指導者が優秀だからといって、教え子も優秀とは限らない
そこから始まった訓練の日々は、それはもう大変なものだった。そりゃそうだろう、歌の訓練なんて魔王エンドロールの時代まで遡っても初めてだ。当時の俺が歌ったりしたら滅びの歌になりそうだしな。
「ほら、そこ! 顎を引いて背筋をまっすぐ! 体の中を通る音の流れを意識しなさい!」
「は、はい!」
何だよ音の流れって……と思いつつも、俺は言われたとおりに訓練を重ねる。すると流石はプロということか、割とあっさり歌が上手くなる実感を得ることができた。ジョーニィ曰く「元が大したことないから目に見えて上達するだけよ」と呆れ顔で言われたが、そうなると辛い訓練も楽しくなる。
また、歌と平行して踊りの方も指導を受けたのだが、やはりそっちも一筋縄ではいかなかった。剣士としての動きこそ身についているが、俺の体は大して鍛えられていない二〇歳の……しかも今は女になっていることもあり、どうにも勝手が違う。
宿は俺とエッダとティアで三人分の金を払い、ちゃんと定期的に男に戻ってはいるんだが……何というか、慣れすぎるとそれはそれで怖い気がするので、違和感を感じるくらいがちょうどいいんだろう。うむ、これは深く考えたら駄目なやつだ。
そうそう、歌に関しては天才という表現すら生ぬるいレインも、踊りに関しては完全な素人だ。田舎暮らしで体力があったため動けないというわけではないが、普段使わない場所の筋肉を酷使したことで、俺とレインは揃って筋肉痛に悩まされたりもした。
ちなみに、ティアだけ平気なのはきっとドナテラのところでウララーウンバボな踊りを踊りまくっていたからだろう。俺と違って巻き戻っても勇者パーティの一員として魔王を倒した後の体だから、基礎的な身体能力がそもそも違うしな。
「フフーン、エッダもレインちゃんもまだまだね?」
「うぅ、体中が痛いです……」
「くっそ、せめて元の体なら……」
「ほらほら、休んでる暇はないわよ! いえ、休むときにはきっちり休ませるけど、今は追い込む時よ! さっさと立って! もう一回!」
「「は、はい……」」
「はーい!」
情け容赦の無いジョーニィの言葉に、俺とレインはふらふらと立ち上がり、ティアは余裕で元気に手を上げる。とは言えこっちも日々の成果は着実に積み上がっていき、気づけば筋肉痛もなくなり、長時間歌って踊ってを繰り返しても息切れする時間はドンドン短くなっていく。
そうして遂に……俺達は運命の日を迎える。
「いよいよだな……」
貴族の豪邸と言われても納得するような、煌びやかで馬鹿でかい建物。ここはこの町のアイドルに関連した事務的な手続き等を一手に引き受けている施設であり、選考会が行われる会場でもある。
一周目の時、ここには何度も訪れて面倒な手続きをやったもんだが……まさか自分がアイドルになるために来ることになるとは夢にも思わなかった。
「うぅぅ、緊張しちゃいます……」
「あら、でもレインちゃんは前にも来てるんでしょ? その時はどうだったの?」
「あの頃の私は、世間知らずだったからこそ怖いもの知らずだったんだと思います。でも今は色々知っちゃったので……」
「ははは、まあ確かに、外から見る分にはキラキラしてるだけだもんなぁ」
見た目が煌びやかだからといってその内情まで夢見がちに輝いているというわけじゃない。ジョーニィは俺達がアイドルになることを確定事項と考えていたためか、その裏側についても色々と教えてくれた。
生々しい競争や政治、経済、宗教に拘わる裏のやりとり。そういう本来なら知らなくていいことまで丁寧に伝えてくれたのは、レインが間違いなく上まで上り詰めること、そしてそうなればその手の話から逃れられないと見越していたからだろう。
俺も一周目で色々経験していたが、それでも俺の知らないエグい話がこれでもかと出てきて、荒事に慣れている俺やティアはともかく、レインはかなり怯えていた。
だがそれでも、レインはアイドルを諦めなかった。憧れを現実に置き換え、夢を実現するために向かい合う。今俺の隣に立っているのは、田舎から出てきた純朴なだけの娘じゃない。それがとても頼もしく……だが少しだけ寂しい。
「ほれ、気合い入れろレイン! ここは単なる通過点なんだ。こんなところで緊張してたら大舞台には立てねーぞ?」
「そうよ。あんなに沢山練習したんだから、このくらい楽勝で通らなきゃ!」
「ハッ!? そうですね。教えてくれたジョーニィさんのためにも、気合いで合格してみせます!」
「ジョーニィ様?」
俺とティアの励ましにレインが気合いを入れ直していると、不意に背後からそんな声が聞こえた。俺達が振り返ると、そこにはキラキラ輝くゴージャスな金髪をたなびかせる少女が立っていた。見た目的にはレインと同じかやや年上くらいで、きつめの目つきが似合う美人さんだ。
「貴方今、ジョーニィ様に教えられたと言いましたね? ひょっとしてジョーニィ様に指導を受けた候補生というのは、貴方達のことなのかしら?」
「? はい、そうですけど? どちら様でしょうか?」
「まあ! この私を知らないなんて、どれだけ世間知らずなのかしら!? まったく、これだから田舎娘は……」
「あの、お嬢様? 今のお嬢様はまだ一般人ですので、知られていなくて当然なのでは?」
「だよなー。アイドルが三人組じゃなきゃ駄目っていう決まりを知らなくて、いきなりお屋敷に戻ってきて連れ出されたときにはどうしようかと思ったぜ」
「お黙りなさい!」
金髪少女の左右には、バッチリ黒服を決めているやや年上くらいの女性が二人付き従っている。というか、今の話……?
「なあ、ひょっとしてあんたも前の選考会に落ちたのか?」
「落ちた!? そんなわけないでしょう! ただ私一人で並のアイドル三人分を超える魅力を秘めているという事実を、見る目のない方々が理解してくれなかっただけで……」
「そりゃ無理だろ……」
お嬢様の呆れた言い分に、俺は思わず苦笑する。もしそれが通るなら、並のアイドルを一〇〇人集めたより歌が上手いレインだってとっくにアイドルになれていただろうからな。
「あれ? でもそれなら、レインちゃんは知ってるんじゃないの? 同じ場所にいたんでしょ?」
「うーん? そのはずですけど、どうにも覚えが……こんなわかりやすい人、会っていれば絶対忘れないと思うんですが」
「ああ、それに関しては仕方ないかと。どうやらお嬢様は『主役は遅れて登場するものですわ!』などと言って遅めに会場入りした挙げ句、件の条件を突きつけられて泣きながらお屋敷に帰ってまいりましたので」
「ああ、そういう……」
お付きの一人と思われる女性の言葉に、俺は納得しつつお嬢様の方を見る。なおお嬢様本人は「泣いてなどおりませんわ!」と猛抗議しているが、お付きの人は冷静に……というか無表情で流している。つまりいつもこんな感じなんだろう。
「と、とにかく! 貴方のようなちんちくりんや、貴方のような下品な方や、貴方のような……えっと…………」
お嬢様の視線がレインから俺へと移り、最後にティアを見たところでその言葉を詰まらせる。ティアの容姿は大層可憐なので、ちょうどいい罵倒の台詞が浮かばないんだろう。
「……はっ!? 耳! 妙に耳の長い方になんて負けるはずがありませんわ! どうやってジョーニィ様を誑かしたかわかりませんが、指導者がどれだけ優れていても本人の実力が劣っていれば同じ事! この私がトップで合格する様を指をくわえて見ていなさい!」
ビシッと指を突きつけてそう言うと、お嬢様一行がその場を歩き去って行った。後に残された俺達の間には、何とも微妙な空気が流れる。
ちなみにだが、耳が長いというのは背が高いとか足が長いとかと同じなので、ティア的には罵倒されたという意識はないはずだ。そして俺も、下品の権化のような存在だった魔王ラストの体を下品と酷評されても、「そうだよなぁ」としか思わないので一切気にしていない。
「あの人、一体何だったのかしら?」
「さあな。ま、大して気にする必要はねーだろ」
「ぐぬ、ちんちくりん……せめて来年なら……」
「いや、レインは来年になっても小さいままだと思うぞ?」
「はわっ!? 何て酷いことを言うんですか! いくら自分がないすばでーだからって……えいっ!」
「ちょっ、揉むな! やめろ!」
恨みがましい目で俺の胸を揉んでくるレインの手を、割と本気で引き剥がす。女の体で女の子に胸を揉まれるというのは、俺の中でやり場のない謎の感情が湧いてきて困るのだ。
「ほら、馬鹿なことやってないで、さっさと受付するぞ! それともさっきのお嬢様みたいに大物ぶって最後に登場したいか? スゲー目立ってるぞ?」
「そ、それは嫌です! ティアさん、エッダさん、早く行きましょう!」
「はいはい、転ばないようにね……フフッ。それじゃエッダ、私達も行きましょ」
「おう!」
すんなり合格するには何やら波乱がありそうだが……とにかく俺達はぴょんぴょん跳びはねるレインを追って、選考会の受付を済ませるべく建物の中へと入っていった。




