76.怒り
とりあえず、キモい棒をしまう。ねっちょーっとしてた。きもい。あとで、ウィンに洗ってもらおう。
俺は注意しつつ、倒れた鹿に近づく。鹿は立ち上がろうと、もがいていた。よくよく見てみると、シンディさんやエリマキがつけた傷とは別に、後ろ足の肉が削れていた。だから、あの時、すぐにバランスを崩したのか。
俺たちじゃない他の誰かが、この鹿を傷つけた。そして、鹿はその誰かから逃げていた。そこにいたのは俺たちだった。多分、鹿を追い詰めたのは、先生なのだろう。俺たちに経験を積ませるために。
苦しそうに鹿は唸る。
どうしたら、いいだろう。傷も治してやりたいし、この黒いもやも取り除いてやりたい。やっぱり、草で治して、もやは湖で落とすしかない?でも、回復したときにまた敵対されるのはいやだな。エリマキ達はすぐに先生に立ち向かわなくなったから、参考にならなそう。
先生に頼むしかないのかな。
俺がぐるぐると思考を回している間に、シンディさんが鹿に近づいていた。
「"燃やせ、燃やせ、私の敵を燃やし尽くせ!"」
シンディさんの言葉で、鹿の上に赤い魔素が集まってくる。赤い魔素は大きな炎の球体をつくる。近くにいた俺は、その球体から冷気を感じた。炎なのに、どこまでも冷たい。
「シンディさん!」
シンディさんはどうして、この鹿にそこまでの悪意を持っているのだろうか。
「"殺せ!この黒い魔物を!"」
その言葉聞いて、納得する。この黒いもやを持つ獣こそがシンディさんの言っていた黒い魔物だったのか。
エリマキもフレッド達も黒い魔物。シンディさんのお父さんの仇。
でも、どうしてか。この鹿を殺しては欲しくなかった。
だから、やることは一つ。
『先生!この鹿を助けて上げてください!』
心のなかで先生に届くように祈る。これしか方法はなかった。
俺がシンディさんの怒りを止められるほど強かったのなら、そうしたかもしれない。エリマキはシンディさんよりも強いかも知れないけれど、ギスギスしてほしくない。
先生だったら良いのかといわれれば、違うと答えたいけれど、そうなってしまう。けれど、先生だったら、どうにかしてくれる。そう思ってしまう。
その思いが通じたのか、先生は目の前に現れた。
先生は、手で払い除けるような仕草をすると大きく膨れ上がった炎を、一瞬にして消してしまう。
「これは、俺がもらう」
「···あなたはその魔物の味方をするんですか!やっぱり、あなたも魔物なんですね!」
シンディさんはゴウゴウと燃え盛るような怒りを先生にぶつける。俺はその怒りを恐れて、一歩下がる。けれど先生は、すました顔で鹿の角を持ち、森の中へ引きずっていった。
その姿が見えなくなると、シンディさんはふっと息を溢す。恐る恐るシンディさんを見てみると、青い顔をしていた。その後、ドサッとシンディさんの体が倒れる。
俺は、助けることが出来ず、ただただシンディさんの体が地面に叩きつけられる様を見ていた。




