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第二話 小鬼でも諦めない


「ほれ、しっかりせんか、ゴブのすけよ」

「ゴブのすけじゃねぇ! 俺はリュウヤだ! 宮園龍也(ミヤゾノリュウヤ)、花の高二、十六歳、彼女なし歴イコール人生。何か文句あっか!」

「ほっほ、童て――」

「それは言うんじゃねぇ!」


 何故か俺が人間やめて、魔物――ゴブリンになってしまったと発覚してから、そりゃもう随分落ち込んだ。


 まるでネット小説の主人公みたいに魔物転生してしまうなんて思いもしないだろ? あれはエンターテインメントだから面白おかしく楽しめるのであって、実際になりたいなんて露程も思ってなかった。それなのに……はぁ~。


「ほれ、肉が焼けたぞ。食わんのか、ゴブのすけよ」

「だ・か・らッ! 俺はリュウヤだ! ……食うよ」


 爺さん――アドルフというらしい――が狩ってきた兎肉を、俺はやけくそ気味にかぶり付いた。

 ジビエなんて食べたことなかったけど、案外イケるもんだ。臭みもほとんどなく、噛み応えある肉質が好みに合っていて、自然と頬が緩む。


「ほっほ、そんなに美味いかのう」

「ああ、美味いよ、チキショウ!」


 緩んだ頬を目敏く指摘され、どことなく居心地が悪い。それから意識的に仏頂面を決め込むが、気を抜くと頬が緩んでしまう。俺は悪くない、この兎肉が悪い。


「そうかそうか。で、お主は転生者かのう?」

「モグモグ……転生者?」


 兎肉の焼き加減を見つつ、アドルフがそう聞いてきた。


「一度死んだ魂が、前世の記憶を保持したまま、生まれ変わった者のことじゃよ。お主、先ほどから人だと喚いていたじゃろ?」

「ん~……多分、その転生者ってのとはちょっと違うと思う。俺、別に死んでないし、前世の記憶なんてないしな」


 トラックに撥ねられたり、通り魔に刺されたり、神様に会ったりしてないしね。死んで生まれ変わった訳じゃないと思う……多分。


「学校に居たら、突然大きな地震があってさ。んで、机の下に隠れてたんだけど、急に床が白く光って。視界が真っ白になったと思ったら、もうここに居たんだよ」


 掻い摘んでゴブリンになる前の状況をアドルフに説明する。

 正直、自分で説明していても、意味が分からん。それにこんな話されても信じてくれないだろう。俺が聞かされても信じないしな。

 だが、アドルフは一笑に付すことも無く、顎鬚を触りつつ、耳を傾けてくれていた。


「ふむ……そのガッコウというものが何なのかは分からんが……大体の事情は理解した。十中八九、異なる世界からの召喚じゃろうな」


 へぇ~、ちょっと見直した。あんな眉唾物の話、絶対馬鹿笑いすると思ってたわ。ちと反省。


「確か……聖国が近々、勇者召喚を行うという情報があったのう。ゴブのすけの話を聞く限り、無関係とは思えんな」

「だから俺はリュウヤだって……はぁ~もういいや。で、その聖国? ってのが勇者召喚? をして、俺が何でか巻き込まれたってこと?」

「確かなことは分からんが、そうじゃろうな。じゃが、勇者召喚は、異なる世界から勇者を招く大規模魔法。その際、条件付けとして人族(ヒューム)のみが招かれるようにするものらしいのじゃが……」


 チラッと俺を窺い見るアドルフ。ふむ、大体言いたいことは分かる。


「つまり、地球――こことは異なる世界か。そこで人間だった俺は、その勇者召喚に選ばれた。けど、何か異常事態があって、魔物としてこの世界に招かれたってことだろ? で、その異常事態の原因は不明と」


 何故、魔物になってしまったのか、原因が分かったようで分からない。三歩進んで二歩下がった感じだな。


「まぁそんなところじゃの。その異常事態とやらが、勇者召喚中に起こったものかも定かではないじゃろうし、まっこと不可思議な現象じゃわい。勇者召喚に応じて勇者としてではなく、ゴブリンになってしまうとは、こりゃ傑作じゃな! ほっほっほ」


 ジジイ、てめぇ……まじで腹抱えて笑ってやがる! ちょっと見直したのに、やっぱこの爺さんムカつくわ。


 このムカつく爺さんはほっといて……これから俺がすべきことを考えよう。やっぱり一番は、人間に戻ること、コレだな。

 元居た世界に戻ることを考えても、人間に戻ってないと話にならないし。まずは聖国で行われた勇者召喚について調べないとな。ただ、嫌な予感がするんだよなぁ。()国って響きがね。


「おい、爺さん。いつまでも笑ってないで、教えてくれ。その聖国ってどこにあるんだ?」

「ほっほっほ……。あぁよく笑ったわい。ん? 聖国かのう? すでにここがその聖国ミリスシーリアが治める領地じゃよ」


 おぉ。天はまだ俺を見捨ててなかったらしい。ここが聖国ミリスシーリアの領地ってことは、勇者召喚が行われた場所も近いってことだな。


「まぁその顔を見て、お主が何を考えているのか分かる。じゃが、それはよしておいた方がええぞ」


 アドルフ曰く、聖国ミリスシーリアは、極端な人族至上主義だそうで、このゴブリンの姿で向かっても、討ち取られるのが関の山だと。うん、分かってた。聖国って聞いた時、そうだと思ったよ。

 という事は、勇者召喚中に何か起ったのか調べる為には、人間に戻ってないといけないという本末転倒になってしまった。

 なら、別のアプローチから考えるべきだな、うん。別に聞いた時から気になっていた訳では決してない。必要だから聞かないとな。


「爺さん、さっき大規模魔法って言ってたけどさ……魔法ってホントにあるの?」

「何じゃ。お主、魔法が気になっておったんか」


 あ~はい。バレました。うん、すごく気になってたよ。魔法とかロマンじゃん。


「まぁな。俺が居た世界では、魔法とか無かったし」

「ほう。魔法が無い世界とな。それはちと不便じゃないかのう?」

「魔法は無かったけど、科学技術が発達してて――って俺の世界の事はどうでもいいんだよ。魔法、あるんだろ? ちょっと見せてくれよ」


 アドルフは俺のいた世界の事を詳しく聞きたそうであったが、やれやれとばかりに肩を竦めた。


「ゴブのすけのいた世界の話も聞きたいところじゃか……まぁよい。――ほれ」


 アドルフは無造作に人差し指の先に、小さな火を灯した。


「おぉ~! すげぇ、マジで魔法だ!」

「ほっほ。このような基礎も基礎の魔法で、そこまでいい顔するとはのう。ほっほ」


 感動した。目の前に揺らめく小さな火は、間違いなく本物の魔法だ。年甲斐も無く興奮しちまったよ。


 基礎も基礎らしいので、俺でも覚えられるかなと思っていると、アドルフが話の筋を戻した。


「おおよそ、お主が聞きたいことは、勇者召喚魔法があるのなら、その逆、送還魔法もあるのではと考えたのじゃろ?」

「あ、うん。それも聞きたかったんだけど、本当に聞きたかったのは、人間に戻れる魔法とかあるのかなぁってさ」


 現状、俺の心は人間だけど、外見はゴブリンそのものだ。そんな状態で送還されでもしたら、一体どうなるのか分かったものじゃない。

 なら、まずは人間に戻る方法をと思ったのだが――。


「そんな魔法、ありゃせんのう」


 一刀両断。少しの情けも掛けずにアドルフは無慈悲に切り捨てた。


 先ほどの興奮が一気に冷めていく俺に、「じゃが――」とアドルフは続ける。


「高位の魔物には、人化の術が使える者もおるし、外見が人族(ヒューム)と瓜二つの魔族もおるのう」

「……」

「それに魔物・魔族には、進化(ランクアップ)昇華(クラスアップ)という人族(ヒューム)とは違った成長形態があるそうじゃ。お主はゴブリン。体格は人族(ヒューム)のそれと大した違いはあらん。いずれは人化の術も使いこなせるじゃろうし、もしくは進化(ランクアップ)昇華(クラスアップ)を経ることによって、人族(ヒューム)の外見に近づくことが出来るやもしれん」

「なら俺は人間に――」

「姿形は似せることが出来るかもしれんのう。じゃが、忘れてはならんぞ。例え姿形が似ようとも、根本的な種は決して人族(ヒューム)ではない。魔物のままじゃ」


 口酸っぱくアドルフは言う。決して人間に戻ることは出来ないと。

 だけど、それでもほんの少しだけ希望が持てた。俺が人間に戻ることに拘っていたのは、このゴブリンの姿が嫌だからだ。こんな醜い姿のままなんて耐えられないと思ったからだ。

 姿形だけでも人間に戻れるなら、それで今のところ十分。


「爺さん、どうやったらその人化の術を覚えられる? どうやったら進化(ランクアップ)昇華(クラスアップ)出来る?」


 そう聞いてもアドルフは答えない。ただただ真剣な瞳を俺に向け続けるだけだ。

 アドルフが何を考えているのかは分からない。けど、俺は真摯にその目を見つめ返す。


 暫く焚火がはぜる音だけが流れ――そして、ふっとアドルフの表情が和らぐ。


「ほっほ。中々よい目をしておるのう。そうじゃな……儂も魔物の生体にそれ程まで詳しい訳ではないが、人族(ヒューム)成長(レベルアップ)とそれ程変わらんじゃろうと思っとる」

「……つまり?」

「経験を積み、己の魂を昇華させることじゃ。人族(ヒューム)は魔物を狩ることにより、経験が積まれ成長(レベルアップ)する。無論、戦いだけではないぞ。様々な経験が己の糧となり、成長(レベルアップ)することもある。進化(ランクアップ)昇華(クラスアップ)も同様に経験を積むことによって相成ると儂は考えておる」


 ふむ。戦闘経験だけという訳じゃないんだな。けど、アドルフの話し方からして、一番の近道はやっぱり戦闘だろう。


 俺の場合、ゴブリンだし、もしかして人間を殺さないといけないのか? もしそうだとしたら俺は……他人を傷付けてまでしたくない。だって、そんなことしたら、心まで魔物になっちまう。


「大丈夫じゃよ、ゴブのすけ。知性なき魔物を狩ればよい」


 見透かされてらぁ~。魔物を狩ることには抵抗ないし(多分)、人間を害さなくてもいいなら問題なしだな。


 俺がすべきことは、進化(ランクアップ)昇華(クラスアップ)。そして人化の術の取得だな。あとはどうやって訓練するかだが……。


 俺は居住まいを正すと、深く頭を下げた。


「頼む! 爺さん――いや、師匠! 俺を鍛えてくれ!」


 今俺が頼れるのはアドルフだけだ。彼に見捨てられたら路頭に迷うどころか、早々に死んでしまう。だから俺は真摯に頼み込んだ。


 すると、アドルフは――


「ほっほ。まさかこんな年で弟子を持つとはのう。しかもゴブリンの――ぶふッ!」


 ――腹を抱えて笑い転げやがった。


 あぁ、ちと失敗したかもしれない……。



遅くなってごめんなさい。のんびり更新していきます!

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