36.強くなって
太陽は沈み、月明かりが輝く中シンシアは一人、カカオから貰った汚れがない服を着て、貸してもらった木の棒を振り回していた。
彼の回りの者たちの差、知識の無さに彼女はどうしようもない劣等感に襲われていた。彼が居た手前、そんな感情は一欠片も見せていなかったが。
彼女に父が、兄がいた頃は知らなかった感情を振り払うかのように降り下ろす。
もっと教えてもらえばよかった。もっと、もっと、もっと。彼女の心に後悔が浮かぶ。
力を込めて、心を込めて、上から下へ振った瞬間、ヒュンっと風を切る音がした。
「今の···」
音が聞こえた時、魔力がごっそり減った気がした。
試す為に、今度はきちんと木の棒に魔力を纏わせる。
ヒュッ
音が鳴り、降り下ろした緑と赤の跡が出来る。それは触れば跡形もなく消散する。
「魔素の証跡···?」
確かにこの木の棒で魔力を使うことが出来る。しかも、それだけではなく込めた魔力よりも多くの魔素を取り込み、放つことが出来た。
そんなことが出来るのは、空師が切った上質な魔木を加工した枝だけ。シンシアは、その貴重さに汗を垂らす。
きっと彼はこの貴重さをわかっていない。そして、使い方さえもわかっていない。伽の国は何の意図を持って彼に渡したのだろうか。
またぐるぐると疑問が沸いていくが、答えを出すにはまだ時期尚早だ。知らない事が多すぎる。
「あ"ぁもう!」
頭がパンクする寸前で空気を抜くように大声で叫んだ。思っていたよりも大きな声で自分が驚き、口を押さえた。
回りを見渡すけれど、何一つ彼女を気にする人はいなかった。注意する人も、心配する人も。
今の私は孤独なのだと実感する。
「ふふ、」
込み上げてくる悲しみに笑えてくる。
父様、兄様、····母様。
あ、と思った。
寂しさ故に拠り所を求め浮かんでしまった家族の笑顔に、立っていられず、座り込んだ。木の棒を落とし、嗚咽を漏らそうと口を両手で力強く押さえて息を飲む。
彼女が泣いたって気にする人はいないと分かっているが、ここで泣いてしまえば彼女は自分自身がまた動けなくなってしまう事を知っていた。
滲む世界を袖で拭う。心を遠くに置いていた時間は終わったのだ、そう言い聞かせて、しっかりと木の棒を握る。立ち上がれば、さっきまでの悲しみもどうにかなった。
息をゆっくり吸って吐く。それを数回繰り返すと、心も頭も落ち着いてくる。
今はただ強くなるのみ。
木の棒を振るう。
それは奇しくも彼女の父や兄の在りし日の姿とよく似ていた。




