地に這うことが限界ならば、誇りを持って踏み台になろう
「アタシとしたことが、これほどの才能を見逃していたなんて……それもこれも教会がでしゃばって訳の分からない決まりなんか作るからよ。何よ神託って。現代のアイドルはもっと民衆に密着した泥臭い存在なのよ! それを何時までも神の意志がどうなんて言い続けて……ブツブツ」
レインの歌を聴き終えたジョーニィが、椅子をガタガタ揺らしながら猛烈な勢いで独り言を呟き始める。このまま放置するとマズいことになりそうなので、俺はジョーニィの意識を引き戻すべく声をかける。
「あの、ジョーニィさん?」
「ん? 何よ? ってそうよ! さっさとアタシを解放しなさい! もうアンタ達を衛兵に突き出す気なんてないわ。いえ、この子に巡り会わせてくれたと考えれば、感謝してもいいくらいね」
「わかりました。じゃ、今外します」
俺はジョーニィの背後に回り、その手足を縛り付けていた縄を切る。するとジョーニィは椅子から立ち上がり、拘束されていた手首をグルグル回したりして調子を確かめ始めた。
「ふぅ、ようやく自由になったわね……でも本当によかったわ。アタシ以外の誰かにきちんと才能を見いだされるならまだしも、もし変な奴に捕まって歪められたり潰されてしまったり、あるいは誰にも気づかれることなくこの子がアイドルを目指さなくなっていたとしたら、業界の……いえ、世界の損失ですもの!
安心しなさい。この子……レインちゃんだったかしら? はアタシの手で最高のアイドルに育ててあげるわ。でも、そうなると残りの二人が問題ね……」
「あ、それなんですけど、とりあえずその二人は俺とティアで間に合わせようかと思ってるんですけど、どうでしょう?」
「……貴方達が?」
俺のかけた言葉に、ジョーニィが訝しげな顔で俺とティアを交互に見てくる。が、すぐに小さくため息をつくと、立ち上がったばかりの椅子にストンと腰を下ろす。
「ふぅ、まあいいわ。なら貴方達のことも見せて頂戴」
「分かりました。じゃ、ティアから頼む」
「いいわよ。さっきと同じ歌を歌えばいいのよね?」
「ああ、それでいい」
「はーい。じゃ、歌うわね」
そう言って、ティアもまた同じように歌を歌い始める。エルフに伝わる民謡らしく、独特のテンポと素朴ながらも広がりのあるメロディーがティアの澄んだ声に乗って室内に響き渡り、気づけばユラユラと体を揺らしている自分がいる。
だがそんな俺の隣では、ジョーニィが真剣な表情でティアの姿を見、歌を聴いている。そうして一曲歌い終えると、軽く顎に手を当てながらその口から評価を下す。
「ふーむ……まあまあね」
「まあまあ……は喜んでいいの?」
「いいんじゃねーの? とりあえず褒められてるんだろうし。ですよねジョーニィさん?」
「そうね。この子ならおそらく一流半くらいまではなれるんじゃないかしら? ただこの子は……難しそうねぇ」
「あの、何か問題が?」
ティアがアイドルに向いているかどうかなんて、俺は考えたこともない。不安になってジョーニィに問いかけると、その顔がキュッとしかめられる。
「世の中には、指導したら駄目っていう子もいるのよ。で、この子は間違いなくその類いね。天然なら光り輝くのに、下手に磨いたら傷だらけに、無理に形を整えようとすると割れて壊れちゃうの。
だからこの子には自力で才能を発揮してもらうしかないわ。勿論基礎的な訓練指導はできるけど、そこから先は本人次第ね。そういう意味でも、最大限頑張って一流半が限界だとアタシは見たわ」
「なるほど……」
「ほえー。私ってそんななのね」
ジョーニィの解説に、俺とティアは揃って納得顔をする。確かにティアの魅力は自然体だからこそであって、型にはまった画一的な動きをさせるのはあまり向いていない気がする。
自分で連れてきておいて何だけど、俺みたいな追放スキルがあるわけでもないのにこんな短時間でティアの人となりを見抜くとか、やっぱり本職はスゲーな。
「じゃ、次は貴方ね」
「あ、はい…………」
「エッダ、頑張って!」
「頑張ってくださいエッダさん!」
そしてできれば忘れて欲しかった俺の番。ティアとレインからの応援を受けて、観念した俺もまた歌を歌う。うぅ、ジッと見てくるジョーニィの視線が痛い……
「……ふぅぅ。という感じなんですけど」
「…………二流までなら、どうにかでっち上げられると思うわ」
苦い顔をしたジョーニィが、そういって頭を抱えながら首を横に振る。いいさ、わかってたことだ……って、おぉ?
「うーん?」
「ジョーニィさん!? な、何ですか!?」
どういうわけか席を立ち、ジョーニィが俺に顔を近づけてくる。四〇過ぎのおっさんの顔が息がかかりそうな程近づいてくるのは、端的に言って恐怖だ。
「どうもおかしいのよね。今の歌とか言動からしても、貴方を売るなら粗野でワイルドな路線……歌の下手さを派手な動きや刺激的な言葉で誤魔化してお客を釣るしかないってわかってるのに、貴方の奥に違うものが見えるのよ」
「違うもの、ですか?」
「そう。その体を最大限に活用して、媚び媚びの言動とあざといポーズで人を惹きつける小悪魔みたいな女の子の姿が、どういうわけだかちらつくの。そっちの貴方を引き出せれば一流どころか超一流すら目指せそうな気がするんだけど……」
「うげっ!?」
嘘だろ、まさかラストのことを見抜いた!? 確かにこの体はラストの体を再現したものだから、あの言動を真似れば文字通り男性客を虜にすることだってできるんだろうが……
「いやいやいやいや! それはきっとジョーニィさんの勘違いですって! ほら、俺にそんなの絶対向いてないですから!」
「……そうよね。レインちゃんみたいな凄い子を見逃したりしてるし、ちょっと疲れてるのかしら」
「そうですとも! きっと俺が無理矢理ここに連れてきたせいで、精神的な疲労が溜まってるんですよ! そんなことより、俺達二人はどうでしたか?」
ラストのような真似はあらゆる意味で俺にはできないし、したくない。強引に話題を変えると、途端にジョーニィの表情が険しくなる。
「この際だからハッキリ言うけど、貴方達二人じゃどう頑張ってもレインちゃんと釣り合わないわ。いえ、アタシの知る限りではレインちゃんに釣り合う子なんて一人もいない。だからもし貴方達で三人組を組むなら……貴方達二人はどんなに頑張ってもレインちゃんの引き立て役で終わるわ。
特に貴方。貴方名前は……」
「俺ですか? エド……じゃない、エッダです。ちなみにそっちの子はルナリーティアです」
「エッダにルナリーティアね。そっちのルナリーティアちゃんなら、まだレインちゃんをきっかけに上にあがれる可能性があるわ。でも貴方は完全な引き立て役だけで終わる。
それはきっと、アイドルになれなかった時よりも惨めな未来よ。『一番下』の比較対象として話題になり、色んな人から馬鹿にされて『アイツよりはマシ』と言われるような、そんな立ち位置。貴方にはそれを受け入れる覚悟があるの?」
まっすぐに真剣に、綺麗事で包み隠さずジョーニィが現実で殴りつけてくる。だがその姿勢こそ、俺がレインを任せたいと思った最大の理由だ。
ならばこそ、俺は笑顔で答えられる。
「勿論。俺とティアの目的は、本当に凄くて本気でアイドルを目指しているレインを、ちゃんとアイドルにしてやることです。だから俺達はきっかけでいい。もしも俺達よりも適切な子が見つかったら、その場で入れ替えられても文句はいいませんよ。なあティア?」
「そうね。最初からそのつもりだし、そうなるまでの間で楽しめれば十分よ」
「エッダさん、ティアさん……っ」
一度交わした約束を、俺達はもう一度口にする。そんな俺達をレインは潤む目で見つめてきて……そしてジョーニィがニヤリと不適な笑みを浮かべた。
「いい。いいわ。アタシは今まで何人もアイドルを育ててきたけど、貴方達みたいに最初から捨てられてもいいなんて覚悟の子は一人もいなかった。そりゃ当然よね、誰だって自分が一番になりたいからアイドルを目指すんですもの。
でも、貴方達はそうじゃない。かといって嘘を言ってるわけでも、適当に流そうとしているわけじゃないのもわかる。ふふふ、いいじゃない、面白いじゃない!」
ガタッと立ち上がったジョーニィが、胸の前で拳を握る。その目は情熱に燃えており、挑戦的な笑みを湛えたまま俺達三人の顔を見回してくる。
「わかったわ。ならこのアタシが、レインちゃんを最高のアイドルにしてみせる! そしてそのために貴方達二人を、最高の捨て石に育成してあげるわ!
最初の目標は……三ヶ月後にある選考会のトップ合格! そのためにも明日から猛特訓を開始するから、三人とも覚悟しなさい! 一切の妥協も甘えも許さないわよ!」
「は、はい! 精一杯頑張ります!」
「おう、頑張ろう!」
「ええ、頑張りましょ!」
火の付いたジョーニィの姿に、緊張と興奮の入り交じったレインがピシッと背を伸ばして返事をし、俺とティアも笑顔でそれに続く。うーん、当初の予定とは随分と違ってきた感じだが……ま、いいさ。乗せられてやるよ。
果たしてこれが神の意思によるものなのかどうかはわからねーが、とにかく俺はこうして生涯で初めて、アイドルになる訓練を受けることになった。




