↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/21

第20話 ~シュウの暇な日~

トイレで新聞を読むと安心しませんか? ~シュウ~

帝都で皇帝(アルバイター)(某赤毛魔女がこいつの“お小遣い”を時給制にした。『え? 最低自給何それおいしいの?』状態で働いているので、抵抗らしい抵抗はしなかった)に、会って結果の報告と、事情を話した。もうだいぶ前から

「そうか」

その一言を言って椅子から立ち上がり、棚から何か持ち出してきた。

「ずっと渡そうと思っていたんだが、これを受け取ってくれ」

「この金の指輪は? なんだ? お、俺には妻が――」

「だまれ幸せボケが」

どんびきする俺にエドは顔を引きつらせながらも自制した。

「イェレートの歯から作った指輪らしい。博物館倉庫に埋まっているよりは、博物館館長でゴブリン族のリャジョフが是非とも貴様にと言っていた」

え?

「これを着けられる程の人間じゃないぞ……俺は」

「指に着けなくて良いから持っていろ。いつかそれを着けてもおかしくない人間になれるまで」

有無を言わさぬエドの目よりも、指輪の重みで汗が滴る。

「……お、おうともさぁ」

とんでもない難題(プレッシャー)である。“らしい”だと!?  確信犯め!?

妻から「子供、できませんねぇ」とプレッシャーをかけられつつ、攻略された隣国や他国からの避難民の流入に対処しつつ、さらに翌年までの時間が駆け足で過ぎ去った。もちろん、エドから「もう良いんじゃないか?」と急かされたのは言うまでも無い。

そして、エドの治世3年目の夏、嫁が太陽を浴びてか知らないが、やたらと元気になる季節が来た。俺の家で食事(やさい)を平らげたにも関わらず、「貴様……いつもこの食事か?」と嫁の居ない所で不必要に慰めてきた時、報告が舞い込んできた。

「アヴァリスでいくつかの部族が蜂起した模様です」

と。

エドはフォークを剣に持ち替え(早過ぎだ!)、俺は今がその時期だと一気にお茶を飲みほせなかった。目の前にあるのが嫁の健康茶である事を忘れて一気に口に含み――それというのも香りだけは良い為で――咳き込む事になった。

「止めろよ。幸先悪いな」

わるい。

「今月のバイト代で食事でもおごってくれよ」

「駄目だ。未来の嫁に使う」

「お前まだ相手がいな――」

「それを探すんだろうが! 俺の時間を仕事で塗りつぶしやがってからに! ええ!」

その先はひたすら愚痴となり、嫁から『もったいない』と嘆かれつつお茶の2杯目を受け取らされ、いつもと立ち位置が逆だと思うシュウであった。

「って何無理やり終わらす感じにしてんだ!?」


駄目声(さくしゃ):疲れたからです。


「……なら書かなきゃいいのに」


 この翌日、かねてから用意していた計画に従い、各地でヒトを中心とした神権政治を敷くアヴァリスへの侵攻を国内各地で布告し、大動員令が発令された。

「演説は俺の出番だな。任せろ」

「任せた」

と、ある意味偏った仕事をエドがこなす間、いつの間にか首になった事など無かったかのように侵攻計画の打ち合わせに参加する事となった。もう数年前から千以上の作戦案を検討してきて決まったのだから、俺を呼ばなくても良いじゃないか。嫁とゆっくり子づ――

「何を言っている。貴様も来るんだぞ」

の一言は、俺の人生計画(しあわせ)をもぎ取った。

「俺が居なくても勝てるだろ!」

の声は、軍、政、民、商、つまり妻以外の全てから却下された。ところで、本作戦には前線に女を連れて行かない方針でいくので、今回は嫁が留守番である。「後方に居たら飛んでくる事が明白」であるとしてソン氏が後方に居る事すらも却下し、どうやったのか知らないが説得もしてくれたおかげで、げっそりとやつれる事も無く準備に専念できた。ただエドの隣に居ただけだが……。あまりにも暇なので嫁にプレゼントする指輪を用意する事にした。タイミングの計算に手間取っていて、この間ようやく計算が終了した。元々天文学と農相の合いの子でやるはずの仕事だけれど、計算のチェックを頼まれていた。

かくして、海路から陸戦隊含む1万、陸路から各部隊合わせて合計15万の軍が動員された。手始めに、これまで幾度も戦火を交えてきた、ある意味で因縁ある元ネミス帝国の地へと侵攻を開始した。その初戦である海戦では、記述する意味も無い程に圧勝した。一説には、数百隻のアヴァリス船が、これまでの海戦同様に衝角攻撃から、接舷戦闘へと移ろうとしてきたらしいが、某海戦よろしく、銃砲火器類の技術力に勝る我が方の速射砲によって、接近した船が片っ端から沈められたらしい。やはり武装商船では生粋の軍船には近寄る事もできなかったか。あの王女に礼の一つでも――手紙にしよう。何を言われるか、怖い。一説によれば、その軍を率いていた指揮官はあまりに一方的な戦闘に「なぎ払えええええ!」と言ったとか言わないとか。船は技術力が物を言うため、当然と言えば当然である。安くてそこそこの武器よりも、高くても良質な代物に乗りたいものだ。

 余談だが、拿捕した敵船の装甲は、それは見事な物だった。有効射程1kmを誇る徹甲弾が200m以下でないと有効弾を与えられなかったのも頷けた。報告によると、強力な防護魔法と強化魔法を複雑に組み合わせて掛けられており、素材自体の強度があれば良い戦いどころかこちらが負けていた事は明白であった。

 それはさておき、海上優勢(それでも敵はわらわらといて“優勢”にとどまった)を得た所で、補給の不安が解消された。国内道路網はそれなりに整備されているが、他国は別だ。懸架装置(サスペンション)や、オークたちが好んで使うゴム技術が無くては、補給物資を他国に依存できない我が軍は他国での作戦など不可能だった。したがって、海上からの補給があれば安心できる。

ちなみに、ゴムの木を傷つけて血(ゴム)を取る光景は、妻に見せられたものではない。我が家の“超”極秘事項の一つだ。この間島から連れ出してきた執事のジョセフによる、厳重な情報統制によって今の所は何とかなっている。流石だジョセフ、ありがとうジョセフ。笑わず、話さず、逆らわず、の3点セットがそろった究極の執事だ。いつか彼に記念碑でも建てるべきか? 数匹の毒蜘蛛やらムカデを肩に乗せて歩く妻(エルフ)を怒らせたくない。他にもう一人、紹介した仕事先でセクハラにあって出戻って来た猫族の女の子を使用人として雇った(集めてきた本を泣く泣く売り払った。図書館に……二束三文で……ショボン)のだが、妻の機嫌が激烈に悪化した。その時の事だ。不用意に近づいてムカデに噛まれたが、死なない代わりに、あれ、猛烈に痛い。傷口が開いて妻が慌てる程に……技術部は早く代用品を見つけてくれないだろうか。ばれたらあんなもんじゃ済まな――おっと、妻が来たようだ。

 本題に戻ろう。敵はアヴァリス(ネミス)駐屯軍60万だ。この数に達すると、最早植民軍でもある。事実、植民が進んでいる。その数を合わせて考えると200万人にもなるだろうか。すでに植民してきた民間の彼らをどうするか、彼らが強奪した土地や建物をどうするか。そちらの方が問題であろう。多くはタダ良い暮らしを得ようとした、安く手に入れた土地や物が犠牲の上に成り立っている事を知らない、無知な大衆であろうから。この戦争を終わらせるまでは、おおよその目途が立っている。どう終わるかはともかく、終わっても問題が起きにくい条件は整えた。国力は数年前の12倍強に到達し、すでにアヴァリスの潜在国力を凌駕している。エドから“軍師”として招かれた集大成だ。剣を交える前から勝利は決定している。条件さえ良ければ人々を戦火に巻き込む必要もない。第2次大戦でのアメリカの様に。これから攻める国が破産しても、彼らに生産力が戻るまで持ちこたえさせる程度の援助を、国債抜きで軽くこなせる。これからは勝った先を考えなくては。敗戦した国の国債を買い、それを元に併合して徐々に法と条例の概念を浸透させつつ、国民意識を変化させ、エドのさらなる遠征に備えさせなくてはならない。まるでアレクサンドロス大王や、かのローマの様ではないか。無限に続く膨張、拡張……そうなったら……妻の元に帰れるのだろうかと、不安になる。いつかエドと敵対するのではないだろうか。ともかく、国家100年の計では、すでに短すぎる。自分が生きられる限界程度の考えで済ます訳にはいかない。出来上がった国を無様に崩壊させ、分裂させる訳にはいかない。統治能力の限界より先を行く進化をさせなくてはならない。新たな意識や思想が入るようにし、それでいながら急激な変化をせずに済むようにしなくてはならない。妻の為にも、最低限、世界1000年の計を練らなくては。ヒトの英雄達の様に、“自分の生きている間にできる事をする”考えは時代遅れだろう。いや、時代遅れにしなくてはならない。そう考える人材が育つ土壌を作り、人々の考えを徐々に変える条件を整える。常に進化した考えを。多面体を全方向から見られる人材を。上昇を止めないモラルを。それこそが俺の目標であり、目的である。

「……とんだ大事業に手を染めたもんだ」

「喜べ、これが終わったら貴様においしい鮭をおごろう」

エドが居なくてはそれも不可能だったが、それにしても

「エド、大分安上がりじゃないか」

もう少し感謝してくれても良いんじゃないか。歴史上の大軍師(いちりゅう)達の様に。

「安上がりで助かるよ」

はぁ。とため息をつくと、エドが髪を風になでさせながら肩をポンポンと叩く。しょうがない。とりあえず、2人で目の前の戦争を処理しようか。兵力を活かすために大高原に布陣した、目の前に広がる40万の軍隊を。手持ちの主力5万で。

主力としてエドの率いる南部方面5万が海軍とその陸戦隊から援護を受けて、主力として強攻をかける。ソン将軍率いる北部方面軍の4万は、ジュゼッペ山脈を迂回して元バードック共和国からの援軍を阻止しに向かった。あの人なら過不足なくやり遂げてくれるはずだ。むやみに大勝して、逃げた部隊が他方面の意外な場所に動かれては困る。統率の無い軍隊は、民間の犠牲が増えるだけなのでできれば発生させたくない。と、会議で満場一致している。自国に逃げながらゲリラまがいの略奪や殺戮を繰り広げられたら、今後の国民同士に憎しみが広がり続けるから。テロ合戦など最悪の極みだ。これに、難局に強いマルス将軍率いる1万の独立部隊を途中拠点用に付けた。中央の河川を渡河しつつ、平原を抜ける必要のある中央軍3万は、機動戦と軍の移動に適性のあるヴェイド将軍が率いている。後方部隊には元貴族ながら身分差別を嫌う、老練のグレイ将軍を筆頭に幾人かの軍官僚を基軸とした2万の軍隊を置いてある。彼なら遠征経験も多い為、占領地行政と補給と救援のごった煮に耐えてくれるだろう。それに、俺がやろうとしたら妻が“キレ”そうで怖い。後方には、男が必要とする“あの”施設が必要であるから。亀の甲より歳の考(こう)……行(こう)……功(こう)……光(こう)……香(こう)……失礼(すみません)。その補給元を抑えるのは、俺の魔法理論をあっという間に吸収してさらに性格に拍車がかかった赤毛の魔女(フィアー)と、フィリッポス女史らの女性群だ。軍と言っても良いだろう。あの人らが率いる女官は全員、軍隊並みに戦闘訓練を積んでいる。特に、肉体的には男の方が強いため、魔法の習得に力を入れたらしく、下手な軍隊以上の魔法習得率だ。原理を解明して、誰でも簡単に魔法を使えるようにした俺が原因か? 他にもボルゴノフさんが予備役兵を鍛え上げている。同じ位の歳の者が多いので、やりやすいと言ったとか言わないとか。

「あー、しゃべった」

「突然にどうした?」

馬上で太陽にその黄金(かみ)を輝かせてイケ面顔(づら)している皇帝(エド)は、背が高いために俺を見下してきて相変わらず腹立つわー、こいつー。

「お前なら細かい説明なんぞ不要なのにな」

それだけは長所として認めてやろう。いちいち下級指揮官から理由を問われる皇帝顧問軍師様(パシリ)の俺としては、正直言ってやってられない。

「貴様、またしわが増えたな」

「やかましい。早く攻撃の合図を出せ」

肩をすくめて視線を戻すエド。

「怖い軍師様だ。おお怖い」

コイツ、変な噂でも流してやろうか。いや、イケ面だからむしろ親しみを持てると受け取られて逆効果か。なんてチー――

「第1師団以外の各師団に『詳細は任せるから派手にやれ』と伝えろ」

と、そしてニヤリ顔もなんてジャ○ーズ! いや! それに某ひろし級のダンディズム!

「おい」

「別に」

「だから……ったく、どっちも嫉妬深いな。取らないから安心していいぞ」

「じゃぁ、あの時はなんだったんだ? 誘ったのはお前だろう」

「あの時は貴様にチェスで勝てる方法を」

「男女二人っきりでか?」

「そうだ」

「夜に?」

「そうだ」

「……」

「本当だって!」

「……」

「信じろよ!」

「……」

そんな会話をしている内に部隊の展開が終わった。向こうもほぼ同時に終わったようだ。あいつら、俺達より先に戦場に着いた割に……。こちらは敵を北極星の位置に置いたカシオペア座の陣形をとり、左翼部隊の後方、少し高台になった場所に本陣を置いている。向こうは……

「なんだ? あの陣形は?」

エドの問いに答える。

「数を活かそうとした各翼の陣形……のつもりなのだろうな」

兵法書をかじっただけで陣を敷くから、兵法を間違って覚えるやつらが増える。目の前には、あからさまに“く”の字の頂点に本陣を置いて、こちらを押し包む動きをする大部隊、いや、大舞台が広がっていた。

「エド……少しお茶しないか」

「そうだな」

これなら俺達が手を下すまでも無い。あの位置なら確かに本陣は安全だが、全体指揮などほぼ取れない。


 バルトの悪魔どもはW字の陣形を取っている。押し包んで勝つのが上策だろう。そう、アヴァリス軍駐屯部隊ネミス方面指揮官という長い肩書を持つエルウィン枢機卿は考えていた。彼は圧倒的な兵力を高速で運用し、元々ヒト族が主流を占めて戦意が不足していたネミスをわずか2週間で降伏させた司令官である。抵抗した軍隊は、幽霊にも例えられる彼の神出鬼没の軍隊によって分断され、押しつぶされていた。隣でもたつくバードック共和国攻略軍に対して「遅い」と一喝した事でも知られる。本来なら歴戦の猛将と言っても良い司令官だったが、実力と教皇に対しての忠誠のみでのし上がったに近い経歴であったため、前線に出て陣頭指揮を取る人物でもあった。

「鶴翼の陣を取る。配置はここからここまでをカインの隊から――」


部隊の配置は確かに教科書通りだが、足し算の意味を知らずして足し算の答えを暗記するのと同じ布陣だ。バルト軍第2師団、つまり全体の最左翼に位置する師団長ネロはそう考えた。

「削り取っていくか」

彼の率いる部隊の突進から戦闘は開始された。確かに彼の急な動きに追随できるなら、それも良かっただろう。


 中央第3師団では、師団長ヨシズ・メハマメが隣の師団規模の動きに驚き叫ぶ。

「そこで出すか!? 待てよ! 火が十分に通じるまで待てよ! 火を通してくれよ!」

この場合、移動が難しい重火砲による攻撃で敵を痛めつけ、敵が疲弊した状況で攻撃に移るのが定石だ。隣で補佐する参謀がたしなめる。

「閣下、その言葉が周囲に伝わったらどうなりますか?」

諦めた様に首を振り、

「……そうだな。よし。もう、あいつの暴走にはうんざりだ。しりぬぐいも今回で終わりだ。伍長、後方の第12師団に連絡して、穴を埋めさせてくれ……」

第3師団は第2師団との共同攻撃も、かといって見捨てる事もせず、彼らの退路を確保する位置に移動し始めた。自部隊の場所が最激戦区となるであろう事態に、「どうせ今更いっても間に合わないから……」と諦めた口調でヨシズ少将は愚痴っていた。その愚痴を聞いても誰も言葉をかけないのが、彼の下で丸1年間訓練に励んできた第3師団クオリティであろう。


対するアヴァリスのエルウィン枢機卿は急速に動き出したバルト左翼軍が動き出したのを見て、右翼を伸ばして。突出してきた部隊を押し包もうと陣形を変化させる指示を出した。ただ、バルトの軍勢は、彼がこれまでの常識で考えられる速度で動かなかった。


 「急げ急げ!」突出したバルト第2師団は、重装備を置き去りにして、歩兵ながら風の速度で移動していた。テンションの上がった師団長は叫ぶ。

「うぉっほぅ! 早い! あいつらに酒でも奢らないとなぁ!」

ようやく一個師団分の実戦配備ができた新型靴の影響だった。移動を補助する魔法靴を配備した事で、通常では考えられない速度で無人の戦場を駆けぬける真紅一色の歩兵部隊。地鳴りもさせず、ただ静かに、従来の軽騎兵に匹敵する速度で迫るその光景は、血の海が迫りくるのに等しい光景を描きだす。そのやや後方に、彼ら程ではないものの、小さな砲を引きながらそれに追従する第3師団の姿があった。こちらは派手さの無い迷彩柄の服装である。

「余計に戦死者の家族へ手紙を書きたくないが」

ため息をつくこちらは、対照的に師団長のテンションが下がり、ひたすらに愚痴っていた。同時に、後方のシュウも愚痴っていた。

「おいおい……第2師団長は俺達に楽をさせる気は無いらしいぞ」

「良かった! 俺にも出番が来そうだな!」

本人も戦う機会ができた事に皇帝のテンションは上がり、「どう戦死者を減らしたものか」キルレシオは上がるが、全体の戦死者が増える事態にシュウのテンションは下がる。場所も考える事も異なるが、テンションのコントラストは等しかった。

「第1師団も戦闘準備だ! あと20「16分だ」16分後に戦闘に入る!」

エドは第1師団長のジョンに謝罪した後、予備隊や輜重部隊、独立大隊の配置を指示し始めた。シュウはエドの指示に時折口を挿みながら、妻に持たされた薬湯を不味そうに飲んでいた。


 バルト遠征軍総指揮所と第1師団がてんやわんやしている中、アヴァリス軍の伸ばした右翼は無様に突破されつつあった。右翼の中でも後方に位置する部隊の指揮官がヒステリックに叫ぶ。

「なんだ! あの速さは!」

まだ移動途上で第2師団の突撃を受けて悲鳴を上げる。彼らの少し手前で、第2師団は後方に陣形を乱しながら続く第3師団を引き離す驚異的な加速をした。彼らの速度は、その驚嘆すべき加速まで、歩行のレベルだったからだ。彼らの接近に伴ってアヴァリス軍の右翼前方の部隊が動きを止め、戦闘準備をし始める。第1師団の騎兵指揮官は嘲笑(あざわら)った。

「遅い」

紅の布地の上に金属の胸甲を着けた騎兵が銃弾並みの加速を見せ、風を追い抜き小さな槍を振りかぶってほとんどいきなり目の前に現れた。戦闘態勢を取ったアヴァリスの兵たちが、いつの間にか胸を貫いた槍を見て唖然としている所に、バルトの騎兵が突っ込んできた。この一瞬で魔法と矢の応酬は省略され、せっかくの盾も使われず、矢とは桁の違う威力と貫徹力を誇る槍が前衛の、アヴァリス自慢の重装備を打ち砕いた。

「右翼の連中は何をしている!」

エルウィン枢機卿は事態の急変に絶叫した。異教徒と亜人たちから奪った命と技術で、これまでの鎧より物理的に強固に、より魔法に抵抗できる自慢の鎧が一瞬で打ち砕かれたからだ。それに、前衛は最も重装備であったのではなかったか。小さな銃弾程度は受け止め、弾き返し、生半可な魔法では吸収すらできる鎧ではなかったか。自信の混乱を鎮めると、彼は指示を出した。

「右翼に援軍を。ファル、ゥリヴァス、ライオネルを援軍に向かわせろ……彼らに持ちこたえてもらっている間にアレを出す」

真っ白な色に全てを統一した魔法部隊が、色に不釣り合いな魔法陣を描き始めた。


双方の主力がぶつかり合う戦場外でも、偵察隊同士が戦場を見渡せる観測地点を奪い合っていた。そんな中、一時的に敵陣近くまで奇跡的に進出できた部隊が情報を持ち帰った。バルト軍偵察隊の魔法兵が、アヴァリス軍後方より未知の魔力が構成されるのを確認した。魔法を用いた発光信号のリレーにより、ほぼ即時にバルト総指揮所まで報告が届く。指向性を持つ光は、魔法を用いると簡単に作れた。その報告にエドは特に興味を示さず、シュウはいつもより“きつめ”の薬湯を飲んでフラフラになっていて対処不能だった。


 戦場では部隊の間隙を抜けて突進を続ける第2師団が、風と混乱と死をまき散らしていた。

「抵抗が少な過ぎる。部隊をまとめるか」

第2師団では突破寸前に到着した援軍の抵抗が本気ではないのに気が付いた。師団長のネロは即座に突破をあきらめ、前後に伸びた部隊をまとめる為の後退を始めた。アヴァリス軍には追撃できる程の速度を持つ部隊は無く、勝っている内に整然と後退をした為後退に伴う被害はゼロだった。第2師団を追いかけてきた第3師団もその場に柵を立て、胸壁を盛り、重砲を備えて試射し、各部隊を戦闘隊形に展開して迎撃戦闘の準備を整え始めた。

「第2師団でも突破ならずか。島嶼状防御戦術で守るしかないかな?」

家庭内のアレによって鍛え上げられた第6感が、ヘヴィーな反撃が来ると警告していた。

「まぁ家に居るよりは安全だろう」

笑うに笑えない悲しい響きの呟きが、周りの緊張感を削いだ。


 アヴァリス軍では、静かな左翼からいくつか部隊を引き抜き、右翼に回して反撃の用意を整えていた。

「どうしたものか?」

エルウィン枢機卿は反撃の時(タイミング)を計りかねていた。小競り合いの段階で切り札を投入せざるを得なくなったが、それが今では投入しなくてもよくなっていた。宗教家の指揮官に決断できるか、それがどんな選択かを部下たちは見ていた。傭兵達を部下に持つ指揮官には重大な決断だった。

「不本意だが投入しよう。傭兵だけ危険にさらしてはまずい」

体が資本である彼らの信用を失い、危機を防いだ功績を契約料上乗せの材料とするだろう。増長して言う事を聞かなくなる。むしろ実力を見せつけるべきだ。

「番犬部隊を投入せよ」

大型の魔法陣から首が二つある獣が召喚され、次々にバルト第2師団へと襲いかかっていった。俗にケルベロスと呼ばれる獣である。数百匹が第2師団へと襲いかかり、同時に、アヴァリス全軍が反撃に動き始めた。


 最初に受けて立つ第2師団は交互後退によって部隊をゆるゆると下げていた。後退の方向はバルト左翼方向である。

「重火器が役に立つとは」

近接戦闘が好みの指揮官であるネロとしては、銃火器の使用は不本意だった。しかし体長10メートル以上で固い体毛を纏った猛犬に対しては、部下たちにリーチと威力に劣る剣で挑ませる気にはならない。目の前で半分に千切れたドワーフ達が宙を舞っていた。

「その銃も対装甲銃以外は効果が薄いな」

“肩と引き換えに撃つ銃”と呼ばれ嫌われていた銃だが、この戦闘でその役割が見直された。嫌われ者なのは相変わらずだったが。その銃でさえも十数発撃ち込まないと倒れない怪物相手とあっては、苦戦は仕方がなかった。付け加えるなら、第2師団は重い砲の部類である高初速の砲を持たないことも原因で、それを彼らは理解していた。

必然的に“ヘヴィー”なケルベロスとそれを援護する騎兵たちを引き受ける事となったのは、第3師団の面々であった。アヴァリスのケルベロス部隊は第3師団前面を斜めに横切る形に撤退していく第2師団を追いかける。そして中途半端に効果的な銃砲火を浴びせられた。獣とヒトの混成軍は逃げる第2師団ではなく、攻撃してくる第3師団へと牙を向け直す。獣が襲いかかると、銃砲火も用意した陣地帯も役に立たず突破されるかの様に見えた。各所でケルベロスが防御の弱い個所を見つけ防御“線”を突破していく。それに続く援護の騎兵隊。

「俺達の知る獣はもっとすごい」

師団長の家へ度胸試しに行った事のある第2師団の面々は、余裕のよっちゃ――いや、難でもない。

陣地帯を突破しつつあると見えた部隊は、硝煙と土埃の中でなぎ倒されていった。前からも横からも飛んでくる十字砲火が援護の騎兵をなぎ倒す。援護が無くなり騎兵が居なくなり弓、魔法の援護が無くなったケルベロスにやすやすと接近する砲兵隊。総司令部から派遣された独立重砲大隊も加わり、高初速砲の直射がケルベロスの腹部に穴を開け、頭をたたき割る。アヴァリスの切り札は、一つの陣地を大きな犠牲を払って蹂躙したかと思うと、その周囲の陣地帯から一方的に攻撃されるといったありさまだった。その陣地を攻撃しても、先に陣地から逃げ出したはずの人員が後方に用意してある陣地から射撃を加えてきた。


切り札として投入したはずの召喚獣(ケルベロス)があっさりとなぎ払われ、地上に火と血の海が現出した。その情景はアヴァリス軍の戦意を奪っていった。

「これからは銃の時代か?」

エルウィン枢機卿はそう述べ、軍に退却用意を指示した。その頃には全戦線で戦闘が行われていた。アヴァリス軍がバルト軍を押し包む形でありながら、戦況は一進一退を繰り返していた。アヴァリスはほぼ完全に余力を保ちながら悠然と後退し、バルト軍に付け入る隙を与えず部隊をまとめて退却していった。アヴァリス軍をあえて追う指揮官はバルト軍にはいなかった。アヴァリス軍の後を偵察隊が追跡し、軍主力は負傷者と死者への対処に移っていた。ちなみに今回の戦闘でシュウが行った事と言えば、木の上に登って下りられなくなった猫を助け出しただけである。国民軍の創設と国政の安定、国力の増強、技術革新への道を作り出して人材を拾い育てあげた結果、彼のする事は無くなっていた。特に助言が要らない場面では、戦闘の役に立たないシュウはむしろ邪魔者であり、怯える猫の対処位しかする事がなかった。助け出したのは良いが、自身の体の事を無視していたために木から落ちて骨を折り直したのは御愛嬌である。

「ほんと、たいした連中だよ俺達は。簡単に数千人も死なせるなんて……猫一匹助けるだけで精いっぱいなのにな」

木をあてがわれ包帯を巻かれながらシュウは一人ごちていた。

「海兵隊は上手い事やってくれたかな? あ~あ。早く戦争終わらないかなぁ。人種差別の撤廃だけでも良いんだ。それだけで良いんだ。言葉で交渉しようよ。少しずつでもいいからさ。なんだったら歌でも良いいててて」

「は~い、じっとしてて下さ~い」


 撤退するアヴァリス軍上層部は驚愕していた。3万の兵員が守っていたはずの後方拠点は、バルト軍によって奪われていた。この後方拠点を抜けないとアヴァリス本国へは行けない。道の後ろからバルト軍が迫っていた。エルウィン枢機卿を筆頭とした教団関係者は徹底抗戦を叫んだ。一部の狂信者が火薬を体に巻いた特攻作戦を強行しようとしたが、多くは一般の兵たちに取り押さえられた。すでに旧ネミス帝国内に家族と土地を持ち、平穏な生活を手にしていたアヴァリスからの移民達は、教団の為に死ぬ気は無かった。宗教的熱狂によって安定した生活を手に入れた彼らは、今度は生活を守るためにそれを捨てる選択をした。『これまでの略奪や殺人を不問にし、今の生活に介入しない』というバルトからのプロパガンダが最後のひと押しとなり、現在では移民してきたヒトから構成されるアヴァリスのネミス駐屯軍兵士は先を争って投降した。教団関係者は捕縛すらされず無視された。シュウが「捕まえても殺しても始末に困る」と“煮ても焼いても食えない”やつらは無視しようと提案したせいである。

鉄条網で体を洗うと恐れられるバルト海兵隊が処理したおかげで、人種間の反感による報復行動はこの場では抑えられた。問題はこの後だろう。人々は復讐心を満足させるため、彼ら教団関係者は犠牲の羊となるだろう。『教団の一部の指導層が煽ったせいだ』と単純に解決できる問題ではないが、そうせざるを得ない。感情とは非常に厄介な物である。「まるでGHQじゃないか」そうシュウは苦笑する。教団の中にも人種差別に反感を持ったヒトもいる。出身国の、宗教の集団ヒステリーのせいで彼らの様な立派な人達もが嫌われてしまうのが惜しい。そんなことを、妻に送る手紙に綴っていた。

「もっとロマンチックな何かを書いたらどうだ?」

近くを通りかかった偵察隊の軍曹に指摘され、シュウは慌てて2枚目を書き始めた。


~ヨシズ少将とシュウの愚痴タイム~

これは、戦勝後における犒軍中の一コマである。シュウは酒を前にくだを巻いていた。それを聞く大人なヨシズ氏の一幕……のはずだった。最初は二人でチェスをしながらだった。

「ところで、古い話だが、なぜ宰相職を退いた? これまでの功績と引き換えに謹慎ぐらいで済んだと思ったが」

「そう言っていただけるのはありがたいですが、アレでも最善の策だったのです」

「ほう。理由は?」

「一には法の絶対化、二には君主権力の保証、三には不要になった官僚達の一掃です」

ナイトをポーンで取る。

「まぁ、エドが皇帝なので二の意味は半減していますが、今後を考えると必要です。人気や功績が莫大なナンバー2が増長し、君主(じんじ)権力(かいにゅう)が、無力化されては、権力の刷新が起こらなくなる恐れがあります。それに伴って起きる君主の権力奪還(しゅくせい)を目的とした私的制裁も防げます」

「……」

「法は道具です。使う人によって善にも悪にも使えます。しかし、人を支配する為の権力機構に伴う法には、個人的な介入はむしろ社会に混乱を来たすモノでしかありません。それを避けるためには、それぞれの官が職と法に厳格である必要があります。特に、多くの文化と思想が共存する我が国では、法以外に頼れるものは今の所ありません。ですから、既存の貴族階級に属する保守派、つまり一時的な社会の混乱を避けるために実績と経験を買って雇った官僚達を一掃する必要がありました。これまで法を勝手に解釈し、独占的に利用してきた貴族、名士を代表とする旧知識階級は、法の厳格な執行に対する邪魔者でしかありません」

「法の絶対化が狙いか? 危険すぎやしないか? とんでもない法律ができたらどうする。“犬は偉い生き物だから尊ばなければならない”なんて法律ができたら洒落にならないと思うが? 先々代の“動物愛護法騒動”の時みたいに、法の誤解と不正使用は常につきまとうだろう」

「そのために法に従う人たちの道徳を向上させる為の教育も普及させているんです。基本法どころか、自国の憲法や新しくできた法を知らない国民がほとんどですし。鋏の切れ味を良くするのも大切ですが、使う人間の方も同時に良くして対処するしかありません。人の良識が無くなった時に法制度は崩壊するでしょう。別にそうなったらなったで良いっちゃあいいんですけど。どうせ国があろうが無かろうがそうなったら社会は混乱するでしょう。法は社会的理性の最後の砦ですから。……混乱しないための何か良い策は無いですかね」

「知らん。俺は軍人だ」

「あ、そうきますか。なら13手以内に勝たせていただきます。そうやって“俺は知らない”とか“解るように言え”とか国民が言っている意識を改革しないと、今俺達がやっている事は早々に無駄になります……が?」

シュウのポーンが取られるが、中央はシュウが優勢になった。

「ならいつか君の領域に到達できるように、勉強しておく事にするよ」

「政治の仕事はたったの一言で大勢の人の命と暮らしに影響を与えますから。それが怖くて学んだだけです。学ぶのに時間を割きすぎて、事前にやり取りが決められている議場や委員会では結構寝てしまいましたが……」

「そこら辺は優秀な部下の俺達がカバーしているから、そう気に病むな」

「しかし――」

「解っているなら次を考えろ。そして、今はゆっくりと休め。先輩からの忠告だ。いいな」

「はい」

先輩後輩の立場はあっても、二人とも自己の得意・不得意を正確に認識していた。そして、その認識は相手への尊敬と、自己の成長に繋がっていた。この時代が“英雄の時代”と非公式ながら呼ばれる事となったのは、彼らの様に相手の長所や知識を貪欲に吸収する人物が多かった為だろう。そしてその社会情勢を作ったのは、野心家やより能力の高い人物による下剋上を奨励したエドワードの父と、新興勢力である教皇庁によるものであった。敵対的な二つの勢力が無意識に歴史的な協力をしたのを、歴史の皮肉とする学者は後を絶たない。

そして話題は他愛のない話しに移り、次第にだらけて愚痴っぽくなり、最終的には『妻の話』に移った。

「それでシュウは何が不満なんだ。俺には何一つ欠点が無い様に思えるよ」

「そうでもないんです」

シュウは首を振ってそれに答える。

「とんでもなく嫉妬深くて、アレが所謂ヤンデレってやつなのか……」

一口飲んで話しを続ける。

「例えば、彼女が起きた時に側に居ないとどこまでも追い駆けてくるんです」

「可愛いじゃないか。贅沢な不満だな」

『まぁ聞いて下さい』と身振りで示す。

「トイレの戸を壊して飛び込んで来るんです……力(りき)んでいる時に」

「それぐらいは許容範囲だ」

「それに、妙齢の女性なら誰でも警戒するんです」

「まだ可愛いじゃないか」

開けたばかりのアルコール度40%もある酒(一本目)は、早くも瓶の半分以上が空になっていた。

「職場の仲間すら家に招けないんですよ」

「ああ、そりゃぁ、仕方がない」

「……詳しく説明していただけますか?」

ジト目になるシュウ。

「え、ほら、シュウは顔が良いし」「可愛いって言いたいんですね」

「――ああ」

一本目を空にして二本目に移った。

先輩君(ヨシズ)は、酒瓶から後輩君(シュウ)に酒を注ぎながら問う。

「他には」

「アルマさんが家の庭に危ない植物を沢山植え始めてしまって、彼女が留守の時は家の出入りが難しいんです」

「たかが草――」

「食人花や毒草が普通の雑草に混ざって存在しているんですよ!」

「しょ――」

「それに合わせて毒虫も住まわせ始めて……近所の子供にも危険が及ぶから止める様に注意しているんですけど、彼女が居る限り大丈夫って、俺に変な虫がつくより良いんだって、むしろ増やしていくありさまで……家の中をムカデやアリが巡回してて……まぁ今の所危険は無いので良いんですが」

「別に命に別条は無いんだろう?」

「今ではエドすら尋ねてくるのに妻の許可が必要になってしまって、休みの日は外出だって彼女の許可が……ぅぅ。網戸代わりに毒蜘蛛の巣ってなんでですかねぇ。最近は鉄格子に見えてきました……ぅぅぅ」

「泣け泣け。今は泣け。ところで、止めさせられる人はいないのか」

「彼女の評判が良すぎて、評判の悪い俺の話を聞いてくれる人はほとんどいませんし」

ヒック

「い、今はそんなに悪くないぞ」

「道行く子供に『おねぇちゃんをいぢめるな』って蹴飛ばされたり」

「子供の力なら――」

「石投げられたり」

「シュウなら避けら――」

「木の上から自主規制(ピー)が降ってきたり」

「……」

グスッ

「街中で自主規制(ピー)入りの瓶が飛んできたり」

「……」

「迷子だと思っていたら真正面から股間に頭突きされた事も……もう……一個しかないのに……痛みに耐えつつ帰ると、そんな時に限ってアルマさんは恋愛小説を見せて感想を聞いてくるんです。『この先、どうなると思います』なんて期待した目で……『手をつないだまま寝る』って答えたら『そこは“抱く”所でしょう!』って不機嫌になるし、その前は逆の事を答えて『こんな女のどこが良いんですか』って不機嫌になるし」

肩をポンポンと“雑に”叩かれて慰められる。

「そうかそうか。シュウも大変だな」

そういった後すぐ、言葉をつないだ。皇帝(エド)に相談した時とは異なり、その観察眼は確かだった。

「確かに問題の多い妻だな……そうだな……エルフは定住型の種族だから、なるべく一人にせずに一緒に居てあげたら風当たりも弱まるんじゃないかと思う。が、どうだ?」

眼から竜鱗が落ちた気がした後輩(ヘタレ)であった。

「あぁ。そうか、そうですね。すみません。そうですね。それに――」

「そうだな」

不幸比べは二人とも嫌いだが、それは事情を知る者は誰でも認める真実である。

「少なくとも、妻の性格が良くて、一緒に生活していても生命の危機にさらされない。最高の妻じゃないか。偏食と言っていいが、栄養のバランスが良い美味い食事も食える」

………………そうですね。そう納得していないで、後輩君はフォローを入れようと思った。

「先輩の妻も美『一緒に生活してみるか?』……いえ」

思っただけでフォローにならなかった。なんて固いガードだ!?

「今ではあの美しさと無邪気な笑顔に恐怖を覚える。手紙に『早く帰ってきてくださいね(ハート)』なんて書かれていてみろ。『あなた~(音符)』なんて声出されてみろ。君の所ならそれは良い兆候だろうが、俺の所では恐怖以外の何物でもない」

駄目な後輩は娘さんの話題にしたらなごむのではないかととっさに思い、変えてみた。

「娘さん、いらっしゃいまし――」

ついにヨシズ少将が泣き始める。

「いざという時は娘を預かってくれないか? 妻も、君(しゅふ)の奥(かがみ)さんなら安心すると思うんだ。今、家が要塞状態なんだろう? 娘も安心だろうし……そうだ! 妻を教育するように頼んでみてくれないか!? 君の妻ならきっと……きっと……きっ……ぃっ」

後輩君は掛ける言葉を見つけられなかった。…………二人の夫は無言で、無機質な美しさを見せる月明かりと、それに照らされる無言で慰めてくれる夜露を相手に、酒を飲んだ。二人はトイレで一人きりになった時と同じ安堵を感じていた。

「「い、いや、普段は良い嫁なんだよ」?」

「最後、なんで疑問符なのかなぁ? ぁああ?」

「ひぎぃ」

いくら素人小説の中とは言っても、話の流れを無視して介入して来る作者と先輩の嫁だけは何とかして欲しいと思うシュウであった。


ボ*カレーはどう作ってもうまいんじゃなかったのか先生ぇ ~ヨシズ~

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。