状況が悪ければ、選べる最良の限界も低い
その後俺達は、残りの家も一軒一軒丁寧に見て回った。幸いにして村は小さく、また俺の知る常識とは違って家がそのまま吹雪を防ぐ防壁となるようなこの世界特有の並び方になっていたため、その探索は思っていたよりは容易だった。
そうして三〇軒ほどの家を回り、見つけたのは一二人の遺体。それを俺達はとりあえず一番大きな家に担いで運んだ。
「……子供がいないのがせめてもの救い、ってわけじゃあないんだよなぁ」
「そうだな。それがこの世界にかけられた呪いだ」
背負ってきた四〇代くらいのおっさんを床に下ろすと、先に運び終えていたハリスがそう答える。
そう、この世界では子供は死なない。何故なら生まれてくることすらできないのだから。
「それで、この人達はどうするの? やっぱりその辺に放り出すっていうのは、ちょっと……」
「ふむ、それなら少し探してみるか」
「探す? あ、ハリスさん!?」
ティアの問いかけに、そう言ったハリスが家を出て行った。慌てて俺達が着いていくと、そのまま村の中を見て回り始める。
「……おそらくあそこだな」
「何がですか?」
「墓だ」
そう言ってハリスが指さす先には、確かにこんもりと雪が盛り上がっている場所がある。が、それは緩やかな小山ができているということで、墓の並ぶ墓所というのとは違うように思える。
「ここがお墓なの?」
「そうだ。表面の雪をどかしてみればわかる」
「わかったわ。ならちょっと墓石のお掃除でも…………っ!?」
「おいティア!? 何が……っ!?」
小高く積もった雪をバフバフとどけていったティアが、突然その場で後ずさるようにして尻餅をついた。慌てて俺が側によってティアのどかした雪の下を見ると……
「…………こりゃまた、何とも」
そこにあったのは、積み重なった人の死体。数えるのも嫌になるくらいの数が適当に重なり合っており、俺は思わず口元を押さえてしまう。
「こんな! こんなのって……っ!?」
「おお、やはり墓だったか。なら他の遺体もここに運べばいいな」
「ハリスさん!? これが、こんなものがお墓だっていうの!?」
立ち上がったティアが、ハリスの首元を掴んで詰め寄る。だがハリスの表情は揺らぐことはなく、静かにティアの手を外していく。
「そうだ。言っただろう? 雪をどかすだけでも大仕事なのに、深く地面を掘るなどできないのだ。そうなればこうする他に無い。幸いにして腐ることはないのだから臭いに悩まされることもないし、放っておいても雪が積もって目隠しになってくれる。
その辺に放置すれば踏んづけてしまうこともあるだろうから、これが一番現実的な埋葬法なんだよ」
「そんな…………っ」
その場に膝を突いたティアが、翡翠の目から大粒の涙をこぼしていく。俺がそっとその背中に手を置くと、ティアの顔が俺の胸に飛び込んできて……この凍てついた世界で最も熱いであろう温もりが、俺の胸に染みこんでいく。
「さあ、さっきの人達もここに積んでやろう。孤独のままに凍えぬように、そして世界から吹雪がやんだならば、仲間と共に大地に還れるように」
「わかりました……大丈夫かティア?」
「……うん。平気。私も手伝う」
「いいのか? 俺とハリスさんだけでも――」
「ううん。やらせて。お願い」
「……わかった。ならみんなでやろう」
ティアの手を引き立ち上がらせると、俺達はさっき集めた一二人の遺体もこの死体の山に積み上げていく。その間にも吹雪は容赦なく吹き付けてきて、この凄惨な光景をあっという間に白く覆い隠していく。
そうしてほんの少し高くなった雪山に、俺達は祈りを捧げた。ゴンゾのおっさんやリーエルならば気の利いた聖句の一つも言えたんだろうが、俺にできるのはただ安らかな眠りを願うことだけだ。
「…………本当に、この世界は終わってしまっているのね」
ぽつりと、ティアがそんなことを呟いた。既に涙は流していないが、その目はどうしようもないほどに悲しみに満ちている。そしてそんなティアが、そっと俺に寄り添ってくる。
「ごめんねエド。私今、どうしようもなく寒いの」
「そうだな。この世界は……ちょいと寒すぎるかもな」
ティアの肩に手を回し、抱き寄せながら俺も言う。
人の死なんざ、数え切れないほど見てきた。魔獣に食い荒らされたり戦場で馬に挽き潰されたりと、もっと酷い……それこそ見るに堪えないような死体だっていくらでもあった。
だがこれほどまでに無造作に、ついさっきまで生きていたような死体が山と積まれる光景なんて、流石の俺でも初めてだ。ここまでくるとまるで人形か何かのようで現実感が狂っていくように感じるが、だからといってこれが人の死体……命を持って動いていた存在のなれの果てであることが変わるはずもない。
これが、この静かさこそが本当の世界の終わり。俺の力の欠片がもたらした、俺の持つ「全てを終わらせる力」を遺憾なく発揮した結果。血と臓物にまみれた阿鼻叫喚の地獄絵図より、ずっと心に染みこんでくる終焉の景色。
「さあ、埋葬も終わったし、今日はこのくらいで休むとしよう。明日も早いぞ」
「わかりました。ティア?」
「うん」
ハリスの言葉で、俺達は一旦解散する。今回はしっかりとした空き家が沢山あったので、ハリスは俺達とは別の家だ。
「はー、また気を遣わせちゃったかしら。本当はハリスさんだって……ううん、ハリスさんの方がずっと傷ついてるはずなのに」
「はは、気にしなくっていいさ。ってか気にするな」
「エド? きゃっ!?」
どことなく無理をしているような笑みを浮かべるティアに、俺はその体を力強く抱き寄せる。俺の胸の中でティアが驚きに目を丸くしているが、特に抵抗されたりはしない。
「ど、どうしたのエド!?」
「なあティア。確かにハリスさんはスゲー大変な目に遭ってるだろうし、この世界で生きてるんだから思うことは沢山あると思う。でもそれとティアが傷ついてることは別だろ?」
「私? 私は――」
「今更わかんねーわけねーだろ。近くに大怪我をしてる奴がいるからって、自分の怪我が痛くなくなるわけじゃねーんだ。比較して遠慮なんてしなくていい。辛いときに辛いと言えるくらいには、俺だって頼りになるはずだぜ?」
「フフッ、ありがと。でもそれならエドだって同じでしょ?」
「は? 俺?」
慰めようとしたはずなのに笑顔でカウンターを返され、間抜けな声をあげた俺にティアがフフーンと得意げに笑う。
「そう。ハリスさんは辛いだろうし、私だって辛かった。なのにエドだけ辛くなかったって言うの? それこそ私にわからないとでも?」
「あー、いや、俺は……」
開きかけた俺の唇に、ティアの人差し指が当てられる。冷え切ったその感触に、俺は口を開くことができない。
「私達みんな傷だらけね。でも生きるってそういうことだわ。傷つかないように遠くから眺めるだけより、私は血を流してでもこうして抱き合いたい。
だから、誰もいないこの世界はとっても嫌。傷つかないし、傷つけられないとしても……一人は寂しすぎるもの」
「そうだな。賑やかなティアには、ここは合わないだろうな」
「そうなのよ! だからさっさと魔王を倒して、そして次の世界にいきましょ」
「おいおい、それは流石に気が早すぎるだろ」
鼻がくっつきそうな距離で、俺達は軽口を交わし合う。だが不意にティアがトンと俺の胸を押して離れると、寂しげに表情を曇らせて言う。
「へへー…………ハリスさんも一緒に行けたらいいのにね」
「…………そうだな」
どんなに表現を飾ろうと、俺達はいずれハリスを残してこの世界を旅立つ。それは厳然たる事実であり、通常ならば変わることのない未来。だが可能性が無いと言い切ってしまうのは早計だ。
「もし魔王を倒したあとで、ハリスさんが他の世界に行きたいっていったら……その時は方法を考えてみるか? ティアがこうして一緒にいるんだから、抜け道自体はあると思うんだよ」
「それいいわね! じゃ、そのためにも頑張って魔王を倒さなくちゃね」
「そうだな」
終わった世界の最後の勇者ハリス。彼が魔王を倒した先に何を望むか? それを確かめるためにも、俺達はしっかりと保存食を食べて睡眠を取る。
旅はまだ続く。だがその終着点は、きっと遠くはないはずだ。




