何処を探しても見つからなかったものほど、ポロリと足下に転がっていたりする
とまあ、そんな感じで選考会を突破し見事この地方に所属する正式なアイドルになったことで、俺達の生活は更なる多忙に見舞われることになった。ジョーニィによる指導時間は減るどころか増える勢いなのに、舞台にまで立つようになったのだから当然だ。
だがそれすらも、一月二月と経てば慣れてくる。アイドルになって三ヶ月……つまりはレインと行動を共にするようになってから半年経つ頃には、俺はすっかりアイドル稼業に馴染んでいた。
「お疲れー」
「お疲れ様」
「お疲れ様です!」
今日も今日とて舞台を終えて、俺達は控え室へと戻ってくる。そこには花束やら手紙やらのファンからの差し入れがあり、ティアやレインだけではなく何故か俺宛のものまである。
「うわ、またあの人かよ……」
「あら、エッダったらモテモテね」
「勘弁してくれよ……」
確かに今の俺は女の体だが、見知らぬ男から「汚物を見るような目で見下しながら踏みつけてください」と言われて喜ぶ趣味は微塵もない。一体どういう心境だとこんなものを書いて、しかも相手に送ろうと思うんだ? マジでわけがわからん。
「てか、それを言うならティアだって十分に人気者だろ? 目に見えてる人気って意味じゃ、ティアが俺達のなかで一番なんだし」
「あはは……レインちゃんは人気っていうか、何か崇拝されてる感じになってるものねぇ」
「うぅ、私も普通のアイドルになりたいです……」
レインの歌はあまりにも素晴らしすぎて、最近は「アイドル教会」の本部からも聞きに来る人がいるらしい。また聞いた人が例外なく感動の涙を流すことから「奇跡の歌」なんて呼ばれ初めており、文字通りアイドルではなく偶像としての立ち位置の方が確立されそうな勢いなのだ。
そう言う意味では、一般的な人気は実はティアが一番ある。こればっかりは流石のジョーニィも計算外だったと苦笑いしたくらいだ。
「でもまあ、その辺はジョーニィさんの演出が完成すれば何とかなるんじゃねーか? あれで随分印象変わるっぽいし」
俺達「レインボウティア」は、その名の通り七色の側面を持つ。同じような舞台ばかりで飽きられないように、そして俺の実力不足を悟らせないように、それぞれが七種類の異なる演出を持つことを目指しているのだ。
とはいえ、たった半年の現状ではとてもそんな高度な事はできないため、今は俺がスカーレット、パープル、コバルトの三種類に、ティアがグリーンとイエローの二種、そしてレインは現状ブルーの一種類しか実現できていない。全員が七色全ての演出をマスターするのは、それこそ何年も先のことだろう。
まあ俺やティアがそこまで付き合うことはないわけだが、それすらもジョーニィの計算に入っており、演出を頻繁に変えることで別人が入ってきても違和感が少ない状況を作りたいのだそうだ。その辺は本職であるジョーニィに任せているので、俺としては言われたとおりの練習を一生懸命やるだけである。
「あ、すみません。私ちょっとおトイレ行ってきますね」
と、そんな雑談のなかで不意にレインが席を立ち、控え室に俺とティアだけの二人きりになった。疲れた体にまったりとした思考が張り付く俺の横で、ティアが呟くように言葉を漏らす。
「はぁ。それにしてももう半年経つのね……」
「そうだなぁ。毎日忙しかったし、あっという間だったなぁ」
「半年ってことは、もう帰れるのよね?」
「……ああ、そうだな」
ティアに問われて、俺はその事実を思い出す。既にレインはアイドルとして走り出しており、もう俺達がいなくなっても簡単に潰れたりはしないだろう。問題となる人材集めも、ジョーニィの伝手とこの三ヶ月の実績があればどうにかなると思う。
「つっても、流石に引き継ぎなしでいきなり辞めるってわけには――」
「ねえエド、私ずっと気になってたことがあるんだけど」
エッダではなくエドと呼ばれたことで、俺は意識を切り替えてティアの方に視線を向ける。わざわざそう呼ぶからには、そういう話題であるはずだからだ。
「何だ?」
「この世界って、何処に魔王がいるの? 私この半年の間に、魔王の話題って聞いたことないんだけど」
「ああ、それか…………」
当たり前であり今更の疑問に、俺は軽く頭を抱える。それは俺としても悩みの種であり……そして珍しく解決法を持っていない問題だからだ。
「ズバッと言っちまうと、この世界では魔王の存在は確認されていない」
「え? それは魔王がいないってこと?」
「いや、違う。勇者がいる以上、魔王は確実にいる。っていうか魔王がいないと俺達がここに来る理由がそもそもねーし。だから魔王自体は確実にいるはずなんだ」
「? 確実にいるのに確認されてないの?」
「そうだ。一応可能性としてはレベッカの世界の『霧の魔王』みたいに、この世界を埋め尽くす森が魔王の力で形成されていて、世界の何処かに魔王がいる……ってのが一番有力かな? あるいはジョンみたいにひっそりこの世界に馴染んで暮らしてることもあるかも知れん」
「うわぁ、それは……大変そうね」
「ああ、大変なんだよ」
もしこの世界の魔王が「森の魔王」だった場合は、その発生源である魔王が確認すらされていないなら、おそらく人類の生活圏内には存在していない。今から世界の果てまで旅立つとなれば相当な時間が必要になるだろう。
逆に人に交じって暮らしているなら、対外的には無辜の一般人を俺が殺害する形になる。当然そうなると俺に巻き込まれる形でレインやジョーニィに迷惑がかかるので、そっちはそっちで大変だ。
「でも、そんなに大変ならどうして最初から魔王討伐に動かなかったの?」
「動かなかったってか、動けなかったのが本音だな」
勇者の行動は、必ず魔王討伐への道に繋がっている。だがその繋がり方はその時々で違い、アレクシスやワッフル、ゴウのように直接魔王を討伐する勇者もいれば、レベッカやドルトン師匠みたいに間接的に魔王を倒すきっかけを作る勇者もいる。
「レインがアイドルにならないってことだけは絶対に避けたかった。だからそっちを優先したんだよ。それにこの世界の魔王がすぐ倒せる場所にいるとは限らねーし」
ミゲルのいた世界のように、遠くの大陸一つを完全に占拠してるとかだと、追放スキル全開の俺が単独で突っ込んでも何十年という大仕事になる。流石にそんなにレインを放置することになれば、その後にアイドルに……なんてどうやっても無理だろう。
だからこそ、姿の見えない魔王の存在は先送りにした。その判断が間違っているとは思わない。思わないが……
「まあでも、勇者レインの運命は繋いだ。確かにそろそろ動き出す頃かも知れねーな」
「じゃあ、やっぱり……?」
「ああ。そう遠くないうちに、話をしてみようと思う」
女の体になって歌って踊っての日常を繰り返していたとしても、俺の本質は雑傭兵のエドであり、終焉の魔王エンドロールであることに変わりはない。俺にできることは俺と神が持ち込んだこの世界の厄介ごとを綺麗にして、あるがままに皆が生きていけるようにすることだけだ。
「そっか。寂しくなるわね」
「ははは、何だよ。アイドル生活は楽しかったか?」
「ま、それなりにね。でも終わりがくるのはわかってたことだもの。ただ、具体的にはどうするの? アイドルを辞めちゃったら、そのまま元の世界に帰っちゃうんじゃない?」
「うーん、それなんだよなぁ……」
それこそが今の俺が抱える一番の問題。まさかレインを連れて何処にいるかわからない魔王を探して倒す旅に出るなんてことができるはずも……いや、待てよ?
「ジョーニィさんに頼んで世界中の舞台を回って歌うみたいな感じにしたら、割と何とかなったりしねーかな? 確かジョーニィさんの計画でも、一〇年かけて世界中の誰もがレインを知ってるようにするとかって話してたし」
「そう言えばそんな話してたわね。あれ? じゃあひょっとして今のままアイドルを続けてたら、そのうち魔王に出会ったりするのかしら?」
「いやいや、流石にそこまで都合よくはいかねーだろうけど……でも、うん。確かにちょっと希望は見えてきたな。今度ちょっと相談してみるか」
回り回った回り道こそが、意外にも正解だってこともある。気を取り直した俺は近々話をしてみようと心に決めつつ、その後もアイドル活動に精を出していたわけだが……
「よーしお前等、よく集まったな! 今日もこの俺の歌を…………あれ?」
それから数日後の舞台。いつものように観客を煽ろうとした俺の視線の先に、不自然な黒いフードをスッポリとかぶった存在が映る。色んな意味で濃いやつの多い俺のファンとしては一見するとそこまで際だった存在ではないが……え、嘘だろ!?
「おまっ!? まっ!?」
「エッダ? どうしたの?」
「……………………いや、何でも無い」
慌てて場を仕切り直し、俺は何とかいつもの調子を取り戻すべく努力する。だが……
(魔王が普通に観客にいるとか、そんなのありか!?)
胸の内に浮かぶその絶叫だけは、どうやってもかき消すことができなかった。




