頑張って強くなろうと思っていたのに、気づいたら既に強くなっていた。何を言っているのかは俺にもよくわからない
そうして旅を再開した俺達は、その後も様々な場所を巡り、様々な問題を解決していった。港町から船に乗って海賊と戦ってみたり、砂漠では天を突く蜃気楼の塔を踏破し、マグマの吹き上げる火山では巨大な火竜と対峙したりと、その冒険はまさに「勇者パーティ」と言ったものだ。
無論、そんな激しい冒険に単なる荷物持ちがついていくのは難しい。ならばこそ俺は強くなるために更なる努力を重ねたのだが……
「そっちに行ったぞ!」
「了解!」
そこは悪名高き不帰の森。人と魔王の領域を隔てる「魔境」と呼ばれる場所にて、俺は大きなイノシシの魔獣と対峙する。ゴンゾの太ももより太い二本の牙を生やしたそいつは体長二メートルほどと魔獣としてはやや小柄だが、ここに生息している魔獣が弱いはずが無い。
「フゴッ!」
鼻を鳴らして爪で地を掻き、次の瞬間には黒い肉の塊が目にもとまらぬ速さで突っ込んでくる。それは並の冒険者なら反応すらできず腹を貫かれ、一流と言われるものでも受け流すのがやっとの攻撃であったが……
「フッ!」
「ブギィーーィィィ?」
俺の一刀が、イノシシの巨体を正面から真っ二つにする。左右に分かれて飛んでいく肉の塊の中央に佇む俺は、返り血の一滴だって浴びていない。真に鋭い一撃は切り裂いてなお切られたことを体に悟らせないのだ。
「ふぅ、まあこんなもんか」
「そちらも終わったようだね」
残心を終え息を吐く俺に、アレクシスが近づいてくる。だがその顔に浮かんでいるのは絶技に対する賞賛ではなく、何処か呆れを孕んだ苦笑だ。
「君が本当にここまで強くなるとはね……これは流石に、僕の不見識を詫びるしかないな」
「いやいや、そんなこと! 一番驚いてるのは俺ですから」
そう、俺は強くなった。旅の途中で高名な剣士に指導してもらう機会があったんだが、そこで教えを受けてみたら、アホみたいな早さで強くなってしまったのだ。
ちなみにその剣士曰く、「貴殿の成長は若者が才を開花させたというよりは、記憶を無くした達人が自らの技を思い出しているかのようだ」とのことで、一体何者なのだともの凄く首を傾げられた。
が、そんな事言われても俺はただの雑傭兵であり、それ以上でもそれ以下でもない。同じ村の子供と馬鹿やりながら成長したんだから「実は記憶を無くしたハーフエルフの拾い子で……」みたいなドラマもないだろうしな。
「ホント、アンタって意味わかんないわよね。前は手を抜いてたって感じでも無さそうだし」
「ガッハッハ、いいではないか! 小僧が強くなって困ることなど何一つないのだからな! 地道な鍛錬で基礎を固めていたからこそ、急に才能が開花するということもあるのだろう」
「ははは……そうだと嬉しいんですけどね」
怪訝そうな顔をするルージュと上機嫌に笑うゴンゾに、俺はなんとも言えない笑顔を浮かべて答える。
まあ確かに、こんな剣技が実践できるのはゴンゾ式の鍛錬を今も地道に繰り返しているからというのはある。基礎的な体力、筋力が跳ね上がっているからこそ剣の技は一層冴え、かつては絶対届かないと思っていたアレクシスとさえ打ち合える程になっているのだから。
「ともあれ、今の君なら僕の背を任せることにも不満は無い。この調子なら……」
「ああ、今度こそ抜けられるかも知れんな」
アレクシスの呟きに、ゴンゾが静かにそう答える。俺が勇者パーティに加入して、もう三年が過ぎた。冒険は佳境であり、俺達は遂に魔王を討伐すべくその領域へと足を伸ばしている。
だが、最後の試練とも言うべき魔境はその環境が過酷であり、様子見の一度目はともかく、しっかりと準備を整えた二度目もその半分ほどで引き返さざるを得ない状況に陥った。
そして今は、満を持しての三回目。多少動きが悪くなったり、戦闘に巻き込んで損耗するのも覚悟で俺とゴンゾで大量の物資を運ぶことで、既に魔境のかなり深いところまで到達している。このままのペースで進めれば、後数日で魔境を抜けられる算段だ。
「エド、水と食料はどうだい?」
「まだ十分に余裕があります。帰りを転移結晶でってことなら、魔境を抜けた先でも一ヶ月はいけるかと」
今回も俺達は、結構な無理をして人数分の転移結晶を用意している。帰りの道程が存在しないなら滞在時間は単純に倍だ。運べる物資に限界がある以上、この差は圧倒的に大きい。
「転移結晶か……前回も使ってしまったから、今回も駄目だと次は用意できないかも知れないな」
「だなぁ。だがいざという時に物を惜しんで命を落としては意味があるまい。使うべき時にはきっちり使い、後は別の手を考える方がよかろう」
「そうね。まだ巡ってない遺跡は幾つかあるはずだし、四つくらいならどうにかなるんじゃない?」
渋い顔をするアレクシスに、ゴンゾとルージュが楽観的な意見を言う。転移結晶は基本的に遺跡からの発掘品なので、金があれば手に入るというものでもない。俺達は勇者パーティなので最優先で回してもらえるが、かといって無いものはどうしようもないのだ。
「てか、今から失敗したときのことなんて考えても仕方ないでしょう? この遠征を成功させて、魔王を倒してしまえばそれで終わりなんですし」
「まあ、そうだね……ふむ、僕としたことが、少し弱気になっていたか」
「失敗を重ねれば誰でも不安を感じるものだ。だがそれを糧に準備を整えたし、お主には支えてくれる仲間もいる。案ずるなアレクシス、勇者の道はワシ等がきっちりと切り開いてみせよう!」
「フンッ! このアタシがいるんだから大丈夫に決まってるでしょ? 情けないこと言ってる暇があるなら、さっさと前に進みなさい! エド、アンタもね」
「え、何で俺? 今の流れで俺が責められるところあった?」
「何言ってるのよ、アンタは存在自体がしょぼくれてるでしょ?」
「何それ酷くない!? ねえ勇者様、俺頑張ってますよね?」
「……フフッ、そうだな。君のような凡人が平然としているのだから、勇者である僕が立ち止まるなどあり得ないことだ。さあ行こう。もう少しで抜けられるはずだ」
「あっれぇ?」
何故か俺への誹謗中傷でパーティの結束が高まり、みんなで軽く笑ってから俺達は更に奥へと進んでいく。昼なお暗い森の中、どこからでも襲ってくる強力な魔獣に神経を尖らせ続け、体力と精神力を削りながらそれでも俺達は歩みを止めず……そして遂に、その時は訪れる。
「ねえ、あれひょっとして外じゃない?」
ルージュの言葉と視線の先には木々の隙間から強い光が漏れているのがわかる。それは即ちそこで森が終わっているということだ。
「おおお、遂にか!」
「よし、あと少しだ! 皆、気を引き締め直してくれ」
魔境を抜けたからといって旅が終わるわけではない。むしろそこから魔王城まで魔王軍の支配領域を抜けていかなければならないし、更に言うなら城に辿り着いてからだって魔王と対峙するまでには厳しい道のりが待っていることだろう。
だが、それでも遂に辿り着いた一区切り。浮き立つ気持ちを抑え、俺達は油断なく、とはいえ少しだけ早足で最後の森を歩き抜けて――
「なん、だと……!?」
「これは……」
「嘘でしょ……?」
「……………………」
久しぶりに開けた視界。その先にある光景に俺達はそれぞれ言葉を漏らす。広がった平地にて俺達を待ち構えていたのは、地を埋め尽くすほどに大量の魔王軍であった。




