今まで平気だったからといって、これからも平気だとは誰も言っていない
「ハァ、ハァ、ハァ…………」
凍り付いた村を出てから、更に三ヶ月ほど。荒いとまでは言わずとも、深く大きな呼吸をしながら俺達は山を登っていく。魔王はどうやら山頂にいるらしく、そうなると回り道も何もない。
幸いにして斜面はそこまで急ではなかったが、然りとて深い雪と凍った地面は難物だ。不意に転べばそのまま下まで転げ落ちてしまうかも知れないとなれば、慎重な足取りは体力と精神力を思うさまに削り取ってくれる。
「頑張れ二人とも。もう少しのはずだ」
「了解。気をつけろよティア」
「平気よ。精霊魔法で靴の裏にトゲを生やして、滑らないようにしてるから」
「え、何それズルい。俺には?」
「ごめん。繊細な魔法だから、他人の足はちょっと無理」
「ははは、エドも一〇年雪道を歩き続ければ、足を滑らせることなんて無くなるぞ?」
「おぉぅ……が、頑張ります……」
互いの心を鼓舞するためにも、俺達は今日も会話を交わしながら進んでいく。何日も何日も過酷な山登りは続いていき……そして遂に、俺達の前から吹雪が消えた。
「……っ!? 抜けた!?」
まるで世界が切り替わったかのように、目の前を覆い尽くしていた白い景色が晴れ渡る。そうして開けた視界の先にあったのは、俺達がずっと目指し続けていた目標だ。
「エド、あれ……」
「ああ、見てる」
山の頂上付近に立つ、天を突く巨大な木。ねじくれた幹の先では弾けたように全周に枝が垂れ下がっており、その先端からは絶えず白い煙のようなものが吐き出されていた。どうやらそうやって世界中に吹雪をまき散らしているようだ。
「こりゃ間違いなく魔王だな。枝の先から吹雪出してるし」
「あれ、近づいても平気かしら?」
「さあな。だが駄目だと言われても私は行くぞ。二人は……」
「勿論行きますよ。てかここまできて帰れって言われたら、そっちの方が困りますし」
「そうよね! 今更置いてけぼりなんて無しよ?」
「はは、そうか。では行こう……慎重にな」
互いに声を掛け合って、俺達は進行を再開する。地面は変わらず上り坂だが、雪が存在しないことで大きな石がゴロゴロと転がる岩肌がそのまま見えている。凍った地面よりは格段に踏ん張りがきくだろうが、もし転んだ場合はこっちの方がダメージは大きそうだ。
とはいえ、猛吹雪の中滑る足場で登山するのに比べたら格段に楽だ。俺達はそのまま着実に魔王へと近づいていき……今のところは魔王に動きはない。
「何もしてこないわね?」
「そうだな。しないのかできないのかはわかんねーけど」
「あれだけの吹雪を起こす力だ。敵を近づけないことを前提としていたなら、接近されれば無力という可能性もあるのかも知れないな」
勿論、だからといって誰も油断なんてしない。じっくりじっくり探るように魔王へと近づいていくと、吹雪のなくなった範囲のちょうど半分くらいまで進んだところで、遂に魔王の木……魔王樹とでも言うべきものの枝が一本、わずかに動いてその先端をこちらに向けた。
「ぬおっ!?」
「ハリスさん!? ティアは伏せろ!」
突如として襲ってきた、光線のような吹雪。それに吹き飛ばされたハリスに俺は「追い風の足」を起動して追いつくと、空中で抱きついて自分の体を下に地面へと落下する。
「ぐはっ!?」
「エド!? すまない、大丈夫か!?」
「フッフッフ、余裕ですよ……ゲホッ」
焦った声を出すハリスに、俺は笑顔でそう答える。間一髪「不落の城壁」の発動が間に合ったので怪我はしてないが、「円環反響」までは間に合わなかったのでノーダメとはいかなかった。腹に鈍い痛みを感じたが、それも「包帯いらずの無免許医」ですぐに回復する。
「それより、走れますか?」
「当然だ。ここまできて諦めるなどあり得ない!」
「上等! なら道は俺が切り開きます!」
なすすべ無く吹き飛ばされてなお、ハリスの顔から闘志は消えていない。ならば俺がすべきことは、勇者の花道を作り出すことのみ。
「ティア、ハリスさんを頼む!」
「エドは?」
「邪魔なもんを、ぶった切る!」
言うと俺は「追い風の足」で先頭に飛び出す。すると遙か高空で蠢く枝の狙いが、予想通りにこちらに向いた。それを内心でほくそ笑みながら、俺はがに股気味に足を開いて正面に「夜明けの剣」を構える。
「ふぅぅ……」
今度は忘れること無く「円環反響」を起動。すると俺目がけて白い閃光の如き吹雪が打ち出されたが、それがどれほどの風圧を持っていようとも俺を吹き飛ばすことはできない。
点ではなく線の攻撃だというのなら、普通に剣を振るっても切ることはできない。だがこの身を不動の盾とすれば、向こうが勝手に剣に当たって切り裂かれてくれる。そうなれば俺の背後は完全な安全地帯だ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ…………りゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
見事に仲間を守り切ると、俺は溜まりに溜まった衝撃を一振りの斬撃に乗せる。その一撃は前方の空間を押しつぶすように打ち出され、耳をつんざく爆音と共に遙かに離れた天頂の枝の一本を見事にペキリとへし折った。
「っしゃあ!」
「エド、凄い! ハリスさん、今のうち!」
「っ!? あ、ああ。そうだな」
その常識外れな一撃に一瞬あっけにとられていたハリスが、ティアの声に促されて走り出す。すると今度は幾つもの枝先から無数の吹雪の塊が俺達の周囲に乱射され始めた。
「チッ、もう学習しやがったのか! ティア、あれ防げるか?」
「一発なら! 二発だと一〇秒は間を空けないと駄目で、三発同時だと多分抜かれちゃうと思う」
「わかった!」
俺は一人しかいないため、こういう数を頼みにされた攻撃は防ぎづらい。だが俺は一人じゃない。ティアがいるならどうにでもしてみせる!
「オラオラ! ぬおっ……りゃあ!」
俺は「追い風の足」で宙空に飛び上がると、飛んでくる吹雪の塊をあえてその身に受ける。氷ではなくあくまで吹雪……要は雪と風の塊なのでその全てを防ぐことはできないが、多少のそよ風ならばティアがどうにかしてくれる。
そして俺自身が受け止めた衝撃は「円環反響」で蓄積され、そのまま近くの別の吹雪の塊に向かって衝撃を込めた剣を振るう。そうして横合いから揺らされた吹雪の塊もまたその威力を弱め、こちらもやはり着弾前にティアの作った障壁により吹き散らされる。
「へっ、吹雪っつーか、ただの空気の塊なんてこんなもん――っ!?」
不意に、ガクンと俺の体から力が抜けた。そのまま地面に落下すると、強かに体を打ち付けてしまう。
「ぐはっ!?」
「エド!?」
「どうした!? さっき私を受け止めたときは何ともなかっただろう!?」
背中から嫌な音が聞こえ、喉の奥から鉄錆の味が湧き上がってくる。戸惑うハリスをそのままに焦った表情のティアがこっちに駆け寄ってきたが、俺は声を出すこともできない。
くそっ、何だ!? 何で突然追放スキルが使えなくなった? これじゃまるで――っ!?
(馬鹿か俺は!?)
口からゴポリと血を零しながら、俺は自分の馬鹿さ加減に内心で毒づく。これまでずっと吹雪のなかにいたから忘れていたが、この吹雪は魔王の攻撃。つまりそれに触れれば、追放スキルが使えなくなるのは必然。
「エド、回復薬! 早く飲んで!」
「げほっ……チッ、間抜け晒しちまったぜ……」
ティアから渡された緑色の液体を血と一緒に無理矢理飲み込むと、俺は思わず苦笑しながらこっちを狙う魔王樹の枝を見つめていた。




