本職が本気を出すと、踏み台が発射台になる
「うわー! 外から見たときも思ったけど、中もすっごく広いのね」
選考会の会場へと辿り着き、この中では唯一初めてここに来たティアがそう声をあげる。建物の外観とは裏腹に会場は特に飾り立てられてはいないが、単純な広さとしてはお城の舞踏会場と言われても通るものであり、部屋の奥三分の一ほどが一段高い舞台となっている。
そんな会場には、俺達の他にはさっきのお嬢様達しかいなかった。お嬢様はチラリとこちらを見ただけで声をかけてくることもなく、そのまま待つことしばし。程なくして他の参加者も集まり、審査員が入ってきたことでいよいよ選考会が始まった。
「これよりリーガラッハ王国クレイン地方における、中期アイドル選考会を開始します。では最初は……グループ名『アイリス』の方々、どうぞ」
「私達!? は、はい!」
「希望する曲はありますか?」
「あ、あの、ステビアさんのメモリーオブユーをお願いします!」
審査員に問われ、一人がそう答える。するとすぐに舞台の脇に置かれた魔導具から音楽が鳴り始め、それに合わせてアイリスと名乗った三人組が歌を歌い始めた。
「へー、選考会ってこういう風にやるのね。呼ばれる順番はどうやって決めてるのかしら?」
「さあな。意図があるのか適当なのか……とりあえずこっちは呼ばれたら行くだけだ」
何番目に呼ばれるのかは、俺達にはわからない。ただそれでも今回は五組だけなので、そう時間はかからないだろう。一周目の時は三〇人とかいたからなぁ。まあ今回も実質一五人ではあるけれども。
っと、そんな事を考えている間にも、一組目の演目が終わる。五人いる審査員からパチパチとまばらな拍手が起こり、中央の一人が彼女たちに声をかけた。
「はい、ありがとうございました。では次の――」
「あの! ご、合格かどうかは……」
「それは全員が終わってからの発表となります。では、次の……ノーブルボーイズの方々、どうぞ」
「はい!」
次に呼ばれたのは、男性の三人組。その次はまた女性の三人組で、四番目に呼ばれたのは――
「では次、『エリザと愉快な下僕達』の方々……どうぞ」
「オーッホッホッホッホ! やっと出番ですわね! さ、行きますわよ」
「「はい、お嬢様」」
実にそれっぽい高笑いを決めながら、お嬢様……多分エリザなんだろう……達が舞台へと上がっていく。そして流れる曲は……うむん?
「? 聞いたこと無い曲です?」
ジョーニィの指導の一環として、既存の有名曲はほぼ全て聞き込んでいる。が、全く心当たりの無い曲がかかり、首を傾げたレインにエリザがドヤ顔で指を突きつける。
「当たり前でしょう! これは私のために作らせた私だけの曲ですもの! 本邦初公開の私の華麗な歌を堪能できることを光栄に思いなさい! では行きますわよ!」
高らかなかけ声と共に、歌が始まる。フリフリのドレスに身を包んだエリザの動きは一つ一つの動作が洗練されており、透き通るような高音の声はなかなかの美声だ。
それにあのやり方……
「ねえエッダ。あれって……」
「ああ、俺達が本来やろうとしてたやり方だ」
エリザがフリフリのドレスなのに対し、脇の二人は通常女性が着ることのない執事服のようなものを着ていた。そんな二人が常にエリザの横に立ち、人為的に「黒」を作り出すことでエリザの存在をより強烈に強調させている。
それは主役と脇役の完全な役割分担。かつて俺とティアがレインを目立たせるために目指したやり方の完成形がそこにはあった。
そうして歌が終わると、審査員達のみならず、ライバルであるはずの他の参加者からも拍手が起こる。そこには俺やティア、レインのものも当然含まれており、特にレインは目を輝かせて思い切りパチパチと拍手を送っている。
「凄かったです! えっと……エリザさん?」
「私の名前はエリザベートですわ! 貴方は……」
「私はレインです! 一四歳です!」
「そう。ジョーニィ様に教えを請うた幸運なちんちくりんは、レインと言うのね。私の舞台はどうだったかしら?」
「最高でした! まさに私の憧れたアイドルって感じで、とってもキラキラしてました!」
軽い嫌みを込めた発言に対し、レインがまっすぐに感動を伝えたことでエリザが微妙に顔をしかめる。
「そ、そう? それはまあ、よかったですわ。フフッ、実力は知りませんが、どうやら人を見る目だけはあるようですわね」
「私もエリザベートさんに負けないように、素敵なアイドルになります! だからそこで見ててください!」
「まあ、構いませんわよ。別に人数制限があるわけじゃないですから、貴方が落ちようと受かろうと私の合格に変わりはありませんもの。
ならばゆっくりと貴方達の痴態を拝見させていただきますわ」
「はい! 見られても恥ずかしくない舞台をやってきます!」
多分そういう意味じゃないとは思うが、まあレインが張り切ってるなら突っ込むこともないだろう。それにこのエリザ……エリザベートお嬢様とやらも、微妙に尖った言動ほど悪い人物には思えない……というか、普通に実力がある感じだったが、どうして一周目ではアイドルやってなかったんだろうな? それが一番不思議だ。
「最後。『レインボウティア』の方々、どうぞ」
「お、呼ばれたぞレイン」
「はい! じゃ、行ってきますねエリザベートさん!」
「フフフ、遂に練習の成果が発揮できるのね」
呼ばれて俺達は舞台にあがる。下から、あるいは横から見ている側だった自分がここに立つのは未だに違和感があるが……まずはやるべき事をやろう。
「曲は……これも事前に提出していただいたものですね。では、始め!」
審査員の言葉から三秒ほど遅れて、会場に音が鳴り響く。その荒々しい曲調はどう考えてもレインには似合わないもので……ならばこそ俺はレインを脇に寄せ、自分が中央に立つ。
「えっ、あの子が歌うんじゃありませんの!?」
すると、舞台の下から驚きの声が聞こえてくる。声の主たるお嬢様の方に顔を向けると、俺はニヤリと笑って審査員……いや、観客の顔を舐めるように見回した。
「ハッハー、驚いたか? だが虹ってのは色が変わるもんだ。その時その時、全員が主役で脇役! まずはこの俺、エッダ・スカーレットの燃える歌を聴きやがれ!」
大声でそう叫び、俺は舞台の上のみならず、外すらも飛び回りながら一心不乱に歌い続ける。俺の歌唱能力は並。故に技術ではなく声量で客を叩きのめし、派手な動きと近い距離で驚き戸惑う客の心を力尽くで鷲づかみにする!
「終わる世界に赤熱裂空! 黒く渦巻く灼熱烈風! 歪む未来に猛烈絶句! さあ引導をくれてやれ――ティア!」
「任せて!」
パチンと手を打ち鳴らし、俺が引っ込む代わりにティアが前に出る。するとその瞬間曲調が一気に変わり、激しく熱い空気が木漏れ日溢れる森の中のように感じられる。
「二番、ルナリーティア・エバーグリーン! さあ行くわよみんな!」
その言葉と共にティアの周りに風が渦巻き水がたゆたう。精霊魔法を演出に使っているのだ。そうして精霊と戯れながら歌うティアの横では、レインが楽しげに水の乙女と遊んだり、俺は火蜥蜴の吐いた吐息に眉毛を焦がされ追いかけたりする。無論その辺も全部演出だ。
「吹き抜ける風 髪を揺らして、私の足も自然と弾む。何処に向かって歩こうかしら? 手の引く貴方は緑の旅人――」
楽しく明るい曲調は、さっきまで圧倒されるだけだった観客達の心を優しく解きほぐし、一緒に踊り出したくなるような気分にさせてくれる。そんなティアの歌が終われば……最後は遂にレインの出番だ。
「明るい未来を、見つけて行こう――最後、レインちゃん!」
「お任せです! レイン・スカイブルー! 歌います!」
またも曲調が変わり、穏やかで落ち着いた感じになる。何処にでもある子守歌すら神の歌となり得るレインが、自分のためだけに書かれた曲を歌えばどうなるか……その答えは明白だ。
「いつかいつか、夢見てた。君と二人、歩くその道。いつもいつも、感じてた。君と二人、進むその先――」
「……………………」
事ここに至れば、俺もティアも余計なことはしない。レインの邪魔にならないようにその横にそっと立ち、時に顔を見合わせ笑ったり、手を繋いで小さく振ったりと、決められた演出ではなく歌に動かされる心のままに振る舞う。
派手な動きも、目を見張る魔法もない。ただ歌が、魂を揺さぶる歌だけが世界の全てを包み込み……そしてそんな時間も、あっという間に終わりを告げる。
「いつかいつか、歩いていく。君と出会う、その時に。そしていつか、またいつか。何度だって伝えるよ、『初めまして』――ふぅ。ありがとうございました!」
曲が止まり、歌い終えたレインに合わせ、俺とティアも舞台上でぺこりと頭を下げる。すると数秒の沈黙の後に俺達に降り注いだのは、二〇人にも満たない人数とは思えないほどの万雷の拍手であった。




