よくわからないものには手を出さない方がいい。が、相手が見逃してくれるとは限らない
「大丈夫なの?」
「ああ、問題ない」
ペッとその場に血を吐き出して、俺はティアに笑顔でそう答える。実際追放スキルこそ使えないとはいえ、俺の体にはもう何の異常も感じられない。
「ってか、随分いい回復薬を使ったんだな。よかったのか?」
「あら、ならエドは私が同じように吹っ飛ばされたら、ケチって微妙なのを使うのかしら?」
「ははは、こりゃ一本取られたな」
冗談めかして言うティアに、俺は思わず苦笑する。自分に使うなら必要最低限だが、ティアに使うなら確かに最高級だ。俺の「もったいなくて使えない倉庫」が火を噴いちまうぜ。
「それでエド、どうしたの? あ、ひょっとしてまた力が……!?」
「そうなんだが、それも平気だ。ティアは引き続きハリスさんを頼む」
「そう? わかったわ」
一瞬だけ悩むそぶりを見せたが、すぐにティアはハリスの方へと戻って二人で前進を始めた。俺もすぐにその後を追って走り出すと、再び空から無数の吹雪玉が降ってくる。
「うおっ!?」
その一発が俺に命中し、追放スキルを使えなくなった俺の体はあっさりと宙を舞う。このまま地面に叩きつけられればさっきの二の舞だが……当然対策は考えてある。
「待ってたぜ!」
俺はあえて吹雪玉の中で両手両足を伸ばし、全身をできるだけ吹雪に晒す。そうしながら意識するのは、俺の……魔王の力のやりとりだ。
アメリアの世界で魔王に食われた時、俺は自分の限界を知った。力を奪い返すだけなら簡単だが、一気に吸い込むと俺の体が耐えきれなくて砕けてしまう。
ならどうする? 簡単だ。耐えられる程度に加減すりゃいい。全力で綱引きをしながら自分が少しだけ勝っている状況を維持し続けるというのはなかなかに困難だが、幸いにしてこの吹雪玉は欠片の欠片。一〇〇分の一の欠片である魔王樹が、それこそ数万とか数十万分の一の力で撃ち出してきた攻撃でしかない。だったら――
「すぅぅ…………ハァ!」
大きく息を吸い、俺は吹雪玉の中身を残さず吸い込む。すると俺を吹き飛ばす力が途絶え、代わりに俺の体にはほんの少しだけ追放スキルの力が戻る。取り戻したのは……道に生えている草をほんのり美味しく食べられる、追放スキル「美食家気取りの草食獣」!
「へぶしっ!?」
「……エド? 本当に大丈夫なの?」
「だ、大丈夫。大丈夫だ」
普通に地面に激突した俺は、腰の鞄から適当な回復薬を取りだして飲むと、一瞬足を止めて振り返ったティアに親指を立ててそう答えておく。どうやら今回はちょいと引きが悪かったようだ。
いやまあ、こんな食料の手に入りづらい世界でなら有用な追放スキルなんだろうが、今必要なのはこれじゃない。めげること無く俺は何度も敵の攻撃に突っ込んでは吹き飛ばされ、その度少しずつ力を取り戻していき……
「来たぁ!」
七回地面に転がされ、八回目にして取り戻したのは追放スキル「追い風の足」。こいつさえ取り戻せば、もうチマチマ吹雪玉に当たりに行く必要はない。
地面に着地した瞬間、俺は即座に「追い風の足」を起動して踏み込む。魔王樹の目前まで移動していたティアとハリスを一瞬で抜き去ると、そのまま大人が何十人も手を繋がなきゃ囲えないような巨大な魔王樹の幹に手を触れる。
「さあ、残りも全部返してもらうぜ!」
本体同士の直接対決。ここで力を奪い返すのみならず魔王樹の力を奪い取ってしまえれば、ゴウの世界の魔王のように弱体化させられる可能性もある。ぶっちゃけこんなでかい木をハリスがどうやって倒すか……というかどうやったら倒した判定になるのかわからないので、ここは慎重かつ大胆に行きたいところだが……?
「ん? 何だ?」
勝手知ったる自分の力。だというのにその黒い奔流のなかに、妙な存在感を放つ小さな欠片が感じられた。
真っ暗な大海に一粒浮かんだ輝く真珠って感じのそれは、比率としては取るに足らないほど小さいというのに決して無視できない強烈な力を放っており、魔王樹の力を吸い取っている関係上そんなものがこっちに近づいてきているわけだが、こんなあからさまな異物を取り込みたくはない。
(うわ、何だこれ? 絶対いらねーけど、どうすりゃいいんだ?)
これが現実であるならば、粒の周囲をすくい上げてその辺にぽいっと捨てればいい。が、俺が今感じているのはあくまで概念的なものなので、その光の粒だけを切り離してどうにかする方法がわからない。この身は神によって切り裂かれたことがあるが、切られたことがあるからといって自分を切る方法がわかるわけではないのだ。
(…………まあいいか)
今すぐどうにかできないのなら、とりあえず保留しておこう。光の粒が大分俺の方に近づいてきたので、俺は意識的に力の吸収をやめることにした。後は魔王樹を倒した後でゆっくりどうにかしようと思ったわけだが……力の繋がりを切断しようとした瞬間、その光の粒が一瞬で移動し、俺の中に無造作に飛び込んでくる。
「あっ……がっ…………!?」
体の中を、トゲの生えた石ころが転がり回っているかのような感覚。あまりの激痛に意識が遠のいていくも、それすらも許さぬとばかりに更なる激痛が無理矢理に思考を繋ぎ止めてくる。
「ちょっ、エド!? 今度は何!?」
全く自由が効かなくて、俺の体がドサリと地面に倒れ込む。すると追いついてきたティアが俺の頭を膝に抱えて再び口に回復薬をねじ込んできたが、今度はそれが何の効果も示さない。
「薬が効かない!? エド! ねえ、どうすればいいのエド!?」
「…………っ、あ…………」
視界が端から赤く染まっていき、開きっぱなしの口から何かがこぼれ落ちている。それでもかろうじて眼球だけ動かすと、光の粒が俺の方に移った影響か、魔王樹にも大きな変化が起きていた。
ブォォォォォォォン!
「くっ、何だこれは!?」
幾つもの太い木が巻き付き絡み合うことで巨大な一本の木となっていた魔王樹。結われた縄がほどけていくかのようにその枝がすさまじく回転しながらほどけていくと共に、その枝が先端から少しずつ光に溶けて消えていく。
「何て勢いだ!? 二人とも伏せろ!」
「きゃぁぁ!? エド、ごめん!」
今まで襲ってきていた吹雪が児戯だったとでも言わんばかりの豪風に、ハリスは一人で、ティアは俺を押しつぶすようにその場で伏せる。その間も上を向いて見開いたままの俺の目は魔王樹の変化をジッと見つめ続けていて……やがて巻き付いていた全ての枝がほどけて消えた時、その中央に残っていたのは赤黒い色をした小さな枯れ木だった。
ああ、あれは。あの姿は……
「ふぅ、ようやく風が収まったか……」
「あれが魔王の本体? あんなに大きな木だったのに、中身は随分小さいのね?」
「…………っ、…………っ!」
違う。駄目だ。今すぐここを離れろ。動かない口で必死にそう訴えるが、残念ながら声はでない。そして魔王本体の出現というイベントにより、ハリスは勿論ティアの視線も魔王の方に向いてしまっている。
「オォォォォォォォォ…………」
そんな魔王樹の本体から、何ともおぞましい音が響いてくる。そう、音にしか聞こえない。近いのは洞穴を吹き抜ける風の音だろうか?
だが、俺にはそれが声だと分かる。あのねじくれた木は、人間だ。おそらく俺と同じ顔、同じ姿をした人間が、ねじ曲げひねられ押しつぶされて木のような形になっているだけなのだ。
うろのように空いた口から、怨嗟の声が押し寄せる。樹皮のゆがみの奥に輝く瞳がこっちを見ている。
絶望が、滅びが、全てを終わらせる純粋な俺の力が、今にも奴から放たれようとしている。
「っ……ぁぁぁぁぁぁあああ!」
激痛を激痛で塗りつぶす。「火事場の超越者」を発動した俺は動かない腕を振るって俺を抱いていたティアの体を吹き飛ばし、次いで思い切り地面を蹴ってハリスに体当たりする。腕はあり得ない方向にねじ曲がり両足の骨はベキベキに砕けたが、それでも何とか全員を魔王から引き離すことに成功し……
「オオオオォォォォォ!!!」
次の瞬間。真なる魔王樹の周囲に「終わり」が満ちた。




