第三八話 初めての眷属
「何だかよく判らないんだけれど、このスライムが俺の眷属になったみたい」
今の光は何だったのかと問われ、俺はそう答えた。
「え? 眷属ですか? リュウヤさんに?」
ソフィは眼を瞠って驚く。
「そうみたいなんだ。ラファが何かしたみたいなんだけれど……」
俺は首を傾げながら、足元のスライムを見やる。俺の眷属になったからか、異様に懐かれている気がする。今も俺の足にすりすりと身体を擦りつけているし。
「ハァ~……ラファさんの仕業ですか……。というか、わたしも想像しておくべきでした。こうなる可能性は、少し考えれば判ることだったのに」
ソフィが大変困ったという顔をする。
「何か問題でもあるの?」
陽がスライムをツンツンと突きながら訊いた。
「今すぐ問題になる訳じゃないです。ただ少し、リュウヤさんが狙われる可能性が増えたと言うだけで……」
いやいや、何で俺が狙われるんだ?
「眷属を持つ程の魔族はそう数はいません。眷属を持つだけの力量がある魔族を、主に上位魔族と呼びます。上位魔族として認められるだけでも、魔族からは注目されることになりますし、もしかすると、魔王の眼に留まるかもしれません」
「えぇ~じゃあ俺、人族だけじゃなく魔族にも注意しないといけないの?」
ただでさえ窮屈な思いをしているというのに、これ以上は勘弁してほしい。というか、ラファ。何で眷属になんかしたんだよ?
《いずれ、必要になりますので》
おいおい、意味深過ぎるだろ。
《未来に対しての選択肢を増やす為の眷属化です。駄々を捏ねず、我慢して下さい》
いや……駄々を捏ねているつもりは微塵も無いんだけれど……。
「まぁそれについては、今後注意しておくって事でいいじゃん。それよりも重要な事があるでしょっ」
陽がそう言うが……これ以上に重要な事って何だ?
「このスライムの名前を決めないといけないじゃんかっ!」
拳を作って力説する陽。思わずズッコケそうになったわ……。
「あたし、スラぴょんが良いと思う!」
いや、それはどうだろうか……。
「イワン雷帝は……どうでしょうか……」
せつなよ……キミのネーミングセンスは壊滅的だな。つか、イワン雷帝って誰だよ。いや、聞くまい……。
「リュウヤさんの眷属ですので、リュウヤさんが決めるべきかと思います」
至極当然の意見だな。
「スラぴょんだよねっ、りゅうちゃんっ!」
「い、イワン雷帝っ」
俺に詰め寄る陽とせつな。いや、無いから。キミたちの意見だけは無いから。
俺は足許で震えるスライムを見た。まるで変な名前を付けられないか不安いっぱいといった感じだ。
さて、どうしよう……スライム……ピンク色の……プルンとした……。
「よし! モモにしよう!」
我ながら何と安直なネーミングだろうか。それでも、モモと呼ばれたスライムは、その名を気に入ったのか、ぷるんぷるんと嬉しそうに弾む。魂の回廊が繋がったからか、何となくだが、感情が判る様な気がする。
「え~りゅうちゃん、それは安易過ぎない?」
「い、イワン雷帝……」
諦めろ、二人とも。このスライム――モモが気に入っているみたいなんだから。
「これからよろしくお願いしますね。モモさん」
ソフィだけは名前は何でも良かったようで、早速、身を屈めてモモに挨拶していた。
さて、魂の回廊を接続したことにより、俺は眷属のステータスを把握することが出来るようになったらしい。早速、モモのステータスでも見てみるとするか。
名前:モモ
種族:粘液族/希少種
称号:リュウヤの眷属
性別:-
色素:桃色
魔法:-
技能:「捕食」「溶解」
耐性:「物理耐性」
以上がモモのステータス。粘液族らしいスキル構成だ。やはり「物理耐性」が魅力的だな。
俺たちは隠し部屋を出て、再び迷宮の探索へと戻った。と言っても、もう二階層で目ぼしい場所は無い。魔物もグリーンキャタピラーだけだし、次の階層へ向かう事となった。
三階層は、二階層同様、洞窟の様な構造だった。しかし、薄暗い感じはしない。壁際に生えているヒカリ苔が適度に視界を確保していた。
というか……。
「なんでモモは俺の頭の上に乗っているんだ?」
俺の頭の上には、モモが鎮座している。隠し部屋を出ると同時に、俺の身体を這い上り、頭の上を定位置としてしまったのだ。
「まぁいいじゃんか。そんなにモモちゃんは大きくないし、重くも無いでしょ?」
陽がケラケラと笑いながら言った。
確かにモモはハンドボールくらいの大きさで、そこまで重いとは感じないが……眷属が主の頭の上に乗るのはどうかと思うのだけれど……。
「わ、私が……抱っこして……運びましょうか……?」
せつながそう提案してくれるが……。
「ん~どうやら俺の頭の上が気に入ったみたい。折角言ってくれたのにごめんな」
せつなの言葉と同時に、モモはプルプルと震えながら、俺の頭にへばりついたのだ。
明らかな拒絶。せつなはガックリと肩を落としていた。
「前から何か来ますっ!」
ソフィが鼻をクンクンと鳴らしたかと思うと、そう警告を発する。
一同は立ち止まり、陽が前へ出て大剣を構えた。
《プラントビーンズです。等級はE-級。体内の豆を散弾のように飛ばす攻撃が特徴です》
前方から現れたのは、さやえんどうに細い糸の様な手足がついた姿の魔物だった。
「先手必勝っ!」
視認すると同時に陽が突撃を敢行。しかし……。
「ダメですっ! ヒナタさんっ!」
ソフィが叫ぶのと、プラントビーンズが豆を散弾のように放つのはほぼ同時だった。
「きゃっ!」
陽の悲鳴が聞こえた。散弾は不用意に突撃した陽を直撃。いや、辛うじて大剣を盾に身を庇っている。
「遠距離攻撃があるなんて聞いて無いよっ!」
「だからって不用意すぎますっ!」
ソフィが苦言を呈す。
二階層の時から陽には突出気味の傾向が強かった。先陣を切る勇ましさは称賛するけれど、少し不用心。未知の魔物に対して警戒心が足りていない。
大剣を盾にし、プラントビーンズの遠距離攻撃を凌ぐ陽。
その背後、散弾が防がれているコースをソフィが疾走。
「ヒナタさん、失礼しますっ!」
一言詫びると、ソフィは陽の背中を駆け登って飛び上がった。
空中で態勢を入れ替え、天井を蹴り急降下。プラントビーンズの死角外から襲い掛かる。
「シッ!」
鋭い呼気と共に双剣を振り抜く。
プラントビーンズの上部を斬り飛ばす見事な一撃。
身体が別たれると、プラントビーンズは沈黙した。
警戒しながらソフィが近付き、完全に沈黙しているのを確認。ふぅと息を吐き、構えを解いた。
「流石、フィーちゃんっ。軽業師みたいだったよっ」
「ありがとうございます。でも、ヒナタさん。少し突出し過ぎですよ。未知の魔物に対して、不用心すぎます」
真剣な表情のソフィに、流石の陽も素直に謝る。
「ごめんね、フィーちゃん。次からは気を付ける」
「はい、気を付けて下さい。ヒナタさんが前に出過ぎてしまうと、後衛の守りが薄くなってしまうので。でも、剣を盾にした咄嗟の行動は良かったと思います」
ソフィがニコッと微笑んで言うと、陽は眼を潤ませた。
ソフィの言う通り、咄嗟の判断としては、剣を盾にした陽の機転は称賛されるべき点だと俺も思う。
だけれど、その前にソフィが言った『ヒナタさんが前に出過ぎてしまうと、後衛の守りが薄くなってしまう』が大問題だ。だって今……。
「よ、横から、プラントビーンズですっ!」
そう叫んだのはせつなだ。横の通路からプラントビーンズが守りの薄い後衛に襲い掛かって来る。
「う、うそっ!?」
「しまったっ!」
陽とソフィが同時に叫ぶ。たった今言っていたことが現実に。
即座に駆け出す二人。だが、せつなからは離れ過ぎていた。二人が戻るまでに攻撃を受けてしまうだろう。
現にプラントビーンズが散弾を放つモーションを見せている。
……仕方がない。なるべく手出しはしない約束だったけれど、美少女が痛い思いをするのは嫌だしな。
やれやれとばかりに俺が前に出ようとした――その時だった。
ポヨ~ンと俺の頭から飛び出すピンクの物体。
ふぇ? モモ!?
驚く俺を置き去りに、モモは地面にプヨンと着地すると、その身体を目一杯に引き延ばし、プラントビーンズに立ちはだかった。
瞬間、プラントビーンズが散弾を放つが……。
――ペチ、ペチ、ペチ
散弾は気の抜けそうな音を響かせながら、全てをモモの身体で受け止められてしまう。
「モモさん、流石ですっ!」
「ナイスっ、モモちゃんっ!」
急接近したソフィと陽が、左右からプラントビーンズに襲い掛かる。
遠距離攻撃中は動けないのか、プラントビーンズは成す術なく、その命を散らせた。
散弾が止むと、モモは引き延ばした身体を丸め、元の大きさに。よく見れば、透けている体内にはプラントビーンズの豆が無数に見えるのだけれど……。
《問題ありません。全て消化するようです》
う、うん……それならいいんだけど……。
「うん、さっきフィーちゃんが言っていた事がよく判ったよ。あたしが前に出過ぎると、こうなる可能性もあるんだね」
「そうですね。わたしも迂闊でした。ヒナタさんに言うべき前に、わたしもしっかりとしないといけませんでした。すみません」
「まぁまぁ、反省は宿に戻ってからにしようよっ。それよりもモモちゃんスゴかったね。ビヨ~ンって伸びて、二人を守っちゃうんだもん」
「自身の特性を最大限に活かしていましたよね。わたしも見習わないと」
陽とソフィは手放しでモモを称賛した。せつなも……。
「守ってくれて……ありがとう……モモちゃん……」
なでなでとモモを撫でていた。
確かにモモの機転はすごいと思う。俺も予想外だったし。でも……俺の出番は?
《マスターの出番はもう永久に無いのかもしれませんね》
う、そだろ……。迷宮まで来て冒険しないなんて……。
《仕方がありません。マスターは冒険者では無いのですから》
あ、そうだった。俺だけ冒険者じゃなかった。アハハ……ハァ~……。
なんて落ち込んでいると、右足に柔らかな感触が。見れば、モモがプルプルと震えている。
「えっと……褒めて欲しいのか?」
より一層プルンと震えるモモ。
はぁ~……仕方がない。確かに大活躍だったしな。
「助かったよ、モモ。ありがとな」
俺が撫でてやると、モモは嬉しそうに身を震わせたのであった。
やっと魔物の仲間を得ることができました!




