幕間2 ユニウスとオルガナ
冒険者組合の紹介された治療院にユニウスとマルクはやって来ていた。
木製の扉を開けると、立て付けが悪いのか、ギィ……と軋む音が鳴る。まるで、それが呼び鈴の役割を果たしたかのように、奥から元気な声が聞こえて来た。
「はいはぁ~い、今行きますねぇ~」
のんびりとした声音。奥からひょいっと顔を出したのは、声音に違わず、のんびりそうな女性だ。白衣を纏っていることから、このたれ目の女性が、ここの医師なのだろう。
「こんにちは。冒険者組合の紹介でやって来ました、ユニウスと申します」
中に入り、礼儀正しく挨拶をするユニウス。その後ろでマルクも軽く頭を下げていた。
「はぁい、こんにちわぁ。えっとぉ~治療でいいんですよねぇ?」
たれ目の医師は、ユニウスの三角布で吊るされた腕を見て、そうのんびりと言う。
「ええ、お願いします」
「はぁい、判りましたぁ~。では、こちらにどうぞぉ~」
たれ目の医師の案内に従って、奥の治療室へ向かう。
治療院独特の消毒液の臭いだ。ユニウスは示された椅子に腰を下ろした。
「えっとぉ~、あっ、わたしはここの治療院で働いているユーリエと言いますぅ~。えっとぉ~怪我をしたのは、その腕ですよねぇ~?」
何とも独特なペースに、ユニウスは内心苦笑いを零す。勿論、表情に出すことはしない。
たれ目の医師――ユーリエにそうだと頷き、三角布を取った。
リュウヤに貰った上薬水のおかげか、痛みは無い。だが、まだ上手く動かすことが出来ずにいる。
「ちょっと、診せて貰いますねぇ~」
まずは触診。ユーリエは慎重な手つきでユニウスの腕を診察する。ふむふむと頷きながらペタペタと触診するユーリエの表情は、真剣そのもの。のんびりとした口調から、少し不安だったユニウスだが、その表情を見ていると、一抹の不安は既に消し飛んでした。
「なるほどぉ~。では、少し力を入れて曲げて貰ってもいいですかぁ~。……はぁい、ありがとうございますぅ~。どうですかぁ? 曲げた時、痛みはありましたかぁ~?」
「いえ、痛みはありません。でも、少し曲げ辛いですね。何か突っかかったような感覚があります」
ふむふむと頷きながら、ユーリエは羊皮紙を取り出す。何やら書き込みながら、続いて問診に移った。
「怪我を負ったのはいつ頃のことですぅ~?」
「昨日……いや、今日の明け方前ですね。魔物の攻撃を受けてしまって――」
ユニウスは掻い摘んで、事の成り行きをユーリエに伝えていく。その際、この怪我を負ったのは、リュウヤを庇った際に、魔人から受けたものなのだが、魔人に関する事柄は秘密事項。代わりに、ヘカトンに受けた際に怪我を負ったと説明することにした。
「ふぇ~、そんな事があったんですかぁ~? 全く知りませんでしたぁ~」
ユニウスの説明を聞き、ユーリエは驚く。いや、本当に驚いているのか、判りづらい。何せ、ユーリエの口調は相変わらずのんびりとしたものだったからだ。
「ええ、昨日の今日ですからね。まだ冒険者組合も正式に発表していませんし」
「そうでしたかぁ~。あ、でも~怪我を負ってから、まだ数時間といったところですよねぇ? それにしては、痛みも無いようですし~、おかしいですねぇ~」
う~んと悩むユーリエ医師。
「あぁ、それは友人に頂いた上薬水のおかげだと思います。怪我を負って、直ぐに服用しましたから」
「あぁ~なるほどぉ~。それを聞いて、合点がいきましたぁ~」
ユーリエは、ポンと手を叩く。
「それにしても、その上薬水、すごく高価な物じゃないですかねぇ~。お聞きした話、状況から判断して、相当な重傷だったと思うんですけどぉ~。それが、たった数時間でここまで回復しているなんてぇ、市場に出回っている上薬水では、まず不可能だと思うんですよぉ~」
ユーリエ医師によると、どうやらユニウスの腕の状態は、普通有り得ない回復を見せているらしい。市場に出回っている上薬水では、ここまでの治癒能力は期待できないそうだ。
ユニウスは、そんな高価な上薬水を惜しげもなく使ってくれたリュウヤに感謝すると共に、申し訳ない気持ちになった。
「友人には、何かお礼をしないといけませんね」
「そうですねぇ~。状況から推測して、そのお友達に貰った上薬水はぁ~、金貨五〇枚はくだらないと思いますよぉ~」
のんびりと言い切ったユーリエ医師の言葉に、ユニウスが蒼褪めたのは言うまでも無かった。
「それはともかくぅ~、このまま一週間ほど安静していれば、完治すると思いますよぉ~。それから更に一週間くらい掛けてリハビリすれば、突っ張った感覚も無くなると思いますぅ~」
「という事は、冒険者として活動を再開するのに、大体二週間くらい掛かるってことですよね?」
「そういうことになりますぅ~」
ユニウスは悩む。このまま安静にしていれば完治するとして。二週間も休養してしまうのは、冒険者として大きなタイムロスになってしまうのでは? と。
無論、急ぐ必要はどこにも無いのだが、ふと脳裏に浮かぶのは、リュウヤたちの姿。
この一週間で、ソフィたちは、カッパーからシルバーへと昇級している。そして、今回の事件を受けて、ゴールドへと昇級するのは間違いないだろう。
なのに、自身はまだカッパー。そしてここに来て、二週間の休養。差がどんどん開いてしまう。そんな危惧や不安が、ユニウスの胸裏に渦巻く。
ユニウスの心情を慮った訳ではないだろうが、ユーリエ医師がある提案をした。
「あくまでも先程言ったのは、このまま治療を施さない場合ですぅ~。お金は掛かっちゃいますが、回復魔法を施すことも出来ますよぉ~。その場合は、二、三日ほどで元通りになりますぅ~」
「……それは、リハビリ期間も含んでの事ですか?」
ユニウスがそう訊き返すと、ユーリエはのほほんと「そうですぅ~」と頷いた。
なら、悩む必要はない。金額を訊ねると、金貨一枚とのこと。懐が痛むが、背に腹は代えられないと思い、ユニウスはユーリエに金貨一枚を支払った。
「はぁ~い。確かに受け取りましたぁ~。では、治癒魔法を施しますねぇ~」
ユーリエは、ユニウスの腕にそっと手を当てる。
「〈ウォーターヒール〉」
のほほんとした口調のまま、ユーリエは術句を唱えた。
ユニウスの腕を包み込む水の膜。それは徐々に腕へと浸透していく。
試しに腕を動かしてみる。あの嫌な突っ張った感触は無くなっていた。
「どうですかぁ~?」
「あ、はい。突っ張った感覚も消えてますし、治ったみたいです」
「それは良かったですぅ~。でも、二、三日程は、激しい運動は控えて下さいねぇ~」
ユーリエに礼を告げ、ユニウスは立ち上がった。と、同時に、入り口の扉がギィ……と音を立てた。
反射的に振り返ったユニウス。すると、いつも微笑みを絶やさないユニウスが、珍しく顔を顰めた。
胸元が大きく開き、豊満な胸が強調された艶美な真っ黒のドレス。手に扇を持ち、妖艶な笑みを浮かべている妖しげな女性。黒髪に一房だけ紫に色付いた髪が印象的だ。
その女性は、ユニウスに気付くと、少し驚いたような仕草をする。
「あらあら、これはこれは。ユニウス様ではありませんか」
その女性は軽く腰を折り、優雅に挨拶をする。所作の一つ一つが、やけに艶めかしい。
「オルガナか……」
呟くように言ったユニウスは、普段の彼からは想像できない程、無表情で冷たい視線だ。
「貴様が何故ここに……あぁ、そういうことか」
ユニウスはリュウヤが言っていた『何か作為的なものを感じる』という言葉の意味を理解した。
人為的に破壊されたワープゲート。そして通路の崩落。その後の魔物の攻勢や、ヘカトンに関しては無関係だろうが、魔人の出現はこのオルガナが深く関わっている。そうユニウスは結論付けた。
「貴様が此度の全ての元凶か」
「おやおや、物騒な物言いですこと。もしや、ユニウス様も迷宮に?」
オルガナの言葉が、ユニウスの推測を肯定していた。
「答える筋合いはない」
「あらあら、そうおっしゃらずに。私とあなた様の仲ではありませんか」
扇を広げて、うふふと微笑むオルガナ。対してユニウスは無表情のままであった。
「そうそう、ユニウス様。そろそろお戻りになられた方がよろしいのでは? あの方々もご心配なさっておりましたよ」
思い出したかのようにオルガナがそう言ったが、ユニウスは相変わらず口を閉ざしたまま。
ユニウスはそのまま無言で立ち去る。だが、ユニウスがオルガナの横を通った時、彼女はもう一度と問いかける様に口を開いた。
「本当によろしいのですか? 後悔なさりますよ?」
その言葉に立ち止まったユニウス。だが、それも一瞬の事。オルガナを一顧だにせず、ユニウスはそのまま軋む扉を開け、その場を去っていった。
マルクはユーリエに頭を下げてから、ユニウスの後を追った。オルガナを激しく睨み付けながら。
「ほんと、強情なお方」
ユニウスたちが出て行った入り口を見詰めながら、愉しいそうにオルガナは呟いた。
「あのぉ~、治療ですかぁ~?」
張り詰めた緊張感漂う空気を見事ぶち壊すユーリエののほほんとした声。
オルガナはハァとため息を吐き、ユーリエに振り返った。
「もうその猿芝居はよろしくてよ。ここには私と貴方――ユスティアしかいないのですから」
オルガナがユーリエをユスティアと言った瞬間、彼女の雰囲気が一変した。そして、ユーリエ――改めユスティアは、サッとオルガナに跪く。
「はっ! 申し訳ございません、オルガナ様」
先ののほほんとした口調からは考えられないほど、ハキハキと話すユスティア。
「許すわ。それだけ、この場所に染まっているということだし」
オルガナは近くにあった椅子に、優雅に腰を掛けた。
「それで貴方にも伝わっているのかしら。昨夜の催しについて」
「はっ。先程の者から、詳細は聞き及んでおります」
「先程の者……? 貴方、ユニウス様の事を先程の者と言ったわね?」
パチンと扇を閉じたオルガナは、冷たい眼で跪くユスティアに見た。その瞳には少なからず多少の怒気が浮かんでいるようだった。
「も、申し訳御座いませんッ! 寡聞にして存じておりませんでしたので」
「そう……まぁいいわ。私、一度の失敗は許すことにしているの」
「お、恐れ入ります……」
「貴方も覚えておきなさい。あのお方は、直接的な顧客では無いのだけれど、あのお方の親族は、大事なお客様ですからね」
「畏まりました」
未だ跪いたままのユスティアは、顔を上げることなくそう答えた。
オルガナは脚を組み変えながら、ここに来た本来の目的を話す。
「話を戻しましょう。貴方も薄々は気付いているのでしょうけれど、昨夜の催しは私が引き起こしたの。馬鹿な冒険者を使ってね」
思い出すのは、一昨日の馬鹿な冒険者のこと。それはヒックの事なのだが、勿論オルガナがその名を知っているはずもない。興味も無いのだから。
「魔人化のテストをしたのだけれど、何とも不甲斐ない結果になったわ。想像以上に使えない汚物の出来上がりに、私、落胆しちゃったわ。あんな汚物ではこれからの大事な案件には使えないもの」
はぁと盛大に深いため息を吐くオルガナ。虚空から羊皮紙の束を取り出すと、未だ跪いたままのユニティアに差し出す。
「これがその汚物のデータよ。貴方の方で、しっかりと解析しなさい」
「はっ。畏まりました」
仰々しく羊皮紙の束を受け取るユニティア。
「問題点を探し出して、報告しなさい。なるべく早くお願いね」
オルガナはそう言うと、立ち上がって歩き出す。用は済んだとばかりに。
扉に手を掛けると、オルガナは振り返って、ユスティアを見た。彼女は未だに跪いたままだ。
「よろしくね、ユーリエちゃん」
オルガナが名を呼ぶと、ユスティアはハッとして、顔を上げる。
「はぁい、判りましたぁ~」
元ののほほんとした口調に戻ったユスティアを見て、オルガナは愉しげに口角を上げる。
「ほんと、貴方って面白い子ね」
呟くように言うとオルガナは今度こそ、治療院を後にした。
しんと静寂が押し寄せる治療院。ユニティアは、オルガナが去った扉をしばらく見つめていた。
その手に握られた羊皮紙の束は、知らず知らずのうちに握り締められ、しわくちゃになっていた。
幕間での登場が多いオルガナさんです!
いずれ本編にも出て来るかも?




