今まで一度もなかったことでも、ありそうなことだと納得してしまう
俺の手の中で輝くのは、取りだした覚えの無い紅い宝石。明らかに場違いなその存在に首こそひねるものの、それが俺の「彷徨い人の宝物庫」に入っていたであろことには何の疑問も抱かない。
そりゃそうだ。ほとんどの世界では言葉も貨幣もそのまま使えるが、物々交換の方が好ましい世界や、あるいは俺が大金を持っていることを裏付けさせるための換金用として、俺の「彷徨い人の宝物庫」には貴金属や宝石の類いはいくつもしまい込まれているのだから。
しかもこの宝石にはどことなく見覚えがあるので、最近「共有財産」を覚えたティアが入れたものではなく、俺がどこかの世界で買っておいたものなのだろう。それがどうしてこんなところに転がっていたのかは疑問だが……レンガか何かに引っかかったのか?
「まあいいか。おーいティア……」
それなりの大きさの宝石なので、このまま放置して無くしたり壊したりしてしまうのはもったいない。ならばさっさと「彷徨い人の宝物庫」にしまってしまおうと思って振り向き、安らかな寝息を立てているティアの姿に俺は慌てて言葉を止める。
そうか、眠くならなかったとしても、眠れないわけじゃないのか……俺の都合でティアをここにとどめることになるだろうから、時間を潰す手段が多いのは単純に朗報だ。
「そういうことなら、できるだけ静かにやりますかね」
俺は手の中の宝石を腰の鞄に突っ込むと、レンガ積みを再開する。そのまま小一時間ほどかけて炉の準備を整えたなら、次はいよいよ精錬作業だ。
と言っても、今回は精錬とは名ばかりで、購入した鉄のインゴットを直接溶かして使用する。質にこだわるなら鉱石精錬の段階から自分でやるべきなんだが、鉱人族の町で買ったインゴットは普通に高品質なので……むしろ「見様見真似の熟練工」を使わないならこっちの方がいい……そのまま使っても問題ない。
「ふむふむ、いい具合だな」
周囲への熱漏れや鉄の溶け具合なんかをチェックして、俺は一人満足げに頷いてみせる。ここからは鍛造となるので流石に静かにとはいかねーわけだが……いきなりでかい音を立ててびっくりさせるよりは、あらかじめ起こしておいた方がいいか?
「おーいティア、起きろー」
「うーん……あ、エド。おはよう」
「おはよう……いや、朝かどうかは知らねーけど」
「ほえ? あ、そうか」
一瞬寝ぼけていたティアの顔が、あっという間にしゃっきりする。微妙に垂れ下がっていた耳がピンと伸びるのはきっちり覚醒した証拠だ。
「うわ、何か不思議な気分……特に眠かったわけでもないのに横になって目を閉じたらスーッと寝ちゃったし、起きたって自覚した瞬間綺麗さっぱり眠気がなくなっちゃったわ」
「へー、そんな感じなのか。それより今から剣を一本打ってみるから、ちょっとうるさくなるぞ」
「ん、へーき。頑張ってね」
「おう!」
ベッドに腰掛け笑顔で手を振るティアから顔を戻し、俺は意識を切り替えて鍛冶を始める。「心は一つ」は使っていないので、今あるのは俺の自力……師匠の元で鍛え上げたこの腕一つが頼り。
ならばこそ全力で。「見様見真似の熟練工」を使えばスキルが教えてくれることを、炎を読み鉄と向き合い、金槌を振るって己の五感と経験に問う。スキルを使えば生じないわずかな誤差をきっちりと自覚し、正しい案配に戻すためにさっきより上手に力を込めて金槌を振り下ろす。
打ち、直し、修正して積み重ねる。そうしてついにできあがると、背後からティアの声がかかった。
「それで完成?」
「ああ、そうだ。どうよ?」
できあがったばかりの剣を手にティアの方を振り返れば、ジッと目をこらしたティアが軽く首を傾げて言う。
「うーん……普通?」
「はっはっは、だよなぁ」
その素直な感想に、俺は思わず苦笑する。ああ、そうだろう。これが俺の本当の腕前だ。勿論もっとちゃんと下準備からこだわればこれより上等な剣は打てるが、師匠のような本物の鍛冶師にはまだまだ遠く及ばない。
だが、それでいい。過剰に評価されることも無情にこき下ろされることもなく、ごく普通の……誰かがこれに金を出し、料金分の命を託すにたると判断してもらえるであろう剣を打てたのだから、今はこれで十分。
「うっし、色々と区切りもついたし、そろそろ次の世界に行くか!」
「あら、もういいの? 私はまだ平気よ?」
「いいって。いきなり根を詰めてもあんまり良くねーし、これはまあ……区切りみたいなもんだからな」
師匠の教えが、しっかりと俺の中に息づいている。その手応えが欲しくて打った剣は、名剣ではなくてもいい剣になった。それをしっかり確認できたのは重畳だが、続きをやるには少々手持ちが心許ない。
「次に打つのは、鉱石とかをしっかり調達できてからかな? 練習用にもうちょっと量が欲しい」
俺の「彷徨い人の宝物庫」には師匠から譲り受けた闇夜石や陽光石の他、最初の世界で手に入れた純ミスリル塊なんかも入っているが、どれも練習で使い倒すのはあまりにももったいなさ過ぎる。
かといって金属の大量購入は実のところ難しい。買った量と作った量が一致しないと国に武器の密造でもしてるんじゃないかと目をつけられるので、さっきの世界では無茶はできなかったのだ。
一応裏技として新品の武具を購入してすぐに鋳つぶし、素材に変えてしまうというのは可能だが、これはそれらを作った職人を侮辱する行為なので、そうしなければならないような状況でもなければやりたくない。
「王侯貴族か無法者か、どっちかの勇者に当たってくれりゃいい具合に解決できるんだが」
「凄い二択ね……絶対駄目とは言わないけど、あんまり悪いことはしちゃ駄目よ?」
「んな顔しなくても、無茶はしねーって。今までもそうだったろ?」
「まあ、それはね」
師匠や今まで出会ってきた奴らに顔向けできないようなことをするつもりは無いし、ティアを悲しませるようなこともしない。場合によってはほんのちょっと国家権力に睨まれたりするかも知れねーが、睨まれるような怪しい動きをするだけで、悪事を働くわけじゃねーから、そこはお目こぼしいただきたいところだ。
「ということで、行こうぜ」
「はいはい。ああ、愛しのベッドちゃん。次の帰還まで待っててね」
名残惜しそうにベッドを離れるティアに苦笑しつつ、俺達は手を取り合って次の扉の前に立つ。〇〇七の数字の刻まれた扉のノブに手をかければ、何の抵抗もなくくるりと回る。
「そんなに名残惜しいなら、もうちょっと寝てから行くか?」
「うっ……魅力的な提案だけど、それはそれで特別感が薄れちゃいそうなのがね。せっかく高級ベッドを買ったんだから、もっと長く楽しみたいもの」
「なるほどねぇ。確かに半年に一度しか眠れないベッドってのはかなり特別だな」
「でしょ! 次の世界に行くのも、そこから帰ってくるのも楽しみにできるなんて、やっぱり私って天才だわ!」
「そうだな。ティアは天才だ」
「……またちょっとだけ馬鹿にされた気がするわ」
「気のせいだって」
他愛の無い雑談を交わしながら、俺達の体は光る扉の向こう側に消えていく。さあ、次の世界はどれになるか、ティア先生の豪運に期待……あー、俺が開けちゃったよ……




