忘れていたわけじゃない。ほんの少し目をそらしていただけだ
そうして俺達は、勇者ハリスと共に魔王討伐の旅に出た。相変わらずやむ気配のない……それどころか若干強くなってきている気のする吹雪を正面から受け止めながら、俺達は道なき道を進んでいく。
「……ねえ、エド。今更だけど、何でこの吹雪ってずっと正面から吹いてるのかしら?」
「あーん? そりゃお前、魔王が発生源だって言うなら、そっちに向かえば正面からになるんじゃねーの?」
「つまり魔王は、今もこの吹雪を出し続けてるってこと? こんな強力な魔法を四〇年も維持し続けるなんて、そんなことできるものなの?」
「俺に魔法の事を聞かれてもなぁ。やってるんだろうし、できるんだろ? ほら、レベッカのところとか、世界の大部分が霧になってたじゃん?」
「ああ、言われてみればそうね」
心が疲弊しきってしまわないように、ティアと交わす何気ない雑談。俺の答えにティアが大いに納得して頷いている。
「でもそう考えると、魔王の強さって大分開きがあるわよね。何か理由があったりするのかしら?」
「うーん、基本的には単純に生きた年数で力を増してるはずだけど……どうなんだろうな?」
我が力の断片のことながら、その辺の事情は俺にもわからない。ただ生きた年数だけが全てというわけではなさそうなのはわかる。
例えば一つ前、ゴウの世界にいた魔王は五〇〇年も君臨していたらしい。それに対してこの世界に魔王が姿を現したのは五〇年前らしいが、顕現してからの年月に一〇倍の差があるにもかかわらず、どう考えてもこの世界の魔王の方が強い。
考えられる可能性としては、何らかの理由で神がかけた封印が弱まり、本来の力が強くにじみ出ることで一気に強化されるなんてのがありそうだが……
「ま、実際会ってみりゃわかるだろ」
「相変わらずねぇ」
「なあ、少しいいか?」
そんな俺達の雑談に、不意にハリスが口を挟んできた。俺達がそっちを向くと、ハリスが吹雪から顔を背けながらその口を開く。
「今の話を聞いていて思ったんだが、君達は随分色んな世界を巡ってきたのか? しかもその口ぶりだと、何人も魔王を倒しているという感じだったが……」
「そうですね。今まで一一個の世界を巡って、魔王は四人倒してます」
「それは……凄いな」
「ああいや、でもこんな問答無用で世界を滅亡させるような魔王はいませんでしたよ!? 俺達にとっても、多分この世界の魔王は強敵だと思います」
「そうか……なあエド。もし良かったら、君が旅してきたという世界の話を聞かせてくれないか? 聞いてみたいんだ。こことは違う、命溢れる世界の話を」
「いいですよ。なあティア?」
「ええ、勿論! こんな吹雪の中で黙って歩き続けるなんて、気が滅入っちゃうもの!」
言ってティアが詠唱を始め、それが終わると俺達の体を優しい光の膜が包み込んでいく。
「精霊魔法を使ったから、これで少しくらいは吹雪をやり過ごせるはずよ」
「精霊魔法……ずっと昔に見たことがあるだけだったが、こういうものなのか。ルナリーティアは凄いな」
「へへー」
ハリスに褒められ、ティアが照れくさそうに笑う。耳がピコピコ揺れているのは上機嫌な証拠だ。
ちなみに、俺一人なら「半袖厚着の観光客」という追放スキルを使うと、暑さや寒さにある程度の耐性を得ることができる。が、パーティ行動をするときに俺だけ感覚が違うと異常に気づけなかったり行動の判断に差異が出たりするので、基本的には使っていない。便利な追放スキルではあるんだが、ティアと一緒に行動している限りは今後もあまり出番はないだろう。
とにもかくにも若干ながら過ごしやすくなった俺達は、いい感じにこれまでの冒険譚を語っていく。ああ、勿論語るのは二周目の話の一部だけだ。何周もしてるとか俺の正体だとかまで言及するのは単純に面倒だし、あと俺が魔王だと告げるとハリスが斬りかかってくる可能性がある。
それで負けるつもりはねーが、無意味に不和を呼ぶ必要はないだろう。真実全てを伝えることが必ずしも正解じゃない……ということにしておくのが無難な人生のやり過ごし方なのだ。
「そこで俺が人食い植物の茎を切り飛ばして……」
「根元が爆発して汁まみれにされたのよね」
「おまっ!? それ言う必要ねーだろ!?」
「あら、そこが一番面白いところじゃない! あの時のエドの顔ったら……フフッ」
「チッ! 仕方ねーだろ。まさか草に隠れてた根元のこぶが破裂するとか――」
「ハッハッハ。迂闊だったなエド」
「ハリスさんまで!?」
出発時の剣呑な空気は何処へやら、俺達はいつの間にか馴染み、ハリスも時折笑顔を見せるようになった。それを見たティアは口にこそださなかったが目を輝かせて喜び、更に話を続けようとする。
その半分ほどが俺の面白失敗談だったことに思うことが無くも無いが、俺は大人なのでお返しにティアの恥ずかしい失敗談を語ったりはしない。大口を開けて寝ている時に鼻をつまんだらフガッと変な声を出したとか、壁の隙間を抜けようとして尻が突っかかったとか、その程度までだ。
というわけで、俺の尻やらほっぺたやらが無慈悲な暴力に襲われたりすることと引き換えに、ハリス率いる勇者パーティの雰囲気は劇的に改善したわけだが……そんな緩い空気がいつまでも続くほど、この世界は温くない。
「よし、今日はこの村で休むとしよう」
「わーい! やっと壁のあるところで……っ!?」
共に旅をし始めて、三ヶ月ほど。もう幾度めかの無人の村ということで、ティアが気にせず民家の扉をあける。だがそこで驚愕の表情を浮かべると、悲鳴のような声で俺の名を呼ぶ。
「エド!」
「何だ、どうした!?」
「人が倒れてる!」
慌てて俺がティアの側に寄れば、床の上に三〇代くらいと思われる女性が倒れている。肌つやなどを見るならばまるでついさっき倒れたばかりのようだったが……
「落ち着けルナリーティア」
「落ち着いてなんかいられないわよ! すぐに手当を……」
「無駄だ。もう死んでいる。わかっているだろう?」
「っ…………」
遅れてやってきたハリスの言葉に、ティアが唇を噛み締める。
痩せ細った女性の体は確かに今倒れたばかりのように見えるが、その上には埃が降り積もっている。彼女が死んでからかなりの年月が経っているであろうことは想像に難くない。
勿論、そんなことはティアにだってわかっていただろう。だがこの世界で見るハリス以外の初めての人間。それがこんな形の出会いとなってしまったことに、ティアは悲しげに眉を寄せている。
「この分だと、ここにはまだ人の体が残っているかも知れんな。さてどうするか」
「どうするって? 埋葬しないの?」
「しないのではない、できないのだ。きちんと大地に返してやるには、私の身長の倍以上……四メートルほどは地面を掘る必要がある。だが吹雪の中で雪をどかし、凍り付いた地面をそこまで深く掘るのはとんでもない重労働だ。とてもじゃないがそんなことはできない」
「…………なら、どうするの?」
「今までは、外の雪の中に放り投げていた。そうすれば雪に埋もれてくれるからな」
「っ……それしか、ないの?」
「ないな。少なくとも私にはない。私の妻も娘も……家の側の雪の中に眠っている」
「……………………」
最愛の妻と娘と同じ対応をする。そんなハリスの言葉にそれ以上異論を唱えられるはずもない。ティアはそっと女性の側に膝を突くと、顔の埃を払ってから仰向けに寝かせ直し、その手をとって祈るように両手で包み込む。
「ごめんなさい」
それが何に対する謝罪かは、ティア本人にしかわからない。だがそんなティアの姿を、俺とハリスはただ黙って見つめていた。




