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第五六話 迷宮の番人


「おめぇら、直ぐに散開しろッ! オルゴッ、ライナスッ! お前たちのチームは、雑魚共を左右に引きつけろッ!」


 バルバトスの怒号が響く。茫然と天井を見上げていた冒険者が慌てて指示に従う。


「それとチャーチル! お前は直ぐに本部と連絡を取れ! この情報だけは絶対に伝えろ!」

「は、はいッ!」


 ビクリと身体を震わせ、冒険者組合のチャーチルがリビアへと走り去っていく。


「手の空いている者は、全員雑魚共を掃討ッ! 絶対にあのデカブツに近付くんじゃねぇぞ! 死になくないのならなッ!」


 バルバトスの的確な指示に、硬直してしまった冒険者が動き出す。


「ここからは、本当の意味での死地だッ! 全員、歯ァ食いしばって、朝まで耐えろッ!」


 檄を飛ばすバルバトス。強敵の出現に、彼も余裕を保っていられなくなっている。


「ブリストンッ! クロマッ! シャロンッ!」


 バルバトスが次々と名前を挙げていく。それはバルバトスが最も信頼している彼のパーティーメンバーだ。それぞれバラバラに指揮していたメンバーがバルバトスの元へ集まっていく。


「悪いが、おめぇら……俺と一緒に死んでくれねぇか?」


 メンバーが集まると、バルバトスは開口一番にそう言った。その眼は真剣そのもので、冗談を言っている雰囲気は微塵も無い。


「はんッ! そんなこたぁ、一々言わんでええ。わいにも覚悟はとうにできとるわ」


 そう言うのはブリストン。丸く、ふくよかな身体つきで、カイゼル髭が特徴的な中年の男性冒険者だ。


「無論、我も同じく」


 口数少なく頷くのは、クロマ。長身痩躯で、剣を二本腰に提げている。


「まぁそれぐらいの覚悟は必要かもしれないわね。でも、私は死なないわよ。生きて絶対に脱出するんだからッ!」


 最後に気合を入れ直したのは、シャロンだ。強気な彼女の物言いに、バルバトスはフッと笑みを零す。


「あぁ、シャロンの言う通りだな。俺としたことが、少しビビっちまった」


 苦笑しながらバルバトスは頭を掻き毟る。


 ミスリル冒険者でさえも、死を覚悟するような難敵なのか……ヘカトンは……。


 なんて考えていると、バルバトスが俺に気付き、驚く。


「お、おい、坊主! 何でこんなとこにいるんだ!?」

「いや、急にシャロンさんがどっか行くから、思わず付いて来ちゃった」


 そうおどける俺に、流石のバルバトスも開いた口が閉じられないようだった。


「シャロン……話では、ヤバくなる前にルーキーは後方陣地に避難させる手はずだったが……?」


 バルバトスが厳しい目付きで、シャロンを見やる。


「ええ、そういう話だったわね。だから、他の子らはリビアの中に向かわせたわ」


 凄むバルバトスにもシャロンは臆することなく答えた。


「だったら、何でこの坊主が居るんだッ!」


 唾を飛ばし激昂するバルバトス。それでもシャロンは飄々としていた。


「仕方がないじゃない。この子、使えるんだし」

「だからって、ルーキーをみすみす危険にさらさせるべきじゃないッ!」

「はぁ~……バルバトス。今はそんなこと言っている場合じゃないわ。戦力になるなら、力を貸して貰わないと。あいつには勝てないわよ?」


 シャロンが指差す先には、今まさに生れ落ちるかのようなヘカトンの巨体が。


 圧倒的な存在感。直視するだけで身を凍らせてしまうかのような尋常ならざる恐怖。


 グッと言葉を飲み込んだバルバトスは、愛用の大剣をひったくるように荒々しく掴むと、そのままヘカトンの元へ向かって行った。


 顔を見合わせるブリストンとクロマ。そして、ブリストンは肩を竦め、ぼりぼりと頭を掻く。


「バルバトスが見出し、シャロンが見極めた。じゃから、わいは何も言わん。しかし、シャロン。あいつの気持ちも判ってくれ」

「そんなこと、ブリストンに言われなくても、私が一番よく判っているわよ」


 口を尖らせて、ぷいっとそっぽを向くシャロンに、ブリストンはニカッと微笑む。


「そうじゃったな。では、そろそろわいらも追い掛けるとするか。おい、小僧ッ!」

「は、はい!」


 身体の芯に響くような声に、俺は思わず、姿勢を正す。


「わいはお前さんにはこれっぽっちも期待はしておらん。じゃがな、どうやらお前さんは気に入られているようじゃしな。簡単にくたばるんじゃねぇぞ!」


 ニカッと豪快な笑みを浮かべると、ブリストンはバトルアックスを肩に担ぎ、バルバトスとの後を追った。それを見て、クロマは俺に冷ややかな視線を送ると、何も言わず、ブリストンに続いた。


「さぁて、私たちも行きましょうか」


 シャロンが俺に優しく微笑むと、短杖を取り出し、決戦の舞台へ。俺も仕方なく後に続いた。

 成り行きで付いて来てしまったが、正直、俺は皆の事が心配だった。振り返り見ると、防衛網が貼られたリビアの街並みが。


「気持ちは判るけれど、そろそろ切り替えなさい。私たちが食い止めればいいのよ」

「そう、ですね」


 そうだ。俺が立ち向かい、決して後ろに通さなければいいだけのこと。

 覚悟を決め、うんと頷くと、俺はシャロンの横に並ぶ。


 先に出たバルバトスたちに追いつく。


「そろそろか……」


 バルバトスはヘカトンを睨み付けるように見続けながら、ぽつりと零した。


「いつものパターンでいく。ブリストンは前に! クロマは隙を見て攻撃! シャロンと……小僧は、後方から援護を頼む!」

「任せんかい!」

「御意」

「判ったわ!」


 それぞれ力強く答えるブリストン、クロマ、シャロン。


 直後、ひと際大きな破砕音が響き――ヘカトンが生れ落ちる。


 ドドォォォォン! と揺れる大地。


「で、でかい……」


 全容を露にしたヘカトンはまさに巨人だ。子どもと大人……いや、小人と巨人……。

 薄黒い肌に、ざんばらな黒髪。七階建てのビルに匹敵する巨躯。迷宮(ダンジョン)の番人と称される伝説の魔物が俺たちの前に立ちはだかる!


「GUWWWwAAaaaa!」


 顎骨が剥き出しの口から放たれる大咆哮。それが合図となった。


「行くぞ!」


 ヘカトンに負けぬ劣らぬ咆哮を上げるバルバトス。


 今まさに幕を上げる満月の夜の戦い。生き残りを掛けた最後の死闘が始まろうとしていた。



 ◇◇◇



 少し時は遡り――ソフィたちがリビアに到着した頃。


「先輩……大丈夫かな……」


 心配そうに呟くのはせつなだ。何度も後ろを振り返っていた。


「大丈夫だよっ、せっちゃんっ。だって、りゅうちゃんだよ?」


 陽の良く判らない励まし。だが、それが返ってせつなを安心させる。


「そう……ですよね……先輩ですもんね……」

「そうですよ。リュウヤさんですし」


 ソフィも、ふふふと微笑む。


「皆さんは、本当にリュウヤくんを信じていらっしゃるのですね」


 そんなソフィたちの様子に、ユニウスがそう言った。


「うんっ。信じているよぉ~。りゅうちゃんってやるときはやる男だしねっ」


 まるで自分の事かの様に、陽が満足げに言う。


「ふふ、そのようですね。では、僕たちは早めに食事を摂ってしまいましょう。長丁場になりそうですし、シャロンさん、リュウヤくんにも食事休憩を取って貰わないといけませんし」

「そうですね。確かシャロンさんが言うには、本部に冒険者用の食事が用意されているとか」

「本部ってどこなのかな? あたし知らないんだけど」

「多分……組合の支部じゃないですか……?」


 せつなの言葉をきっかけに、ソフィたちは取り敢えずリビアにある組合支部に向かう事に。

 せつなの予想は的中。組合の支部が本部となっているようだった。だが……。


「これは……酷い……」


 そう零したのはユニウスだ。目の前に広がる悲惨な光景に、思わず眉根が寄る。


 本部はまるで戦場だ。誰もが忙しく動き回り、怒号じみた声が響き渡っている。そして本部の隣に緊急的に設置された治療所には、負傷した冒険者たちが懸命な治療を受けていた。

 痛みにのたうち回る者。肘から先が消失した者。そして物言わぬ躯となってしまった者。そこには悲惨としか言いようがない光景が広がっていた。


「うっ……」


 思わずえずいてしまうせつな。ついこの前まで平穏な日常を送っていた女子高生には辛いものがあった。ソフィが優しくせつなの背を摩っている。


「上手く事が運んでいると思っていたけれど……そうじゃなかったんだ……」


 陽が苦しそうに言った。


「そうですね。僕たちが比較的楽に戦えていたのも、多分ですけど、バルバトスさんたちが気を使ってくれたんでしょうね。なるべく魔物が薄い場所に配置してくれていたんでしょう」


 ユニウスの推論は間違っていないだろうと、陽は思った。


 ルーキーである陽たちが、何の負傷もせずここまで来られたのは、明らかにバルバトスたちに気配りの結果だ。この悲惨な光景を前にすれば、そうだと思わずにはいられない。


「あたし……少しいい気になっていた……」


 下唇を噛む陽は、悔しげに拳を握っている。


「僕たちでも十分に戦える、通用する……そう思っていました、僕も……」

「ユニウススさま……」


 マルクが心配そうにユニウスに寄り添っていた。

 重苦しい空気が漂う。だが、それを打ち破ったのはソフィだった。


「皆さん、反省し後悔するのは後にしましょう」

「フィーちゃん……」

「確かにわたしたちは、自惚れて傲慢になっていたかもしれません。ですが、それでもわたしたちは、わたしたちが出来る範囲で頑張ればいいんです。この危機を乗り切るためには、そうするしかないんです。落ち込んでいる暇なんてないんです」


 ソフィはせつなの背中を摩りながら、淡々とそう言った。


「うん、そうだね。フィーちゃんの言う通りだ。落ち込んでいる暇なんてないよねっ」


 バンっと両頬を叩き、気合を入れ直す陽。ユニウスの瞳にも力が戻っていく。


「ソフィちゃん……ありがとう……もう大丈夫だから……」


 せつなが口許を拭いながら、弱々しいながらもソフィに微笑む。それにソフィもニコッと微笑み返す。


 重苦しい空気は霧散し、前向きになった陽たち。だが、そんな時、最悪を告げるあの音が響く。


 ――バリンッ! と響く破砕音。


「な、なに!?」


 慌てる陽。ガラスが割れるかのような破砕音に、慌ただしく動き回っていた職員たちも思わず足を止めた。


「あ、あれは何だ!? 一体何が起っている!?」


 混乱を期す声が。驚き恐怖する職員の視線につられ、陽たちも天井を見上げた。


「うそ!? クリスタルが粉々に!?」


 不気味な青白い光を放っていたクリスタルが砕け散り、まるで雪の様に降り注いでいた。

 幻想的な輝き。その奥に見えた、薄黒い何か――。


 誰もが声を失っていた。ただただ、茫然とその光景を見詰めていた。


 黒い肌に、黒い髪。ぐらりと、力なく項垂れるかのように巨大な頭部が現れ――。


「GUWWWwAAaaaa!」


 大地を、空間を、全てを圧倒する大叫声。

 身体の芯から這い上がる凄まじい恐怖。手足が震え、竦み上がる。


「あ、あ……」


 声にならない。今まで感じたことが無い圧倒的な恐怖に、陽は震える身体を抱き締める。


 誰もが陽と同じような状態だった。だが、一人――ソフィだけは違った。


「皆さん、しっかりして下さいっ!」


 ソフィらしからぬ大声。圧倒的な恐怖に縛られていた辺りの人々が、一斉にソフィに振り返った。


「今、前線では必死にこの緊急事態を乗り越えようと頑張っている人たちがいます! 大丈夫です! その人たちが絶対に打ち勝ってくれるはずです!」


 ソフィの凛とした声が辺りに響く。その力強い声音に、呪縛が解かれていくかのような錯覚が、陽にはあった。


「う、うんっ! そうだねっ! きっと大丈夫! だから、あたしたちも出来る事をしよう」


 震える脚を叱咤し、陽は立ち上がると、皆に声を掛けた。恐怖で強張った顔を何とか笑顔に作り変える。


「そうです! 職員の皆さんは、あの魔物が一体何なのかを直ぐに調査して下さいっ! 尚且つ、地上に情報を伝えて下さいっ!」


 ソフィの指示に、慌ただしく動き出す職員たち。ルーキーであるソフィの指示に、この時は誰も気にする素振りは無かった。

 再起動を果たす人々を見て、ソフィが頷くと、陽たちに向き直った。


「わたしたちもすぐに向かいましょう。リュウヤさんの事ですし、絶対にあの魔物に立ち向かっているはずです」


 真剣な表情で言うソフィに、陽たちは神妙に頷く。だが、ユニウスは……。


「しかし、僕たちが行っても足手まといになるだけじゃ……?」


 ユニウスの言う事は最もだと、陽は一瞬思ってしまった。知らなかったとは言え、バルバトスたちに気遣われてしまっていた自分たちが、力になれるのかと……。


「だからって、このままでいいんですか?」


 懊悩する陽とは違い、ソフィは強い視線でユニウスを射抜く。


「その返しは、卑怯じゃないかな」

「すみません」

「いや、いいですよ。確かに僕たちは足手まといになるかもしれない。だけれど、このまま安全な後方でのうのうと待つだけなんて僕には出来ません」


 いつも微笑みを絶えさないユニウスが真剣な眼差しを見せた。


「なら、決まりですね」

「ええ、決まりです」


 ソフィとユニウスがお互い顔を見合わせて言った後、ふふと微笑む。


「ヒナタさん、セツナさん。二人はどうしますか?」


 ソフィが陽とせつなに向き直り、問い掛けた。すると、いつもは即答する陽よりも先にせつなが答える。


「わ、私も行きます!」

「う、うん。勿論、あたしも行くわよっ!」


 それに頷き掛けたソフィ。彼女を先頭に、陽たちは走り出した。


 目指すはリュウヤの元。それぞれの思いを胸に、ルーキーたちはリビアの街並みを駆け抜けていく。


 ふと、陽がソフィに声を掛けた。


「ねぇ、フィーちゃん。何で、フィーちゃんは大丈夫だったの?」


 主語の抜けた質問に、ソフィは一瞬小首を傾げたが、直ぐに思い当たり、陽の質問に答えた。


「あぁ、それは……多分ですけど、前にこういった場面があったからだと思います」

「え?」

「あの時に比べたら、まだ少しは耐えられました。あの時はわたし、失神しちゃいましたし」


 そう苦笑しながら言ったソフィに、陽は……。


(フィーちゃんの事、あたし判ってなかった……。フィーちゃんの心の強さが羨ましい。あたしももっと強くならなきゃ)


 もう一度、気合を入れ直すかのように両頬をバンッと叩く陽。


「ヒ、ヒナタさん!? ど、どうしたんですか!?」

「ううん、ちょっと気合を入れ直しただけだよっ」


 赤く腫れた頬を気にすることも無く陽は微笑んだ。そんな陽に、ソフィは不思議そうに小首を傾げたが、もう一度響く魔物の大咆哮が聞こえ、意識を切り替えるのであった。



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