終幕
今回は三人称です。また残酷な表現が含まれておりますので、ご注意ください。
そこは魔なる者達の住まう地の最奥。魔王城、謁見の間。数百人は入れるのではないかというその場所に、しかし今は三人の人影があるのみ。
「こんなものか……」
一人はこの城の主。漆黒の鎧に全身を包み込み表情をうかがい知ることのできない魔王が、目の前で膝を突く二人につまらなそうにそう呟く。
「くっ、まさか魔王がこれほど強いとは……っ!」
一人は選ばれし者。世界最強の剣士にして人類で唯一魔王を倒すことができる者とされていた勇者アレクシスが、ヒビの入った剣を杖代わりにしてその身を支え、悔しげに魔王の方を睨み付けている。
「ゼハッ……ハッ……ハッ…………」
そしてもう一人は……招かれざる客。最近勇者パーティに正式加入したものの、その本質は何処までいっても部外者でしかない荷物持ち、エド。そちらもまた剣に寄りかかるようにして体を支え、荒い息を何とか整えようとしている。
「どうした? もう諦めたか?」
「まさか……僕をここまで連れてきてくれた仲間を思えば、諦めるなんてあり得ないさ」
「そう、だ……俺は……託されたんだ…………だから俺が、俺達が必ず……」
「ふむ、そうか……」
全身を血に濡らし、息も絶え絶えの敵を前に、魔王はゆったりとした動きで玉座から立ち上がると、哀れなる者達と同じ高さへと降りていく。そのあまりに無防備な姿にアレクシスが手にした剣を振るうが――
キィン!
「……無駄だと分かっているだろう? そんなまがい物では、我を傷つけることは敵わぬ」
アレクシスの振るう剣は、魔王の鎧にかすり傷すら付けることができない。どれほど卓越した剣の冴えも、傷つけることすらできない相手には何の意味もない。
「くそっ、くそっ! 何故……何故だっ!?」
狂ったように切りつけるアレクシス。だがどれだけ剣を振るっても結果は変わらない。それこそが魔王を玉座から立たせることすらできなかった原因であり、敗因の全て。
「もういい、十分だ」
「ぐはっ!?」
「勇者様!?」
剣すら抜かない魔王の腕の一振りで、アレクシスの体が吹き飛ぶ。慌ててエドがそこに駆け寄るが、回復薬などとっくに使い果たしている。それでもアレクシスを守るように剣を構えて立ち塞がると、魔王は小さく嘆息してからその場で語り始めた。
「……我には二つ、恐れているものがあった。そのうち一つは、勇者の持つ聖剣だ。世界の理が具現化したあの剣は、世界の異物たる我にはどうやっても対抗できない力。
そしてそんな聖剣を、今代の勇者は最初から手にしていた。故に我の動きは大きく制限され……ならばこそ我は一計を案じた。常に勇者が倒せる程度の強さの魔獣を送り込み続け、そこに込めた我の力で少しずつ聖剣の輝きを鈍らせることにしたのだ」
「なん、だと……!?」
「アレクシス!? 大丈夫なのか!?」
身を起こしたアレクシスにエドが心配そうな声をかけるも、アレクシスはその手を払って魔王の方を睨み付ける。
「今のは、どういうことだ? まさか我が国に魔王軍の侵攻が殊更に弱かったのは……」
「そうだ。我がそう指示したのだ。いかに聖剣とてその力は無限ではない。聖剣ならば倒せるギリギリの強さの魔獣を送り込み続けることで、常に聖剣を使わせてその力を削る。
最後の詰めにと大軍勢を送りつけ、あれを切り抜けて我のところに辿り着く頃には、聖剣の力は半分以下になっていると予想していたのだが……」
魔王の視線が、アレクシスの手にする剣に向く。ボロボロになった剣は「絶対に壊れない」という聖剣の逸話を知る者からすればあり得ない姿だ。
「ハッハッハッハッハ! まさかまさか、聖剣を所持しているという話そのものが嘘だったとはな! 確かに途中からおかしいとは思っていたが、それでも万が一ということもある。念のためここまで引っ張ったが……もう一度言おう。そんななまくら、まがい物をどれだけ振り回したところで、我に対抗することなどできぬ」
「うるさい! 確かにこれは聖剣ではないが、それでも人類の英知と技術の結晶だ! これで必ずお前を倒してみせる!」
「そう吠えるな勇者よ。確かにただの剣を聖剣と見紛わせるほどの貴様の腕はなかなかのものだった。だが我には届かぬ……この者達と同じだ」
「っ!?」
ツイと魔王が右手をあげると、そこに黒い渦のようなものが生まれる。その渦からゴトリと落ちて床に転がったのは、若い女と壮年の男の首。
「あ…………あ…………」
「部下に言って回収させておいた。我が力にて守っていたから、保存状態は悪くないはずだぞ?」
「ああああぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
たとえ顔半分が焼け焦げていても、その勝ち気なつり目を見紛うはずがない。たとえ頭が砕かれていようとも、その力強い口元を間違えるはずがない。
ルージュとゴンゾ。仲間二人の決定的な「終わり」の姿に、エドはその場で絶叫し、アレクシスは魔王に向かって駆け寄ると渾身の剣を振り下ろす。だが偽りの聖剣はパリンと音を立てて砕け散り、代わりに閃いた魔王の手刀が勇者の首を容易く刎ねる。
「あ――――」
「フンッ。つまらん幕切れだ」
ドサッと音を立てて床に落ち、仲間達の首が仲良く三つ床に転がる。その光景を目の当たりにし、遂にエドの精神が限界を迎えた。
「ひ……あ……あぁぁ……うぁぁぁぁっ!」
怒り、恐怖、絶望、怨嗟。分類することなど敵わない様々な感情が入り交じった顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっており、魔王に向ける剣はガタガタと振るえ、足下はフワフワとおぼつかない。そんなエドの姿を見て、魔王はもう一度大きくため息をついた。
「……我が恐れるもう一つのもの。それは我が本体であった」
「ほ……あ……?」
「そうだ。我がどれだけ力を身に付けようとも、我が身は所詮本体から分かたれた力の一欠片に過ぎぬ。故にもし本体が我が元まで辿り着いたなら、きっと苦も無く取り込まれ我は消失するのだろうと思っていたのだ。
だが……クックック……」
笑いを堪えながら、魔王が自らの手で兜を脱ぐ。するとその下から現れたのは、目の前に立つ情けない男と全く同じ顔。
「お、俺?」
「まさかまさか、我が本体がこれほどに情けない存在に成り下がっていたとは! 何の力も感じられず、何の覚悟も見いだせない! 脆弱! 薄弱! 虚弱! 貧弱! 我が恐れる二つのものは、どちらも取るに足らないまやかしであったか!」
「あぐっ!?」
近寄ってきた魔王の手が、エドの顔をガッシリと掴む。食い込む黒い指先がギシギシとエドの頭を締め上げるが、エドがどれだけ抵抗してもその指一本すらはずすことはできない。
「これは神に感謝すべきか……神はわざわざ我から余計な部分を分離してくれたのだからな。ああ、安心しろ。貴様の力は全て我が引き受ける。故に貴様は安心して……『終われ』」
「ガァァァァァァァ!!!」
エドのなかから、何かが猛烈な勢いで失われていく。それはエドの魂であり、自覚無き殻のなかに眠っていた魔王の本質が新たな魔王へと移譲していく。
「ふぅぅ……これは? 随分と多いが、まさか我のような欠片を他にも回収していたのか? どうやって……まあいい。フンッ」
「あ…………あ……………………」
終焉の魔王エンドロールの力を全て吸い終えると、魔王は元魔王をそのまま床に放り捨てた。ピクピクと痙攣しながらうめき声をあげるエドだったが、完全に興味を失った魔王はそれを一顧だにしない。
「これだけの力があれば、この世界を掌握するのは容易い。ならば次は世界の壁を破る方法を探さねばだが……ふむ、まずはエルフ共を当たってみるか?」
何となくエルフに世界の壁を越える技術があるような気がして、魔王はそのまま謁見の間を出て行った。そうして空虚な部屋に残されたのは、三つの首と一人の男。
「おれ、は……………………」
最後の一人の震える手が転がる首の方に伸び、その指先が届くこと無くパタリと床の上に落ちた。
――第〇〇一世界『勇者顛末録』 終章 世界の終焉
かくて勇者アレクシスは魔王に敗北し、世界は魔王の手に堕ちた。神の威光を失った世界は急速に滅びへと向かい、遠くない未来、その全ては無へと還ることだろう。
後のことは誰にもわからない。神が興味を失った世界を、見るモノなどいないのだから。




