教えないのは罪ではなく、知らない方が悪いのだ
「……ふむん?」
新たに降り立った世界にて、俺の前に広がっているのは何ともありきたりな光景だった。背後には割と深めの森が広がり、前進すればすぐにしっかりした街道がある。そこを進めば平原があり、更に先にはきちんとした防壁に囲まれた大きな町が見えた。
「おおー、普通ね! でもそれが何か新鮮!」
「だなぁ。こういう感じは、ゴウさんの世界以来か?」
あそこは良くも悪くも馴染みにある感じの世界だったが、その後は全てが終わった吹雪の世界で悲しい旅をし、ウンバボな密林で文明と離れた生活を送り、最後は森に埋もれた世界でアイドル生活をしていた……改めて思い返すと普通の冒険とか全然してねーな。
「とはいえ、まだまだ油断はできないわよね。あの町に辿り着いたら、何かとんでもない事があったりするんでしょ?」
「そんなことはねーと思うけど……断言はできん」
比率で言うなら、普通に勇者パーティに加入して魔獣と戦ったりしつつ魔王討伐を目指す……という世界はかなり多い。何なら一〇〇ある異世界の半分くらいはそんな感じだったわけだが、そんななかでそうじゃない世界をここまで引き当て続ける運命力を、俺は決して侮ってはいない。
それに、毎回世界をかき回してくれる「神の欠片」の存在も見逃せない。俺の右手には人差し指、中指、薬指と三つも宿っているわけだが、これの対処法は未だにわからないままだ。
三本までくると、正直結構不快だ。親指や小指は剣を握る時に重要なので、また増えるなら今度は左手にでも押し込めるか? そろそろ本気でどうにかしたいところだが……マジでどうすりゃいいんだろうな、これ? チッ、捨てられるならその辺にペイッと投げ捨ててやるんだが。
とまあ、そんな事を考えたり話したりしながら歩いていけば、すぐに町まで辿り着いてしまう。門番に入町税を払って中に入ると、そこで俺達が目にしたのは……
「……普通ね?」
「ああ、普通だな」
きちんと整備された石畳の大通りと、その脇に立ち並ぶ石造りの建造物。派手な舞台はないし、獣人や海賊も跋扈していないし、誰も壺を割っていない。あまりにも普通な光景に、逆にちょっとだけ驚く。
「ちなみに聞くんだけど、ここがどんな世界かわかる?」
「あー、すまん。流石にこれだとちょっとわかんねーな」
特徴が無いのが特徴という世界は、おおよそ二〇個ほど思い当たる。そのどれかではあるんだろうが、じゃあどの世界かと言われると全く分からない。時代がずれているとかでなければ、流石に勇者に会えばわかるとは思うが……
「考えても仕方ねーし、とりあえず冒険者ギルドにでも行こうぜ。多分あるから」
「そうね。こういう世界でこういう町なら、多分あるわよね」
この世界での身分証を作るという意味でも、初手で冒険者ギルドに行くのは鉄板だ。レインのところみたいにその役目が別の職種に置き換わっていたり、あるいはドナテラの世界のようにギルドそのものが存在しないこともなくはないが、これだけ普通を強調してくる世界ならまず間違いなくあるだろう。
というか、あった。この手の施設のご多分に漏れず、町に入ってほど近いところに大きくしっかりした建物があり、俺やティアのように武装した人間が頻繁に出入りしているので、まず間違いなくあそこが冒険者ギルド……あるいは呼び方が違うだけで同じ役割をしている何かだろう。
そう当たりを付けて入ってみれば、やっぱりそこは冒険者ギルドだった。小銭を払って新人として登録を済ませると、俺とティアは連れだって依頼書の張り出されている掲示板の前に行ってみる。
「薬草の採取に魔獣の討伐、行商人の護衛……凄いわエド、全部普通よ!」
「ははは、楽しそうだなぁ」
楽しげに、かつ驚いた表情で報告してくるティアに苦笑しつつ、俺は俺で依頼を見ていく。と言っても特にこれといったのは……お?
「なるほど、この世界か」
「あら、何かいい依頼があったの?」
「ああ。こいつを受けるぞ」
俺が手にしたのは、俺達がこの世界にやってきたあの森の中程に生えているという、とある植物の採取依頼。俺は依頼書をペリッと剥がすと、受付のところへ持っていく。
「すみません、この依頼を受けたいんですけど」
「拝見します。って、え!? これは…………」
その依頼書を見て、受付のお嬢さんの顔が露骨にしかめられる。さっき登録したのもこの窓口だったので、俺が「何も知らない新人」であるとわかっているからだ。
「あの、こちらの依頼は――」
「いいじゃねぇか! 受けさせてやれよ!」
何かを言いかけた受付嬢の口を塞ぐように、背後から粗野な声が響く。振り向いてみれば、そこではひげ面の男がにやけた顔をしてこちらを見ている。
「ガジルさん! でも――」
「いいんだって! なあ新人、そいつは難易度が低い割には報酬が高い、いい依頼だ! 目の付け所がいいじゃねーか!」
「はあ、どうも」
「そいつなら死ぬこたぁとはねぇだろうから、気をつけて行ってきな! 何事も経験ってやつだ、ガッハッハ!」
「もう……で、どうします? 受けられますか?」
「はい、お願いします」
「はぁ……わかりました」
俺の言葉に、受付嬢が小さくため息をついてから受領処理をしてくれる。その後はガジルとかいうひげ面の男に見送られ、俺とティアは冒険者ギルドを後にした。
そうして森へと向かう道すがら、徐にティアが俺に話しかけてくる。
「ねえエド、さっきのはどういうこと? あの受付の人、何か言いかけてた感じだったけど」
「ああ、この依頼の植物な、スゲーベタベタするんだよ」
「べ、べたべた!?」
笑いながら言う俺に、ティアがピクリと耳を震わせる。
「そう、ベタベタだ。地面にそのまま生えてるみたいな花なんだが、ちゃんとした手順を踏まないで摘もうとすると、花の先っちょのところからこう、ぶわーっと蜘蛛の糸みたいなのが吹き出してきてまとわりつくんだ。
で、それがまたとれねーんだよ。森の中だから枝とか落ち葉とかがひっついてそりゃあもう大変なことになるわけだな」
「うわー、最悪じゃない! じゃあ、あの人はそれを知ってて教えてくれなかったってこと? 随分意地悪ね」
「はは、そうでもねーさ。冒険者やるなら事前に情報を仕入れるのは当然だ。採取依頼を受けるのにその植物の採取方法を知らないなんてあり得ないだろ? そういう基本ができてない奴が痛い目を見るってだけで、実際命の危険があるわけでもねーから、それを学ぶにはちょうどいい経験ってのも嘘じゃねーし」
情報不足が致命的な状況を招くのは不運ではなく当然だが、それを悟った時には既にどうしようもないというのもまた世の不条理であり道理である。
そういう意味では比較的危険の少ない状況でそれを経験させるというのは、先輩冒険者として決して間違った行いではない。だからこそあの受付嬢もそれを黙認したんだろう。
「なら、あの人はいい人なの?」
「一概にどうとは言えねーけど、ちょいと手荒で雑だけどまあまあ面倒見のいい先輩ってところか? 新人の側からすりゃ、そういうのは『言っても分からない奴』にだけやってくれとは思うけどさ」
経験しなきゃわからない馬鹿もそりゃいるが、大抵の奴は言われればわかる。だから最初は普通に言葉で説明して欲しいと思うのは決して贅沢じゃないだろう。まあ説明を求めること自体が贅沢だと言われたらそれまでなんだが。
「とにかく、俺はこいつの採取方法をちゃんと知ってるから、糸まみれになったりはしねーよ。安心してくれ」
「ふーん。ちなみにその方法は、糸まみれになる前に調べたの?」
「…………ノーコメントだ」
人間、痛い目をみればその対処法を学ぶ。体感で百数十年経っていたとしても、そういう経験は忘れない。ただそれだけのことであり、他意は無い。無いのでティアさんにはニヤニヤとこちらを見てくるのを是非とも辞めていただきたい。
「まあいいわ。じゃあこの依頼を受けたのは、使える新人として認めてもらうため?」
「いや、そうじゃなくて――」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
俺達の目指す先から、何とも暑苦しい声が聞こえてくる。眉をしかめるティアを連れて声のした方に歩いて行くと、そこには真っ白な糸に全身を巻き付けられた青年がいた。
「糸が!? 超! 巻き付いてやがるぜぇぇぇぇぇ!?!?!?」
「えぇ、何あの人……?」
「あー、あれが俺のこの世界の勇者だよ」
呆れるティアの横で、俺は苦笑しながらその事実を告げた。




