13,5 閑話
明かりはテーブルのライトだけの暗い部屋で、日誌を書きながら食堂で会った男を思い出し、ペンを置いた。足をテーブルの上に乗せて、片側の椅子の脚を浮かせシーソーのようにゆらゆらと揺らす。背もたれが悲鳴をあげるようにギッと鳴る。行儀が悪かろうが、俺一人しかいないので気にしない。
不思議な人物だった。ドミノ倒しのように巻き込んでしまった男に興味をもった。
今日の夕食のことだ。昨日、パーティを組んだメンバーで食堂に向かう。俺はその中でパシリ役だった。それを見かねた正義感の強い女とバカ男が口論になる。バカ男が苛立ちの末に俺を蹴っ飛ばし、女の胸に突っ込んだ。(これはセクハラでは断じてない。偶然だ。ふわふわした感触は気のせいだ)衝撃を耐えられなかった女は、そのまま後ろにいた男の方へ倒れた。男は奇妙な声とともに、食器が床に落ちた音が食堂内に響く。
辺りは静寂に包まれた。食事をしていた奴等も、我関せずと喋っていた奴等も音がした俺たちの方へ視線を向ける。
俺は女性の上から退くと、彼女も急いで立ち上がった。下敷きになっていた男は、体を起こしてからも呆然と落ちた食事を見つめていた。
元凶である俺を蹴ったバカ男は、舌打ちをして取り巻きと共に食堂を去った。俺と女性は、巻き込んだ男に謝罪をする。
男の顔を覗くと、真っ青な顔をしていた。目の下の隈と相まって健康そうに見えなかった。それほどまでにショックだったのか、と俺はもう一度、謝罪し同じものを買ってくると言った。だが一瞬のうちに顔色を変えて、すくっと立ち上がり、にこりと笑った。
「いえ、大丈夫ですよ」
自分の手を汚れることも気にせずに、落ちた料理をトレイに乗せる。女は片付けを申し出たが、それも断られていた。何かすることは無いかと迷った末に、俺はモップを持ってきて床を拭いた。女は、彼が料理の残骸を乗せたトレイを返却口に返しにいった。すると彼は感謝の言葉を告げて、また笑った。
何故怒らないのか疑問に思い、問いかけた。巻き込まれただけだ。男は俺に文句を言う権利がある。しかし彼は運が悪かったのだ、とため息をついたのだ。
戻ってきて話を聞いた女はそんな男に好感を持ったのか、借りてきたウェットティッシュを渡しながら、一緒に行動しませんか?と誘った。
「いえ、大丈夫です」
「せめて、DWMでお詫びをさせてください。私はサクラという名のプレイヤーです。もし、何かあったら私を頼ってください」
「ありがとうございます」
「いいえ」
「僕はノブナガです。今は力になれませんが、必ず」
男は会釈をして、静かに食堂を出ていった。彼が食堂を出ると、また騒音が戻る。
彼は本当に苛立ちも関心も感じて無かったように見えた。そう例えるなら、天災や動物にイタズラされたかのようなどうしようも無い事の諦め。ただ溢された食事にだけは執着じみた何かがあり、不思議な人物、俺はそう判断した。
その後、俺は話し合って彼女のパーティと共に行動することになった。意図せず貢献度1位のパーティと組むなんて幸運なのかなんなのか。そこのところは微妙だが、あのバカ男は要注意人物行きとなった。これが始まった昨日の今日で運営に睨まれるなんてな。というか、アイツは規約読んでないのか?馬鹿だろう。俺だったから良かったものの一般人やれば、一発退場だったな。まぁ、その為の俺だったんだけど。
俺のせいじゃないけど、監視離れちゃったし怒られっかな?奴がいるし、大丈夫か。
そして、俺個人に興味を持たれた彼はよっぽど運が無いのだろうなぁ。彼は今どこで何をしてるだろうか。一人で食堂で見てた限り、ソロで行動しているように見えた。ここでのソロは何をしてもキツイだろうに。
俺達以外のソロは少ない。闘争心が有り余り過ぎる奴は遠くから監視されているか、また自立心が無い癖にパーティを組めないボッチは、パーティを組めるようにある一定の期間までサポートする為、本当のソロという奴は少ない。闘争心が無く、運営が問題無いと認定する人物。彼は確かに問題は無いと思うが、データだけじゃ分からない事もある。
あー、俺にもあの端末があれば覗けるんだけど。奴に借りるか?いや、いつかまた会う事に期待するか。
「それまで止めて欲しくないな」
俺は足をおろして、ペンを持った。クルクルとペンを回し、記述すべき事を整理する。
そういえば、名前聞いてなかった。




