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第四話 小鬼の魔法特訓


「魔法とは何だと思う?」


 唐突にアドルフは問う。


「ん~……何って言われてもなぁ。俺がいた世界には魔法なんて無かったし、よく考えたこともないよ。強いて言えば、非科学的な超常現象って感じかな」


 ゴブリン狩りも無事終え、俺たちは元の野営地点へと戻っていた。


「超常現象と言えば、あながち間違ってはおらんな。魔法とは、魔力または魔素(マナ)を構成要素とし、物理的、精神的に影響を与えることで、現実を改竄することを指す。現実を意のままに捻じ曲げることから、『世界の根源』への接続と言い換えても良いかもしれん」


 何だか壮大な話になってきたな。


「では、魔法を行使する為に必要不可欠な魔力・魔素(マナ)は何か? 魔力とは全ての魔に連なるものの根源。魔物も魔族も、そして儂のような人族(ヒューム)もまた、この世界を僅かでも捻じ曲げ、穢し作り変えるもの。それが魔であり魔力である。要するに魔力・魔素(マナ)は、土や大気、水、そして生物……あらゆるものに内在しておる」


 アドルフの講義は続く。


「つまり、この世のあらゆる生物は皆、修練を積むことによって、魔法を習得することが理論的には可能じゃ」

「理論的には? じゃあ魔法を全く使えない者もいるってこと?」

「いや、修練次第では全く使えない訳では無いが……酷く苦手とする者もおるのも確かじゃ。魔法行使技術はその者の素質による比重が極端に大きい。内包する魔力が微弱、または体外の魔素(マナ)を扱うのが不得手など、様々な要因によって魔法が習得出来ない者も多く存在する。またその逆も然り」


 魔法には先天系と後天系の二つに大別することが出来るそうだ。


 先天系は対象の素質、種族の根底に関わるものを指す。有名どころでは森人族(エルフ)がここに該当するらしい。ちなみに悪魔もここだ。

 生まれ持った潜在的素質によって、その種族特有の魔法を保持している。


 後天系は、修練を積むことによって取得する魔法のこと。大部分の種族が用いる魔法は、大抵後天系らしいが、この場合であってもやはり対象の素質が重要なようだ。


「素質かぁ~……俺って今小鬼族(ゴブリン)になってるんだけど、厳しくない? 小鬼族(ゴブリン)に魔法素質なんて無さそうなんだけど……」

「そう慌てなさんな。今から素質の有無を調べるところじゃ。……ほれ」


 アドルフは鞄から小さな水晶玉を取り出すと、ポイっと俺に放る。


「……何これ? これを使うの?」

「その水晶玉は、内包魔力量を調べる為のものじゃよ。まぁ初心者用のもので、儂が使えば、魔力量が多すぎて、木っ端微塵に砕け散ってしまうがのう」


 ほっほと笑うアドルフ。自慢ですか、そうですか。


「へぇ~これで調べられるのか。それにしてもアドルフには必要ないものなのに、よく持ってたよな」

「昔使っていた物なんじゃが……」

「中古かよ。アドルフのお古ってのがなぁ~……まぁいいけどさ」

「……いや、儂のお古ではないのじゃよ。昔とった弟子の……な」

「ふ~ん。昔の弟子ってことは、俺の兄弟子ってことになるのかな。いまその弟子ってどうしているの? アドルフに師事していたんだから、さぞかし高名な魔法使いになってるんじゃねぇの?」


 アドルフの事だから、大層自慢してくると思っていたが、苦虫を噛み潰したかのように顔を顰めていた。


「いや……あ奴は魔法師として大成はしなかった。それに……もうこの世にはおらん」

「あ……ごめん。知らなかったとはいえ、不謹慎だった」

「気にするでない。もう昔の事じゃよ」


 少しばかり湿っぽい空気になってしまったが、アドルフは咳払い一つ、話の道筋を元に戻す。


「こほん。その水晶の使い方じゃが……」

「う、うん」

「掌全体で包むように持ち、内に秘めた魔力を流し込みなさい。大切なのは如何に明瞭にイメージできるかどうかじゃ」


 魔力を集めるイメージ。集めた魔力を掌を通して流すイメージ……。

 目を閉じ、内へ内へと意識を集中させていく。すると、鳩尾辺りにぽっぽと熱を感じた。

 これが魔力? よく分からないけど、この熱を広げるイメージで……。


「うむ。中々筋が良い」


 喜色を含むアドルフの声が遠くに聞こえた。


 目を開ければ、赤く輝く水晶玉が。


「おおぉ~。これが魔力を通す感覚か!」


 魔力という不可思議物質を扱えたことに、思わず感嘆してしまう。


「それが魔力循環の基礎中の基礎じゃよ。臍の上辺りに熱を感じなかったか?」

「うん。鳩尾がほんのり熱く――あっ!?」


 意識を外してしまったことで、水晶玉の輝きが消えてしまった。


「集中を乱せば容易く途切れてしまう。魔力を操るには相応の訓練が必要なのじゃよ。慣れれば、他の事をしながらでも容易に扱うことが出来よう」


 気付けばアドルフの生暖かい視線が注がれている。小さな子みたいにはしゃぎ過ぎたかな……ちょっと頬が熱い。


「さて、もう少し理解を深める為に説明を加えようか。まず、先ほど身体の中心部が熱くなったと言っておったな。その辺りに魔力袋と呼ばれる、魔力を蓄えておく器官があるとされておる。曖昧な表現になってしまうのは、現実には魔力袋は存在していない。人間を解剖しても該当器官が見つからないのじゃ」


 魔力袋はあると思われているのに、現実には無い……?


「訳が分からんという様な顔をしておるな。その気持ちも分からんでもないがのう。しかし、我々がこの世の全てを知っているはずが無い。世には説明の出来ない、理解できない不可思議な原理・現象などままあるぞ。話が逸れたな。魔力袋は学説によると、違う次元の同位置に存在しているという仮説が有力らしい。そしてもう一つ、魔法に関して重要な器官があり、これを魔力路と呼ぶ。魔力を循環させる道と言ったところか。これも魔力袋と同様に、血管の違う次元に存在しているようじゃの」


 魔力袋に蓄えられていた魔力を、血管のように体中に張り巡らされている魔力路を通して、掌に集める。そうイメージすることで、先ほどよりも簡単に水晶玉に魔力を流すことが出来た。


「なるほど。分かりやすいな。ってあれ? さっきは赤かったのに、今は黄色だ」


 最初は赤く光っていた水晶玉は、今は黄色だ。いや、徐々に色が深く、緑へと変わって行っている。


「そりゃそうじゃ。内包魔力量を調べる為、魔力を放出しているのだからな。あまり長く続けていると失神してしまうぞ」


 慌てて、魔力を流すのを止める。言われてみれば、何となく体が重いように感じた。


「確かに少し疲れた感じがするよ。魔力を全て使い切ってしまうと失神しちゃうんだ?」

「魔力イコール精神力とも言われておるからな。魔力が枯渇すれば、おのずと意識を消失してしまうのじゃよ」

「そっか、気を付けないといけないな。そういや、俺の魔力量って多いの? 赤色だったけど」

「平均以上ってとこかのう。安心せい。素質はある方じゃと思うぞ。とは言うものの、これからの修練次第で如何様にもなるじゃろうが。日々修練を欠かさぬことじゃな」


 アドルフは水晶玉を取り上げると、一瞬寂しそうに一瞥した後、鞄へと丁重に仕舞った。


「さて、第一関門であった魔力放出についてはクリアじゃよ。放出が出来なければ、魔法を行使することは出来んからのう」

「じゃあいよいよ魔法を教えてくれるのか!?」


 期待に前のめりになる俺に対して、アドルフは苦笑する。


「そう慌てるでない。じきに教えてやるが、まずは鍛錬からじゃよ」


 ちぇ~。やっと魔法が使えると思ったのに。


「いやに不満げじゃな。ゴブのすけは顔に出やすいのう」


 クククとアドルフは笑う。


「極めて重要な鍛錬方法は、魔力循環じゃ。今でも毎日欠かさず儂も行っておる」


 魔力を循環させる……? それに一体何の意味が……?


「魔力循環とは、文字通り魔力を体内で循環させる鍛錬法である。単純故、馬鹿に出来ないぞ? まず一つ。魔力の循環を行い、魔力路を広げて活性化させると魔法の威力が上がる。魔力の通りをよくすることで、大量の魔力をスムーズに放出することが出来るのじゃ」


 確かにホースなどに例えると分かりやすい。細い家庭用のホースと、消防用ホースでは放出出来る水量は桁違いだ。


「二つ。意識して魔力袋に大量の魔力を送り込むと、魔力路と同じく広がって魔力量の増大に繋がる。魔力量を増やすことの重要性は説明せんでも理解できるじゃろ?」


 そりゃ……な。魔力量が増えれば、その分行使できる魔力の数が増えるし、更に上位の魔法を行使することが出来るだろうし。


「魔力循環には、この重要な二つの意味がある。毎日欠かさず行いなさい。勿論、何事にも限界はある。魔力量の増大を感じられなくなれば、使える魔法の種類を増やしたり、威力や精度を高める鍛錬に比重を置くことも考えなければならないやもしれん。ただ儂は魔力量の成長限界を迎えたとしても、魔力循環を怠るべきではないと考えておるがのう」

「それは何で? 違う修練をした方がいいんじゃないの?」

「筋肉と一緒じゃよ。常に継続することが大切なのじゃ。衰えをなるべく抑える為にはな。まぁこれは儂の考えじゃ。その時その時、感じた最善を選んでいけばよいと思うぞ」


 必ずしも正解はないという事か。それでもアドルフの考えは、積年の重みが感じられ、納得できる気がした。




 まずは魔力循環の鍛錬から始めることにする。


 魔力袋に蓄えられている魔力を、魔力路を押し広げるイメージで体中に循環させていく。指先まで魔力を流した後、また魔力袋へと戻す。


 何度も繰り返していくうちに、魔力の流れが少しずつではあるが、スムーズに流れていくのを感じた。更に一度に流せる量も徐々に増えていた。


「ほう。中々興味深い鍛錬の作法じゃな」


 アドルフは感心したように顎鬚を摩る。


 魔力循環とは、言わば己の内への集中だ。そこで日本人ならではの集中法として座禅を組んでみてはどうかと考えたのだが、これが予想以上の効果を発揮したみたい。


 試しにアドルフも座禅を組んで魔力循環を行うと。


「ほぅ~、これは良いのう。普段よりも格段に早く循環が出来るのう」


 満足げに何度も頷いていた。


 その後、みっちり一時間程、魔力循環を行った。何だか身体がポッポする。今ならよく眠れそうだ。


「魔力循環に関してはもう良いな。充分に魔力路・魔力袋が広げられたじゃろう。さて、魔力循環の他にも、魔力量を増大させる方法がある。簡潔に言えば、限界まで魔力を使い切ることじゃ。魔法を大量に使う事により、魔力の全体量が上がる。無論、魔法を行使するのじゃから、魔法の精度や威力も増していく」


 お? いよいよ魔法実践編ですか!


「左様、ゴブのすけが楽しみにしていた魔法じゃよ。とは言え、初級魔法であっても初めての発動は難しいものじゃ。そこでコレを使う」


 取り出したるは、色とりどりの宝石の原石のようなもの。赤、青、緑、黄と四種類。


「これは魔石と呼ぶ。魔石とは魔力が凝縮して出来た物じゃ。ゴブのすけにとっては嫌悪感があるかもしれんが……魔物の心の臓である」


 今や小鬼族(ゴブリン)になってしまった俺を気遣ってくれているようだ。だけれど、俺自身、事実はどうであれ自分を魔物だと思ってないし、そこまで嫌悪感があるわけでは無い。


「この魔石には属性が付与されておる。赤、青、緑、黄……それぞれ、火、水、風、土とな。この四つの属性を秘める魔法を四代元素魔法と区別する。他にも光、闇といった属性。更にはどの属性にも属さない系統外魔法も存在するが……今のところ止しておこう」


 いきなり全ての知識を教えられても覚えきれない。といった表情をしていたのだろうか。ちらりと俺を見たアドルフは説明を切り上げた。


「まずはこの属性が付与された魔石を用いて、魔法行使のイメージを掴むこととするかのう。ほれ。どれでも一つ手に取って、魔力を流してみなさい。その際、発動の流れをしっかり覚えておくのじゃよ」


 言われた通りに魔石を一つ手に取った。

 選んだのは赤色の魔石――火属性が付与されているものだ。掌に握り込んで魔力を流し込む。


 ――ボゥッ! と、目の前に火の玉が浮かび上がった。


 メラメラと燃え盛る火の玉。その大きさは拳大と小さいものの、列記とした魔法だ。燃えていた火の玉は、数秒の後かき消えるかのように消失した。


「おぉ! すげぇ! 魔法だよ、魔法!」


 思わず頬がニヤけてしまうが、嬉しさを伝えるかのように、アドルフに向き直ると、彼は驚いたかのように呆然としていた。


「アドルフ?」

「う、うむ。どうやら上手くいったようじゃな。し、しかし、これ程までにいとも簡単に発動させるとは……」

「ん? 魔力を込めれば誰でも発動できるんじゃないの?」

「魔導具に加工していない、ただ属性が付与されただけの魔石では、中々難しいのじゃが……魔法が発動した時、どう感じた?」

「どうって言われてもな……何となく『あ、出来る』って感じたとしか」


 魔石を見た時、これで魔法が使えるんだなと、漠然とだが確信めいたものがあった。それが普通だと思っていたのだけれど、アドルフの様子を見るに、どうやら違うみたいだが……。


「アドルフが何に違和感を感じているのか分からないけど、まぁ出来たからいいじゃん」


 そう、過程はどうであれ、魔法が使えたから、万事解決だよね。


「う、うむ……まぁよいか。では、残りの魔石も試してみなさい」


 残りの三属性も試してみることにする。


 水の玉、小さな竜巻、鋭い棘。


 多少の魔力消費・威力に違いはあるものの、無事四属性全ての魔法を発動することが出来た。一つの属性魔法を発動する度に、アドルフの開いた口が徐々に大きくなっていたのは、余談だ。


「うん。全部オッケーみたい。けど、全部の魔石の色が無くなったけど、大丈夫だった?」


 魔法を発動し終えると、魔石の輝きは失われ、ただの石ころへとなっていたのだ。魔石の魔力が無くなってしまったって事かな。


「う、うむ。それは問題あるまい。低級の魔石故、含有魔力が微量しか含まれておらんからな」

「なら、いっか。で、次はどうすればいい?」

「そうじゃのう……今ので魔法発動の流れは理解出来たはずじゃ。その流れを明瞭にイメージし、魔石の補助無しでそれぞれの属性魔法を発動させてみよ」


 では早速。まずは火属性からだ。先程魔石を使った場合と同じ魔力構築を行い、発動させる。

 イメージ通りに指先に火を灯すことが出来たが、今はライター程の小さな火だけ。それでもさっきの火の玉並みの魔力が使用されたようだ。


「なるほど。魔石の魔力も結構使われていたんだな」


 さっと火を消し、続いて水滴、微風、礫とそれぞれ属性魔法を使っていく。


「初歩の初歩じゃが、無詠唱で発動することが出来るようじゃのう。実際魔法を行使してみて分かっておると思うが、小難しい術式の詠唱や魔法陣を書かねば、魔法が発動しないということは無い。が、己で考えた短い掛け声や文言などを発動キーとして定めたり、杖を補助に使用したりと、特定のアクションに紐づけすることで、魔法の発動速度・威力が上がる場合もある」


 長ったらしい詠唱が必ずしも不可欠ではないのは、正直助かる。一々暗記出来ないからな。


「儂の場合じゃと、杖と文言を併用しておる。これは儂に見合った発動方法であり、ゴブのすけにとって最善かどうかは不明じゃ。自身に見合った発動方法を模索してみなさい」

「分かった。色々試してみるよ」


 何が一番自分に合っているのか、色々と試してみることにしよう。その内しっくりくる方法があるはずだ。


 その後も、魔法が使えることが嬉しく、深夜遅くまで練習を続けた俺。最後には魔力が空っぽになって、失神しちゃいましたよ。



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