明らかな犯罪行為ですが、最終的に同意が取れれば問題ありません
一応、弁明をしておこう。俺は別に歌が下手ってわけじゃない。レインは別格として、ティアの歌が思った以上に上手かったことで相対的に下手くそに聞こえただけであり、俺の歌唱能力はあくまでも一般レベルであることだけは強調しておきたい……まあ一般レベルでしかないと言われたら、それはそうなんだが。
「……よし、踊りだ。こういうときは体を動かそう」
「それはいいけど、アイドルってどんな風に踊るの? 昨日見た舞台みたいな感じって言われても、流石に覚えてないわよ?」
「それは…………」
改めてティアに問われて、俺は視線をレインの方へと向ける。するとそれに気づいたレインが、ワタワタと顔の前で激しく手を振る。
「いやいやいやいや、私も詳しくは知らないですよ!? 確かにアイドルの踊りは何度も見たことありますけど、当たり前ですけどみんな違う踊りでしたし……」
「まあ、そうだよなぁ。ってことは、やっぱり指導してくれる人が必要か」
最初から分かっていたことだが、俺達がアイドルになるには指導者が必要だ。ここで漫然と歌を歌ったり適当に体を動かしているだけでは、一生アイドルにはなれないだろう。
「指導者ですか。選考会に通れば、そういう人を紹介してもらえたはずですけど……」
「それじゃ意味が無いわよね。というか、じゃあ選考会に出る子達は誰に教わってるの?」
「指導料を払えば教えてくれる人はそれなりにいるのです。でも有名な先生は指導料も高いですし、そもそも予約が一杯でとてもじゃないけどお願いできないです。
かといっていきなり頼んで受けてくれるような先生だと、正直どうかなって感じはしちゃいますが……」
「気持ちはわかるけど、この際贅沢は言ってられないんじゃない?」
難しい顔をするレインに、ティアが常識的な言葉を投げかける。だが……
「フッフッフ……」
「うわぁ、エッダさんがすっごく悪そうに笑ってます?」
「エド……じゃない、エッダがそういう顔をするってことは、何か考えがあるの?」
「ああ、任せとけ。俺にちょっとした心当たりがあるからな」
一周目の時、既にアイドルだったレインには当然指導者がついていた。超がつく一流なので金でもコネでも雇えないが……だからこそ抜け道もある。
「明日には引き合わせられると思うから、明日の朝もう一度ここに来てもらってもいいか?」
「私ですか? いいですよ。どうせやることはあの裏路地で落ち込むことくらいですし」
「え、あれまだやるつもりだったの!?」
「そりゃそうですよ! 一度始めたからには、きっちりやりきらないと気持ち悪いですし」
「その真面目さは違う方向に発揮した方がいいと思うけど……」
にこやかにおかしなことを言うレインに、ティアが呆れた声を出す。その後はとりあえず練習場を後にし、昨日と同じ店で夕食を食べて解散して……そして翌朝。
「それじゃ、入ってくれ。素早くな」
「? はい?」
昨日と同じ練習場に、俺はレインを招き入れる。するとそこには椅子に縛り付けられた一人の男が待っていた。坊主頭に四角い眼鏡、おまけにやたら派手なピンク色の服に身を包んだ四〇代中盤くらいの男が、入ってきた俺を見てパクパクと口を動かす。
が、その声は聞こえない。男の側に立つティアの精霊魔法により、男の声が漏れないようにしてもらっているからだ。
「あの、エッダさん? これは一体……?」
「ああ、この人が俺達の指導をしてくれる人だ」
「えっと、じゃあ何で椅子に縛られてるんです?」
「そりゃお前、無理矢理連れてきたからだよ。ジョーニィ氏は何人ものアイドルを育てた有名人だからな。こうでもしねーと話を聞いてもらえねーだろ?」
「えぇ……? ちょ、ちょっと待ってください。無理矢理連れてきたって、それ誘拐したってことじゃ……!?」
「ははは、細かいことは気にすんなって」
「気にしますー! 何やってるんですかエッダさん! これガチに犯罪なやつじゃないですかー! ど、ど、どうしよう? 今すぐ衛兵さんを呼んで……ああ、でも、これ私も共犯で逮捕されちゃうやつですか!? うぅぅ、お父さんお母さん、ごめんなさい……レインはアイドルじゃなく誘拐犯になってしまいました……」
「まあまあ落ち着けって、大丈夫だから」
「大丈夫な要素がひとつも見つかりません……」
宥める俺の言葉に、しかしレインはその場で手を床につガックリと崩れ落ちる。うーん、こりゃ先に向こうと話した方がいいか。
「悪いようにはしねーから、とりあえずレインはそこで話を聞いててくれ。ということで……ティア、いいぞ」
「はーい。じゃ、魔法を解除するわよ?」
「――――ないっ!? あ、あら? 声が出る……?」
「はいどうも、ご不便をおかけして申し訳ありませんでした、ジョーニィさん」
「全くよ。アンタ一体自分が何をしたか、ちゃんとわかってるんでしょうね?」
一礼してみせる俺を、ジョーニィがギロリと睨み付けてくる。
「それは勿論。ですがご容赦ください。著名な指導者であるジョーニィさんにお声をかけるには、このくらいしか手段が思い浮かばなかったもので」
「フンッ! それで? 今の話からすると、単純な身代金目当てとか、アタシの力で余所のアイドルに圧力をかけたいとかじゃなくて、指導をして欲しい子がいるみたいだけど?」
「ええ、その通りです。実は――」
「嫌よ!」
未だに床で蹲っているレインを俺が紹介するより早く、ジョーニィがきっぱりとそう断ってくる。
「常識で考えなさいよ! 夜中に人の家に忍び込んで誘拐しておいて、そんな奴のいいなりにアイドルの指導なんてするわけないでしょ!? それに、そんなことしても無駄だわ」
「無駄というと?」
「だって、ここまでしなきゃアタシの目にとまらない程度の存在なんでしょ? だったらその子の才能なんてたかが知れてるじゃない。
確かにアタシが指導した子はみんな一流のアイドルになったけど、でもそれはあくまでも本人に磨けば光るだけの才能があったからであって、そもそも才能の無い子にどれだけ労力をかけたって、才能に見合う結果にしか辿り着けないわ。
まあアタシもそれなりに力があるから? コネである程度の地位まで強引に押し上げるくらいならできるでしょうけど……」
そこで一端言葉を切ると、ジョーニィが嘲るような視線を俺に向けてくる。
「民衆は間抜けだけど馬鹿じゃないわ。人気も流行も作れるけれど、そんなものは長続きしない。お貴族様の思い出作りっていうならそれで十分なんでしょうけど、わざわざ誘拐なんてしたくらいだから、そっちの繋がりじゃないんでしょ?
なら惨めになるだけだから辞めときなさい。今すぐアタシを解放するなら、三ヶ月も牢屋で反省すれば済むようにしてあげるわよ」
こんな状況におかれてなおアイドルに対して真摯に向き合う姿勢を見せるジョーニィに、俺は内心で感嘆を贈る。が、それで引き下がるわけにはいかない。
「これはこれは、お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫ですよ。彼女……レインがジョーニィさんの目にとまらなかったのは、才能が無いからではありませんから」
「はぁ? なら何が原因だって言うのよ? 言っておくけど、アタシはアイドルの選考会は全部見てるわよ?」
「ははは、それが問題なんですよ。というか、正確には今年から変わったルールが問題だったというか……」
「……ああ、そういうこと」
俺の言葉に、ジョーニィが納得したように頷き、多少の哀れみを込めてレインの方に目を向ける。
「確かに三人組じゃなきゃ駄目なんて、馬鹿げたルールよね。でもお偉いさんが決めちゃったんだから、そんなのアタシにはどうしようもないわ。
それに、三人組が組めなかったっていうなら、やっぱりその程度ってことよ。たった二人の身内すら惹きつけられない子が、何万という民衆の心を動かすことなんてできるはずがないわ」
「それは……まあ御託を並べるよりも、実際に聞いてもらった方が早いですね。おーいレイン、そろそろいいか?」
「……ハッ!? エッダさん、私悪い夢を……夢じゃないですー!?」
「いや、それはもういいから。それよりここで一曲歌ってくれるか? 昨日と同じ歌でいいから」
「は、はぁ……いいですよ。もう取り返しの付かないところまで巻き込まれてる気がするので、歌くらいは……」
「じゃ、頼む。ということでジョーニィさん。まずは聞いてやってください。これが俺達の推す……世界を変えるアイドルです」
「ハッ! 随分と大きな口を叩くのね。ま、いいわ。聞いてあげる」
椅子に座られたままのジョーニィを前に、レインが歌を歌い始める。そしてその瞬間から、馬鹿にしたようだったジョーニィの表情が刻一刻と変わっていく。
ジョーニィは有名人だ。故に二流三流の輩がどれだけ訪ねようと門前払いされるだけで、一流になってようやく面会することが適う。あるいは超一流であれば、ジョーニィの方から声をかけることだってあるかも知れない。
だがもし、超一流すら遙かに超える才能の持ち主がいたら? 大言ではなく当たり前として全てを凌駕する圧倒的な人物がいたら、どうなるか? その答えは、俺の目の前にある。
「…………えっと、どうでしょうか?」
「アタシに――」
気まずそうな顔で歌い終えたレインに、ジョーニィがかすれた声を投げかける。その目からは涙が溢れ、だが決して瞬きすることなくレインの姿をまっすぐに見つめている。
「アタシに貴方を指導させて頂戴! 貴方を磨き上げるために、アタシの全てを捧げるわ!」
指導させてくれと懇願する。そんなジョーニィの姿に、俺は思惑通りに事が運んだことを内心ほくそ笑むのだった。




