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第九話 ぶっ飛びデイズ


 あの日からソフィの態度が変わった。あれ程後ろ向きだった彼女が、精力的に訓練を行い始めたのだ。

 いや、違うな。元からソフィは前向きな性格だ。あれ程までに卑屈だったのは、現実に対して諦めていただけ。今はもう、瞳の奥に暗い影は見えなくなっていた。そう、見えなくはなったんだけど……。


「大丈夫? ちょっと休憩する?」

「はぁ、はぁ、大丈夫、です、はぁ、はぁ」


 如何せん体力が無さ過ぎる。やる気になったのは良い事なんだけどさ……。


「うん、そんなに顔を青白くして大丈夫って言われてもな。とにかく、今日はもうおしまい!」

「はぁ、はぁ、でも、まだ、はぁ、はぁ、昨日よりも、走って、ない、はぁ、はぁ」


 体力作りを始めて既に一週間が過ぎた。毎朝ランニングをしているけど、一向に体力がついてこない。というか、日に日に衰えていっている感すらある。

 明らかに異常だ。一晩眠れば、体力はある程度回復しそうなものだが……。ソフィの場合、疲労を蓄積していっているかのよう。


 それに気付いたこともある。ソフィには生傷が絶えない。別に鈍くさくて、よく転ぶという訳ではないのだけれど。

 ソフィ曰く『いつの間にか怪我しているんですよ』とのこと。自分が気付かない内に怪我を負う事なんてあり得ないだろ。


 何かがある。それは判るんだけど……その原因はさっぱりだ。こんな時は頼りになるアドルフ! なんだけど……。


「アドルフの奴、どこ行きやがったんだよ」


 あの日以来、アドルフは行方知らず。何やら調べることがあるとか言っていたけど、もう一週間も帰って来ていない。使えない奴だ、ホント。


「心配ですよね。どこに行っちゃったんでしょうか、アドルフさん」


 ソフィもどこか心配気だ。

 こんな可愛い子に心配されているぞ、アドルフ。良かったな。


 とまぁ、アドルフに関してはそこまで心配していない。あの食えない爺さんのことだ。忘れた頃にひょっこり帰って来るだろうし。


 ソフィに関して気になっている事は他にもある。それは左鎖骨辺りにある痣だ。何となく魔法陣のように見えなくもない。まぁ魔法陣見たことないんだけどね。


「なぁ、ソフィ。その痣って生まれつきなの?」

「これですか? これは確か……って、どこ見ているんですかっ!?」


 バッと勢いよく、ソフィはランニング直後で乱れ大きく開いてしまっていた胸元をかき抱いた。羞恥に頬を紅くすると共に、ソフィは俺をジト目で見る。


「…………………………えっち」


 ……冤罪だ。いやらしく覗き込んだ訳じゃないし、そもそも襟がゆったりとした服を着ているのが悪いと思う。まぁ確かに、薄っすらと汗で湿った首筋が妙に艶やかではあったが。


「もうホント、油断も隙もあったものじゃないですねっ!」


 いや、だから冤罪だってば。慎ましやかなお胸は見えなかったぞ、慎ましいな!


「ソフィってさ……何歳なの?」

「もう! 何ですか、いきなり。十四歳ですよっ! それがどうかしましたかっ!」


 プンプンとご立腹のようである。


「十四か……未来は明るいと思うぞ」

「?」


 キョトンと首をかしげるソフィ。うん、ガードが緩まっていますぞ。見えないけど。


 有耶無耶になってしまったが、まぁいい。ちょっと気になっただけだし、痣なんて誰でもあるだろうしな。


 ソフィの体力についてはアドルフが戻り次第、要相談で。今日も今日とて、魔法修練の開始だ。


「魔法の練習ですか? わたしはどうすればいいです?」

「ソフィは待機。まだ足腰覚束ないだろ。座って休憩だよ」

「……はい」


 しゅんと獣耳が項垂れる。うん、今日も獣耳さんは感情豊かだ。


 この一週間は、火魔法の威力を向上させることを念頭に鍛錬を行ってきた。だが、めぼしい成果は得られていない。


 あと一歩なんだよなぁ、感覚的には。何か些細なきっかけさえあれば、すんなりと出来そうな気がするのだけれど。


「今日もまた火魔法なんですかぁ~?」


 少し離れたところに腰を落ち着かせたソフィが、もう飽きたとばかりに聞いてくる。


 またって何だよ、またって。こういうのは積み重ねが大事なんだよ。ホント判ってないな。


「リュウヤさんも、しつこい人……じゃないですね。今はゴブリンですし……しつこい元人ですよねぇ~」


 ソフィには俺の秘密を明かしている。……明かさなかったら良かったと今すげぇ後悔しているよ。人が気にしているところを容赦なく抉ってくるし。そして、真面目に言い直さなくていいぞ?


 まぁこんな軽口を叩けるようになったのも、距離が近くなったからだと思う。そう思いたい。


「空気にはサンソ? という物があるんですよね? そのサンソは、物が燃えるエネルギーだから、より多くのサンソを供給すれば、青く激しく燃えるんでしたよね?」


 そうだよ。そう説明した。


「それで、リュウヤさんは今、多くのサンソを供給した青い炎をイメージして、火魔法を行使しているんですよね? 何でですか?」

「いや、何でって……。火魔法の威力をだな――」

「そうじゃなくって。別個に考えないんです?」

「……別個?」

「はい。火魔法はそのまま発現させて。それとは別に風魔法でサンソを集めちゃってから合成すればいいんじゃないんです?」

「……」


 ……時が止まった気がした。


「それではダメなんです?」


 人差し指を顎に添えながらという愛らしい仕草。そして、純粋無垢なその瞳。


 や、やめてくれッ! 俺を追い込まないでくれッ!


 そう叫びたい。叫んで楽になりたい。だけど、ここはグッと堪えて平然を装うのだ!


「ソウダナ。試シテミルヨ。アリガトウ、ソフィ」

「はいっ。頑張って下さいっ」


 ニコッと微笑むソフィが眩しいよ……。


 火魔法と風魔法の複合。火魔法の威力を高めるだけなら、試してみる価値はある。火魔法なのだから火魔法だけでと、固定概念に囚われていたな。ホント、何故こんな簡単なことも気付かなかったんだ俺。魔法を使えないソフィに教えられるとは……とほほ。


 心に確かなダメージを負った俺は、己を奮い立たせるかのように火魔法を発動。心なしかいつもより激しく燃えています。

 続いて、風魔法で大気中の酸素を集めるイメージを。そして、二つを融合……。


 ――ボンッ! と激しく爆発。直近にいた俺はもろに衝撃波を受け、大きく吹き飛ぶ。


「リュウヤさんっ!?」


 大声で叫んだソフィは、慌てて俺の元へ。


「大丈夫ですかっ!? リュウヤさん、リュウヤさんっ!」


 吹き飛ばされ、大の字に倒れてしまった俺を胸へ抱え、ソフィは動揺露に何度も俺の名を呼ぶ。頬がピリピリとして感覚がないのがすごく残念だ。


「イテてて……。ちょっとビックリしたけど、大丈夫だよ。問題ない」


 なるべくソフィが安心するように気丈に答えた。


 見た目の派手さ程、威力は無かったようだ。言うなれば、顔面に力士の張り手をもらった感じくらいかな。それに今ほど小鬼族(ゴブリン)で良かったと思ったことは無いな。もしこれが人間のままだったら、前髪吹っ飛んでいたよ。


「良かったぁ~。あ! わたし、傷薬取ってきますっ!」


 大事ないと判り安堵するソフィは、慌ただしく傷薬を取りに走っていった。


 はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、傷薬を手に戻ってきたソフィ。少し涙目になりながら、傷薬を丁寧に俺の顔に塗っていく。


「……ごめんなさい、リュウヤさん……わたしが……魔法も使えないのに……わたしが余計な事を言ってしまって……」

「そんなに気にするなよ。そんなに威力も無かったしさ。それにいいアイディアだと思ったから試してみたんだよ。試したのは俺だしさ。自己責任だよ、自己責任。ソフィが気に病むことなんて無いからさ」

「……ごめんなさい……ごめんなさい……」


 慰めようと声を掛けても、ソフィは謝罪の言葉を繰り返すだけだった。


 女性の宥め方なんて俺には判らない。どんな言葉を掛けてあげればいいのか……。というか、俺が失敗しなければよかっただけなんだよな、はぁ~……。


「……ごめんなさい」


 傷薬を塗り終えたソフィは、そのまま俯いてしまった。むぅ~。

 意気消沈してしまったソフィを放って、魔法の鍛錬なんて出来やしないな。もう昼近いし、ちょっと休憩でも挟むか。


「傷薬ありがとな、ソフィ。もうそろそろ昼だし、休憩でもするかぁ~」


 殊更明るく言い、ポンポンと俯くソフィの頭を軽く撫でて立ち上がる。

 と、同時にソフィの唇が微かに動いたが、それには取り合わず、急かすように言う。


「ほぉらっ! いくぞ」

「……はい」


 小さく答えるソフィ。


 俯き加減のままついてくるソフィを気にしつつ、俺は考えていた。ソフィが吐露してしまった言葉を。


 ――見捨てないで、か……。





 結局、俺は上手くソフィを宥めることに失敗。彼女は自室へと引っ込んでしまった。

 扉を挟んで微かに聞こえる寝息。日々の訓練に疲労が溜まっていたのだろう。そのままそっとすることにした。


 すっかり落ち込んでしまったソフィを元気付けたい。元気を出す為には、やっぱり一番は美味しいご飯だ。まぁ俺だけかもしれないけれど。


 という訳でやって来ました、森です。訓練を兼ねて、普段の夕食の種は俺が狩ってきている。大体、兎が多いけどな。

 今日はもう少し大きめの獲物を狙うとしますか。猪など大物を狩ってきたら、元気のないソフィでも喜んでくれるだろう。あいつ、肉好きだしね。


 寝てしまったソフィには、俺が猟に出かけた事は伝えられていない。書置きとか出来たらよかったんだけど……。


 生憎、俺はこの異世界の文字が書けない。エジプトとかあの辺りの蛇の様な文字に似ている。書くどころか、全く読めもしない。言葉は何故か理解できるんだけれど。

 召喚の際、不完全に知識が埋め込まれたって事なんだろうな。そもそも人間じゃなくて、小鬼族(ゴブリン)になっちゃってたしな、俺。


 お、「魔力察知」に反応あり。この魔力は……残念、ゴブリンか。お目当ての獲物じゃないな。

 目標物以外は全てスルーする。余計な戦闘で騒ぎを大きくしてしまうと、本命に気取られ逃げられてしまうしね。


 忍者のように気配を殺して、散策すること暫し。


 ――いた。でっぷりと太った大物の猪。ゴブリンよりも一回り程大きく、どことなく貫禄がある。もしかしてこの森の主とかだったりして……。


 大きく反った角を器用に使い木の実を集め、ムシャムシャと食事中の模様。


 チャンスだ。奴は食事に夢中で、俺にはまだ気づいていない。だけど、接近戦は少し難しいかな。近づけば近づくだけ、察知される危険性が高まる。なら、ある程度間合いを詰めつつ、魔法で仕留める!


 気取られないように慎重に、慎重に。背後へと回る。奇襲を避けられても、即座に追撃出来る距離まで――ここだな。


 ふぅと静かに息を整え、即座に魔法を行使。


 火の矢が空気を穿ち、大猪の背後から襲い掛かる。が――


「――チッ」


 火の矢は掠めるだけに留まった。ギリギリで反応され回避されてしまった。


 素晴らしい反応速度だ。でっぷりと太った体躯に似合わない俊敏性。逃げに徹されてしまえば、追うのも難しいだろう。逃げられるわけにはいかない。


 即座に第二射、第三射。森の薄暗さを晴らす火矢が舞う。


 ――が、速いッ!


 矢衾を張るものの、致命傷に至る火矢だけ瞬時に判断し回避していく大猪。体躯には裂傷を負うものの、なおも健在。激情に色付く紅い目が周囲を窺い――俺を射抜くッ!


 ここからは真っ向勝負。持てる最大火力でねじ伏せるのみッ!


 魔力を集め、全力で攻勢を掛け――


「BUWWwOooo!」


 身体の芯に響く大咆哮。集めた魔力が乱され、制御出来ない!?


「クソッ! マジックキャンセラーかッ!」


 暴発してしまう前に、魔力を霧散させないと。


 だが、その僅かな隙間を狙ったのか、大猪が地を蹴った。アドバンテージであった間合いを潰し、俺に襲い掛かる。

 まるで砲撃の様な突進。迫り来る圧力が尋常ではない。


 魔力を霧散させては間に合わない。ならばッ!


「いっとけぇぇぇッ!」


 裂帛の気迫。敢えて魔力を暴発させるッ!


 大咆哮によって荒れ狂う魔力に、更なる魔力を注ぎ込む。許容量を遥かに超え、オーバーフロー。


 こんな事をすれば俺も無事では済まない。それでも少しでも負うダメージを減らすように後ろへ飛ぶ。その瞬間。


「――ぐッ」


 ――大爆破。空間全てを破壊する魔力の奔流。爆風を一身に受け、俺は吹き飛ばされる。


 今日は何だか吹き飛ばされる日だよな……なんて思いながら宙を舞う俺の視線の先には、あの大猪の頭が圧潰していくのが見えた。


 そりゃそうだろう。あんな砲弾のような突進力と、魔力爆発がぶつかり合ったんだ。相当な衝撃だろうさ。

 まぁ無傷での完勝とはいかなかったけど、結果オーライってとこかな。まさかマジックキャンセルしてくるとは思って無かったしね。


 後はちゃんと着地を――


「ぐへッ」


 ドンッ! と、背中に衝撃。胸中の息が強制的に吐き出された。


 不運だ。咄嗟だったから、吹き飛ぶ方向まで、考えて……無かった……な……。


 頭でも打ったのか、薄れいく意識。失神する前に俺が思ったのは――。


『何だかしまらないな』って事だった。



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