向上心も功名心も、ほどほどくらいがちょうどいい
「う、上手すぎる……ですか!? 下手すぎるじゃなくて?」
「いや、どう聞いても下手にはならねーだろ……だからこそ誰も組んでくれなかったわけだし」
「何で上手すぎると組んでもらえないんでしょうか!? ちょっと意味がわからないです……?」
「ああ、大丈夫だ。今説明するから」
小動物のように首を傾げるレインに、俺は苦い表情のまま話を続けていく。
「レイン自体がアイドルとして活動するのは、今も昔も関係なく何の問題もない。それだけ上手けりゃ選考会だって余裕で通るだろうし……あ、一応聞くけど、落ちたっていう選考会では歌を披露したのか?」
「いえ、三人集められなかったので、そもそも受けることすらできずに会場から追い出されちゃいました……」
しょんぼりとするレインに、俺はそうだろうと頷く。
「だろうな。もし聞いてれば無理矢理にでも適当な二人をくっつけてアイドルにしただろうし。レインの歌はそのくらい上手くて、レイン本人にとってはそれで何の問題もない。問題なのは……他のアイドル達さ」
「他のアイドルの人達、ですか?」
「そうだ。一周……じゃない、今年から三人組じゃないと駄目ってなったんだから、去年までは一人でもよかったわけだろ? その頃ならまだ大丈夫だったんだ。レインが超人気のアイドルになったとしても、踊りとか芸とかそういうレインとかぶらない方面で勝負するとか、そもそもレインの活動してる場所と遠くに行くとか、まだ自分がアイドルとして活躍できる場面が想像できた。
でも、三人組となると違う。常にレインと一緒に行動し、レインが歌うときは自分たちだって歌わなきゃならない。あるいは歌わないにしても後ろで踊るとかもあるだろうけど、どっちにしろ結果は同じだ」
「完全な脇役よね、それ」
困った顔で言うティアに、俺は苦笑いを浮かべながら頷く。
「そうだ。そこまで歌が上手いとなると、一緒に活動したらどうやったって組まされた残りの二人は脇役になっちまう。自分こそが輝きたい、アイドルになりたいって思って来てるのに、脇役確定のグループなんて誰だって入りたくないだろ」
「そんな……私はそんなつもりは……」
「そりゃ無いだろうけど、本人の意思は関係ねーしなぁ」
ショックを受けたレインがガックリと肩を落とすも、この事実はどうしようもない。
「それじゃ私は、わざと下手に歌うとかしないとアイドルになれないんでしょうか……?」
「いや、そんなことはねーよ。実に幸運なことにな」
だが、どうしようもない事実にも抜け道というのはある。それを知っているからこそ、俺はニヤリと笑ってみせる。
「要は自分は脇役でもいいって思ってるアイドル志望の奴が二人いりゃいいってだけの話だ。そしてそんな二人は……今レインの目の前にいる」
「えっ……!?」
「なあティア、お前世界一のアイドルになりたいか?」
「私? うーん、アイドルは楽しそうだからやってみてもいいし、やるからには手を抜いたりするつもりもないけど、そこまでの情熱は無いわね。他にやることもあるんだし」
「だそうだ。ちなみに俺もアイドルを目指した身ではあるが……それよりも優先してやるべきことがある。だからアイドルは『本気の遊び』なんだ。
だからレイン。もしお前が『本気の本気』でアイドルをやりたいなら……俺達の手を取らないか? いつかレインと一緒に『本気の本気』でアイドルを目指してくれる誰かが現れるまで、俺達がレインの手助けをするよ」
そう言って、俺はレインに手を伸ばす。するとすぐに俺の隣にティアがやってきて、俺と同じように手を伸ばした。そしてそんな俺達二人の顔を、レインが不安そうな表情で交互に見つめてくる。
「あの、何でそんなに私によくしてくれるんですか? 昨日会ったばっかりで、お互い何も知らないような関係なのに……」
「はは、時間なんて関係ねーさ。そもそもレインだって、選考会の会場で知り合ったよく知りもしない相手と組もうとしてたんだろ?」
「私達がどんな人かは、これから知っていってくれればいいわ。私もレインちゃんが本当はどんな子なのか、これからゆっくり知っていくつもりだし。
だから、これが最初の一歩。それとも、私とエド……じゃない、エッダじゃ駄目?」
「そんなこと!? でも、私…………」
レインの小さな手が、伸びたり引っ込んだりを繰り返す。本人の言う通り、昨日知り合ったばかりの、しかも結構年上の二人に自分の人生を左右するような選択を突然迫られれば、考えるのも躊躇うのも当然だ。
そしてもし、俺達が本気でレインとアイドルの道を歩みたいと思うなら、ここはレインの決断を待つべきなんだろう。
だが、そうじゃない。俺とティアはレインが頂点に上り詰めるより前に、きっとこの世界から消える。だからこそ、俺は引っ込みかけたレインの手を強引に掴む。
「フフフ、隙あり! よろしくな、レイン」
「あ、じゃあ私も! よろしくねレインちゃん!」
「へあっ!? そんな、二人ともズルいです! 私まだ迷ってたのに……」
「いいんだよ。これは俺達が強引に決めさせたんだ。だから何も背負わなくていいし、もっといい相手が見つかれば罪悪感なんてなしに俺達に見切りをつけてもいいんだ。
つーわけで、まずは気楽にいこうぜ。そもそも三人組にならねーと話が始まりすらしねーんだからさ」
「そうよね。本気で上を目指すにしても、とりあえずは楽しく始めて空気を掴むっていうのは大事だと思うわよ?」
「うぅ、何だかお二人に嫌なことばかりを押しつけている気がするのですが……でも確かにこれを逃すと私のアイドル生活が始まらない気がするので、よろしくお願いします!」
やや強引な俺達の押しに負け、レインが手を握り返してくる。こういう思い切りのよさもレインのいいところだ。
「あ、でも、一応お二人のアイドル適性というか、歌とか踊りの実力を見せてもらってもいいですか?」
「いいわよ。じゃ、最初は私からかしら? いい、エッダ?」
「どーぞどーぞ」
「じゃ、二番ルナリーティア、歌います!」
気を遣ってくれたであろうティアが、俺に先んじて歌を歌い始める。楽しく弾むような歌声は聞いているこっちも楽しくなるようで、自然と体が揺れ動いてしまう。そうして歌い終えると、ぺこりと一礼するティアを俺とレインの拍手が出迎えた。
「おおー、凄いですティアさん! とっても楽しくなる歌でした!」
「だな。やっぱりちゃんと歌えるんだなぁ」
「フフッ、まあそれなりにはね。じゃあ次はエッダだけど…………」
ティアが向けてくる視線が、明らかに俺を心配している。そしてその懸念は正しい。歌なんて酒飲んで酔っ払った時くらいしか歌わねーしな。
だが、俺には追放スキルがある。こいつを駆使すれば――
「あ、そうだエッダ。最初くらいは普通に歌ってね?」
「……え、何で?」
「だって、普通の状態でどのくらい歌えるのかわからなかったら、今後の練習方針を決めようがないじゃない」
「? よくわかりませんけど、特別な歌い方があるなら、それはそれとして別で歌ってもらえませんか? 理由はティアさんと同じです」
「お、おぅ。そうか…………」
これ以上無いほどの正論を向けられて、俺は秒で進退窮まる。歌。普通の歌……普通の歌? 普通の歌って何だ? そもそも俺の歌える歌なんて……
「えーっと……じゃ、じゃあ歌いまーす…………」
覚悟を決めて、俺は酒場で酔っ払いが歌うような歌を素面で歌う。何というかこう……子供に聞かせるには向かないというか、人前で歌うのに適さないような歌なわけだが、咄嗟に浮かんだのがこれだけなのでどうしようもない。
そうして歌い終えると……
「えーっと……ほら、あれよ! 歌詞はちょっとどうかと思うけど、歌自体は普通だったわよ? ねえレインちゃん?」
「へっ!? あっ、はい。そうですね。ウチのお爺ちゃんが酔っ払った時に歌ってる感じにそっくりでした!」
「ははは、そうか……」
必死に褒めてくれる二人の優しさに、俺もまた必死に引きつり笑いを浮かべるのだった。




