まず自覚しなければ、疑問は疑問たり得ない
「コホン。お話はまとまったとみてよろしいでしょうか?」
「おかげさまでね。それじゃ、何から話しましょうか?」
背後からの問いかけに、俺を解放したティアがリーエルの方に体ごと向き直って答える。
「そうですね。でしたらさしあたって問題なのはルナリーティアさんが手かせを壊してしまったことなのですが……まあ所詮は木製の手かせなので、うっかりして壊れてしまうこともあるでしょう。そちらに関しては不問とします」
「えっ!? あっ、ぐぅぅ……あ、ありがとうございます」
ニッコリと笑うリーエルに、ティアが何とも渋い笑みを浮かべて答える。この状況できっちり貸しを作ってくるあたり、流石聖女様は抜け目がねーなぁ。まあ今の状況なら貸しがある方がむしろ望ましいので、ひょっとしたらそこまで計算してるのかも知れねーけど。
「私が聞きたい一番の情報は、あの宝石の出所です。一体どういう経緯で貴方たちの手に渡り、そしてここにやってきたのか……その全てを教えてください」
「わかったわ。ちょっと長い話になるけど、いいのよね?」
「勿論。夜もまたまだまだ長いですから」
徹夜の覚悟を決めたであろうリーエルに、ティアはゆっくりと俺達のことを話していく。いろんな異世界を巡っていること。そこを出るために勇者と巡り会い、仲間になってから「追放」されなければいけないこと。そしてその世界の一つであの「魔王の心臓」と出会ったこと……その話をリーエルは黙って聞き、やがてティアが話し終えると真剣な表情で俺達を見てくる。
「なるほど、異世界の魔王の力ですか……」
「信じてくれるのか?」
「信じる根拠はありません。が、疑う根拠もまたありません。ならばとりあえずは『そうだ』という前提で話をしなければ何も前に進まないでしょう?
少なくとも、この世界ではエドさんの持ち込んだ宝石に準ずるものは発見されていません。というか、あんなものがその辺に複数転がっていたりしたら、あっという間に世界は滅亡してしまうことでしょう」
「うげっ!? え、ヤバい物だとはわかってましたけど、そこまでヤバいんですか?」
「勿論です。特に何かを消費したりするわけでもなく無制限に汚染魔力を垂れ流す宝石なんて、魔王の分体が人知れず世界に存在しているようなもの。放置すればそこを起点に汚染が広がり、かといって知らずに手にすればその人物も汚染され、私以外が壊せば大量の汚染魔力で周囲一帯を浸食してしまう。
強大な魔獣のようにわかりやすい脅威ではありませんが、不可逆に世界の滅亡を進める以上、この世の生きとし生けるもの全てに対する最高の脅威です」
「おぉぅ……」
さっき話を聞いて想像したことの、更に数十倍ヤバい。正直自分が拘束もされずに単に牢屋に入れられているだけなのが理解できないくらいのヤバさだ。
「とりあえず、エドさん達にあの宝石の危険性を正確に理解していただけたのは良かったです。ただ情報としては『わからないことがわかった』というだけなのが問題ですね。エドさん達がその宝石を持ってきてしまったというのならともかく、知らない間に複製品を所持していたとなると……」
「何か問題があるの? もう壊しちゃったんだから、それで終わりでしょ?」
首を傾げるティアに、しかしリーエルは深刻な表情で首を横に振る。
「違います。何故持っていたのかわからないということは、またエドさん達の手元に同じものが出現する可能性があるということです。
正直なところ、その一点を以てしてエドさん達を自由にすることは不可能になりました。いつ何処であの宝石が出現するかわからない以上、私の監視下から外すことはできません」
「そんな!?」
「まあ、当然だろうな」
驚くティアとは裏腹に、俺は諦めと納得を交えた気持ちで頷く。もし俺が逆の立場でも、同じ事を要求するだろうからな。
「エド、いいの?」
「いいも悪いもねーだろ。てか、それは俺達の目的とも一致する。忘れたのか? リーエル、聖女様は……」
「あ、勇者!?」
「そういうこった。どのみち俺達は聖女様と行動を共にする必要がある。なら一緒にいてくれるってのはむしろ都合がいいんだよ」
「そうですね。お二人がこの世界に滞在している間は、否が応でも行動を共にしていただきます。最低でも半年ですか?」
「そうですね。一応『深く信頼された状態』から追放されても大丈夫らしいですけど、どの程度でそうなるのかが目に見えないので、半年過ごすのが一番確実かと」
「なら決まりですね! すぐにと言うわけにはいきませんが、お二人を私の監察預かりということにして、牢から出すことにします。その後は私と一緒に魔王討伐の旅に出てもらうことになりますので、よろしくお願い致します」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」
「よろしくね!」
丁寧に頭を下げるリーエルに、俺とティアも笑顔で答える。これでようやく長い夜も終わるのかと思ったが、どうやらリーエルはまだ話し足りないらしい。
「はぁ、色々と大変な一日でしたが、結果としては良かったと言えそうですね。まさか魔王討伐の成功者を旅の仲間に加えることができるとは……」
「ん? あー、そうか。そういえばティアはアレクシス達と魔王を倒してるんだよな」
言われるまで気にしたことがなかったが、確かにティアは魔王を倒してるのか。魔王討伐の実績がある戦士なんて、そりゃ普通はいないもんな。
「へへへー、まあね! あ、でも、実際に魔王を倒したのはアレクシスよ? 私はあくまで補助しただけだし」
「それでも十分に凄いですよ。あの、ルナリーティアさん? 魔王というのは具体的にはどういう存在だったのですか?」
「ティアでいいわよ。魔王は……うーん? なんて言ったらいいかわからないけど、魔王よ」
「……いや、それ一個も情報増えてないじゃん」
「し、仕方ないでしょ! 魔王としか表現できない何かなの! 何かこう……黒くて凄いのよ!」
「えぇ……?」
まるで子供のような感想に、俺は微妙に眉をひそめる。それはリーエルも同じだったらしく、少しだけ困り顔をして更にティアに問いかける。
「あの、もう少し具体的な情報はありませんか? どのくらいの大きさだったとか、腕や足が何本あったとか、強いて言うならどんな魔獣に似ていたとか……」
「それは……うーん……?」
「ティア?」
「ごめん。よくわかんないって言うか……あれぇ?」
眉間にしわを寄せたティアが、しきりに耳をピクピク動かしながら首を傾げる。だがそんなことがあるのか? 確かにティアの主観時間ではそれこそ十数年前の話になるんだろうが、だからって命がけで戦った魔王の記憶がここまで無くなるなんてことが?
「うーん、魔王は……魔王は……駄目、何かぼんやりしちゃって思い出せない」
「ふーむ。そこまでいくと、何か認識阻害的な力があったってことか?」
「かもね。戦って倒したってことだけはわかるんだけど、具体的な事が何も……」
「むぅ」
俺自身は魔王と出会ったことはないので、事の真偽がどうなのかは想像すらできない。だが仮にも世界を滅ぼせる魔王ともなれば、自分の存在を曖昧にするくらいの能力があっても不思議だとは思わない。思わないが……そんなことをする意味は何だ?
わからん。まあそういう生き物なんだって言われたらそれまでだが。
「魔王と会った時……確か凄く驚いて、凄く怒って、凄く悲しくて……そして最後はアレクシスが魔王に聖剣を突き刺して……」
「お、おいティア!?」
突然、ティアの目からぽろぽろと涙がこぼれ始めた。俺は慌てて手を伸ばすが、鉄格子のせいでティアの顔まで届かない。
「あれ? 私何で泣いてるんだろ?」
「こっちが聞きてーよ! てか、もういい。無理して思い出さなくてもいいって!」
「そうですね。魔王との戦いが辛くなかったはずがありません。不躾なことを聞いてしまって申し訳ありませんでした」
「う、うん……あれぇ?」
全く平然とした顔で涙だけを流し続けるティアの姿に、俺は言葉にできない歯がゆさを感じて静かに拳を握りしめていた。




