75.ベトベト棒
ジリジリと背中が焼けるような殺気に目をそらさず、ただ耐える。
ゆっくりと黒い魔物が近寄って来るが、どうすれば良いか分からない。考えても良い案が浮かばない。
俺よりも前にたってエリマキは機嫌が悪そうに唸っている。
鹿が頭を下げた瞬間、
シャーーーン
というまるで沢山の鈴を一斉に鳴らしたかのような音が俺の近くを通りすぎていった。
気がつけば、鹿の左目に棒が突き刺さっている。
「グウォオオオオ」
痛みからなのか、鹿は雄叫びをあげた。殺気が入り交じる地鳴りのような声に驚くも、目をそらさない。何故なら、もっと恐い殺意を浴びたことがあるからだ。
エリマキはこの声に驚いた様子はない。まぁ、エリマキにとっては先生の方がよっぽど恐いんだろうな。
鹿に刺さったあの棒は、きっとシンディさんだ。シンディさんが、逃げずに俺を守ってくれようとしている。
なら、俺はここで何もしない訳にはいかない。
「エリマキ、やってくれるか?」
エリマキはさっきまでの機嫌の悪さが吹き飛んだように可愛らしく「にゃぁん」と鳴いた。
出来るかどうかは分からない。けれど、やってみないとそれさえも分からない。
「よし、エリマキ!左目だ!左目を噛みつけ!」
エリマキは今まで見た中でも一番大きな蛇の姿になった。それでも、鹿の方が何倍も大きいのがわかる。
エリマキは鹿の足からスルスルと上っていき、顔全体を絞めつつも、大きな口を開けて棒をまるごと飲み込むような形で鹿の左目に噛みついた。
棒ごと飲み込んだ様子を見て、俺は少し焦った。だ、大丈夫かアイツ····。喉に刺さらないと良いけど。
鹿は暴れだす。顔をブンブンと振り回し、エリマキから逃れようとしているように見えた。
暴れるごとにエリマキの締め付けは強くなる。
鹿が余りの苦しさに、前足を持ち上げ、体を支えるのが後ろ足だけになった。その隙を見逃さなかったシンディさんは、腹に矢を放った。
それが後押しになったのか、バランスを崩した鹿は倒れる。その衝撃で地面が少し揺れた。
鹿が倒れた後に、ゆっくりとエリマキは鹿から離れる。俺のところに来るまでにエリマキは体を小さくしていく。見慣れたサイズまで小さくなると、俺の足から伝い、首もとに巻き付く。勿論、殺気は無いし、苦しくもない。
誉めて欲しいのか、顔を俺の頬にくっ付ける。
「ヨシヨシ、よくやったな」
エリマキはご機嫌にシューと舌を出した。あー、エリマキは蛇の姿も可愛いなぁ。
小さな頭を撫でてやると、喜んでいる感情が伝わってくる。
「って、エリマキ、お前、そういえば、棒を飲み込んだけど大丈夫なのか!?」
その言葉にエリマキは、棒をべっ、と吐き捨てた。エリマキの唾液なのか、胃液なのか分からないものでベトベトになった棒が、地面に叩きつけられた。
「うわ、キモォ」
エリマキにダメージは入って無いみたいだから、良しとしよう。




