どうせ食事を奢るなら、変に遠慮されるより豪快に食ってくれた方が嬉しい
「あー、えっと、レイ……じゃない、お嬢ちゃん? こんなところで何してるんだ?」
この状況から想定される最悪とはほど遠い呟きを漏らしたレインに、俺はそう呼びかける。するとレインは膝に埋めていた顔を上げ、まっすぐに俺を見て答える。
「私ですか? 落ち込んでいるのです」
「お、おぅ。そうだな、何かそんな感じだよな……何で落ち込んでるんだ?」
「? 何故それをお兄さんに言わないといけないのですか?」
「うぐっ!? それは……あれだよ。他人に相談すると気分が変わったりするだろ? あ、ほら、腹減ってるんだろ? 飯とか奢るぜ?」
「……知らない人についていってはいけないと、お父さんとお母さんから教えられているのです」
「ぐほっ!? そ、そうか。立派なご両親だな、うん」
ぐうの音も出ない正論に、俺はあっさりと進退窮まる。そりゃそうだ、まともな人間ならいきなり見ず知らずの男に「飯を奢ってやる」とか言われても断るよな。
いやでも、ここでレインと関わりを持てなかったらこの先どうなるんだ? 偶然を装って何度も会うってのも、それはそれで怖がらせるだけのような……
「ねえ、ちょっといいかしら?」
と、そこで俺の肩をぐいっと押しのけ、ティアが前に出てくる。その顔には優しい笑みが浮かんでおり、レインの警戒心が若干だが俺より低くなったように見える。
「何ですかお姉さん?」
「あのね、私達今日この町に着いたばかりなの。でもそのせいで道に迷ってこんなところまで来ちゃって……貴方この町のこと詳しい?」
「ええ、まあ。それなりですけど」
「なら、もし良かったらこの町を案内してくれないかしら? そうしたらお礼に食事をご馳走するわ。勿論、甘くて美味しいデザート付きよ?」
「デザート!」
パチンとウィンクするティアに、レインがパッと表情を輝かせる。
「わかりました。困った人を助けるのはいいことですから、私が助けてあげます! ちなみにですけど、デザートは『黄金の調べ』亭のパンケーキでもいいでしょうか?」
「フフッ、いいわよ。ねえエド?」
「お!? おう! 勿論いいぞ」
「やった! じゃあ早速案内するのです!」
俺の了承を受けて、あっさりと立ち上がったレインがポンポンと服についた埃を払い、元気よく歩き出す。その背についていく俺の手に、ティアがそっと小指を絡めてきた。
『どう? 上手くいったでしょ?』
『ああ。いや、マジで助かった。この調子で頼む』
『いいけど、具体的にはどうすればいいの?』
『とりあえずは普通に仲良くなってくれりゃいいよ。あとできればどうしてあんなところで座り込んでたのか、その事情を知りてーかな。勿論俺も聞くけど、いざって時はまた頼む』
『了解』
「そう言えば自己紹介がまだだったのです! 私はレイン、ぴっかぴかの一四歳です!」
振り返りながらそう言うレインは、明るい茶色の髪を左側でキュッと縛り、同じく明るい茶色の大きな目をクリクリとさせている美少女だ。さっきは暗がりに座っていたので気づかなかったが、よく見れば服もごく普通のものであり、特に生活に困窮しているような感じは見受けられない。
「レインちゃんね。私はルナリーティア、ティアって呼んでね。歳は……『ね、ねえエド、ここにはエルフっているの?』」
『どうだろうな? 俺は見た記憶がねーから、一応いないと考えた方がいいかもな』
咄嗟に「二人だけの秘密」で聞いてきたティアに、俺はそう答える。ちなみにだが、一口にエルフといってもその存在もまた世界によって微妙に違うことがあり、主に耳の形や寿命なんかにその差が現れる。
が、ティアは今まで特に耳を隠したりはしていない。よく知らない相手に「貴方耳長いですね?」なんていきなり聞いてくる奴はいないし、知ってる相手なら「生まれつき長いんです。不思議ですよね」とでも言っておけばそれで解決するからだ。
「? どうしたんですか?」
「あー、何でも無いわ! 歳は……えっと、二一歳よ!」
「おおー、思ったよりもお姉さんだったんですね! よろしくお願いします、ティアさん」
「ええ、よろしくレイン」
「俺はエドだ。歳は二〇歳だな」
「あれ、エドさんの方が年下なんですね。ちょっと意外です……レインです。よろしくお願いします、エドさん」
「おう、よろしくな」
互いに軽く自己紹介を終えると、俺達は大通りへと出てきていた。日は既に落ちかけており、道のそこここに魔導具の明かりが灯され始めている。
「ねえレインちゃん。案内を頼んでおいてなんだけど、こんな時間に貴方を連れ回して大丈夫なのかしら? お家の人が心配しない?」
「あ、それは大丈夫です。今は家を出て宿を取っているので」
「そうなんだ。なら……」
クゥゥゥゥ
ティアの言葉を遮るように、可愛らしい腹の音が聞こえる。咄嗟に自分の腹を押さえるレインだったが、その顔は真っ赤だ。
「はは、ならとりあえず飯にするか。えーっと、何だっけ? 『黄金の調べ』亭? そこって普通の飯も食えるのか?」
「はい! 『黄金の調べ』亭はご飯もお酒も何でもあります! ただ人気のあるお店なので、あんまり遅い時間になると席が一杯になっちゃうかも知れません……」
「なら急がなくちゃね。最初の案内をお願いできるかしら?」
「勿論です! こっちですよー!」
何故かクルリとその場で回ったレインが、トテトテと早足で歩き出す。そうして案内された店は三〇人くらいは入れるであろう中規模の店で、威勢のいい看板娘に出迎えられて俺達は丸いテーブルの一つに三人で座る。
「なあ店員さん、この店のおすすめって何?」
「そりゃ勿論、全部おすすめよ! ウチの料理はどれを食べたって最高なんだから!」
「ははは、そっか。なら店員さんが今日一番食べたいのは何だ?」
「お、そうきたか。そうねぇ……今日ならムーラ羊の煮込みかしら? いい肉が手に入ったって親父さんが言ってたし、仕込みの時からすっごくいい匂いがしてたから……むふっ」
俺の問いに、店員の女性が何とも幸せそうな顔で口元を押さえる。ほほぅ、そいつは期待できそうだ。
「よし、なら俺はそれで。ティアとレインも、好きなもの頼んでいいぞ」
「わーい! 私はこの山盛り野菜サラダと、あとはパスタがいいかしら?」
「私は蜂蜜たっぷりパンケーキを……二……いえ、三段重ねで! い、いいですか?」
「遠慮すんなって。五でも一〇でも、好きなだけ重ねていいぞ」
「はわー! エドさんは神様ですか!? で、でもそんなに食べたらお腹がはち切れてしまいます。だからここはグッと我慢して……三段にバニラとチョコのアイスを乗っけてください!」
「お嬢ちゃん、豪快に行くねぇ。普通の食事は無くてもいいの?」
「あ、そうでした! えっとそれじゃ……」
慌ててメニューを見直すレインを、俺は微笑ましい目で見つめ続ける。裏路地で膝を抱えている姿を見た時は本気で焦ったが、無理をしてはしゃいでるって感じでもないし、どうやら本当に心配いらないようだ。
そんなことを考えている間にも注文は終わり、女性店員がテーブルを離れていく。なおレインの注文は、チーズハンバーグとバニラアイス乗せの三段パンケーキで落ち着いたようだ。
「注文も終わったし、料理が来るまでの間は少しおしゃべりをしましょうか。いいかしら?」
「ええ、いいですよ! 私もおしゃべりは大好きです!」
「それはよかったわ。じゃあ最初の話題なんだけど……レインちゃん、あんなところで何をしてたの?」
「うっ、それは…………」
さりげないティアの問いかけに、レインの表情がにわかに曇る。
「ごめんなさい。言いづらいことだったら、無理には聞かないわよ?」
「いえ、いいんです。実は……」
キュッと小さな拳を握りながら、レインがゆっくりと語り始める。
「私……アイドルの選考会に落ちちゃったんです」




