第四一話 陽、激怒
「全部ブッタ斬ってやるっ!」
執拗な攻撃に怒り心頭の陽が、そんな無茶な事を言い出した。
陽は大剣の柄をグッと握り締めると、力の限り振り回す。
「おっらぁぁぁああああ!」
野太い声で叫びながら、大剣を振り回す陽。
ブチブチと飛び散る蔦。だが、まるで捨て身の陽に、容赦なく蔦が鞭のように襲い掛かる!
「ひ、陽さんっ!? ラ、〈ライトヒール〉!」
慌ててせつなが回復を。しかし、まるで回復が間に合っていない。
「らららぁぁぁあぁぁぁあ!」
「む、無茶ですぅ~!」
猪突猛進の陽に、必死に回復魔法をかけ続けるせつなが、泣きそうな悲鳴を上げた。
破壊神となった陽の捨て身の猛攻。だが、それが功を奏す形となった。
飛び散る蔦の肉片。無数と思われた蔦もその数を確実に減らしていく。
そして……とうとう最後の一本まで断ち切ってしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……どうだっ! 恐れ入ったかっ!」
乱れた髪が逆立ち、全身ボロボロの満身創痍。息も絶え絶えといった具合だが、それでも陽はカルツォーフを力強い眼で睨み付けた。マジ怖ぇ……。
「ラ、〈ライトヒール〉! 〈ライトヒール〉!」
というか、必死に回復魔法をかけ続けるせつなが可哀想だ。涙目になっているし。
半身の蔦を失ったカルツォーフ。だが、まだハエトリソウのような胴体は健在だ。
固く閉じ切っていた胴部分がうにょうにょと律動を始め……バッと開いた。
その瞬間――。
「へ?」
目を瞠った陽に降り注ぐ謎の液体。
べっちゃりと全身ずぶ濡れになってしまった陽。と、突然、陽は痛みを訴える。
「痛いっ! 熱いよっ!」
シュウ……と、吹き上がる煙。まさか……!?
《マスターの想像通りです。カルツォーフの体液は、強酸となっているようです》
俺の予想をラファが裏付けする。
「陽さんっ!? 〈ライトヒール〉!」
せつなが回復魔法を上掛けするが……。
「わ、私の回復では追いつきませんっ!」
せつなが悲鳴を上げた。それを聞いた瞬間、俺は即座に地を蹴って飛び出した。
魔法鞄に手を突っ込んで……あった。これだ!
痛みと熱にのたうち回る陽に駆け寄ると、俺は手にした物を勢いよくぶちまけた。
俺がぶちまけたのは、上薬水。残り少ないアドルフ製の物だ。
瞬間、大量の白い煙が立ち上り、視界を白く染める。
「陽ッ! 陽、大丈夫かッ!?」
そこにいるであろう陽に声を掛け、俺は手を伸ばす。
手に触れる柔らかな感触。陽の身体だろう。俺はガシッと抱きかかえる。
「りゅうちゃん……ありがとっ。おかげで助かったよ」
目の前には情けない顔をした陽が。どうやら上薬水は凄まじい効能を発揮したようで、陽の肌が焼け爛れているというような事態にはならなかった。
「ふぅ~……よかった。マジで焦ったよ」
「えへへ、ごめんね」
頬を恥ずかしそうに掻く陽。
「助けてもらったついでに、ひとつお願いしてもいい? ローブを貸してもらえないかな?」
ほんのり頬を赤らめて陽がそう言った。
「ローブ? なん……で……」
それ以上は俺の言葉は続かなかった。
腕の中に納まる柔らかな感触に目を向ければ、そこには白い肌が。陽の装備はカルツォーフの強酸に溶かされて、何とも扇情的な姿に……。
俺は直ぐにローブを脱いで陽の肩にかけてやった。そして、さっと顔を背ける。
「……見た……よね……?」
「…………」
ごめん……しっかりと目に焼き付けてしまったよ……。
「〈ファーストパージ〉!」
と、凛とした声が耳に届いた。
そうだ。まだ戦闘は終わっていない。振り向けばソフィが解放句を唱えていた。
獰猛な狼の血が騒ぎ、際立つ特有の爪牙耳尾。そして、紫紺の瞳が鮮血のような深緋へ。
特殊能力「獣狼化」。その第一段階をソフィが解放する。
いや、まだ終わっていない? 見れば、ソフィはまだ力を溜めるような構えを見せている。
グッと腰を落としたソフィ。勢いよく面を上げると同時に叫んだ。
「〈セカンドパージ〉!」
第二段階解放句。ソフィに秘められた力が、今、発揮される!
圧倒的な魔素の高まりに、カルツォーフも反応を見せた。巨体を動かし、ソフィへと強酸を放つ。
「速いッ!」
思わず呟いてしまった俺。
強酸がソフィに降り注いだ瞬間、まるでかき消えたかのようにその場から消えてしまったソフィ。
魔素の流れを追って、視線を向ければ。いつの間にか壁面に貼り付いているソフィが。
脚を撓め、力強く壁面を蹴り出す。壁が陥没する程の凄まじい脚力だ。
銀の砲弾となりて飛翔するソフィ。
「はぁぁぁああああ!」
気合を迸らせて、双剣を叩き込む!
「SYEHHhhhEEeee!」
甲高い悲鳴。カルツォーフの横っ腹に双剣が突き刺さった。
どれだけ攻撃してもその硬い表皮に阻まれていたソフィの攻撃だが、特殊能力「獣狼化」によって身体能力が強化された今なら、痛痒が通る!
「やぁぁぁぁあああ!」
突き刺さる双剣を力づくで一閃。
別たれる胴体。噴き出す紫血。響く絶叫。
そして……ゆっくりと崩折れていくカルツォーフ。
ドシンと地面を揺らし、横倒しとなったカルツォーフは、そのまま絶命した。
しっかりとカルツォーフの絶命を確認したソフィが、サッと双剣を振るい血糊を振り払う。
「ふぅ~……」
深く息を吐き出したソフィ。その姿は徐々に元の可憐な容姿へと戻っていく。
「お~すごいすごいっ! さすがフィーちゃんっ。一人でボスを倒しちゃったよっ」
俺のローブを羽織いながら、パチパチと陽が拍手をした。
「いえ、ヒナタさんが邪魔な蔦を全て斬り飛ばして下さったおかげです。本体だけに集中することが出来ましたし。それよりもヒナタさん、大丈夫ですか?」
かなり心配そうなソフィが訊ねた。
「あ~心配かけてごめんねっ。今は大丈夫。りゅうちゃんが助けてくれたから、火傷一つ残ってないよっ。でも、装備はボロボロ。というか胸当てが辛うじて残っているくらい」
陽はローブの襟口を引っ張って覗き込み、苦笑を零す。
「装備は残念ですけれど……火傷が残っていないのは良かったですね。リュウヤさん、もしかしてアドルフさんの上薬水ですか?」
「うん、そうだよ。アドルフの上薬水は回復量が凄まじくて重宝しているんだけれど、もう残り少ないんだよなぁ」
「ごめんね、りゅうちゃん。そんな貴重な物を使わせてしまって……」
「いいんだ。あのままだと危なかったし……上薬水で治って良かったよ」
本当に完治して良かった。カルツォーフの強酸は凄まじく、もしアドルフの上薬水が無かったら……。例え命は助かったとしても、陽は深い傷を負ったに違いない。身体にも心にも。
「回復が……間に合わなくて……ごめんなさい……」
せつなが申し訳なさそうに頭を下げた。
「せっちゃんは悪くないよっ。あたしがちょっと暴走しちゃって、無茶をしたからバチがあたったのっ。こっちこそごめんね、せっちゃん」
ちょっと暴走しちゃって……? ちょっとどころかむちゃくちゃ暴走していたぞ。まるで悪鬼羅刹の類みたいだったし。
「りゅうちゃん、何か言った?」
ジト~っとした眼で俺を見る陽。……いえ、何も言ってません。
多大なる被害を被ってしまったが、何とか最初の関門である五階層のボスを倒すことが出来た。課題も見つかったことだし、まぁまぁ上出来だろう。
戦闘をした三人は休ませて、俺は一人、カルツォーフの剥ぎ取りへと向かった。
ソフィの攻撃を通さない程の硬度を誇る表皮だったが……どうやら倒すと柔らかくなるようだ。剥ぎ取り用ナイフが通らなかったらどうしようと思っていたから、ちょっぴりホッとした。
ナイフを突き立てて、魔石を取り出す。色は緑。魔石の色が緑なら、カルツォーフの等級はD±だ。そして、この迷宮に訪れてから初めての緑魔石。しかし……。
「ん~……スキルは付いていないか……」
はぁ~……俺の勝手なイメージだと、迷宮に入れば、バンバンスキル付き魔石が手に入るのだと考えていたんだけれど……。そうは上手くいかないか……。
俺が以前、聖国の辺境村で戦ったブラットリーアントは確かC級だった。ランクはブラットリーアントの方が上位だが、実際の強さはカルツォーフの方が強いような気がする。
《魔物の等級は、個体の強度又は存在値の規模、それと危険度に合わせて決定します。ブラットリーアントの場合、個体単位の内包魔素量は凡そD-に相当します。しかし、かの魔物は群れを形成する群生生物であり、カルツォーフを遥かに凌ぐ危険度を誇っています》
なるほど。単体ではカルツォーフの方が脅威だけれど、ブラットリーアントは集団だから危険度が高いのか。ラファの解説はよく判るなぁ。
ラファの解説を聞きながら、ガシガシとナイフを振るう。冒険者組合で買い取りをしてくれる球根の中心部のみを摘出。
「よし! 剥ぎ取り終了!」
うんと頷き、立ち上がって背伸びする俺。剥ぎ取りは結構腰に負担が掛かるんだよね。
すると、突然、俺の頭からモモが飛び降りた。
「モモ?」
一体何をするのかと見守っていると……モモはビヨ~ンと大きく伸び、カルツォーフの死骸に覆い被さった。
「モモ!?」
さっきとは違う声色の呼び掛けにも何のその。モモは身体を目一杯薄く延ばして、巨大な死骸を包み込む。そして……。
「マジかよ……」
思わず漏れ出す驚愕。なんとモモはカルツォーフの死骸を吸収し始めたのだ。これにはさすがの俺も予想外。
うにょうにょと蠢くモモの身体。徐々に縮んでいくのだから、「溶解」して「捕食」しているのだろうな……。
「モモちゃん……どうしちゃったんですか……?」
異変を感じて壁際で休んでいたせつなが様子を見に来た。
「えっと、食事中?」
何と答えたらいいのか、判らないので疑問形である。それでもせつなはその説明で「ああ……」と納得したみたい。
しばらく見守る俺とせつな。すると、隣で観察していたせつながぼつりと零す。
「かわいい……」
う~ん……ちょっと同意しかねるわ……食事中のスライムのどこが可愛いのか、俺にはさっぱり判らない。
数分を掛けて、モモはカルツォーフの死骸を捕食しきった。自身の体積より遥かに大きいカルツォーフを食べても、以前とは変わらない大きさである。質量保存の法則……ガン無視だな、おい……。
身体の大きさには変化は見られないものの、それでも変わった部分があった。それは存在値の増大だ。
カルツォーフの死骸を捕食したモモの内包魔素量が微増している。とはいえ、直ちに等級が上がるという程ではない。本当に少しだけだ。
それでもモモを強化する方法が発見できたのは大きい。今後はなるべく捕食させよう。
いや、でも待てよ? そう言えばモモが捕食行動を自ら取ったのは、今回が初めてだ。今まで数多くの魔物を倒して来たけれど、モモは見向きもしなかった。粘液族にも好き嫌いがあるのだろうか……?
《粘液族は雑食です。人種の様に嗜好の差はありません》
そうなのか。てか、それよりも、もう一つの疑問に答えて欲しかったんだけれどさ……。
《申し訳ありません、マスター。マスターの関心度合がより高い疑問に答えさせて頂きました》
……えっと、なんかゴメン。
《モモがこれまで捕食行動を取らなかった理由ですが、これまでの魔物では内包魔素量の最大値増加の見込みが無かった為です。低ランクの魔物では最大値が増加せず、内包魔素量が不足している場合に限り、捕食行動を取るようです。しかし、今回カルツォーフはD-級であり、『試しに捕食してみたところ、存在値が微増しました』と、報告を受けています》
報告を受けた? ああ、魂の回廊を通じて、か。
という事はつまり、今後、高ランクの魔物を倒した場合は、必ずモモに捕食させよう。存在値が増加するということは、モモの強さが上がるという事だし。
「どうしました……先輩……?」
クイッと身体を捻って俺の顔を覗き込むせつな。普段前髪に隠れている大きな瞳が良く見える。
「前髪切ったらいいのに」
「……え?」
「いや、綺麗な瞳しているから」
自然と口から出た言葉。瞬間、カーッと真っ赤に色付くせつなの頬。
あわわと慌てふためくせつなが、バッと距離を取り、必死に前髪を撫で付けている。
何であんな事言ったんだろう……。なんかすっごい照れているし、俺まで恥ずかしくなってきたぞ。
何とも言えない居心地の悪さ。と、背後から陽が呼ぶ声が聞こえて来る。
「りゅうちゃん、まだぁ~?」
「あ、今行く!」
はぁ~……助かった……。ホント陽、グッチョブだ。
「い、行こうか」
「は、はい……」
どぎまぎしながら言うと、せつなもどきまぎしている。何だコレ……。
と、『私の存在を忘れるな』というかのように、モモがプルンと震える。そして、身体の一部を伸ばし、まるで鞭のように使って、俺の頭の上に飛び乗った。
「え? モモってそんなこと出来たの?」
驚いて頭上のモモに訊くが……モモは喋られないんだった……。
《スキル「捕食」による副次効果のようです。カルツォーフの蔦を模し、使用方法を学んだようです》
へぇ~「捕食」にはそんな効果もあるんだな。これからのモモの成長が楽しみだ。