワタワタとそれを集めようとしたが、塵は指の隙間をすり抜け空気に溶けて消えてしまった。それに呼応するように残る頭や体も塵となっていき、風もないのにそれらは積もることなく、あっという間にこの世界から消失してしまった。
残ったのは床にこびりついた赤黒い染みだけ。もうここには何も無い。
「は、ははは……ははははは……………………」
頬を伝う涙をそのままに、俺はガックリと膝を突いた。弔うことすら許されないのか。留めることすらできないのか。俺は、俺は……………………
「俺は…………独りだ…………………………………………」
声にならない声をあげ、天を仰いで涙を流す。胸が焼け喉が枯れ、やがて涙が尽き果てると、俺はユラユラと立ち上がって出口の方へと歩いて行った。
辺りには、誰もいない。魔王城の深部のはずなのに、魔王本人は勿論警備の兵も見当たらない。
だが、そんなことはどうでもよかった。ユラユラと歩き、フラフラと進む。誰に会うこともなく魔王城を出て、何に襲われることもなく魔王の領域を進んでいく。
ボコボコと沸き立つ紫の沼があった。茶色く立ち枯れた森があった。崩壊した町があった……ああ、ここはゴンゾが俺とアレクシスを進ませるために残った場所だ。あの時は大量の魔王軍に追われていたけれど、今は争いの痕跡が残っているだけ。
道を歩く。道なき道を行く。歩いて歩いて辿り着いたのは、魔境の手前に広がる広大な平野。下草や地面が黒く変色しているのは、魔獣の血だろうか? それとも……
「ルージュ……」
きっとここで、ルージュは最後まで戦ったんだろう。数え切れない程の魔王軍を焼き殺し、そして最後はルージュ自身もまた……
「うっ…………」
思わず口を押さえたが、吐き出すものなど何も無い。そういえば魔王城からここまでは結構な距離があったはずだが、休憩や食事をした記憶がない。ふと気になって腰の鞄を探ると保存食は無くなっていたので、無意識のうちにある程度は食べていたんだろうが……まあどうでもいいな。
「ふぅ」
疲れた。疲れ果てていた。何となく休みたくなって、俺は周囲を見回した。するといい具合の大きさの岩が少し先に見える。
ああ、あそこがいい。あそこで休もう。あそこに腰を下ろして……あそこで終わろう。
腰ほどの高さの岩、その側に座り込むと、俺は岩に背を預けて空を見上げる。その青の向こう側に、俺が歩んできた冒険の日々が浮かんでくる。
「最初は大変だったけど……色々あったなぁ…………」
思い起こされるのは、この世界にやってきてからのことばかり。人生の比率で言うなら元の世界で過ごした時間の方がずっと長いはずなのに、そっちの記憶はこれっぽっちも浮かばない。
「普通こういうときって、両親の顔とかが浮かぶもんじゃねーのか?」
自分の薄情さ具合に、俺は思わず苦笑してしまう。たった三年一緒にいただけの仲間の顔は鮮明に浮かぶのに、生まれてから二〇年一緒にいたはずの両親の顔が浮かばないのは人としてどうなんだ? ごく普通に仲のいい親子だったと思うんだがなぁ……
「…………眠いな」
岩にもたれかかったまま、俺はゆっくりと目を閉じていく。何も為せず何も成せなかった、無力で無能で無意味な俺の存在が、静かに終わっていくのを感じる。
『まったく、いつまでしょぼくれた顔してるのよ! さっさと立ち上がりなさい!』
「いやいや、もう無理だって」
どこからか聞こえたルージュの声に、俺はヘラリと嗤って否定する。
『ワシが直々に鍛えたのだ、この程度で屈する小僧ではあるまい?』
「すみません、普通に限界なんで勘弁してもらえますか?」
どこからか聞こえたゴンゾの声に、俺はヘラリと嗤って謝る。
『この僕を失望させるつもりかい? 君はもう少しやれるかと思ったんだが』
「無茶言わないでくださいよ。俺はただの荷物持ちですよ?」
どこからか聞こえたアレクシスの声に、俺はヘラリと嗤って否定する。
『大丈夫よ! 今ならまだ手が届くわ。だから頑張って!』
「だから頑張っても……うん?」
どこからか聞こえた誰かの声に、俺は閉じかけていた目を開く。何だ今の声? 誰の声だったか……それに手が届く?
「…………何だあれ?」
声のした方に目を向けると、そこには一本の剣が地面に突き立っていた。その存在に妙に心が惹かれて、俺はのっそりと立ち上がり剣の側に歩み寄る。
「これ、は…………?」
そこにあったのは、太陽の光を受けてキラキラと輝く銀色の剣。背に六枚の羽を生やす片刃の剣は、しかし幻のように揺らめいていて現実のものとは思えない。
「触れるのか……っ!?」
そっとその剣に手を伸ばし、幻の柄を掴む。その瞬間――俺の世界が繋がった。
「ア、ア、ア、ア、アァァァァァァァァ!?!?!?!?!?」
灼熱が全身を駆け巡り、頭の中がグチャグチャにかき混ぜられていく。津波のように押し寄せる誰かの記憶に俺の記憶が押しつぶされそうになるが――
「駄目だ! こいつは…………渡さねぇ!」
歯を食いしばり、襲いかかってくる意識に魂で切りつける。俺にとっては何億回と繰り返したうちのひとつに過ぎなかったとしても……俺が過ごした仲間との記憶は、誰にだって蹂躙させるつもりはない!
ねじ込め! 焼き付けろ! 決して忘れるな! たとえ全てを思い出したとしても――
「俺は、俺だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
世界を揺るがすほどの絶叫。新しい殻は砕かれ、古い殻に統合される。だがそれは消失ではない。酷く歪でボロボロの殻は、無くしたくない魔王の我が儘を優しい相棒がそっと包んでできあがったものなのだから。
「――――――――あぁ」
思い出した。想い出した。これまでの全てを、俺はしっかり思い出した。どうやら今度も俺は助けられ……だが今度こそ俺が迎えに行けるみたいだ。
だが、その前にすることがある。魔王の力なんてどうでもいいが、負けっぱなしじゃ終われねーからな。
「悪いなティア、もうちょっと待っててくれ」
グッと力を込めて、俺は手にした剣を引き抜く。運命を変える翼の剣は、もう俺の手の中だ。
「羽ばたけ、銀翼の剣!」
かつてこの剣の一部を使って、ティアは俺を追いかけてきた。それにより「世界を越える」という概念を宿したこの剣の力があれば……
ブォン!
六枚あった羽の一枚が消失し、代わりに俺の剣が世界を切り裂く。そうしてできた溝に飛び込めば……そこは俺が立てなかった場所。世界の壁すら越えられるなら、同じ世界の過去に飛ぶくらい楽勝だ。
「なっ!?」
眼前には万を数える魔王軍。そして俺の隣には、驚き顔で目をつり上げる仲間の姿。
「エド!? アンタどこから――」
「悪いなルージュ。今が多分ルージュの人生で一番盛り上がるところなんだと思うんだが……あいにく終わり方を決めるのは俺の特権でな。盛り上がる最後より、平凡に続くグッダグダの日常の方が好きなんだ。だから……」
そこで一端言葉を切ると、俺はニヤリと笑って魔王軍に剣を突きつける。
「終幕にゃまだ早い。締めの一幕、台無しにさせてもらうぜ」




