幕間3 陽の憂鬱
――シュッ、シュッ!
鋭い風切り音を響かせて大剣が閃く。
袈裟斬り、逆袈裟斬り、回転斬り、大上段からの振り下ろし。
まるで演武の様に大剣を振るっているのは、陽だった。最後に鋭い踏み込みと共に放たれる刺突。それを機に陽はふぅと息を吐き、弛緩する。
滴り落ちる汗を拭い、陽は大きく深呼吸。
「ん~、空気が美味しいね」
陽が居るのは、インクウェル近郊の開けた場所だ。ここで陽は自主練をしているのだった。
持参した革袋を口に当て、中に入っている水をゴクゴクと飲み下す。この革袋は、異世界版の水筒だ。
「ぷはっ。うん、お水も美味しい」
ぐいっと口許を拭った陽は、小休止を取る。大きな木こ木陰に座り、その身をこれまた大きな幹に預ける。
日が昇り、まだ朝早い時間に、自主練を行うのが陽の日課だった。意外と真面目な性格だったりする。
青い空に、白い雲。澄んだ空気に、豊かな自然。
心洗われる風景をゆったりとした気持ちで眺める。素振りによって、温まった身体を冷ますような爽やかな風が心地よい。
自然と笑みを浮かべる陽だったが、少しすると徐々にその表情は暗くなっていく。
「はぁあ、こんなんじゃあ、ダメだよね……」
独りごちる陽。その脳裡に思い出すのは、友人にしてパティ―メンバーのソフィの姿だ。
陽の脳裏に刻んで忘れる事のない、ソフィの凛々しい姿に、今の自分と比較して落ち込んでしまっているのだ。
陽とソフィは似ている。その過去の凄惨な経験も、いつも微笑みを絶やさないところなど、似ている部分が多い。それは陽自身感じている事だ。だからこそ、直ぐにソフィとは打ち解けることが出来た。
それは陽にとっては嬉しい事であった。陽は社交性に富んでいると思われがちだが、その心の中では、決して誰も信用していない。心を開いていないのだ。
唯一、リュウヤだけには心を開いている。そして、今ではソフィに、せつな。信頼できるパーティーメンバーには心許せるようになってきた。
だからこそ、陽は無意識に比較してしまう。自分とソフィを。そして、感じる。自分の心の弱さを。
少し前、陽は満月の夜の迷宮に閉じ込められてしまった。皆で力を合わせて、乗り越えることが出来たのだが、陽は全く満足していなかった。
(あの時、あたしは怯えるだけだったけど……フィーちゃんは違った)
伝説の魔物――へカトンが出現した時。誰もが恐怖に怯えてしまっていた。勿論、陽も恐怖に身が竦んでしまい、何も出来ずにいた。
だが、ソフィは違った。彼女は怯える人たちを励まし、強い意志を見せた。それは陽には無い物。
あの時のソフィの凛々しい姿は、今でも鮮明に思い出せる。
眩しかった。羨ましかった。自分も強くなりたいと思った。ソフィの様に強い心を持ちたかった。
「はぁ~……あたしも強くなりたいな……」
何度目か判らないため息が口をついて出てしまう。
「おいおい、そんなに溜息ばっかりついていると、幸せが逃げちまうぜ」
突然、声を掛けられ、陽は大剣を構えながら、振り返った。
そこには、筋骨隆々とした体格の男性。あの満月の夜にリビアで出会い、共にヘカトンを打倒したミスリル冒険者のバルバトスであった。
「なんだぁ~、バルバトスさんかぁ」
「おいおい、なんだとは何だ。俺だったら悪いのかよ」
口許を曲げ、不機嫌を露にするバルバトス。
「すみません。別に悪いって訳じゃないんですけど」
「ふんっ。そうかい。というか、溜息ばっかりついていると、幸せ逃げちまうぜ」
「そんなの迷信でしょ?」
「迷信でも何でも、そう言われるからには理由があるとは思わないのか?」
まぁ確かにそう言われてみれば、即座に言い返せない陽である。
すると、バルバトスは徐に深呼吸を繰り返す。
「何しているんですか?」
陽がそう問い掛けると、バルバトスはニヤッと笑みを浮かべた。
「何って、お嬢ちゃんが吐き出した幸せを貰っているんだよ。スーハー」
「いや……その……それはちょっと引きますよ」
は? と小首を傾げるバルバトス。
「いや、だって……変態みたいじゃないですか? 年若い女性が吐き出したため息を吸うなんて」
「……そう言われてみれば、確かに気持ち悪いな。えっと、済まん」
居心地悪く頭を掻きながらバルバトスは素直に陽に頭を下げる。そんなバルバトスの情けない姿に、陽は思わず笑みを零す。
「うん、嬢ちゃんはそうやって笑っている方がいいな。辛気臭いのは似合わん」
「えっと……もしかして口説いています?」
「おい、ばかっ! そんな訳ねぇだろうが」
慌てるバルバトスに、陽は声を上げて笑うのだった。
「それで、バルバトスさん。こんな所で何していたんですか?」
ここはインクウェルから近いと言えど、街外だ。気になって陽がそう訊いた。
「あぁ、ちょっとした散歩だよ。会議が思った以上に長引いてな」
バルバトスが言う会議とは、冒険者組合での会議だ。ミスリル冒険者故に、その会議に参加し、満月の夜の事について説明、及び、冒険者たちの報酬について話し合っている。
「へぇ~大変そうですね」
「おう、大変も大変だ。だから、こうやってちょっと抜け出して来たんだよ」
「え? 抜け出してきたんですか?」
あっけからんと言い放ったバルバトスに、陽は驚く。陽でも判る。その会議は重要なものなはずだ。抜け出してきては不味いのだろうかと、陽は心配してしまう。
だが、バルバトスはそんな陽の心配をよそに、グッと背伸びを一つ。そして、徐に陽に手を差し出した。
「ちょっと、嬢ちゃんの大剣を貸してくれや。身体が鈍って仕方がねぇんだわ」
「はぁ……いいですけど」
陽は素直にバルバトスに大剣を手渡した。
バルバトスはちょいちょいと大剣を振って重さを確認している。
「ん~ちょっと、俺には軽すぎるな。まぁいいか」
呟くように言ったバルバトス。次の瞬間、バルバトスの雰囲気が一変する。
圧倒的な強者の雰囲気には、陽は気圧される様に思わず身を仰け反った。
真剣な顔つきとなったバルバトスは、ふぅと深く息を吐き出すと、凄まじい勢いで大剣を振るう。
ブォンッ! と唸りを上げる大剣。凄絶な剣圧が大気を切り裂き、木々を揺らす。
「すごい……」
思わず陽が感嘆する。
次々と大剣を閃かすバルバトス。その一撃一撃が重く鋭いッ。それでいて、流れるような剣捌き。まるで流麗な剣舞を見ているかのようだった。
最後に一撃、大上段から振り下ろすと、バルバトスはふぅと残心する。
「やっぱ、俺には椅子に座ってくっちゃべっているより、こうやって身体を動かす方が性に合っているな」
残心を解いたバルバトスはそう言いながら、陽に大剣を返した。
「すごいですねっ。流石ミスリルクラスですっ」
「ははっ。こんなもん、そんな大したもんじゃねぇよ」
陽に褒められ、バルバトスは満更でもないようであった。
「『自身を一本の剣に見立てろ。心に折れない一本の剣を持っている者が、まさしく強者だ』」
バルバトスは気をよくしたのか、彼にとっては珍しく陽にアドバイスを授ける。
「これは、俺の師匠から貰った言葉なんだが……きっと、今の嬢ちゃんにも必要な言葉だと思う」
「心に折れない一本の剣を……」
「あぁ。どう解釈するかは、己次第だって、師匠は言ってたぜ」
陽は考える。バルバトスの言った意味を。深く思考して、吟味する。
「剣っていう物はな、使えば使う程摩耗し、刃こぼれだってする。そして、いつかは壊れちまうもんだ。この世に絶対に折れない剣なんて、それこそ絶対にあり得ないんだ」
語るバルバトスの言葉を陽は真剣に耳を傾けて聞く。
「これって、人間の心と一緒じゃないかと俺は思っている。使えば摩耗し、擦り切れて、心が折れちまう。心が折れた者から死んでいく。俺は見て来たよ。そうやって死んでいった奴を五万とな」
ふとバルバトスは空を見上げる。それはまるで、死んでいった者たちを思い出しているかのようだった。
「俺だって簡単にくたばりたくはねぇからな。師匠の言葉を俺なりに解釈して、今日まで生き延びて来た。死にかける度に、師匠の言葉を思い出して」
バルバトスは陽に向き直ると、優しげな微笑を浮かべた。
「『自身を一本の剣に見立てろ。心に折れない一本の剣を持っている者が、まさしく強者だ』。どう解釈するかは嬢ちゃん次第だ。だけど、嬢ちゃんにも判っているだろ? 近くに心に折れない一本の剣を持っている奴を」
そう聞かれ思い出すのは、ソフィの事だった。確かに彼女には決して折れない剣が心にあるように思えた。
「ははっ。珍しく語っちまったぜ。まぁ嬢ちゃんがどう解釈するかは、判らねぇが……少しでもアドバイスになれば幸いだな」
「はい。有難うございます。まだよく判ってませんけど、何となく掴めたような気がします」
神妙に頷く陽を見て、バルバトスは、たまには語るのも悪くねぇなと、思った。
「んじゃあ、俺はそろそろ戻ることにするわ。このままじゃあ、チャーチルの野郎に、捜索隊まで出されちまうからな」
バルバトスは陽に大剣を返し、踵を返した。その背に陽は感謝の言葉を投げ掛けた。
「ありがとうございましたっ、バルバトスさんっ」
その言葉に、バルバトスは振り返ることも無く、ひらひらと手を挙げる。
陽はうんと頷き、大剣を握り締める。まっすぐ前を向き、ただひたすらに大剣を振り始めた。
ふとバルバトスが立ち止まって振り返る。その視線の先には、真剣な表情で素振りをする陽の姿が。
バルバトスは自然と笑みを浮かべて、冒険者組合へと足を向けるのであった。
次回からは第三章【アンダーグラウンド編】をお送りします!




