20.先生と名前
少し話しただけでシンディさんが、高貴な方だということが伺えた。しかも、肝が座っている。全身血まみれな俺にも動じず、威張らずに気軽に話してくれる。
『お前、何かしただろ』
急に先生の声が頭に響いてビクッっと体を震えた。もしかして、怒っていらっしゃる?ヤバイかな?
『外に出てこい』
ヒィイィ!オコですか?オコなんですか?
「ちょっとユーリールに呼ばれてるんで、俺は席を外します。何かあったら、俺達を呼んでください」
頭を下げて、なるべく失礼のないように立ち去る。所々に隙間が空いている貧相な扉を開く。
石のような素材で出来た小屋の周りは土が剥き出しになっており、あちらこちらに血溜まりが出来ている。鉄の臭いと、死臭が漂ってきた。
狼達は足や手を加え、引きずって死体の山を作っていた。ゲームの癖に、悲壮を貼り付けたような死に顔に目を背けたくなる。何故、こんなにも現実的なのだろうか。胸がざわつくのを押さえるために、ゆっくりと息を吐く。
ボゥ
そう音をたてながら死体の山に向かって、赤が口から火を吐いた。タンパク質が焼ける臭いがたちどころに広がり、あまりの臭いに顔をしかめる。俺は部屋の中にその臭いが届かないように、急いで扉を閉めた。お前、火属性なのか。火を吐けんのか。すげーな。
あっという間に死体の山は、キャンプファイアのように燃える。その火は俺の中に燻っていた感情までも消すように、メラメラと燃え上がった。
火の粉が蝶の形を作り、飛んで、溶けた。
空を見上げていると、舞い降りるように先生がゆっくりと落ちてきた。なんで一々格好良いのかな。そして、チート感が凄い。でもって綺麗になっている。血を洗い流しに行ってたんですか?
「なまえ、名前か。お前は名前をつけられるんだな?」
は?今、喋りましたか?先生喋れたんですか?
「聞いているか?」
「聞いています、聞いています」
じろりと睨まれて、俺は縦に何度も振る。先生は狼達を指差し
「名前をつけろ」
と命じた。
「先生がつけられたら良いんじゃないですか?」
「俺には出来ない」
「そう、なんですか?」
「そうだ」
よく分からない設定だが、先生がそういうならそうなのだろう。てか、名前って必要なのか?まぁ、呼ぶのに必要か。
まずは赤色の狼から。赤、赤、赤といえば火、火は炎、ファイア、ファア?なんか間抜けだ。狼、火、赤、ウルフ、ファイア、レッド。
「フレッド?」
なんか、名前っぽいぞ。
赤色の狼いや、フレッドが火を吹くのを止めて、苦しそうに唸った。剥き出しにした歯から火がチロチロと漏れている。
え、これ大丈夫なの?苦しそうだけど?
「次はアイツだ」
先生はフレッドに目もくれず、白色の狼を指差した。こちらの意図が分かったのか、腰を下ろしてペコリと頭を下げた。
白、白、雪、白夜?ホワイト、スノー、ナイト、ウルフ。ホワイトナイト、スノーウルフ、いや直球過ぎだな。ホワイトスノー、ナイトウルフ、ワイノー、イトルフ、なんか違う。···雪、冬、ウィンター、ウィ、ウィ、うがあああああ!
「ウィン!もうウィンで良いでしょ!」
そこまで頭が良くないのに、頑張って考えても思い浮かぶはずもなく。ついには思考が停止した。頭が爆発しそうだよ、本当に。
ウィンもフレッドと同じように苦しそうに唸っている。口からはあり得ない程の水を吐いていた。えー、もしかしてウィンさんってば、水属性なんですか?俺は氷とかそういう系だと思ったのに、毛並みで考えちゃ駄目ってことだな。
「次」
先生は容赦もなく言ってくるけど、俺は嫌になってため息を吐いた。名前を考えるって疲れる。俺が疲れているのとは裏腹に、緑の毛並みの狼は先生の回りを元気にうろちょろとしている。
緑、グリーン、葉っぱ?いや待て、色で判断しちゃダメだ。
「先生、コイツはどんなことが出来るんですか?」
先生は静かに緑を撫でる。緑は口笛を吹くように口をつぼめ、息を吐き出すと小さな竜巻のような緑色の風の渦が出来た。涼しさを運んでくる風の渦は、数秒で消える。
なるほど、風属性なのか。···風はウィング?台風はタイフーン?竜巻はトルネード?トル子?···だっさ。ウィンじゃ、被ってるし、ウィ、ウィ、ウィフン?だっさ。ウィルネ?いや、
「ウィル」
うん、ウィルね。こういう考えると名前をスパーッて決める人って凄いよなぁ。俺、無理だもん。
ウィルは苦しむというよりは、くしゃみをしていた。クシュン、クシュンと、くしゃみをする度に砂煙をたてる。なんかマヌケだ。
「最後」
先生が最後に指差したのは、俺の足だった。いや、正確にはポケットに入っている子猫、だ。
にゃぁん、猫はそう鳴いてポケットから顔を出した。あまりの可愛さに心に矢が刺さったようだ。可愛い。
俺は優しく、子猫を持ち上げた。真っ赤なまん丸の目を覗き込む。お前の名前はなにしようか。灰色、灰、灰被り。お姫様か?いや、ついてるし男だから、シンデレラは違うか。灰色、グレーのにゃんこ。赤い目の猫、レッドアイ。
「にゃん」
子猫は俺の手からするりとすり抜けて肩に乗り、首にクルンと巻き付いた。尻尾の先をくわえて、丸く輪になった。おお、モフモフだ。
「これは良い襟巻きだ」
「にゃ···ぁ」
苦しそうに呻く子猫に、俺は驚く。
え?もしかして、名前になったの?襟巻き?襟巻きが名前になったの?冗談だったのに?え?
って、猫ちゃん思いっきり首絞めんの止めて苦しい!あ、でもなんか幸せ。もふもふしてる。




