誰しも自分の人生の主役だが、誰もが主役っぽい活動をしているわけではない
穴蔵生活の初日は、特に何事も無く終わった。それは二日目も同じであり、そしておそらく三日目の朝――
「……おはよう」
「おう、おはようさん」
むくりと体を起こし、寝ぼけ眼で目をこすりながら挨拶してくるルージュに、俺は軽い感じで答える。ちなみに実際に朝かどうかはわからない。時計でもあればわかるんだろうが、あれは割と高いうえに壊れやすいので、俺みたいな荷物持ちが持ち歩いたりはしないのだ。
「起きたなら、飯食うか?」
「……食べる」
「了解。んじゃ、ほれ」
言って俺が差し出したのは、硬く焼き締めた黒パンにそのままでは食べづらいほど塩っ辛い干し肉、そして水を満たした金属製のカップだ。ルージュはそれらを受け取ると干し肉を細かくちぎってカップに入れ、自前の火魔術で直接カップを温めていく。そうしていい感じに干し肉の味がしみ出した簡易スープに黒パンを浸し、モチャモチャとそれを囓っていく。
「ハァ、流石にこれも飽きたわね」
「はは、そりゃ仕方ねーさ。ここから出たら美味いものでも食えばいい」
「そうね」
今ひとつ覇気の無いルージュの言動だが、これは単に寝起きだからだ。食事を「飽きた」なんて言えるのは、まだまだ余裕がある証拠である。
実際、ここでの生活は思った以上に耐えられている。ルージュが魔力を補充することでランタンはずっと使えているし、水と食料も切り詰めているとはいえ必要最低限はとれており、かつまだ多少の余裕がある。
だが何よりも影響しているのは――
「で? 今日はどんな話を聞かせてくれるわけ?」
ようやくぱっちりを目を見開いたルージュが、俺の顔を覗き込んでそう言う。そう、俺の話す空想与太話をルージュがいたく気に入り、この三日そんな話ばかりを続けていることだ。
話を聞く方はともかく、話をする俺の方は喋れば喋るほど体力を使うし、何より喉が渇いて水の消費が増える。生存を第一に考えるならば、こんな無駄話はするべきではない。
が、閉鎖された空間で無言のまま鬱々と時を過ごせば、体力は温存できても心がやられてしまう。だからこそ俺は消耗を承知で話を続けているし、ルージュもまたそれを聞くことで精神の安定が図れている。ならばこれは必要なコストであり、今回もまた話をすることは吝かでは無いのだが……うーむ。
「何よ? まさかアタシにする話なんて無いとでも言うつもり?」
「またそういう言い方を……でも当たらずとも遠からずってとこだな」
「なっ!? ちょっと、今更どういうことよ!?」
「いや、今更も何も、流石にこれだけ話をしてたら、もうそろそろネタ切れだよ」
俺とルージュは交代で眠っているわけだが、どう少なく見積もっても一日の三分の一は二人とも起きている……つまりその間は話し続けているということだ。最初こそ無限に話が浮かんでくるような気がしたが、流石に三日目ともなると新たに思い浮かぶ話もなくなってくる。
「ってか、そうだよ。俺ばっかりじゃなくて、たまにはルージュ様の話も聞かせてくれよ」
「アタシの話? アタシにそんな面白い話なんてないわよ?」
「別に面白い必要はねーだろ。単にルージュが何処で生まれたとか、どうして勇者パーティに入ったのかとか、そういう話でいいんだ」
「そう言われても……」
俺の提案にやや思案しつつも、黒パンを囓ったルージュがゆっくりとその口を開く。
「アタシはリネン王国のユクトアって町で生まれたの。両親はちょっとだけ裕福な商人で、町に店を構えてるわ。で、アタシは魔術の適性があったから一二歳の時にウィズダスの魔術学園に入って、卒業後はそのまま学園の研究職として勤務してたところをアレクシスに声をかけられた……って感じね」
「おぉぅ、随分短くまとめたな。もっとこう、時間をかけて色々語ってくれてもいいんだぜ?」
「嫌よ、面倒くさい。それに話すことなんて何もないわ」
「そうなのか? 天才だって言うなら、何かこう天才エピソードとかあるんじゃね? 子供の頃にドラゴンを討ち取ったとか、学園を襲った悪漢を撃退したとか」
「アンタ馬鹿なの? 子供が出歩けるほど町の近くにドラゴンなんて来たら国中が大騒ぎになるし、学園が襲われたりすれば普通に常駐の警備員がどうにかするわよ。何で学生や職員のアタシがどうにかするわけ?」
「いや、それ言ったら身も蓋もねーけど……とはいえ一八年も生きていりゃ何かあるだろ? 面白い失敗談とか」
「無いわよ。アンタみたいな奴の言う『面白い失敗』って、酔っ払って馬の尻にキスしたら蹴っ飛ばされたとか、そういうのでしょ?」
「え、何それ面白い。そんなことしたのか?」
意外な一面を見たと感心する俺に、しかしルージュが顔を真っ赤にして即座に否定する。
「してないわよ! てかアタシの話じゃないわよ! ハァ……とにかく、天才は失敗しない……とは言わないけど、何で失敗したのかを分析して成功に繋げる、いわば意味のある失敗しかしないから、そういう単なる間抜けな失敗なんてのは……あっ」
そこで何かに思い当たったのか、ルージュが言葉を詰まらせる。釣り上がった目がいつもより大きめに見開かれ、だがすぐにフッと顔がそっぽを向き……その反応を俺は見逃さない。
「おやおや? ルージュ様には何か面白愉快な失敗談がありそうですな?」
「な、何も無いわよ! 無いったら無いの!」
「えー? 今の反応はありそうだけどなー? 俺も散々話したし、聞きたいなー」
「うるっさいわね! アンタいい加減にしないと――っ!?」
その時、不意にどこからか俺達以外の誰か、あるいは何かの出した音が小さく聞こえた。一瞬で表情を引き締めた俺は、真剣に周囲の気配を探っていく。
「今、音がしたわよね? 救援かしら?」
「いや、違うな。だったら大声で助けに来たって言うはずだ」
俺達は閉じ込められてはいるが、監禁されているわけじゃない。ならば救助隊は自分たちの存在を隠す必要はないので、声を出さない理由が無い。
「どうするの? こっちも声を出してみる?」
「……………………」
ルージュの提案を、俺は無言で検討する。救助隊と違って、俺達の方には見つかったら困る存在がある。即ちロックワームのような魔獣がまだ他にいた場合だ。なので相手が助けに来た人間だと確信できるまでは、可能な限り身を潜めていたい。
「……ねえアンタ……エド?」
「待て。まだ音がしてる……?」
催促するルージュに、俺は自分の口の前で人差し指を立てて告げる。静かに耳をすますと、環境音だと思っていた音の中にわずかな雑音が混じっているのがわかるが……
「あっち、から……?」
「それって……!?」
俺が顔を向けたのは、崩落し塞がった通路側ではなく、無限に続くんじゃないかと思われるロックワームが掘った穴。音が聞こえてきているのは、その暗闇の向こう側からだ。
「おいおいおい、勘弁してくれよ……ルージュ、俺の後ろに」
立ち上がり、俺は剣を構える。幸いにして穴の直径は二メートルほどあるため、これなら十分に剣を振るって戦える。ロックワームの硬い皮膚を切ろうとして無茶をしたせいで若干刃こぼれしているが、それでも素手より万倍マシだ。
そしてそんな俺の背後から、同じく戦闘態勢を取っているであろうルージュの声が聞こえてくる。
「ハァ。アンタみたいなへっぽこに前衛を任せるなんて、不安だわ」
「はは、悪いが我慢してくれや。荷物持ちの意地くらいは見せてやるからさ」
この前は随分とふがいない姿を見せたせいか、ルージュからの親密度はあがっても、信頼度はそのままかむしろ下がっているらしい。完全に自業自得なので、俺は苦笑してそう答えるしか無い。
そう、やるしかないのだ。これで穴の向こうから来たのが別ルートからロックワームの穴に入り込んだ救助隊だったら笑い話で済むんだが……
モゾモゾモゾモゾ……
「来たぞ……って、うわ!?」
「キッッッッッッッッモッ!?」
暗がりから姿を現したのは、地を這う大量のロックワームの幼体であった。




