第三九話 淡々としたランクアップ
プラントビーンズが主体の三階層。遠距離攻撃は厄介だが、数をこなすにつれて、パーティーの連携も取れ、順調に攻略していった。
更に、二階層で出現していたグリーンキャタピラーとの複数種構成にも遭遇。初戦は戸惑いが大きかったものの、各自役割を果たすことで乗り越えた。やはり、モモの参戦がパーティーにとって大きい。
「物理耐性」を有するモモに後衛の守備を任せることによって、それまで以上にソフィと陽が動きやすくなったのだ。殲滅スピードが段違いに早くなった。
更に、複数体との戦闘においても、モモが大活躍。陽だけではタンク役が足りない等の場合には、モモが飛び出し、タンク役を増やすことによって、より安全性が増した。
とにかく、モモのフォロー性能が凄まじく高いのだ。いや、危機察知能力が高いのかもしれないな。
ラファ曰く、
《モモには明確な自我はまだありません。薄い自意識のような意思はあるようですが。しかし、急速に成長しているので、遅くない時間で自我が芽生える事でしょう》
とのことだ。明確にフォローしているというよりは、自身が属する集団に対して、その都度危機に対処しているだけだと俺は考えている。
そんなこんなで、三階層の探索は終了。三階層にはモンスターハウスが無いらしく、全ての階層にあるわけでは無いみたい。
「ふぅ~、初めての迷宮だから結構疲れちゃったね」
「そうですね。それ程、魔物自体は強くなく、わたしたちの力量でも問題なさそうですし……今日はこの辺で切り上げましょうか」
「うん……帰りの分の魔力を……残すなら……四階層は……止めておいた方がいいと思う……」
うん、今日はここで戻った方がいいな。今回の目的は、迷宮の雰囲気を掴む為だったしね。直ぐに下階層に降りるのではなく、一層一層、しっかりと探索したからな。
ということで、俺たちは戻ることに。帰りは寄り道せず、最短ルートを選択しながら戻っていく。
「ねぇ、りゅうちゃん。あたし、ちょっと思ったんだけど」
「ん? どうかしたの?」
陽がふと気づいたという風に、振り向きながら言った。
この先には一階層へ続く階段だけ。一体、何を思ったのだろうか。
「えっと……そのままでいいの?」
「そのままとは?」
そのまま? どういう意味だ?
「その、モモちゃんはそのままでいいのかなぁって」
……あ。
「そのままモモちゃんを連れて行ったら、大騒ぎになると思うんだけれど」
「確かに大問題ですね。しかもC級のスライムですし……大パニックになるかと」
ソフィがそう付け加えた。
「でも、フィーちゃん。ここにモモちゃんを残していくの? ちょっと可哀想じゃない?」
「……そうですよね。モモさんにはすごく助けてもらいましたし、置いていくのは……わたしも……」
共に戦った事で、モモに対する仲間意識が芽生えたのだろう。二人ともどうすればいいのか判らないと言った表情を浮かべている。
「リュウヤさんのように人型ではありませんから、変装することも出来ませんしね」
……うん、そうだね。俺も魔物だったね。ちょくちょく忘れちゃうんだよな。
俺らが顔を突き合わせて悩んでいると、突然モモが俺の頭の上からのっそりと降り始めた。
まさか、自分からここに残ると? 皆の迷惑にはなりたくないと?
「モモちゃん!?」
せつなが悲痛な声を上げた。モモと別れるのが相当嫌なのだろうな。でも、こればっかりは仕方が無いよ……。
モモはゆっくりと降り、俺の肩へ。そして……。
「ひゃっ!?」
思わず、情けない悲鳴を上げる俺。なんとモモは、するりと俺のフードの中へと入って来たのだった。
「あ~なるほど。うん、モモちゃん、グッドアイディアだよっ。フードの中なら外からは判らないねっ」
陽はグッと親指を上げ、うんうんと頷く。
「確かにちゃんと隠れられていますね。それにリュウヤさんのフードが何かの拍子で外れないように、モモさんが貼り付くのもいいかもしれません」
ソフィ……モモは接着剤か何かなの……?
「よかった……」
せつなはモモが一緒に行動できると判り、ホッと胸を撫で下ろしていた。
俺の後頭部を包むモモの感触。ひんやりと冷たく気持ちがいいけれど……いいのか、これで。
《いいのです。これで》
そうか……いいのか、これで。
◇
俺たちは迷宮を出ると、その足で冒険者組合に向かった。
迷宮で得た素材等の売却は、冒険者組合にて行われる。組合には専用の買い取りカウンターが複数設けられており、次々と素材の売却が行われていた。
それでも、まだ冒険者が戻って来るには早い時間なのか、カウンターが空いている。
丁度空いていたカウンターへ向かう俺たち。そこには眼鏡を掛けた無表情の美人が待ち構えていた。
「素材の売却でしたら、こちらに現物を」
淡々と冷たく言い放った受付嬢。綺麗な人なのだから、笑えばいいのに――なんて思いながら魔法鞄をカウンターに乗せ、素材を出していく。
「魔法鞄をお持ちですか」
「え? あ、はい。一応持ってます」
「そうですか」
興味なさげに言うと、それきり受付嬢は閉口した。
……えぇ!? それだけですか!? それに興味無さそうなのに、なんで聞いたの!?
感情がよく判らない受付嬢に戦々恐々しながら、素材をカウンターの上に。
今回の探索の成果は……青魔石五六個、プラントビーンズの豆一二個である。
これが多いのか、少ないのかは、俺には判断できないが、カウンターにうず高く積まれた魔石を見れば、結構頑張ったんだなぁって思う。
「以上ですか?」
「あ、はい。以上です」
無表情で見詰めて来る受付嬢に、俺は即答した。
受付嬢は一つ一つ、丁寧に検品していく。中々大変な作業だ。
全ての品を確認し終えた受付嬢は俺を見て言う。
「お持ちになった素材に欠損は無く、全て相場で買い取らせて頂きます」
「あ、ありがとうございます」
思わず礼を言ってしまう俺。だけれど、受付嬢は無反応。慣れた手つきでお金を取り出していく。
「青魔石は一つ銅貨五枚、プラントビーンズの豆は一つ銅貨一枚。合計銀貨二九枚と銅貨二枚です。ご確認下さい」
え? マジで? そんなに多いの?
正直、驚いた。もっと少ないと考えていたし、入宮料くらいは返ってくればいいかなぁって思っていたけれど、これは予想外だ。
女性陣三人も俺と同じく驚いているようだった。
「あ、確認しました」
「ありがとうございます。では、プレートの提示と受領書のサインをお願いします」
プレートって冒険者のか。俺は持っていないし。
振り返ると、陽が頷き、プレートを受付嬢に提示した。
「カッパーですか?」
無表情のまま首を傾げる受付嬢。
「ええ、そうですけど……」
陽からしたらそうとしか答えられない。すると、受付嬢は棚から新たに羊皮紙を取り出し、カウンターに置いた。
「では、昇級条件を満たしましたので、シルバーランクに昇級させて頂きます。こちらにサインと、プレートの提出をお願いします」
「え? シルバーに昇格ですか?」
淡々と進むので、陽が驚いて確認した。
「はい。これ程までに大量の魔石を持ち帰って来られたのです。十二分にシルバーランクへの昇級条件を満たしております」
無表情でジッと陽を見つめ返す受付嬢。
という事で、陽、ソフィ、せつなの三人は、シルバーランクに昇級。新しいプレートに三人とも嬉しそうにしていた。
ところで、受付嬢から俺にもプレートの提出を求められたのだが、「ポーターなので」という一言で納得してもらった。まぁかなり疑わしげな眼で見られたけれど……。
今回の成果は、銀貨二九枚と銅貨二枚と……入宮料を差し引いても、約銀貨二五枚。それにプラスして、三人の昇級と、中々の成果だった。
何よりモモを仲間に迎えた事が、最大の成果だったと思う。
この調子でどんどん迷宮を攻略していきたい。皆の気持ちは一つになっていた。
◇
――翌日、迷宮四階層。
「前方から二体ですっ! あ……左からも追加で一体ですっ!」
「了解っ、せっちゃんっ! フィーちゃん、前は任せてっ!」
「判りましたっ!」
麗しい少女たちの声が飛び交う四階層。上層と比べて、この階層は極端に薄暗くなっていた。壁際のヒカリゴケが少ないからだろう。
薄暗い四階層の魔物は、ヴァイプバット。等級はE。 素早い飛行と耳をつんざくような超音波を放つのが特徴の吸血コウモリである。
薄暗い四階層とヴァイプバットの組み合わせは、凶悪の一言に尽きた。ジッと獲物が近付くのを待ち、接近したところで奇襲攻撃。突然の魔物の襲撃に、慌てて対処が遅くなることもしばしば。
更に超音波攻撃が厄介。頭が狂う程ではないが、キーンと痛み、思考を阻害してくるのだ。とことん厭らしい攻撃をしてくる魔物だ。
尚且つ、飛行能力が高く、素早い。陽の様な大剣使いとは相性の悪い相手だ。中々攻撃が当たらず、陽のフラストレーションが溜まっていく。……爆発しないことを切に願う。
「ヒナタさん、そっちに向かいますっ!」
ソフィが早々に左の一体を沈めて、陽に加勢しに走る。
「お願~い! あたしじゃあ、攻撃が当たらないのっ!」
左右上下から立体的に襲い掛かって来るヴァンプバット。苦戦している陽が助けを求めた。
いくらヴァンプバットが素早いと言っても、ソフィの俊敏さには敵わない。
狼人族特有の鋭い加速。空気を切り裂くかのようにヴァンプバットに急接近、一刀のもとに斬り伏せていく。
「フィーちゃん、やるぅ~」
戦闘が終われば、俺の出番である。地に落ちたヴァンプバットの死骸から魔石を採取するという重大な役目が待っているのだ……とほほ。
「それにしても、せっちゃん、大活躍だねっ」
陽がソフィではなく、せつなを称賛した。
「い、いえ……そんな……私は……」
赤面して首をブンブン振るせつな。
「ヒナタさんの言う通りです。セツナさんが「魔力察知」で潜んでいる魔物を見つけて下さるので、わたしたちは奇襲を受けずに済んでますし、先制することが出来ています」
「そうだねっ。これで奇襲ばっかり受けていたら、直ぐに参っちゃってたと思うよっ」
「あう~……」
二人にべた褒めされ、せつなは身を縮こまらせて俯いてしまう。
ちぇ~。俺だって「魔力察知」くらい使えるし。
《マスター、それは大人げないと言うものではありませんか。第一、あの地味子に「魔力察知」を教示したのは、マスター自身ではありませんか》
いやまぁ……ラファの言う通りなんだけれど……。
魔術師にとって「魔力察知」は基本中の基本だ。だが、出会った当時のせつなは光魔法を使うのに「魔力察知」を取得していなかった。
「魔力察知」が無いのに、どうやって魔法を使えるのか、聞いたことがある。その時のせつなの答えは……。
『えっと……何となく……使えます……』
とのこと。何となくってどういうことだよっ!
まぁこれは異世界召喚による影響が大きいらしい。そうラファに訊いた。
通常、魔術を取得する為には、魔素の流れ、存在を感じる所から始まる。体内の魔素を感じ、流れを御することによって、初めて魔術として行使することが出来るのだ。
しかし、せつなの場合は。異世界召喚によって、その身に光魔法の情報だけが刻まれた。よって、光魔法は使えるが、魔素の流れはよく判らないと言った非常に不可解な状態となっていたのだ。
そこで、魔術を使える俺が、せつなの先生になり、「魔力察知」を教え込んだ。魔力路、魔力袋の説明から魔力循環に至るまで。俺がアドルフに教えられた事をせつなに伝えたのである。
まぁせつなは良い生徒だった。俺のつたない説明にも真剣に耳を傾け、素直にいう事は聞いてくれるし。これが陽とかだったら……。
今では、就寝前の魔力循環はせつなと共に行うのが、俺の日課となっている。
さて、ヴァンプバットから青魔石――スキルは付いていなかった――と、翼を剥ぎ取って、魔法鞄に仕舞う。
もう二体は、せつなとソフィが採取してくれていたようだ。陽は相変わらず何もしない。いや、敢えて何もしないのかもな。常に警戒している者も必要だし。
「よく、せっちゃんは触れるよね。気分悪くなったりしないの?」
「慣れました……」
せつなが手にしている翼を、戦々恐々とした眼で陽が見ている。
うん、コイツ、ただ単に触りたくないだけだな。警戒とか絶対考えていないわ。
俺たちは隊列を組み直して、四階層を進む。数度の戦闘をこなし……いよいよ下層へと至る階段までやって来た。
「この層にもモンスターハウスはありませんでしたね」
「ランダムみたい……ガイドにそう書いてあるよ……」
モンスターハウスがどの階層に出現するかは、毎月、満月の夜に行われるという迷宮の変遷によって変化するのだろう。今月はたまたま二階層だっただけだ。
「次はいよいよ五階層だねっ。最初の関門になるのかな?」
ワクワク顔の陽。それもそうだろう。だって次の階層は……。
「ボスらしいからね。最初の関門にはなるんじゃないかな」
そう、五階層は丸々ボスフロアなのだ。この迷宮は五階層毎にボスが鎮座しているようで、最初のボスに当たるのが、次の五階層というわけ。
「確か、名前はもう判っているんだよね?」
「はい……『カルツォーフ』というそうです……」
「カルツォーフ……何だか美味しそうな名前だねっ」
カルツォーネだったか……確か二つ折りにしたピザのような食べ物だったはず。
「ボスですから用心していきましょう」
「そうだねっ。何が出るかな、何が出るかな」
楽しそうに口ずさむ陽に苦笑しながら、俺たちは五階層へと至る階段に足を踏み入れた。