偉い人の思いつきは、九割方ろくでもない
「選考会? そんなのがあるの?」
「そりゃありますよ! アイドルになりたい人がどれだけいると思ってるんですか!」
軽く首を傾げるティアに、レインが身を乗り出して食い気味に言う。そのあまりの勢いに、流石のティアもちょっとだけ身をのけぞらせる。
「あ、ごめんなさい。私その辺のことは良くわからなくて……じゃああそこにいたのは?」
「はい。選考会に落ちたので、落ち込んでいたのです。あそこは絶好の落ち込みスポットなのです」
「落ち込みスポットって……宿を借りているなら、普通に部屋の中とかじゃ駄目なの? ああいうところは危ないんじゃない?」
もっともなティアの指摘に、しかしレインはゆっくりと首を横に振る。
「それはそうですけど、宿のお部屋だと周囲に人の気配が多くて集中して落ち込めませんし、かといって人通りのある場所で落ち込んでいると通行の邪魔になってしまいます。
なのでああいう暗くて人のいない場所が落ち込むには最適なんです。なので選考会に落ちてからは毎日通っていたのです」
「ま、毎日通ってるの!?」
「はい。他にできることもないので、食事と睡眠と適度な運動と歌の練習以外では、大体あそこで落ち込んでいます!」
「そうなんだ。へぇ……」
俺の隣で、ティアがどうしていいかわからないという表情を浮かべている。確かに落ち込むにしては随分と健康的というか、計画的な落ち込み方だと思うが……今俺が気になってるのはそれとは別のことだ。
「話に割り込んで悪いんだが、ちょっといいか?」
「はい? 何ですか?」
「いや、根本的なことなんだが……何でレインは選考会に落ちたんだ?」
そう、それこそが一番の疑問。一周目の時、俺がここに来た段階で既にレインはアイドルであり、あの舞台に立っていたのだ。ただその後すぐにレインの金銭関係を管理していた人物の不正が発覚してクビになり、その後あーだこーだがあった結果として俺がレインの付き人的な存在になる……というのが前回の流れだった。
なので、レインがアイドルになれていないという事実そのものが不可解なのだ。そんな俺の問いかけに、レインの表情がみるみる曇っていく。
「それは……私が田舎者で、世間の常識を知らなかったのが悪いんです。まさか今年から、アイドルは三人以上のグループじゃないと駄目になっていたなんて……」
「へ? 何だそりゃ?」
あまりにも予想外な理由に、俺は思わず変な声をあげてしまう。そんな決まり当然だが一周目の時は一切聞いたことがない。
「そう言えば今日見た舞台に立ってた人達も、みんな三人組だったわね」
「そうなんです。世界中のアイドルを祝福しているアイドル教会の大司教様が、今年の初めに天啓を受けたらしくて……既にアイドル活動をしている人は別として、今年からアイドルになる人は三人組じゃないと駄目だって……」
「天啓……?」
おおっと、ここでまたとても嫌な気配が漂い出したぞ? これはまた俺の中に入ってる奴らのお仲間がやらかした感じか?
「でも、それなら後二人アイドルになりたいって人を集めればいいんじゃない? いなかったの?」
「それが難しいのです。都会に住んでいて本気でアイドルを目指すような人達はそもそも既に三人組を作っていたので、そこに入る余地はありませんでした。
後は私みたいに田舎の出身で、できたばっかりの決まりを知らない子が何人かいたのですけど……」
「駄目だったの?」
「はい…………最初は一緒に頑張ろうねって言ったんですけど、一緒に歌の訓練をすると何故かすぐに辞めていってしまうのです……」
「それは……どういうことなのかしら?」
チラリと視線を向けてくるティアに、俺は目だけで頷いてから会話を交代する。その理由にはガッツリ心当たりがあったが、今回はそれを口にすることなくあえて話題をそらすことにした。
「あー、そうだな。実は俺は割と歌には詳しくてな。もしよかったらレインの歌を聴かせてくれねーか?」
「ええ、別にいいですよ? でも流石にここで歌うのはお店に迷惑がかかってしまうので……」
「勿論、飯食った後でいいさ。俺達の泊まってる宿とレインの借りてる宿の、どっちか都合のいい方を選んでくれ」
「えっと……」
俺の言葉に、レインが迷うように視線を彷徨わせる。まあ知らない相手を自分の部屋に招くのも、知らない相手の部屋を訪ねるのも危険なのは間違いねーからな。きちんと警戒心があるのはいいことだが……ふむ?
「部屋が気が進まないなら、練習場を借りるか? そのくらいの金なら出してもいいぞ?」
「え、いいのですか!? でも何でそこまで……?」
「うーん、こう言ったら何だが、興味本位かな? せっかく知り合った相手だし、アイドル活動にも興味あるし。あとこれは自慢に聞こえちまうかも知れねーけど、俺達は金銭的な余裕が相当あるんだよ。だからそのくらいなら何てことないんだ」
「はー、見た目と違ってエドさんはお金持ちなんですか?」
「見た目……? ああ、そりゃそうか」
若干不審そうな顔で見るレインに、俺は今の自分の格好を思い出して苦笑する。新たな世界に来たばかりの俺の装備はくたびれた革鎧としょぼい鉄剣であり、どう考えても金を持っているようには見えない。
「この見た目は、金目当ての馬鹿に襲われないようにするための偽装みたいなもんさ。ほれ」
言って、俺は腰の鞄から数枚の金貨を取り出す。「彷徨い人の宝物庫」にはそれこそ金貨も宝石も大量に入っているが、この程度の見せ金ならそうするまでもなく持ち歩いている。
「わわわ、金貨です!」
「ってわけだ。さっきも言ったとおり興味本位ってだけだから、勿論嫌なら断ってくれてもいいぜ? ま、その場合も町の案内くらいは継続してくれると嬉しいけど」
「そうね。せっかく知り合いになれたんだから、このままお友達になってお話できたら楽しそう。私もあいどる? の事もっと知りたいし」
「ティアさんならアイドルになれそうですもんね! 勿論三人集まればですけど」
「あらそう? ありがとう」
「ほう、ティアのアイドル活動か……そいつは確かに面白そうだな」
何気ないレインの言葉に、俺はニヤリと笑みを浮かべる。確かにここが元の通りの世界だったなら、ティアをアイドルにしてみるってのもアリだったかもなぁ。完全に趣味でしかねーけど。
「うわ、何だかエドが悪い顔をしてるわ! ねえねえレインちゃん、こういうときのエドは何かろくでもないことを考えてるのよ?」
「そうなんですか? 確かにとっても悪そうな顔をしています!」
「えぇ、何その反応。二人揃ってそれは酷くない?」
「じゃあ何を考えてたの?」
「いや、それはだから、ティアがアイドルになって歌って踊る姿を想像したというか……」
「ふーん? あれ、待って。なら私とエドとレインちゃんの、三人でアイドルをやるのは駄目なのかしら?」
さもいいことを思いついたという感じでティアが言う。しかしそれはあり得ない提案だ。
「へ!? いや、ティアはまだしも俺は無理だろ? 歌も踊りもできねーし、そもそも俺は男だぞ?」
「男の人と組んだら駄目なの?」
「駄目ではないですけど、ご高齢の方以外だと異性と組むのはかなり珍しいですね。それに私としても、年上の男性と組むのはちょっと……」
「そっか、レインちゃんが嫌なんじゃ駄目ね。そうできたらちょっと面白いと思ったのに」
「勘弁してくれよ……」
残念がるティアをそのままに、俺は悪魔の提案が却下されたことにホッと胸を撫で下ろす。その後は食事を済ませ、町の案内は明日からということで待ち合わせの約束をして解散し……そして次の日。
「何じゃこりゃぁぁぁぁ!?!?!?」
俺の体は、女になっていた。




