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第一六話 聖国の騎士


 ーー翌朝。


 最大の懸念であった聖痕の綻びもアドルフの手によって、無事改善された。これでもう無意識に銀狼化することは無い。安心して旅立てるというもの。

 

 しかし、直ちに出立とはいかない。


 色々と理由はあるが、まず一つ。それは俺の怪我だ。俺は凶暴化した銀狼と死闘を繰り広げ、重傷を負った。その後、アドルフに貰った二元薬水(デュアルポーション)により、多少回復したとは言え、万全とは言い難い。大事を取って一週間程出立を延期することに。


 もう一つの理由は、ソフィの事だ。長年住み続けた村を離れるのだから、色々と準備がある。

 彼女は聖痕の副作用によって虚弱体質であり、著しく体力に劣る。迷宮都市まではかなりの日数が予想される為、その旅路に耐えられるくらいには体力を付けないといけない。


 そしてもう一つ。ソフィにとってはとても重要な案件が残っていた。それは――。


「あの~……わたし一人で大丈夫でしたよ? わざわざ皆さんが出向く必要は……」

「俺もソフィ一人だけの方が良いとは思うんだけど、アドルフが口うるさいからさ」

「何を言っておる。村のおなごを連れて行くのじゃぞ? しかと挨拶をしておくのが、事の通りじゃろうて」


 そう、慣れ親しんだ村を離れるにあたって大事な用事――挨拶回りである。ソフィにとっては別れの挨拶だな。


 現在、村には亜人族(デミヒューム)であるソフィを排除しようと画策する一派が存在している。聖国の悪しき風潮と、銀狼による被害拡大が主な原因だ。

 勿論、そのような中にあっても、ソフィの事を憎からず思っている者もいる。村長の娘――ミンナとかね。彼女とはしっかりと別れを済ませておくべきだと思う。だけど……。


「ミンナさんに挨拶するは当然として、だ。だけど、俺たちが行く必要は無いと思うんだけど」

「儂は保護者として挨拶しておかなければならん。あの村娘に心配はないと伝えておかんとな」

「アドルフはそれでいいとして……俺は?」

「そうじゃのう、ゴブのすけは……幼気な少女を拐した悪の魔物として挨拶すればいいのではないか?」

「いや、それ……シャレにならねぇからッ!」

「シャレではあらんよ。実際そうではないか」

「いや全然違ぇよッ!」


 俺とアドルフが言い合っていると、「ふふふ」と噴き出し笑いが聞こえて来た。見れば、ソフィが口許を抑えて微笑んでいる。


「ふふ、何だか楽しいですね」


 楽しい? 俺とアドルフが言い合っている様が? いや、違うか。ソフィは、その境遇のせいでずっと孤独だったんだ。こうやってバカをやる相手も、親しく話せる相手も居なかった。


「ホント、仲がいいですね」


 柔和な微笑を浮かべるソフィ。だけど、それは断固として否定したいところだ。


「いや、別に仲良くなんてないよ。なぁ、アド……ルフ?」


 視線を向けると、アドルフはこちらを見てはいなかった。ただ真っすぐに前を見て、顔を顰めている。


「どうした? アドルフ」

「まさか、魔物の襲撃ですかっ!?」

「いや、そうであらんよ。じゃが……ちとタイミングが悪い時に来てしまったかのう」


 アドルフの表情を見る限り、あまりいい知らせでは無いのだろう。一体何が……。


「騎士団じゃよ、聖国のな」


 それがどうしたんだと、小首を傾げる俺に対し、ソフィはハッと驚く。


「き、騎士団ですかっ!? なんでこのような辺境に騎士団が……!? まさか……わたしを……」


 そこまで言われたら、俺でも判る。新聖国ミリスシーリアは史上稀にみる人種至上主義国家だ。魔に連なるありとあらゆるものを、この地上から駆逐することに命を懸けている国である。無論、亜人族(デミヒューム)も排除対象に含まれていて……。


「ソフィの討伐に騎士団が!?」


 驚き狼狽える二人に、アドルフはゆっくりと首を横に振る。


「流石に亜人族(デミヒューム)討伐に騎士団を派遣することは稀じゃ。それに、亜人族(デミヒューム)討伐には騎士団とは別に専属部隊がある。世間に公表されておらん裏部隊がのう。お嬢さんの存在が露見してしまったわけでは無いだろうよ」


 そうか……なら、一先ずは安心だな。それにしても、公表されていない裏部隊の存在を知っているとは、流石にびっくりしたけど。

 とはいえ、非常に不味い状況には変わりない。


「それでもソフィの存在がバレるのはヤバイよな。今日のところは止めておこうか」

「そう……ですよね」


 まだ出立までには時間がある。また時機を窺って出直せばいい。

 ソフィの事についてはそれでいいとして。それでも何故騎士団がこんな辺境の村に派遣されているのかが問題だ。少しでも情報が欲しいところ。


「ソフィは家に戻るとして……俺らは少し探ってみようか」

「え!? リュウヤさん、もしかして行く気ですか!?」


 目を瞠ってソフィは驚く。そんなに驚くことか……?


 すると、アドルフが呆れたかのように言う。


「お主、判っておるのか? お嬢さんよりも、お主の存在の方がこの国にとっては問題なのじゃぞ」


 あ、そういや俺、小鬼族(ゴブリン)だったっけ? たまに自分が魔物だってこと忘れちゃうんだよな……あはは。


「まぁ確かにゴブのすけの言う通り、少しばかり情報が欲しい所じゃのう。きな臭さが否めんしな。儂一人で赴くべきであろうが……」


 チラッと、俺らを横目に見やるアドルフ。そして、はぁ~と、ため息を吐き出す。


「どうせお主の事じゃ。隠れて付いてくるじゃろう。好奇心の塊じゃからのう。いつかその好奇心に噛み殺されるぞ?」


 あはは~……バレてらぁ~。


「それに、お嬢さんも心配じゃろうしのう……仕方あるまい。……ほれ、これを着んか」


 魔法鞄から取り出したのは、見た目には何の変哲もないローブ。


「フードをしっかりと被り、決して外してはならんぞ。そのローブには認識阻害の術式が織り込まれておる。じゃが、そこまで強力な代物ではあらん。儂がいいと言うまでは、決して口を開いてはならんぞ。大人しくしておくのじゃ」


 強く言い付けるアドルフに、俺らは神妙に頷く。


 ローブを纏い、フードを目深に被る。そして、俺たちは村へと歩みを進めた。



 ◇



 村に近づくにつれ、駐屯する騎士団の面々が見えて来た。

 歩兵に騎馬兵、輜重兵と部隊ごとに装備が揃えられているが、共通としてどの部隊も白を基調としている。流石、聖国の騎士団とあって煌びやかな印象だ。


 とはいえ、煌びやかなのは印象だけ。軍規は逸脱してはいないのだろうが、すこぶる態度が悪い。すまり込んで喰っちゃべっている者、苛立ち気に甲冑を鳴らす者と様々。


 そして、一番重苦しい雰囲気を放っている一帯。何やら村人たちと口論しているようで、遠くからも罵声が聞こえて来るほどである。


「いきなり補給と言われましても、村には備蓄が少なく――」

「貴様らは栄えある新聖国ミリスシーリアの国民であろう。我が騎士団に忠を尽くすのは至極当然の責務。補給物資を提供するのは国民の義務である」


 怯えながらも主張しているのは――ミンナか。怖いだろうによく頑張っているな。


 ともかく、何となく概要が見えて来た。騎士団はこの村で補給をする予定なのだろう。だけど、こんな寒村に騎士団員全てを賄えるだけの備蓄が無いのは判るだろうに……。

 騎士団の規模はざっと見たところ五〇〇。対する村民は三〇がいいところだ。三倍以上の食料を提供するのは、寒村にとって死活問題。物資を提供しろというのは、言うなれば村民に死ねと言っているようなものだと思うのだが……。


「アドルフ、あいつらってバカなのか?」


 苦笑しながらアドルフは応える。


「聖国は中央政権の力がすこぶる強い。全ての民は国の所有物という考えなのじゃよ。故に、中央政権の直轄部隊である騎士団にも、そのような思想が浸透しておる。恥ずかしい話じゃが」


 一極集中型政権なのか。軍国主義っぽいし、人族至上主義国家だし、聖国のイメージがますます悪くなるな。なるべく関わらないようにしたいけど、ともかくミンナは助けないとね。色々と迷惑を掛けちゃったし。


「何と言われましても……無いものは無いと――」

「小娘ッ! 隊長殿に逆らうと申すのかッ! 下賤な民の分際で、よもや捨て置けん。この場で刑に処すッ!」


 辛抱ならんと、取り巻きの騎士が激昂し、あまつさえ帯剣を抜き放った。


 陽光に煌めく刃に、ミンナは悲鳴を上げ、腰を抜かすように崩折れる。


 そんな様子を他の取り巻きたちは見世物を見るかのようにニヤニヤと笑い、ひと際装飾が凝った甲冑を纏う騎士――多分、あれが隊長だろう――が、巌のように無表情でミンナを見下ろしていた。


 誰も止めようとしない。ミンナに付いていた村人も腰が引け、ただ怯えるのみ。


 クソッ! 駆けつけようにも離れすぎている。なら、少し手荒だけど魔法で……。


 と、俺が魔法を発動させようとすると同時に一陣の風が吹いた。そして、キンッ! と軽い音が鳴る。


「――なッ!?」

「……やれやれ。最近の若者は血の気が多い奴が多くてかなわんのう」


 肩を竦め、ボヤくのはアドルフだ。彼は彼我の距離を瞬く間に詰め、剣を杖で弾き飛ばしたのだった。まさに一瞬の出来事。俺だけでなく、その場にいた全員が驚き、目を瞠っていた。


「な、何奴ッ!? この所業、ただでは済まさんぞッ!」


 それでも流石は騎士。呆けたのは一瞬のみ。すぐさま抜剣し、戦闘態勢を整えていく。が――。


「よせ。お前らでは敵わん」

「し、しかし、隊長殿ッ!?」

「俺は剣を収めろと言っている」


 重低音の様な声で、そう隊長が指示すると、不承不承ながらも騎士らは剣を下げていった。


 その間に俺らも遅れてアドルフの元へ。注意を払いながら隊長を見やる。


 甲冑を押し上げ隆起する筋肉。短く借り上げた白髪に、鷹のような鋭い眼光。泰然自若といった佇まいは、まさに歴戦の猛者と言ったところ。巌の様な男だ。


「このような辺境にて、お会いできるとは思ってもみませんでしたよ」


 憮然としたまま話す隊長。対して、ミンナとの間に割って入ったアドルフは、飄々と笑いながら応える。


「ほっほ。儂も同感じゃよ。その齢でまだ最前線で指揮を執っているとはのう」


 アドルフの反応を見る限り、どうやら顔見知りみたいだが……。


「じゃが、些か頭が硬くなってしもうたか。老いるのは何とも嫌なものじゃのう。なぁガンドレ」

「例え肉体が老いようとも、信念が朽ちることはありません。フォーミラー様」


 隊長はガンドレというらしい。というか、フォーミラー様って……アドルフの事? 何気に様付けだし……。


「なッ!? あのフォーミラー様だと言うのかッ!?」

「まさかこのご老人が!?」

「おいおい、マジかよ!? シャレになんねぇって、この御方に剣を向けるなんてよ!」


 途端にざわつく騎士たち。もしかして……アドルフって有名人?


「えぇ!? アドルフさんってフォーミラー様だったんですかっ!?」


 あれ、なんかソフィまで驚いちゃってるよ。一体どうなってんの?


「えっと……ソフィ、アドルフってそんなに有名なの?」


 そっと小声で訊くと、ソフィはバッと勢いよく俺の方に向き直ると、興奮気味に言う。


「リュウヤさん、知らないんですかっ!? あのフォーミラー様ですよっ!? 半世紀前に魔王を討伐した勇者一行。その中の一人、灼熱の業火をいとも巧みに操った大魔術師――」

「――通称“炎帝”。今でも貴方の武勇は、国内で広く語り継がれていますよ、フォーミラー様」


 ソフィの言葉を引き継いでガンドレがそう続けた。


 え? アドルフが魔王討伐の功労者……なの……?


 アドルフは、肯定も否定もしない代わりに、頭を掻き照れていた。何だよ、その初な反応は。


 とにもかくにも驚きだ。凄い魔術師だとは思っていたけど、まさか魔王を討伐しちゃっているとは考えてもみなかったよ。普段の様子では、全くそんな素振りを見せていなかったし。


 湧き上がる歓声。高揚する空気感。その場にいた誰もが尊敬の眼差しをアドルフに注いでいた。……ただ一人を除いて。


「ただ……私は知っていますよ。その栄光なる武勇に隠された裏側を。私もその当事者の一人ですから」


 アドルフを見詰めるガンドレの瞳には、言い知れぬ深い闇が揺らめいているかのようだった。



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