一時だけの栄光だろうと、想い出が残れば十分だ
「ふぁぁぁぁ……今回も何とか帰ってこられたわねぇ」
「そうだな……って、何やってんだティア?」
いつも通りに「白い世界」へと帰還を果たした俺達だが、俺の隣では何故かティアが腕を伸ばしたり腰をひねったりしている。いつもはそんな事しないのに、何故に?
「ん? ああ、あれよ。今回って歌ったり踊ったりで体は動かしてたけど、戦闘とかは全然しなかったでしょ? だから体の調子が少しずれてる感じだったんだけど……うん、大丈夫そうね」
「ああ、そういうことか」
確かに今回、俺達は剣の一つも振るっちゃいない。そんな状態が一年近く続いたのだから、体に違和感を覚えても当然だろう。
とは言え、俺達の場合はここに戻ることで体の状態も巻き戻る。必死に鍛えようが食っちゃ寝生活でブクブク太ろうが、ここに来た時点で戻ってしまうのだから、その手の「感覚のズレ」にはすぐに対応できてしまう。
なにせ絶対変わらない基準があるわけだからな。変化後ではなく変化前……今この瞬間の状態を覚えていれば、そこに合わせるのは簡単なのだ。
「それにしても、大変だけど楽しい世界だったわね。まさか私が見世物小屋の芸人さんみたいなことをするなんて……フフッ」
「ほほぅ、ティアさんはアイドル生活がお気に入りですかな? なら次の世界でも歌って踊ってみるか?」
「うーん、それは流石に遠慮しておくわ。ああいうのは時々やるから『楽しかった』ですむのよ」
「ははは、そりゃそうだ」
どんな世界でも頂点を目指そうとすれば大変な苦労を伴う。俺達みたいな旅人は触りの楽しい部分だけをひと囓りして満足しておくのがちょうどいいところだろう。
「さ、それより今回も早く読みましょ? レインちゃんは世界一のアイドルになれたのかしら?」
「おぅ、そうだな」
ティアに促され、俺はすぐにテーブルの方へと歩み寄った。椅子に座ってから今回もまたそこに置かれている「勇者顛末録」を手に取ると、少々薄めなそれのページをゆっくりと開いていく。
「ふむふむ……最初の方は特にどうってこともないのね」
「まあ、本人も普通の村娘だって言ってたしな」
導入部分に描かれているのは、小さな村に生まれたレインが周囲の大人の優しさや理解に包まれながら健やかに成長していく様だ。ちょっと年上の男の子に歌をからかわれるなんて微笑ましい事件も挟まったりするが、逆に言えばその程度のことが話題になる程度の、温かく平和な日常。
そしてその成長過程で、レインはアイドルに憧れるようになる。きっかけは両親に連れられて近くの町でアイドルの舞台を見たことで、これも子供にはありがちな体験だ。
だがどんなにありがち、ありきたりであろうと、その人物にとっては自分の人生こそが全て。やがて一念発起したレインは両親に送り出されて件の町へと選考会を受けるべく辿り着き……
「で、俺達に出会ったってわけだ」
「レインちゃんの視点でみると、本当に唐突な出会いよね」
「だよなぁ。マジでティアがいなかったらどうにもならなかったと思うぜ」
一周目とは大きく違うこの出会い方だと、大人の男である俺が意気消沈したレインを励ましてアイドルの道に戻すのは相当以上に困難だったことだろう。最低限の信頼を得るという最初のとっかかりさえ乗り越えられればいけそうだが、その最初の難易度が高すぎる。
「あら、でも今のエドならエッダになればいけるんじゃない?」
「勘弁してくれよ……」
からかうようなティアの言葉に、俺は苦笑しながらそう呟く。確かに女の体になれるのは便利だが、それに慣れるのは正直ちょっと危ない気がしている。俺という存在そのものが神に創られたまがい物だという思いが、どうしても俺の根底にあるからかも知れない。
「ほれ、そんなことより続き読むぞ」
「はいはい」
誤魔化せているかは甚だ疑問だが、とにかく俺はティアに声をかけてからページをめくっていく。その先は俺達が出会った後の話ではあるが、当然俺達が知らないことだって幾らでもある。
突出した才能は、どうあれ他人を惹きつける。俺達の知らないところでこっそりと悪意を向けられていたり、またレイン自身も才能に翻弄されて悩んだり苦しんだりしている。
それはただ歌うことが好きなだけだった少女が、一人前のアイドルに成長していく物語。勿論まだまだ道半ばではあるが、少しずつ強く大きくなっていくレインの姿は、子育てなんてしたことの無い俺からすればまるで我が子が育っていくかのような喜びを感じられる。
本当に子供を育てたことのある奴からすれば「ふざけんな」とでも言われそうだが、こういうのは雰囲気だからな。とにもかくにも知っている部分にしたり顔で頷き、知らない部分にドキドキハラハラしながら読み進め……
「いよいよ、これで終わりか」
残るページは、あと少し。俺達の去ったその後の顛末に、俺とティアは静かに目を走らせていく。
――第〇一四世界『勇者顛末録』 最終章 夢の向こう側
新たなメンバーを迎え、更に己を磨き続けた勇者レインとその一行は、その後わずか一〇年ほどで世界にその名を知らぬ者がいないほどのアイドルとなった。
だが所詮はただのアイドル。たとえその歌声が世界の壁を越えようとも、その名声が永劫に続くことはない。魔王の存在に気づくことなく、ただ人々のために歌うだけだった勇者レインは歴史の片隅に小さくその名を残すのみで、七二歳にしてその生涯を終える。
刹那の輝きのために使命を忘れ、娯楽として消耗されてしまった勇者レイン。その愚かさと哀れさに、神は同情の涙を一滴垂らした。
「いや知らねーよ! あと泣いときゃいいと思ってんじゃねーよ!」
聞こえているとは思えないが、俺は思わずベシッと本を叩きながら突っ込みを入れる。そもそもアイドルの仕組みを変えることで神が何をしたかったのかがわからないわけだが、とにかくコイツがろくでもないという結論だけはこれっぽっちも変わらないのが逆に凄い。
「ふふ、レインちゃんはちゃんと『世界一のアイドル』になったのね」
「だな。ま、順当と言えば順当だけど、よく頑張ったもんだ」
確かにレインには才能があった。俺が知ってる限りではあるが、周囲の人々にも恵まれていたと思う。理解のある両親や競い合えるライバル、支えてくれる大人もいて、これでどうすりゃ失敗できるんだよと言えるくらいの鉄壁の布陣だ。
だが、そこまでのお膳立てがあろうとも、本人が頑張らなければ何も変わらない。どれほど道が舗装されていようとも人生に乗り合い馬車はなく、自分の足で一歩一歩、意思と覚悟を持って進まなければ何処にも辿り着けやしないのだ。
レインはそれをやり遂げた。生涯を通じて歌い続けられたというのなら、これ以上の結末などないだろう。
あとついでと言ったら何だが、魔王クロムはちゃんと仕事をし続けているらしい。倒されないどころか気づかれてすらいないようだから、この後もきっと新しいアイドルを見つけてはマギリウムを振っているんだろう。
そのブレない生き様が想像できて、少しだけ幸せな気持ちになる。確かに元は俺であっても、心を持つ彼らが人と共に幸せに生きている姿は、俺にとっても希望なのだ。
「はぁ、この分じゃクロムの力も全然回収できそうにねーなぁ。またパワーアップし損ねちまったぜ」
「……ねえエド。そんな嬉しそうな顔で不満を口にしても、説得力がこれっぽっちも無いわよ?」
俺の頬を、ニヤニヤ笑うティアが指で突いてくる。その猛烈なウザさに、俺はジロリとティアの方に目を向ける。
「ティア? それ以上調子に乗ってると、酷い目に遭うことになるぞ?」
「まあ怖い! 一体どんな目に遭わされちゃうのかしら?」
「そうだな……とりあえずマギストッカーに鍵をかけて、甘い物は当分禁止にするか」
「そんな!?」
「……糖分だけに」
「……うわぁ」
「……………………」
とても可哀想な人を見る目をティアが俺に向けてくる。その沈黙にいたたまれず、俺は大げさな動きで席を立つと次の扉の前まで歩き始める。
「ほら、行くぞ! 次だ次!」
「そんなに急がなくてもいいじゃない。まだ糖分は当分持つわよ?」
「……………………」
「あ、勿論当分は等分に分けるわよ? あとはえーっと……何かある?」
「知るか! くっそ、マジで一ヶ月ぐらい甘い物は禁止にするからな!」
「そんな酷いことしちゃ駄目よ! 女の子の半分は甘い物でできてるんだから!」
「……なら、残りの半分は?」
憮然とした表情で問う俺の顔を、ティアがちょんと指で突いて笑う。
「勿論、愛に決まってるじゃない!」
「……さいですか。何とも胃もたれしそうな構成ですこと」
苦笑いを浮かべながら、俺は〇一四と書かれた扉の前に立つ。この先に待つのは勝手知ったる未知の世界。願わくばそこも、うちの愛と甘い物でできているお嬢様が楽しめる世界でありますように。
「んじゃ行くぞ?」
「いいわよ。行きましょ」
差し出した手を笑顔で掴むティアと一緒に、俺は今日も新たな世界へと足を踏み入れるのだった。




