第六八話 大好きなお風呂
「ふっふっふ……遂に、遂にッ! この日がやって来たぁ!」
バッと拳を突き上げ、叫ぶ俺。やけに声が反響する。
つい最近手に入れた拠点。その一階にある浴室に俺は来ていた。
ちょっぴり無骨な感じの石床。それに木の香りが芳しい浴槽。
どこか温泉宿のような趣のある浴室にて、俺のテンションは急上昇している。それもそうだろう。何て言ったって、今日初めてお湯を張るのだ。
久しくお湯に浸かるという癒しの時間が失われていたが、異世界に召喚されてから、初のお風呂だ。これでテンションの上がらない人は、日本人じゃないね。
俺は昔から極度の風呂好きだ。別に潔癖ではないのだが、昔から朝晩必ず風呂に入るほど、大好きなのだ。
あの、お湯に浸かりながら四肢を弛緩させ、ボーっとする時間が、この上なく至福のひと時なのだ。あんなに心休まる時間は無い。
「ここまで本当によく耐えたよ、俺……。この約二か月は本当に地獄だった……」
異世界に召喚されてから、お湯に浸した手拭いで身体を拭く毎日。苦行かと思ったぜ、マジで。思い起こすだけで、涙が出て来るくらいに。
《マスター、それは言い過ぎではありませんか。暇を見つけては、川で沐浴していたではありませんか》
うるせぇ! ラファ、お前は判っていない! お風呂に浸かるという、今生の至福の味を!
《……マスターがどれ程までに、熱望しているのか、よく判りました。もう、私は何も言いません。存分に楽しんで下さい。その為に、今日一日、休日にしたのですから》
そう。今日は俺の強権的宣言により、休息日にしたのだ。ここ数日、ロノアというポーターの加入もあって、連日迷宮に潜っていた。その甲斐あって、懐も随分と温まったけれど。
今日は屋敷に俺一人だけ。ソフィたちはフラミアを連れ添って買い物に出掛けている。悪霊という魔物なのに、出掛けてもいいものかと思ったけれど、外見は人族だし問題ないとのこと。というか、俺たちが迷宮に行っている間、フラミアが一人で街に出掛け、試したらしい。誰も気付かなかったそうだが、危ないので今後一人きりでは出掛けないように厳命した。
魔物という正体が明らかになってしまう事も問題だけど、フラミアはかなりの美人だ。金髪ゆるふわヘアーのメイドさん。ほんのりとほんわかとした空気感を纏っているので、よからぬ輩がよからぬ企てをしないように注意しなければならない。
《それだと四人一緒に送り出すのは不味いのではないでしょうか。人族の価値観で言えば、四人とも見た目麗しい女性だと思いますけれど》
まぁ確かに、ソフィも陽もせつなもフラミアも。言いたかないが、美少女だと思う。だけれど、問題ないのだ。陽って人一倍怖がりだし、そういった男の悪意というものには敏感だしね。そうそう危ない目には遭わないと思う。
というか、そんな事はどうでもいいんだ。今、俺にとって最も大事な事は、お風呂に入ることだ。
異世界に召喚されてからの初風呂。やっぱり気持ちよく入りたい。
ということで、早速浴室の掃除から始める事に。フラミアが掃除してくれているらしいが、自分で滅茶苦茶綺麗にしてから入りたい。どうせなら。
デッキブラシもどきを使って、ゴシゴシと床を磨く。このデッキブラシもどきは、俺が気持ちよく風呂に入ろうと思って、街の雑貨屋に頼んで作って貰ったものだ。
ブラシ部分は、硬くて細い針の様な葉をより集めている。弾力性に富んでおり、感触的には従来のデッキブラシとそう変わりないと思う。
力を込めて、ゴシゴシ……ゴシゴシ……。汗が噴き出すのも気にせず、時間を掛けてゴシゴシ……。
フラミアが掃除してくれていたとはいえ、やはりデッキブラシもどきで磨くと汚れが浮き出て来る。フラミアの仕事ぶりにケチをつける訳ではないけど、これからも俺が風呂掃除した方がいいな、うん。
水魔法を使って、サァーっと洗い流す。うん、めちゃくちゃ綺麗になったぜ。
続いては浴槽の掃除だ。こちらはハンディタイプのブラシを使う。このブラシも勿論、徳中だ。デッキブラシもどきに使用していた物よりも少しだけブラシ部分が柔らかい素材を使っている。
合成繊維なんていう代物はこの異世界にはないけれど、代わりに魔物の素材などで代用しているのだ。流石、ザ・ファンタジー。
浴槽の中で四つん這いになりながら、ひたすら磨き上げる。光り輝くまで――陶器製ではないので光ることはないけど、気分的にだ――、ゴシゴシ……。
今の俺は中鬼族という小柄な魔物だ。種族的に非力ではあるのだけれど、無問題。俺には「身体強化」というスキルがある。それに最近取得した「怪力」。多分、この時の為に、取得したと言わんばかりのスキルだ。ヘカトン様、ありがたやぁ~。
隈なく磨き上げて一息。またもや水魔法を使って、サァーと洗い流す。
すると、どうでしょう? 長年の汚れが落ち、光り輝いているようではありませんか。これぞ、匠の仕事。細部まで磨き上げられた浴槽は、もはや芸術の域に達しているよう。この磨き上げられた浴槽に湯を張れば、極上のひと時を楽しめること間違いなしでしょう。
《……マスターのテンションがとても気持ち悪い事になっています》
何か聞こえた様な気がしたけど、気にしない。今の俺は無敵である。
ここで仕上げに洗剤を使いたいところだが、残念ながら手に入れられなかった。
一応、石鹸はあるみたいなんだけど、元の世界の石鹸と違って、これがめちゃくちゃ臭いのだ。魔物の油から作ったらしく、獣臭がすごい。まぁ汚れはすごく落ちるみたいなんだけど……ちょっと使う気にはなれなかった。なので、いずれ暇を見つけて、自作してみようと思っている。
さて、風呂掃除は一段落した。ここまで掛かった時間は、約二時間。気付いたらそんなに時間が経っていましたよと。
まぁ初回だから丁寧且つ執拗に掃除した。おかげで汗びっちょりだ。
でも、これがまたいいのだ。汗だくになった身体を洗い流し、湯に浸かる。さっぱりとした気分になるあの瞬間の為に、俺は頑張って来たんだ、うん。
ということで、早速湯を張ろうと思う。水魔法と火魔法を併用すれば、簡単に湯を張ることが出来るのだが、今回は魔石を使う事にした。以前、俺が魔法を取得する際に、属性付属魔石を使った事を覚えているだろうか。今回はそれを使うのである。
まぁこの異世界には最適化されたガス利用なんて存在していない。一般的には、大きな鍋に湯を沸かし、何度も何度も繰り返し浴槽に入れる方法が取られている。貴族様などは使用人にやらせているそうだが……かなりの重労働で、貴族でさえ毎日入浴することはないという。
ただ一部の金持ち貴族は、属性付与魔石を使っているとの情報を得た。どうやら属性付与魔石は高額であり、また使い捨てなのだそうだ。コスパが非常に悪く、本当に金持ちの一部だけしか利用していないらしい。
一時は属性付与魔石を使うのではなく、毎日俺自ら風呂を沸かそうと思っていた。少し面倒ではあるけれど、至福のひと時には代えられないしな。
だがここで問題が一つ発生した。その方法をとると、俺以外風呂を入れられないということだ。まぁ俺的には問題は無いんだけれど、陽が珍しくぶち切れたのだ。
『りゅうちゃんは自分だけお風呂に入れれば、それでいいの? あたしたちのことは無視なの? りゅうちゃんが不在の時、あたしは虚しく手拭いで身体を拭かないといけないの? ちょっと酷くない? ねぇ、どうなの? りゅうちゃん』
と、陽に物凄い剣幕で迫られたのだ。陽も俺と一緒で風呂好きだ。俺は触れてはいけない部分に触れてしまったのだった。
まぁ俺が不在の時なんて、あんまりないだろうけれど。それでも自分でも風呂を沸かせられるようにしてほしいとのこと。まぁ気持ちは判らなくもないので、素直に従う事にした。
そこで大活躍したのは、ラファであった。
『《属性付与魔石を使い捨てにするのではなく、再利用すればいいのでは?》』
あっけからんとそう言い放ったのだ。正直、俺の中では属性付与魔石は使い捨てという認識だったのだけど、ラファ曰く『《低級魔石では、再利用は難しいですが、中級魔石なら、魔力を込める事で再利用可能です》』とのこと。
ただ、問題もある。それは属性付与魔石には低級魔石――青、緑魔石――しか使っていないという事だった。属性付与は高等技術の部類に入るらしく、また百発百中とはいかず、失敗することもあるらしい。属性付与を失敗すると、使用した魔石は粉々に砕け散ってしまうのだ。
だからこそ、価格の安い低級魔石ばかりが使用されているのが実情。おいそれと中級魔石――黄魔石――に属性付与は施せないらしい。中級魔石は非常に高価だからね。
しかし、諦められない――陽に脅迫されているので――俺は、街の魔導具屋に掛け合って、中級魔石を持ち込むので、属性付与して欲しいと依頼したのである。
随分と嫌な顔をされたが、一切の賠償はしないとの約束で、属性付与を施して貰うことにした。
スフェーンが属性付与出来たら良かったのだが、彼女は『風の意志』の継承者であり、風精族。風魔法は得意だが、その他の属性はかなり不得手で、すげなく断られてしまっている。
属性付与を施して貰う事には辺りを付けたのだが、ここで問題が一つ。中級魔石が非常に高価な事だ。正直、俺や陽の願いの為に、お金を使うのはどうかと思った。思ったのだが……。
『フィーちゃんも、せっちゃんもお風呂入りたいよね? ね? フラミんの苦労も減らすべきだよね? ね?』
物凄い剣幕で詰め寄り、ソフィたちを強引に説得したのである。せつななんてちょっと涙目だったよなぁ……可哀想に……。
という事で、資金にも目途が立ち、迷宮から帰還しては、中級魔石を購入し、魔導具屋に中級魔石を持ち込むこと、数日。やっとのことで、昨日、火属性と水属性の属性付与魔石が完成したのだ。属性付与を施してくれた魔術師のお兄さんは、『もう来ないでくれ……』と憔悴し切っていたのは、今やいい思い出である。
それはさておき、早速火属性と水属性の属性付与魔石を台座にセットする。この台座は、現在二階を補修してくれている大工さんに頼み込んで作って貰ったものだ。
これまた随分と嫌な顔をされたが、流石一流の大工さん。属性付与魔石がぴったりと収まる。
魔石に手を当て、魔力を流してみると……。
「おぉ~! お湯だ、お湯が出たぞ! ちょっと熱めだけど、入れている内に冷めるだろうし、これくらいの熱さでいいかもな」
お湯が噴き出し、浴槽に勢いよく溜まっていく。一度、魔石に魔力を流せば、魔石の内包魔力が尽きるまで、かけ流しである。内包魔力が尽きれば、その都度新たに魔力を補充すれば位いいらしい。ラファがそう言っていた。
流れ出すお湯に満足げに頷く俺。後は、お湯が貯まるのを待つだけだ。風呂掃除をしてちょっぴり疲れたので、ちょっと一休みでもしようか。
リビングとして使っている部屋に入ると、身体を投げ出しソファに横たわる。
「ふぅ~……何だかんだ言って、やっぱり疲労が溜まってるのかな。ちょっと身体がだるい……」
クゥ~っとひと伸び。お湯が貯まるまで時間が掛かるだろうし……ちょっと……一休み……し……て……。
…………………………………………。
…………………………。
………………。
……ハッ!?
ヤバッ!? いつの間にか眠っちゃっていた。お、お風呂大丈夫か!? 湯出しっぱなしだよな!?
慌てて飛び起きる俺。そんな俺にラファが冷静に告げる。
《マスター、心配ありません。元からかけ流しとなっています》
そうだった。属性付与魔石の内包魔力が尽きるまで、かけ流しだったな。なら、そんなに慌てる事ない。元の世界の事を思い出して、ちょっと焦っちゃったよ。
汗だくで眠ってしまったから、ちょっと気持ち悪い。お風呂に入ってさっぱりとしますかね。
俺は欠伸を噛み殺しながら、お風呂場へ向かう。
ササッと服を脱ぎ捨てて、浴槽の扉に手を掛けた。
バンッと開け放つと、湯けむりがもわっと押し寄せる。そして、見た。湯煙の向こうに動く影を。
背中から腰に掛けての女性特有のライン。水をも弾くきめ細やかな肌。後ろから微かに見える双丘。
洗い場にいるのは二人。陽とフラミアであった。というか、何でいるの……?
起床直後の不明瞭な意識の中、茫然と立ち尽くす俺。一方、陽とフラミアも固まって、俺を見ていた。
突然、バチャンッと水音が響く。目を向ければ、浴槽には口許までお湯に浸かるソフィとせつなが。顔を真っ赤にして、俺から顔を背けていた。
「りゅうちゃん……」
ぽつりと響く声音。瞬間、ぼんやりとしていた意識が急速に覚醒。
――ヤバイ! 殺される!
俺は何か言われる前に、勢いよく扉を閉めた。
どうする? どうする……? 確認しなかった俺も悪いけど、まさか皆で風呂に入っているとは……。というか、いつ帰って来たの? 買い物行ってたんじゃ……。
現状を理解するにつれて、ぶるりと身体が震える。と、とにかく、殺される前に誤らないと!
「そ、その、ごめんッ! まさか、もう帰って来ているとは思ってなくて! わ、悪気はなかったんだ!」
勢いよく頭を下げて、とにかく謝る。俺が生き残れる道は、これしかない……。
シーンと静まり返る。叫ぶように謝罪の言葉を口にしても、一向に反応が返って来ない……。
たった数秒が数十分のように感じられ、まるで有罪判決を受ける前の囚人の心地であった。
頭を下げ続けていると……バンッと勢いよく扉が開いた。ゆっくりと目線を上げれば、そこにはバスタオルもどきを巻いた陽が仁王立ちしている。
というか……濡れた身体にバスタオルもどきが張り付き、扇情的な格好である。きつく巻かれ、そのせいで大きな胸がググっと強調され、深い谷間を形成していた。
陽の事は昔から知っているけれど……うん、立派に成長したんだね。
そんな風に逃避行してしまうのも無理はないと思う。突発的なアクシデントだったとはいえ、こういった場合、男性側が圧倒的不利だし……あはは……もう少し生きていたかったなぁ~……。
「りゅうちゃん!」
陽の声に、ビクッとする俺。怒られる……こ、殺される……。ギュッと目を瞑って落ちるであろう雷に備える。
身を竦ませ、怯えていると、突然、柔らかな感触に包まれた。プリンとした柔らかな感触……。
ゆっくり目を開けると……何が何だかよく判らないが、俺は陽に抱き締められていた。
「りゅうちゃん、ありがとっ! あたしたちの為に、お風呂掃除してくれたんだねっ!」
陽……それは、ちが――。
ギューッと抱き締められ、声が出ない。豊かな双丘に埋められ、声が出ない。
なにやら勘違いしている陽は、俺に頬をすりすりと擦りつけている。
「それに完成したんだよねっ。これでいつでもお風呂に入れるよっ。ホント、ありがとっ、りゅうちゃんっ!」
どうやら覗きよりも陽はお風呂に入れる喜びの方が勝っているらしい。ハァ~……なんだよ、マジで焦ったじゃんか。
ホッと安堵する俺。それも束の間、新たな問題が。それは……。
――い、息が出来ねぇ……く、苦しい……し、死んじゃうよ……。
これが罰(?)なんだ……。俺は遠く薄れ行く意識の中、そんな事を思ったのだった。
◇
「よく生きてたよな、坊主」
俺は今、『霊銀の剣』の拠点へと赴いていた。バルバトスに呼ばれたからである。
前置きとして、先日起こった事件をバルバトスに話していたのであった。まぁ男同士だからこそ、そんな話が出来るんだけれど。
「ヒナタの嬢ちゃんもぶっ飛んでるとは思ってたけどよ。まさか胸で絞め殺すなんてな」
ゲラゲラと笑うバルバトス。いや、死んでませんから。ちょっと失神しただけですから。
「笑い事じゃあないですよ。あの日は結局、お風呂に入れなかったんですから。折角楽しみにしてたってのに」
「リュウヤは変わってるな。俺には何が良いのか全く判らないけどよ。風呂なんて時間の無駄じゃねぇか?」
「何を言っているんです! バルバトスさんでも、風呂を貶すなら一戦構えさせて貰いますよ!」
「お、おぅ……す、すまん。そんなに怒るとは思ってなかったわ」
ハッ!? しまった!? 風呂の事になると、どうも自制できないんだよな、俺……バルバトスが引いちゃっているよ……。
「ゴホン。まぁそれはいいんです。というか、いい加減話してくれません? 本題を」
咳払いを一つ。俺はバルバトスに話を促した。
「あぁ、そうだな。つっても、まだ裏付けは取れてねぇんだけどよ」
表情を改めたバルバトスはそう前置きをして、口を開く。
「ここ最近、このインクウェルで若い女性冒険者が襲われる事件が多発してんだ。俺も正確な数は把握してないが、結構な被害数らしい」
「はぁ……。物騒ですね。だけど、それが俺と何か関係しているんですか? まぁ確かに、俺以外は女の子ばかりですけど……」
「俺もただの婦女暴行事件だったら、坊主に話してねぇよ。せいぜい気を付けろって言うだけだな」
「そう言うってことは……」
「あぁ。これが普通じゃねぇんだ。襲われた女性冒険者の多くは、まともに抵抗することも出来ずに気絶したみてぇだ。だが、誰一人として重傷を負った者はおらず、全員無事なんだよ」
「そうなんですか。無事なら良かったじゃないですか」
「まぁそりゃそうだがな。奇妙過ぎるだろ? 襲撃犯の思惑が見えてこねぇんだよ。これで行方不明者が出たら話が違うんだが……」
まぁ確かに、奇妙ではある。被害に遭った冒険者は軽傷。ただ気絶させられ、その後放置されていたという。バルバトスが言うように、これで行方不明者が出れば、人攫いの芽が出て来るのだが……。
「それでな。被害に遭った女性冒険者の内の一人が、気絶する前に犯人の声を聞いたらしい。まぁ顔を隠していたのか、随分とくぐもった声だったらしいがな」
「なんて聞いたんです?」
「その女性冒険者が聞いたのは、『ヤマナカ』って言葉らしい」
――ドクン……。バルバトスがそう言った瞬間、俺の心臓が飛び跳ねた。
『ヤマナカ』……それはつまり、陽のことだ。
この異世界で山中陽を知っている者は少ない。この異世界に共に召喚されたクラスメート……もしくは、召喚者である新聖国ミリスシーリアだけ。
「……心当たりあるみてぇだな」
バルバトスの鋭い視線が俺に突き刺さる。
俺は直ぐには答えられなかった。何故、知っているのかと問い質されたら、俺は全てを一から話さなくてはならなくなる。俺たちが勇者として召喚され、そして俺だけは何の因果か、魔物になってしまったこと。その全てを。
バルバトスを信頼していないという訳じゃない。ただ……人の口には戸が立てられないという言葉があるように、ひょんな事から俺たちの秘密が漏れてしまう可能性があるのだ。今はまだ、そんなリスクは背負えない。
俺が口を閉ざし黙っていると、バルバトスは「そうか……」と小さく呟く。
「判った。安心しろ。それ以上は聞かねぇさ」
「……いいんですか?」
「良いも何も、言いたかねぇんだろ? それに、無理やり聞く必要もねぇしな。俺は別に尋問官って訳じゃねぇし。ただ、注意しろって言いたかっただけだしな」
バルバトスの鋭い視線が和らいだ。どうやら本当に注意を呼びかけたかっただけらしい。
「手に負えそうになくなったら、いつでも俺を頼ってくれ。まぁ、そん時は色々と話してもらうけどよ」
冗談交じりで言うバルバトスは、ニッと笑みを浮かべた。
はぁ~……この人には敵わないな……。
バルバトスの気遣いに、少しだけ不安が軽くなったような気がした。




