第三七話 隠し部屋
ソフィと陽が、モンスターハウスの魔物を一掃するのに十分も要した。それだけの数が居たという事だ。
「つっかれたぁ~」
「そうですね。流石に多すぎました……」
ジェノサイドしていた二人は、疲れの見える表情をしながら、俺たちの元へ。
さて、俺はというと……。
「りゅうちゃん……もしかして、コレ全部するつもりなの?」
「うん、そのつもり。だって勿体ないじゃないか」
一体ずつ魔石を取り出している俺を、陽が戦々恐々とした眼で見ていた。
だって仕方がないじゃないか。この中にスキル付き魔石があるかもしれないんだからさ。
「ハァ~……ポーターを雇う冒険者の気持ちが今はっきりと判ったよ……」
陽は深いため息を吐く。
「仕方がありませんね。ヒナタさん、手伝いましょう」
「え? あたしも?」
「だって、この数ですよ? 皆で分担しないといつ終わることやら」
ソフィは辺りに散在するグリーンキャタピラーの死骸を眺め、眉を顰めた。
すぐに作業に取り掛かるソフィ。だが、それでも陽は虫を触るのに躊躇している。そんな陽を横目で確認し、俺は言った。
「陽は、取り出した後の死骸を一か所に集めて。この棒を使っていいから」
魔法鞄からただの棒を取り出し、陽に手渡す。
「うん、判った。触らなくていいなら、何でもいい」
棒を使って器用に死骸を一か所に集めていく陽。ふと、陽が口を開く。
「えっと……言われるままに集めたはいいんだけど……集めてどうするの、コレ?」
「燃やす」
「へ?」
俺の一言に、陽は眼を丸くした。
「も、燃やす? な、何で?」
「何となく」
「何となくって!」
バシッと棒を死骸の山に叩きつける陽。死体撃ちは感心せんな。
ちゃんと説明しない俺に代わって、せつなが小さな声で理由を話す。
「これだけ……大量に……魔物の死体があると……その臭いに釣られて……他の魔物が来ることがあるそうなんです……」
「え? でも、このモンスターハウスに来る前の道中では、そんなことしなかったじゃん」
「数匹なら……問題は無いのですが……このモンスターハウスは……出入口が一つしかありません……帰り道に……大量の魔物を……誘き寄せることになってしまいます……」
そういう事だ。魔物の血の臭いに引き寄せられる習性があるそうで。道中など、前にも先にも進める場合ならば、問題はない。他の魔物が来る前に移動すればいいだけ。
しかし、こういった出入口が一つしかない奥まった部屋などでは、魔物の死骸を適切に処理しなければ大変なことになってしまう。出入口に他の魔物が殺到するなんて悪夢だからな。
「え? じゃあ早く処理しないと、他の魔物が大量に来るんじゃないの?」
「今は……扉が閉まっていますので……臭いは拡散しないと思います……」
扉はピッタリと閉め切られているので、問題はない。
モンスターハウスは、ある意味ではセーフゾーンでもある。部屋に居る魔物を殲滅する事が出来れば、安全な密室となり、ここで小休止する冒険者も多い。
「そうなんだぁ~。よく知っているよね」
せつなの説明に陽はいたく感心する。
「初心者冒険ガイドに……載っていましたので……」
そう、全ては初心者冒険ガイドに載っている知識だ。昨日、冒険者組合から帰宅し、せつなはガイドを読み込んだのだろう。
無論、俺もサッと眼を通している。ラファと魂の回廊が繋がっている為か、一度読んだだけで、全ての内容を簡単に暗記することが出来た。
「へ、へぇ~、そ、そうなのね」
あ、こいつ、ガイド読んでないな。
黙々と作業する事、暫し。グリーンキャタピラーから魔石を数十個も採取した。が、これだけの魔石があっても、やはりスキル付きは無し。
陽が一か所に集めた死骸に、俺は火魔法を放ち、焼却する。風魔法を併用して、煙を拡散させないのがちょっとしたコツだ。
「すごい……精度が桁違いです……」
魔術を行使する俺に尊敬の眼差しを送るせつな。
「まぁ確かにすごいよね。中鬼族だけれど」
陽は地震が魔法を使えないからか、余計な一言が多い。
さて、作業も終え、いよいよ目的の隠し部屋へと行くとしますか。
マップに示されている場所へ向かう。見た目は何の変哲もないただの壁だ。
「へ~、この壁の奥に隠し部屋があるんだねっ」
陽がコンコンと壁を叩き、確認してみるが……。
「ん~、触った感じ、ただの壁にしか思えないのだけれど……これ、どうやって開くの?」
「押し込んで横にスライドさせればいいって、ラファが言ってたけど」
俺がそう答えると、陽は「判った」と頷き、壁に両手を添え、力強く押し始めた。
「ふんぬぅ~! お、重いよっ! 皆、手伝って!」
慌てて、皆で壁に張り付き、力を合わせて押す。すると……。
「う、動きましたっ!」
ズズズ……と、少しずつ壁が押し込まれていく。
「よし! このまま横にスライドさせよう!」
押し込みながら、右へ。壁はそのままスライドしていき、大人が二人並ぶのがやっとといった大きさの入り口が出現した。
「うわぁ~、ホントに隠し部屋だよっ」
「リュウヤさんとラファさんじゃないと、絶対に見つけることが出来ませんよね」
「暗いです……」
高揚感高まる陽、ソフィ、せつな。それぞれ眼を輝かせている。
「何が出るかな? 楽しみだっ」
陽は意気揚々と進もうとしたのだが……俺は咄嗟に陽の手を掴んだ。
「ど、どうしたの? りゅうちゃん」
驚く陽には答えず、ジッと奥の暗闇に視線を注ぐ。
やっぱり、おかしい……。ここだけ魔素濃度が異常だ。あり得ない程までに高まっている……。
《前方約三〇メートル付近に、生体反応を確認。部屋全体に満ちる高濃度魔素から判断して、高ランク、又は希少種の可能性が大。十分に注意して下さい》
ラファも同じく危険を感じ取ったようで、そう警告してきた。
「フォーメーションを変えよう。先頭は俺。三人は、せつなを中心に固まって。不測の事態が起こった場合は、即座に離脱。いいね?」
「ちょっと、どういうことか説明してよっ」
突然の指示に、困惑気味の三人。陽が代表して俺に尋ねた。
「この先、異様に魔素濃度が高いんだ。通常あり得ないくらいに……。そして、三〇メートル先に生体反応がある。ラファが言うには、高ランクの魔物か、希少種の可能性が高いらしい」
簡潔に伝えると、三人の表情が一変し、引き締まっていく。
「そういう事なら仕方ないね。判った。あたしは下がって、準備しておくよ」
陽が下がり、隊列が変更される。
「リュウヤさん、大丈夫なのですか? もしあれでしたら……」
ソフィの言葉を陽が遮る。
「でも、このままにはしておけないでしょ?」
「何故です?」
「だって、この隠し部屋の扉をあたしたちで開いちゃった訳だし。見た感じ、もう元には戻せないよね」
扉は完全に壁の中へと埋没し、どうしたってこの入り口を閉じることは出来そうにない。
「もしこの部屋の中に、高ランクの魔物が居たらさ。このまま、あたしたちが逃げちゃったりしたら、出てくると思うんだ。そうなったら……」
その先の言葉は口に出さなかったが、言いたいことはよく判った。
ソフィも理解したのか、覚悟を決めたようだ。ギュッと双剣を握り締めている。
「じゃあ……行くよ」
三人が頷いたのを確認した後、俺は慎重に歩を進めた。
隠し部屋はとにかく暗い。そして、言い知れぬプレッシャーが全身を包む。
やはり……何かいる……。ほんの数メートル先に……。
久々に感じる緊張感に、ゴクリと生唾を飲み込む。
「せつな、灯りを」
「は、はい……〈トーチ〉」
せつなが光魔法〈トーチ〉を行使。小さな光球が部屋全体を照らし出し……。
「へ?」
誰かの間抜けた声が聞こえた。いや、それは俺だったかもしれない。
照らし出された隠し部屋。その中央に居たのは……。
プルン……プルプル……プルン……
プルプルと震えるゼラチンのような物体――ピンク色のスライムであった。
「えっと……」
何だ、この言い知れぬ肩透かし感は……。警戒していた自分が恥ずかしくなってくるほど、見た目からして弱そうなスライムだ……。
「りゅうちゃん?」
背後から陽の声がする。するけれど……何となく振り向くことが出来ない。
「高ランクの魔物だっけ? このスライムがそうなの?」
「た、たぶん……」
そうとしか言えない。だって、スライムって、最弱の代名詞みたいなモンスターだろ? 言い繕う事すらできないじゃないかッ!
「お二人ともどうしたんです!? スライムですよっ!? 距離を取って、魔法攻撃しないと! 物理は利きませんからっ!」
気の抜けた俺とは違って、ソフィが軽快を促すように叫ぶ。
「フィーちゃん?、どうしたの? スライムだよ?」
「はいっ! スライムですっ!」
困惑顔の陽と、物凄く真剣な表情のソフィ。何となく噛み合っていない。
「ソフィ。もしかして、スライムってこの世界では強いの?」
イチかバチかで訊いてみると。
「はいっ! 物凄く厄介な魔物ですっ! 物理は軽減されますし、魔法くらいしか有効打を与えられませんっ! 確かC級だったとっ!」
うへぇ……マジかよ……。中鬼族よりも等級が上なのか……。
地味にショックを受ける俺。八つ当たり気味に火球を最大数生成した。
スライムがC級だったのには驚いたが、所詮C級。ブラットリーアント・アーミーB-級と戦った経験のある俺にとっては、大した相手では無い。なので、サクッと倒すことにしよう。何だか、ムカつくし。
生成した火球をスライムに放つ。
飛翔する火球がスライムを直撃……するかと思われたが……。
プルプルプルプルプル……と、ビックリするくらいに震え、火球を躱していくスライム。
「りゅうちゃん、避けられているよっ」
判ってるッ!
俺は、即座に再生成。怒涛の勢いで火球を放ち続ける。が……。
身体をべっちゃりと地面に張り付けて回避したかと思えば。
ブルンっと身体を弾ませて、飛び上がって火球を躱すスライム。
な、何故だッ!? 何故、当たらない!? スライムのクセして、何でそんなにすばしっこいのだッ!?
広範囲魔法を使えばいいのだろうが……何だか、それは負けた気がするので、使いたくない。
ムキになって火球を放ち続ける俺。それを俊敏に躱すスライム。
「りゅうちゃん、ちょっとストップ~!」
「やかましいッ! コイツは必ず俺が仕留めるんだッ!」
火球を放ちながら叫ぶ俺。
「そうじゃなくって! あ~……こりゃ、完全に頭に血が上っているよ……」
陽が呆れたように言ったのが聞こえたが、構うもんかッ! コイツは俺が――。
「へ?」
ガシッと羽交い絞めにされる俺。振り返ればソフィの怒った顔が。
「落ち着いて下さい、リュウヤさん」
……あ、はい。落ち着きます。
「ホント、りゅうちゃんってムキになったら、聞く耳持たないんだからっ」
陽がプンプンとしながら、俺の元へ。
「えっと……何で止めたの?」
俺が訊くと、陽はサッとスライムを指差す。
「だって、このスライム、全然反撃して来ないじゃん」
え? 反撃して来ない?
「りゅうちゃんが攻撃しても、躱すだけで何もして来ないよ。気が付かなかった?」
えっと……はい。全然気が付きませんでした。
そう言われてみれば、確かに俺が攻撃しても、全く反撃する素振りを見せていなかった。一体、どういうことだ?
「あたし思うんだけど、このスライム……悪いスライムじゃないと思う」
何だそれ? スライムに良いも悪いもあるのか?
「そうですよ。リュウヤさん、アドルフさんが言っていたじゃないですか」
ソフィに言われて、アドルフの言葉を思い出す。
『魔物は得てして人族、亜人族の敵だと認識されておるが、そう断ずることは出来んと儂は思っておる。知性のある魔物――魔族と呼ぶのじゃが……そういった魔族の中には非常に友好的な者もおるのじゃ。先入観に囚われてはいけんぞ』
ピンク色のスライムに視線を送ると、未だにプルプルと震えている。
「えっと……お前、良いスライムなの?」
俺が何となくそう訊いてみると、プルンとスライムは震えた。
「もう俺は攻撃しないけど、お前も攻撃して来ない?」
……プルン。
「嘘だ。隙を見て攻撃してくるんじゃないのか?」
……プルプル。
ふむ、俺が言っていることを理解するだけの知性があるみたいだな。スライムに知性ってどうかと思うけれど。
とにかく、肯定が一回、否定が二回震えるって感じか。
「か、かわいい……」
そう呟いたのは……せつなだ。可愛いか、コレ……。
すると、スライムがのそ~りと徐々に俺たちの方へ近付いてくる。
「りゅうちゃん、何だか近付いてくるよ?」
陽は興味津々でスライムを見ているが、ソフィは警戒を解いてはいない。即座に動けるように態勢を整えている。
スライムは二メートル手前で止まり、プルプルと震え始めた。何かを伝えたいかのようだ。
「えっと……俺たちと一緒に来たいの?」
何となくそんな感じがしたのでそう訊いてみると、案の定、スライムはプルンと一回だけ震えた。
「付いて来たいみたいだけれど……どうする?」
「少し心配ですが、皆さんにお任せします」
「あたしは賛成~。ぷるぷるして気持ちよさそうだし」
「わ、私も賛成ですっ!」
いつになくせつなが力強く言った。
皆は連れて行ってもいいと判断したようだけれど、本当に大丈夫なのだろうか。
《マスター、一度このスライムに触れて下さい》
へ? ラファ、何で?
《気持ち良いと推測します》
……。
《冗談です。ともかく、一度スライムに触れて下さい》
ラファに何か考えがあるんだろう。俺はスライムに近付くと、一応許可を取る。
「触っても良いか?」
プルンと震えるスライム。オッケーって事だな。なら、少し触らして貰おう。
手を伸ばして触れる。ヒヤリとした冷たさ。この世の物とは思えない圧倒的な柔らかさ。だけれど、適度に弾む弾力感。
何だ、これは!? すげぇ、気持ちいいぞッ!
未知の感触に驚嘆していると、突然、掌が光り輝く。そして……。
《スライム希少種との魂の回廊の接続に成功。魂の系譜に連ない、以後マスターの眷属として仕える事になりました》
……は? 何、眷属?
《はい。スライム希少種は、マスターの眷属となりました。おめでとうございます》
えっと……よく判らないけれど……俺に眷属が出来たみたい。




