確実な予定が崩れると、途端に不安に襲われる
「……あれ? 前と同じ場所?」
「いや、違うだろ。似てるけど」
俺達が降り立ったのは、かなり深い森の中。一見するとさっき追放されてきたばかりの世界に酷似しているが、よく見ると少し先にきちんと踏み固められた道が見える。ドナテラ達のいた密林には獣道しかなかったので、それだけでも違う世界だと分かる。
そうして道に出ると、木々に遮られていた視界が一気に広がる。そこから遠くに見えるのは、立派な石壁に囲まれた場所だ。まず間違いなく人の住む町だろう。
「うわ、すっごい壁! 森の中にある町なのね」
「だな。ま、入ってみようぜ」
入り口にはちゃんと衛兵も立っていたが、人の往来はそれなりにあるのか、小銭のような入町税を払えば特に問題なく入ることができた。活気溢れる大通りを歩いて行くと、その途中で大きな広場が見つかり……ああ、なるほど。ここはあそこか。
「おいティア、ここがどの世界かわかったぞ」
「そうなの? どんな世界?」
「そうだな……まだ時間は全然余裕だし、口で説明するより見た方が早いだろ。こっちだ」
そう言って、俺は広場の方へと歩いて行く。そこには立派な舞台が設営されており、周囲には何百人もの人だかりがある。
「凄い活気ね。でもこれ、何をしてるの?」
「ははは、これがこの世界の特徴さ。ほら、もっと近くにいくぞ……すみませーん、ちょっと通してくださーい」
俺はティアの手を引きながら、人混みの中に分け入っていく。多少嫌な顔もされたが、ここは強引にいかねーと一生後ろで見てるだけになっちまうからな。
そうして進んでいくと、程なくして舞台と観客を分ける鉄柵の前に辿り着く。最前列のここまでくれば、舞台の上がよく見える。するとそこでは煌びやかな衣装に身を包んだ一〇代後半と思われる三人の少女達が笑顔で手を振っていた。
「みんなー、応援ありがとー! それじゃ、次の曲いくねー!」
「「「ウォォォォォォォォ!!!」」」
「え、何これ? 大道芸?」
「あー、近いけどちょっと違うかな。あの子達はアイドルだよ」
「偶像? 神様に仕えてる人達なの?」
「違う違う! ほら、冒険者っぽい仕事の呼び方が世界によって違うってのがあるだろ? そんな感じで、ああやって人前で歌ったり踊ったり、それこそ芸をしたりする奴らのことを、この世界ではアイドルって呼ぶんだよ」
「へー。何だか楽しそうね」
舞台の上で汗をかきながら歌って踊る少女達に、ティアが興味深そうな視線を向ける。俺達が耳にする音楽と言えば吟遊詩人の語りがほぼ全てなだけに、こういうちゃんとした歌というのは実に新鮮だ。
「まあ楽しいだけってわけじゃねーけどな。この世界のアイドルは、いわゆる英雄とかと同じ扱いなんだよ。これだけでかい町で舞台に立つなら、相当な努力をして数え切れない程の同業者と競い合い、ようやく権利を勝ち取ったって感じだろうし」
「ああ、やっぱりそこは競争なのね。でも確かにこれなら、憧れて自分もあいどる? になりたいって思う子がいるのはわかるわ」
「だな。あ、ちなみにだけど、別にアイドルは若い女だけってわけじゃねーぜ? 男だっているしもっと年上とか、それこそ爺さん婆さんのアイドルもいるらしい。そういう人達の芸は本気で凄いらしいぞ」
それがどんな道であろうと、第一線を何十年も走り続けるというのは尋常なことじゃない。剣や魔術が歌や踊りに置き換わったとしても、その偉業が曇ることなど微塵もあり得ない。
その後俺達は一時間ほど彼女たちの歌と踊りを楽しむと、再び人混みを抜けて大通りへと戻ってきた。人の熱気に当てられて、俺もティアも顔が赤く上気している。
「はー、楽しかった! ああいう人達が沢山いるなんて、ここは随分と娯楽が発達した世界なのね」
「そうだな。町の外見ただろ? ここは世界のほとんど全てが森に覆われてる世界で、軍勢の移動ができないから大規模な戦争が滅多に起こらないらしいんだ。
で、その代わりに通商や外交での戦いがメインになるわけだけど、そのなかの一つとしてあの『アイドル』ってのが存在してる。民草の間で大人気になるようなアイドルを抱えてれば、それだけ人を集められるってことだからな」
人が集まれば金が集まり、金が集まれば商品が集まる。人を惹きつけるアイドルの存在こそが、この国の強さの象徴になるのだ。
「ふーん。平和的でいいじゃない。あ! ということはこの世界の勇者は……」
「フフフ、その通り!」
ピンと耳を動かして言うティアに、俺はニヤリと笑って見せる。そう、力ではなく芸こそが物を言うこの世界の勇者であれば、当然その人物もそちらに秀でた存在となる。
「うわ、どんな人なのかしら? 男の子? 女の子? 年上? それとも年下?」
「そこは会ってのお楽しみだな」
ワクワクと瞳を輝かせるティアをそのままに、俺はかつてここに来た時のことを思い出す。思い出して……その別れ方に胸の奥がチクリと痛む。
(あの時はあれ以外の選択肢がなかった。でも今なら……)
「エド?」
「ん? いや、何でもない。とりあえず宿を取って、それから少し時間を潰そうぜ」
「わかったわ」
俺はティアを引き連れて、町の中を歩いていく。幸いにしてそこそこの宿は取れたため、その後は適当に露店を見て回ったり食事を取ったりして時間を潰し、そして予定の時刻になると、俺達は改めてさっきの舞台のところに出向き……
「……あれ?」
「どうしたのエド?」
「いや、あいつ……勇者がいないんだよ」
この舞台に立っているのは、勇者レインのはずだった。だが今俺達の目の前にいるのは全く違う三人組の少女達であり、俺の探している勇者ではない。
(どういうことだ? もしかしてまた世界の流れが変わってる?)
「悪いティア、ちょっとここを離れるぞ」
「それはいいけど……どうするの?」
「勿論、探す」
本来勇者との出会いは、俺の追放スキル「偶然という必然」によって決められているものだ。が、出会う場所で出会えなかったというのなら、こっちから探しに行くしかない。
俺は「失せ物狂いの羅針盤」を起動して、勇者の場所を探す。幸いにして反応はあったので、少なくとも勇者が既に死んでいるという最悪の事態は無さそうだ。
ならばこそ、俺は勇者の反応を追いかけて町を歩いて行く。大通りから道を曲がり、人混みとは反対の方向に進み続けて……
「ねえエド? 本当にこんなところにいるの?」
「そのはずだけど……」
裏路地に入り込み、辺りには暗く重い空気が漂い始めている。まだギリギリ日は落ちていないが、もう三〇分もすれば明かり無しでは歩けなくなりそうだ。
「おい、レイ……っ、誰か! 誰かいないのか!」
まだ会ったことの無い俺が、勇者の名を呼ぶのは不自然だ。努力家で天真爛漫な勇者の笑顔を思い浮かべながら、俺は慌てて言い直しながら入り組んだ暗闇に向かって呼びかける。
だが、返事は無い。考えてみれば当たり前だ。こんなところで見ず知らずの他人に「誰か」と呼ばれて答えるような奴はいないだろう。下手をすれば人攫いか何かと勘違いされ、より警戒を強めるだけの悪手だ。
わかっている。わかっていても、俺は名を呼びたくなる。不安が募る。嫌な予感が頭から離れない。ティアがついてきているかを確認するのも忘れて、俺は早足に「失せ物狂いの羅針盤」の示す方向へと進んでいく。
いない。いない。いな……いや、いた!?
「……………………」
路地の隅、ゴミための横に膝を抱えて座り込む少女。第〇七三世界の勇者レインの変わり果てた姿に、俺は強く唇を噛み締め――
「うぅ、お腹が空きました……もう六時間も何も食べてないです……」
思ったよりも元気そうな呟きに、ずっこけそうになりながらもホッと胸を撫で下ろすのだった。




