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どれだけ御託を並べても、結果が変わるわけじゃない

「はー……帰って来ちゃったわねぇ」


「何だよ帰って来ちゃったって」


 今回もまた役目を終えて、俺達は無事「白い世界」へと追放された。戻ってすぐにため息をつくティアに、俺は思わず苦笑する。


「ま、確かに今回もかなり特殊だったからな。あーいうのは俺も初めてだったし」


「でしょ!? だからこういう気持ちになるのは当たり前なのよ! フンフン!」


 何故か偉そうに胸を張るティアを、俺は何とも微笑ましい視線で見る。


 あの祭りの後、俺達はドナテラに追放してもらったのだが……幸か不幸か予想が当たり、本当に帰ることができなかった。なのでそれから半年ほどあの集落で暮らしてから改めて追放してもらったのだが……


「魔王がいない世界って、あんなに平和だったのね。私すっかり忘れてたわ」


「だなぁ。スゲーまったり生活してたもんなぁ」


 今までならば倒すべき魔王は、あの時点でもういない。魔王が由来であった黒い悪魔の襲撃もなくなり、俺達は本当にただ平穏なだけの日々をのんびりと過ごしたのだ。


 勿論、事件が何も起きなかったわけじゃない。だがそれは日常の延長であり、魔王という絶対の脅威じゃない。狩りに料理に鍛冶に縫い物に、今までは旅の合間にしかできなかったことが主役の生活は、あまりにも新鮮で……そして眩しすぎた。


「あー、でも、やっぱりもうちょっとだけ残りたかったなぁ」


「気持ちはわかるけど駄目だって。ドナテラの子供が生まれるまでとかなったら、追加で一年だぞ?」


「そうだけど! でも今更一年くらいいいじゃない!」


「そりゃその一年で済むならな。でも赤ちゃんを抱っこしたりしたら、絶対『もうちょっと大きくなる姿も見たい』って思うだろ? で、そこから更に一年二年延長して、いざ旅立とうってなったときにティアの足下にドナテラの子供がチョコチョコ走り寄ってきて、『いかないで』とか言ったらどうなる? ティアはそれを無視して旅立てるのか?」


「うぐっ……それはちょっと、無理かも…………?」


 俺の指摘に、ティアが酸っぱいものでも食べたように顔をすぼめる。想像するだけでこれなら、実際にそうなったら絶対無理だろう。断言できる。


「だろ? 旅立つ機会は最初の段階で逸してるんだ。それを無理矢理先延ばしにしたんだから、更に延長し始めると本当に旅立てなくなる。生きれば生きるほどその世界での未練やしがらみ、人の関わりができてきちまうからな。


 まあどうしてもティアが残りたいって言ってたなら、俺かドナテラが寿命で死ぬギリギリまで粘るって選択肢も無いとはいわねーけど……目的があるわけじゃなく、ただ帰りたくないからって理由で三〇年も居座ったら、それこそ本当に旅に出られなくなるぜ?」


「…………そうね。確かにそう。旅ってそういうものだものね」


「そーいうこった。切り替えていこうぜ」


 未練の残らない旅立ちなんて寂しすぎる。だからこそ旅人は、それを時折振り返って思い出に変えるのだ。時の流れすら違う俺達ならば、尚更それを受け入れなければならない。


 そして彼らが幸せであったかどうか……その結末の一編は、俺達の目の前にある。俺はそのままテーブルの方に歩いて行くと、今回の「勇者顛末録(リザルトブック)」を手に取った。するとすぐにティアも後ろから追いついてきて、俺達は徐にその中身を読んでいく。


「へー、子供の頃のドナテラって、随分と大人しい子だったのね?」


「むしろ俺が知ってるドナテラはそうだったからな。で……ここで『光る星』とやらに襲われたわけか」


「そっか、精霊使いの才能がある子だったから、この光る星の声を素直に受け入れちゃったのね。そのせいで心が乱れて本物の精霊の声が聞こえなくなるなんて……わかってればちゃんとした精霊との付き合い方を教えてあげたかったのに。むぅ、残念」


「本当にお前はろくな事しねーな。おい聞いてるか? お前のことだぞ?」


 俺はチラリと自分の指先に視線を向けるが、当然そこにある……あくまで概念的な存在だが……神の力の欠片は何も応えない。相変わらず指先でチクチクと俺を刺激し続けるだけだ。


「で、ここからはずっと俺達が一緒だったわけだが……へえ?」


 スラスラと読み進め、あっという間に最後の章。そこに記載されている内容に、俺は小さく声を漏らす。





――第〇一三世界『勇者顛末録(リザルトブック)』 最終章 停滞の日々


 かくて魔王を倒した勇者ドナテラだったが、その望みを叶え進化を促すはずだった「神の意志」を否定したことで、彼女は再び元の凡俗な女性へと戻ってしまう。あれほど毛嫌いしていた男の一人と結婚し、八人の子を育てた平凡な母としてその生涯を終えた。


 本来のドナテラには、女性を導き世界を指導する未来があった。だがその可能性は永遠に失われ、以後あの集落では長期にわたって今の生活様式が続くことになる。


 流れない水はいずれ腐る。差し伸べた救いの手を悪意を持ってはね除けられ、彼らを救えぬ悲しみに神はほろりと涙をこぼした。





「おうおう、相変わらず好きに言ってくれるなぁ。まあ神の視点とやらではそうなんだろうけどさ」


「ドナテラって、八人も子供を産むのね……これは確かに帰ってきて正解だったわ。もし残ってたら絶対最後まで見届けてたもの」


「その場合冗談じゃ無く三〇年くらい滞在してたかもなぁ。ハモキンもよく頑張ったもんだ」


 俺達が集落に滞在している間に、ハモキンとドナテラは結婚している。集落中の皆で祝った二人の結婚式は、今もまだ記憶に新しい。


 ちなみに、最終的にドナテラの性格は俺の知る元の彼女と「光る星」の影響を受けた彼女とのちょうど中間くらいの感じになった。まあ半ば強制されたとは言え五年もその影響を受け続ければそんなものだろう。


 少なくとも男をむやみに否定する考えは完全に消えていたし、むしろ過激な言動には恥ずかしさを覚えるようになっていたようだが、ハモキンからすればそういうところも可愛かったらしく、二人はとても幸せそうだった。


 唯一例外はガルガドと対峙する時だったが、あれはまあ……うん。ガルガドが悪いので俺は何も言わない。あれはあれで楽しそうだったしな。端から見てる分には、だが。


「確かに変化は重要だろうけど、別に変わらないことが悪じゃねーだろ。つーかこれ、どうせ立場が逆になったら『平穏な世界をぶち壊す最悪の革命者』とか言うんだろ?」


「ものは言い様よね。目の前にあることを良く捉えるのも悪く捉えるのも、結局はその人がどう考えるかだろうし」


 どんな最悪な状況でもいいことを見つけることはできるし、どれほどの幸運に恵まれてもそこには必ず不幸が紛れている。勿論そこに世間一般から見た幸せや不幸の基準ってのも入る余地はあるだろうが、少なくともドナテラやハモキン達にとって、この結末が不幸であるとは俺には到底思えない。


「フフフ、どうだ? お前がどう表現しようと、俺からするとあの集落もドナテラやハモキン達の心情も幸せにしか見えねーぞ?


 つまり……今回は俺の勝ちだ」


 指先から白い天井へと視線を動かし、俺はニヤリと笑ってみせる。そこに神がいるのかどうか、こっちを見ているのかなんてのはわからねーが、そんな事は関係ない。


 たとえ俺が何を言おうと、今現在神の作ったこの世界から一歩だって出られない。その程度の存在なんて、向こうからすりゃ小さなベッドのなかで癇癪を起こして泣いている赤子と大差ないのかも知れない。


 だが、赤子はいつまでも小さく無力な存在じゃない。やがて成長すれば、親よりでかく強くなる子供なんていくらでもいるのだ。


「ということでティア。次の世界も全力でハッピーエンドにしてやろうぜ!」


「はいはい。魔王様の仰せのままに……フフッ」


 意気込む俺に、ティアが笑う。一つ実現したのなら、二つ目以降だってきっとできる。目指すのは妥協無しの完全勝利。俺達の挑戦は、まだ始まったばかりだ。

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― 新着の感想 ―
白い星の介入のない本来の勇者と魔王の戦いだったら、戦士である男たちだけでは魔王の魅了に抗えないけど、勇者であり女であるドラテナならその魅了は効かないし、男たちに掛けられた分も解除できる しかし戦士たち…
ティアさん、読んだならエドがエロい人形を作ったことも…
[一言] この先の世界も全てが変化してしまっているのだろうか。 熱いバトル、二人ののんびり日常、お待ちしています。
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