上から言っても通じないなら、下から叩いてやればいい
「いやー、素晴らしい歌でした! 文句なく合格……あっ」
拍手を終えた審査員の一人が、興奮冷めやらぬ様子でそう口にしてすぐに顔をしかめる。一応審査はこの後のはずなので、そんな事を言ったらマズいのだろう。
と言っても、それを声高に咎める人物はこの場にいない。他の審査員も苦笑する程度で……つまりはそのくらいレインの歌は素晴らしかったということだ。
「で、では、これから審議に入りますので、皆さんはもう少しここでお待ちください。それでは一旦休憩ということで」
そう言うと、審査員の人達がそそくさと部屋を出て行った。すると舞台を降りた俺達に他の参加者達がワッと押し寄せてくる。
「素晴らしい歌と演出でした! あれは一体どうやってるんですか!?」
「その、良ければこれから僕達と一緒にお食事とかどうでしょう?」
「フフッ、演出に関しては秘密よ? お食事は……ごめんなさい、仲間がいるから、いつか機会があったらね」
唯一の男性参加者達に言い寄られるティアは、慣れた調子であしらっている……というか、実際慣れているんだろう。今までの世界でも割と口説かれたりしてたみたいだしな。
まあ、あっちは平気だ。まさかこんな場所で強引に迫ってくるわけもないし、仮にそうであってもティアが負けるはずがない。問題があるのはむしろ俺の方だ。
「とても素晴らしかったです!」
「お、おぅ。ありがとう」
一番最初に歌を披露した女の子達の一人が、どういうわけか猛烈に俺に詰め寄ってきている。とは言え今の俺は女の体なわけで、そう変なことは――
「ああ、あの暴力的な音と、刺激的な演出! まるで激しく抱きしめられているようで、私もうキュンッとしちゃいました! その、お姉様? よければこの後一緒にお食事でも……」
「お、お姉様!? いやほら、俺も仲間と打ち上げとかあるし? そういうのはまた次の機会ってことで」
「次!? わかりました、次の機会のためにお姉様に相応しい女の子になれるよう、精一杯頑張りますね! どうしよう、香水とか買った方がいいのかな? あとセクシーな下着も……ブツブツ」
「お、おぅ?」
おかしい、何かが食い違っている気がする。だが他の二人の子は何か「あちゃー」って顔してるし、ティアはティアでまださっきの男達と話してるし、レインは……うむん?
「ふふふ、どうでしたかエリザベートさん!」
俺が視線を向けた先では、得意げな顔をしたレインがエリザベートに話しかけていた。だが声をかけられたエリザベートの方は、どうにも浮かない表情だ。
「……ええ、とても素晴らしかったですわ」
「ですよね! こんなちゃんとした場所で歌うのは初めてでしたけど、自分でも上手くできたなって思ったんです! これならエリザベートさんにも負けませんよ!」
「負けないなんて、私は…………」
いや、浮かないどころじゃない。何処か諦めたような表情は、まるで勝負に負けて心が折れてしまったかのようだ。
「…………ジョーニィ様の目は、やはり正しかったのですね。貴方の歌は本当に……本当に素晴らしかったです。ええ、私など足下にも及ばないほどに」
「そんな!? そんなことないですよ? エリザベートさんの歌だってすっごく素敵でした!」
「ふふ、お世辞はいりませんわ。はぁ、世間知らずは私の方でしたわね。正式に謝罪いたしますわ」
「お嬢様……」
「エリザベートさん……」
完全に自信を喪失しているエリザベートに、おつきの二人もレインもどう声をかけていいかわからない様子だ。そして俺は、何故一周目でエリザベートがアイドルをしていなかったのかが理解できた。
きっと一周目でも、エリザベートは選考会でレインの歌を聞いたのだ。そしてその時、自分より遙かに優れた才能に出会ったことで心が折れて、アイドルの道を断念してしまったのだろう。
もしこのまま放置すれば、きっと今回も同じ結末に至る。それは歴史の流れとして正しいのかも知れないが……
「なあ、ちょっといいか?」
俺はキラキラというかギラギラした目を向けてくる女の子から離れ、エリザベートの方へと近づいていく。するとエリザベートはいかにも無気力な感じでゆらりとこっちに顔を向ける。
「あら、貴方はレインさんの……貴方にも謝罪いたしますわ。先ほどの歌は――」
「おいおい、ちょっと待て。俺にも謝罪? 正気か?」
「……それはどういう意味でしょうか?」
馬鹿にするような俺の言葉に、沈んでいたエリザベートも流石にちょっとムッとする。うむうむ、どうやらまだ火は消えきってないようだな。ならばここは強気に押すのみ!
「どうもこうも、言ったまんまさ。俺に謝罪だと? あんたの目は節穴か? 俺のあの歌が、本当に自分より凄かったと思ってるのか?」
「そ、それは……」
まさかそんな事を言われるとは思っていなかったんだろう。途端に困り顔になったエリザベートに、俺はニヤリと笑ってみせる。
「確かにジョーニィさんの指導は的確だったし、考えた演出は凄かった。そして俺もそれをできるだけ完璧に実行できるように、精一杯努力した。だが俺はちゃんと俺の事をわかってる。派手な動きと言動でごまかしはしたが……俺は何処まで行っても二流どまりだ。
それに対してあんたはどうだ? そりゃレインは別格だろうし、ティアだって十分に上手かったけど……俺程度の歌に負けたと、今この場で本当にそんなこと言えるのか? いや……言っていいのか!?」
「っ…………」
「駄目だよな、駄目に決まってる。今この場でレインより凄い歌を歌える奴はいなかった。それは誰に聞いたって同じだし、そこに負けを認めるのはいいさ。でもその勢いで明らかに自分より劣ってる奴に敗北宣言なんてしたら、あんたは二度と上を目指せなくなる。
それとも何か? エリザベートお嬢様はたった一度の敗北でスゴスゴ引っ込むような腰抜けなのか?」
「そ、そんなことはありません! 私は、私は……っ!」
キッと俺を睨むエリザベートの視線が、すぐにレインの方に向けられる。突然睨まれてビックリしたレインの顔に、エリザベートは思いきり指を突きつけて叫んだ。
「そうですわ! 今は、今だけは敗北を認めますけど……でもこれで終わりではありません! ええ、そうですとも。アイドルとしての活動はこれから始まるのです。いつかきっと……いえ、そう遠くないうちに貴方よりずっと凄い歌を歌って、誰よりも輝くアイドルになってみせますわ!」
「私だって負けません! もっともっと頑張って、世界中の人を笑顔にできるような最高のアイドルになってみせます!」
「フフッ、ならば足をすくわれないように、精々努力することね! 最後に勝つのはいつだってこの私、エリザベートなのですから! オーッホッホッホッホ!」
エリザベートの高笑いが、部屋の中に響き渡る。その目にはしっかりと輝きが戻っており……うむ、これならもう平気だろう。
「エッダは相変わらず面倒見がいいわねぇ……うりうり」
「ちょっ、やめろよ!?」
そんな俺の隣にやってきたティアが、ツンツンと脇腹を突いてくる。とてもくすぐったいのでやめて欲しい。あとそんな俺達をさっきの女の子がスゲー目で見つめながら「ああ、尊い……」とか呟いているのが何気に怖い。そうか、師匠のところで修行してた時、ティアがギルドで向けられてのはこういう視線なのか……そりゃ困るわな。
と、そこで室内にさっき出て行った審査員達が戻ってくる。俺も含めた参加者全員が姿勢を正すと、審査員の一人が俺達全員を見回してから言葉を発する。
「お待たせ致しました。では結果を発表させていただきます。今回の合格は……『アイリス』、『エリザと愉快な下僕達』、そして『レインボウティア』の三組となりました」
「やったー!」
「あぁぁ……まあ仕方ないか」
「あんな歌を歌う子がいるなら、そりゃ私達程度じゃ無理よね……」
「オーッホッホッホッホ! 当然の結果ね!」
「やりました! やりましたよティアさん! エッダさん!」
「やったわねエッダ! レインちゃんも!」
「おう! やったぜ!」
受かった者、落ちた者。それぞれが悲喜こもごもの反応を示す中、俺達は順当に勝ち取った合格の言葉にきっちり抱き合って喜びを分かち合うのだった。




