道を選ぶ力が無いなら、せめて全力で走り抜けろ
「ははは、これはまた随分と熱烈な歓迎だね」
その圧倒的な光景を前に、アレクシスが呆れたように笑いながらそう零す。そりゃここまでされたらもう笑うしかないわな。いくら何でも俺達を倒すためだけに、何千……いや、何万か? こんなアホみたいな軍勢を用意するとか、想定外にも程がある。
が、確かに効果は抜群だろう。古来より数の暴力は単純にして強力。一撃で倒せる雑魚相手だろうと、戦えば戦うだけ体力や魔力を消耗するし、剣の切れ味だって鈍る。竜を殺せる英雄だって、一〇〇万匹のゴブリンがいればすり潰せるのだから。
「どうするアレクシス? 撤退するか?」
「逃がしてくれると思うかい?」
「無理でしょ」
ゴンゾの言葉にアレクシスが苦笑し、ルージュが嘆息する。こんな軍勢維持するだけでも大変なはずなので、敵は俺達が魔境を抜ける時期を正確に読んでいたということだ。そんな相手が逃げ道を用意してくれていると考えるほど間抜けじゃない。
ただし、それはあくまで「普通の手段では」ということ。普通でない手段……例えば空間を越えて離脱を可能とする魔導具なら?
「エド、転移結晶を」
「了解……って、何だこりゃ?」
アレクシスに言われて、俺は背嚢から転移結晶を取り出すと、割れないようにくるんでいた厚手の布を外していく。だがそうして現れた転移結晶は、どういうわけか暗くくすんだ色になっている。
「どうしたエド?」
「いや、転移結晶が……」
「……やられたわね」
俺が差し出した転移結晶を見て、ルージュが悔しげにその顔を歪めた。どういうことかと俺達が視線を向ければ、ルージュが説明をしてくれる。
「転移結晶はあくまで魔導具だから、一定以上の魔力があれば阻害できるのよ。といってもこんな開けた場所でそんなことができるのは、魔王本人か、じゃなきゃ幹部くらいだと思うけど……」
「ほぅ? 将がいるのなら名乗り出てきてもよさそうなものだが?」
「相手だって馬鹿じゃないわ。自分が死ねば転移阻害が消えるってわかってるから、奥に隠れてるのよ」
「チッ、面倒な相手だな」
その狡猾さに、俺は思わず悪態をつく。名誉欲に駆られて名乗り出てくれりゃ、口上の間に首を刎ねて片を付けることもできる。だが軍勢の奥に引きこもられてはどうしようもない。
「となると、取れる選択肢はこのまま敵軍に突っ込んで幹部の首を取るか、それとも魔境の中に引き返して――」
パァン! パァン! パァン!
不意に背後から炸裂音が響き渡り、俺達は慌てて振り返る。すると魔境の中から幾つもの火の玉が打ち上げられているのが目に入った。これ以上無い程にわかりやすい合図だ。
「……どうやら背後にも兵が仕込まれているようだな」
「ま、そりゃそうよね」
苦々しげなゴンゾとは裏腹に、ルージュはさも当然という声で呟く。ああ、そりゃそうだ。ここまで用意周到な相手が、背後に逃げ道を残すはずがない。きっと魔境の中では、潜伏と不意打ちに長けた軍勢が獲物がかかるのを手ぐすね引いて待っていることだろう。
「……ふぅ。見えている軍勢に突っ込むのと見えざる罠に飛び込むのは、一体どっちがマシなんだろうね?」
「決まっておろう。どうせ同じなら一歩でも前へ! それが男というものだ」
肩をすくめるアレクシスに、ゴンゾが凶悪な笑みを浮かべて言う。ならばと俺も覚悟を決めたところで、しかしルージュが大きくため息を吐いた。
「ハァー、男って本当に馬鹿ばっかりね。いいわ、そんなに突っ込むのが好きなら、どうせなら一番奥まで突っ込みなさいよ」
「ルージュ?」
「アタシが道を開けてあげる。だから……アンタ達は一気に駆け抜けなさい」
「なっ!?」
その言葉に、俺は驚きの声をあげる。だが俺が何かを言うより早く口を開いたのはゴンゾだ。
「お主、ここで死ぬつもりか? そういうのは年長者の役目であろうが」
「そ、そうだぜ! ってか、そういうことなら一番いいのは俺だろ? 俺が何とかするから、ルージュは……」
「だから馬鹿だって言ってるのよ! ゴンゾが体を張るのはアレクシスを助ける時だし、エドは……こういったら何だけど、ここにアンタを残したってどうにもならないじゃない」
「うっ!? そ、そりゃまあ……」
俺はあくまで剣士なので、その一振りで倒せる敵は精々二、三匹だ。万軍を相手にどれだけ暴れ回ったって倒せる数はたかが知れてるし、そもそも足止めという点では完全な無力、いてもいなくても同じ結果にしかならないだろう。
「その点、アタシは広域殲滅が得意なの。だからここはアタシが残るのが一番なのよ。わかった?」
「で、でもそしたらルージュが――」
「だから何? 全員でここに残ったら、全員で死ぬだけ。でもアタシ一人で残るなら、ほんの少しの隙を作ってアンタ達を進ませることくらいはできる。どうせ死ぬなら意味のある死に方がしたいってだけよ?」
「そんな……っ」
「ルージュ……いいのか?」
「なっ!? おい、アレクシス!?」
真剣な顔でとんでもない事を言うアレクシスに、俺は敬語を忘れてその名を呼ぶ。だがアレクシスはまっすぐにルージュを見ており、逆にルージュはフンッと顔を背ける。
「いいも悪いもないわ。単にアタシは一番意味のある力の使い方を提示しただけ。ほら、詠唱始めるから邪魔しないで。敵だっていつまでも待ってはくれないわ」
「…………わかった」
「アレクシス! お前……っ!」
「いい加減にしなさい!」
アレクシスに詰めようとする俺に、ルージュが怒鳴りつけてくる。
「いつまでも甘えたこと言ってんじゃないわよ! アンタはアンタで、自分にできる最高の仕事をしなさい!」
「ルージュ……俺は……」
「……何情けない顔してるのよ。アタシはアンタと違って天才なんだから、こんな奴らすぐに片付けて後を追うわ。だからアンタはアレクシスを……勇者を魔王のところに連れて行くことだけ考えなさい」
「……………………っ」
まるで聞き分けの無い子供を相手にするようなルージュの物言いに、俺は強く歯を食いしばる。言いたいことは山ほどあるのに、どんな言葉も胸に詰まって出てこない。
「すまんな、ルージュ。確かにワシではお主の代わりはできぬ」
「君の献身には、魔王討伐という結果を以て応えよう。それでいいかい?」
「だからいいって言ってるでしょ。ほら、準備して」
「わかった。ゴンゾ、エド、行くぞ」
「うむ」
「…………はい」
アレクシスの言葉に従い、俺は足に力を溜める。ルージュの覚悟を無駄にしないためにも、俺達は必ずこの軍勢を抜けなければならない。
「燃やせ萌やせ、儚き命。生まれ出ずりて埋もれて還せ。我が魂は永劫にして炎業。その灼熱を――」
背後から、今まで聞いたことの無い詠唱が聞こえる。だが俺は振り返ったりしない。
――もっと俺が強ければ、ルージュと一緒にここに残れたんだろうか
――もっと俺が強ければ、仲間を犠牲にせずにこの場を脱出できたんだろうか
――もっと俺が強ければ、他に選べる未来があったのだろうか
考えても答えは出ない。出るはずもない。選択肢を増やし、悲劇を覆すために費やせる時間はもうとっくに終わっていたのだ。
完全は既に失われ、最善にはもはや届かない。ならばせめて、この身全てで次善を掴む!
「――エルフが秘匿してた禁術の力、見せてもらうわ! 焼き尽くせ! 『ソウル・フレアブラスター』!」
瞬間、目の前に灼熱が走る。それはかつて見た魔術。だがあの時とは比べるのも烏滸がましい極太の閃光が目の前を走り抜け、光に包まれたあらゆるものを跡形も無く消し飛ばす。
「行くぞっ!」
それに一瞬遅れて、俺達は走り出す。光が通り過ぎたばかりの道はとんでもない熱さで、ただそこにいるだけで皮膚が焦げ涙は止まらず、吸い込む息は喉を焼いていく。
だが止まらない。止まるはずが無い。仲間が命をかけて作ってくれた道ならば、俺達もまた命がけで進むのみ。痛みを失うほどの痛みのなか、ゴンゾの使う回復魔術の光に包まれながら俺達は走り続ける。
「……凡人は凡人らしく、精々頑張りなさいよね……エド」
聞こえないはずの呟きが届いたのは、きっと俺の願いの産物。だから俺は涙を流しながら、見えない仲間に振り返ることなく笑顔を送った。




