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第19話 ~ゲート~

大戦前にのろけているんじゃないぞと突っ込みを入れる

 アドリアの西、アマゾンの北の海域に唯一神の教皇庁が所有する二つの島がある。教皇庁が有る聖ヨーク島と、そのすぐ南で数多くの聖堂と街が並ぶ聖サウロ島の二つだ。この二つの島で、教皇庁はある種の独立国家を形成している。神への貢献をした者のみに入国許可が与えられるはずが……免罪符等の発行により人口密度が高くなった。本来なら環境がずたぼろになるはずだが、諸国からの献上品で環境は悪化せずにすんでいた。しかし……周囲を神の敵バルト国に囲まれてしまい、敵国バルトと友好国アヴァリスの戦争によってこれまでの様にアヴァリスからの献上品が入ってこなくなった。各地に散らばる神父の聞く告悔で入る情報も。

「だとか考えているだろうな」

星空が綺麗に見えるこの季節、妻と半ば観光に来ている。二人きりの食事中にエドが突然やってきて「貴様が居ないと仕事が増える!」とキレ始め、その場で無理に私設秘書に任命された。皇帝も含めて公務員は私有財産の所持が禁止され、生活は全て国費で賄われている。どちらかと言えばボランティア団体の様な感じだ。なぜなら……出世しても給料は上がらない。必要な人材が自分の仕事をこなして、仕事が無くなったらさっさと辞めていく。人の出入りの激しい仕事だ。安定とは無縁である。それでも人材が集まるのは、この仕事が一種の名誉職であり、一流の人材の証である為だろう。エド曰く「やる気のないやつは要らん。出ていけ」……ったく、どこのサングラス髭親父だ。そんな訳で一番ハードな仕事である皇帝代理は誰もやりたがらないし、やりたいやつらの多くは能力的に不十分だ。適性が無いと言い換えようか。で、エドから便利屋アルバイト扱いで俺がパシられる事となった。もう少し、後2年、国が安定すればこの水準も引き下げられるだろう。早くそうなれ。軍事的にはあと1年で動かせる目途が立っているから。

「こんな事よりも貨幣経済の浸透による社会の収入差の是正を何とかしないといけないのだけれど……遺産相続を禁止して……(ぶつぶつ)」

「シュウさん、聞いていましたか?」

「いっそ法的に親と無関係である事にしようか。13歳までは各地の学校での共同生活にして……そうすれば食費も……いやしかしそのための財源維持と……(ぶつぶつ)」

「膝枕してあげますから頭を――(ぐいっ「いてて」)――貸して下さい」

「スイマセンキイテマセンデシタ」

「いいから、そのまま考えていて下さい」

……本当にごめんなさい。罪悪感で一敗もうダメです。

気を取り直して。

さて、今回の仕事だが、彼らから食料品や物資が不足したから援助をして欲しいとの事で、(敵対国であるために)非公式の交渉を任された。どうせ神の敵認定を外すとか何とか言って、あわよくば国教にしてもらおうとか考えているんだろう。エドも自分で戴冠したし、宗教には介入せずが基本方針だが、「島の人々(ヒト)が飢えている。同族としてほっておいていいのか」と聞いてくるだろうか。そう言われないために彼女が居るんだけれど。さて、差別の対象としているエルフに関して何と言うか。公的に中に入れれば譲歩する気が有る。秘密裏であれば交渉はするが譲歩はしない。追い返されれば――言うまでも無いだろう。他国の資源を寄進の名目でかすめ取り、税金対策に慈善事業に手を出し、それはそれはお金のかかった建物に住んでいる彼ら「選ばれた民」に救いの手を差し伸べる気は全くない。彼らの聖書にも有った――ええと――神は自らの肉を貧しきものに与えた――だっけ? 身銭を切らんかボケなすどもめ。清貧という言葉を知らないのか。給料分はもらっているとか……食後の一杯の酒なりなんなりを我慢した金を出せ。あの島に一体どれだけの美術品や宝石、芸術品その他もろもろがため込んであると思っているのか。人口密度も異常なんじゃぼけ。付近の海が汚れて逝っているのを。

「シュウさん?」

「……はい」

「ならいいです」

愚痴になり始めたのを叱られた。妻には洒落にならないぐらいどこまでもお見通しだ? エルフってそれが標準スタンダードですか?

 港に着くと、慌ただしくヒトが動き回り、出迎えのヒト現れた。さて、どう出るか?

「神の島へようこそ。シュウ・トレヴィル殿。私は国務省長官のバジル・ハートです。陛下の代理であられるシュウ殿のお相手をさせていただきます」

綺麗な会釈をされるので一応返しておく。指輪(?)にキスはしなくても良いみたいだ。しろと言われれば、碇を上げろと言った所である。

「高名なバジル猊下に出迎えていただけるとは光栄です。よろしく――」

この男、かなり有能だと聞いている。外交団にヒト以外の人間を用いている事を見抜いて、即座に本人と側近らしき人物が出てきた。周囲にヒト気が無いのもその影響だろう。島の中は情報以上に参っているのか? 贅沢は出来ないが生活には問題ない程度には物資の流入を許しているはずだが。

初日の交渉は難なく進んだ。予想通り決裂という形に向けてだが。その夜、外出が危険なアルマさんや外交団の連中を除いて、俺はバジル枢機卿と共に街を歩かせてもらった。

「この建物は何ですか」

「集中収容所ですよ。亜人バルバロイたちの労働の場所でもあります。中を覗いて行かれますか?」

初めて“中を見るか?”と聞かれた。恐らく見るべきなのだろう。罠かもしれないが、俺を嵌められる程の用意なら元々どうやったって逃げようも無いし、それはそれで教皇庁の非を問えるため問題ない。……アルマさん……もといアルマが心配だ。時々呼び捨てにしないと怒るので、なるべく呼び捨てにするように気を付けている。が、慣れない。

「ええ」

手短に答えると、中に案内された。

「ここは私の所有する建物でして、島には同様の建物がいくつも――」

その言い方だと“人間も”ですね。建物の工員たちは何らかの肉体労働をしているようだ。囚人の服装に、袖には番号が振られ、各種族の記号が入れ墨されている。

「この扉の向こうには働けなくなった物を焼却処分する建物が有り、その脇の穴には焼いた後の骨が埋められています」

この時代のアレか。これを防ぐために各種族間で協調していける法律を作り、偏見を踏みつぶすための教育制度を普及させ、奴隷に関しても生存権を確保したと言うのに。国外ではこの様だ。……アメリカの気持ちが解らんでもない。だが、もう少しだ。もう少しで……。

「いかがでしたか。お気に入りの囚人を見つけられましたら――なんでしたらお持ち帰りになられても結構です。持ち出しにはそれなりに用意が必要なので教会への寄進をお願いしますが――」

この男……そもそも教義ではヒト以外の種族との交わりを認めていない。さらにこういった施設を教えるだけでなく、彼らをより自由なバルトへ出国させようとしている。寄進は……関係者に渡す賄賂だろう。あまり人道的な人材が、まともな理性を持った人間が、上にも下にも居ない事を示唆している。それは解ってはいたけれど、その情報の対価を支払おうと思わせるに十分だった。

「アヴァリスに面白い男が居ましてね。皇子のソウ・アヴァリス殿なのですが、非常に信仰に篤く、騎士道精神あふれる男です。必ずや猊下が真の信仰を深める力になるでしょう」

彼は驚いたようだった。敵国に知り合いが居る事もそうだが、自分の他にも、味方の内に今の教会と信仰に疑問を持つ男が居た事に。それが意外な大物である事に。

「ありがとうございます」

合わせた目は、優しい、聖職者に相応しい目だった。対称的な険しい皺が目立つ。良い物見れた。生きてて良かった。気持ちのいい、本物の人物に会える時。上辺の人間性を語る人間ではない。苦しみながらも、理想を現実に近付けるのではなく、現実を理想に近づけられる、本当の意味での人間に会えた。俺が生を楽しめる唯一と言っても良い瞬間だ。……エドにきちんと報告しておこう。掃き溜めにも鶴が居たと。

「これで足りますか?」

アルマさんと樹氷を見に行く為のお金……。ごめんなさい。貯めたお金はまた泡のごとくに消えそうです。残りはエドからもらった給料で何とか――。

「これはこれは……即金ですか。十分でしょう。君、ここの物は全てこの方にお渡しする。移送の用意をさせる様、所長に言ってくれたまえ」

そう言って俺が出した袋をそのまま看守たちに賄賂として渡した。看守たちが何処かへと行く。俺が声をかける。

「残りは――」

「いやはや、流石に元宰相殿はお金持ちだ。これほどの額を寄進していただけるとは。どうでしょうか、祝福を受けていかれては?」

資金もとではあるらしい。

「他の場所にある施設の者たちはどうなのでしょう。浄財に値するでしょうか」

そう聞くと、至極残念そうな表情になった。

「他の場所は私の管轄ではありませんので」

できる範囲でも、確実に仕事をこなす。引き抜きたい衝動にかられたが、彼には教会を何とかする義務が有るのだろう。彼を盛り立てるのが一番だと思った。自分で言うのもアレだが、この日と翌日にかけて、彼と2人で工作に暗闘したのは言うまでも無い。時に媚びへつらい、時に威圧し、時に脅し、時に買収して。翌日の交渉では一転、生活物資の援助が決まった。くそ、支援継続の為の財源を何とかしないと。

「あれ? 俺の今の職務ってそんなに範囲広かったっけ?」

呟きが妻に聞こえていたらしく、返事が返ってきた。

「たまには他の人に任せてみてはいかがですか」

「そうします」

そうは言ったが、一般の教育機関が無く、家庭教師か個人的な学習塾しかなかったこの時代に、そうそう任せられる人材が見つかる訳がない。足し算、引き算もできず、文字どころか常識的な単語一つ知らない彼らを使い物になる様にするには、時間がかかる。教育を受けられる貴族が、教育の効果を知らない平民に差別意識を抱くのは、ある意味で当然と言える。世の中を動かせる知識の差がほとんどそのまま力になるこの時代、労働力が無くなると自国の民はぶつぶつ言っているが、少しは教育の意義を悟って――。

「シュウさん?」

……ごめんなさい。道徳でも宗教でも、女性に世の中を理解する教育がなされなかった時代、彼女の様な女性が隣に居てくれるのは、ええと、何と言うかその。

支援物資受け取りの担当者は、交渉に当たったバジル枢機卿となった。島内の消耗品は彼が管理する事となる。さらに、敵国の皇帝に援助させたと言う事で彼の影響力も直接、間接に上昇し、彼への賄賂しえんもし易くなった。表面上の平和が、この海域に訪れた。外交的には大成功と言える。やっぱり叩き上げの元外交担当官おれのよめを連れて来て良かった。

 船で帰る最中、ふと気が付いた事を妻に聞いてみる。話すのに今までかかった。

「あのぅ……」

「帰る前に、おいしい物でも食べますか?」

「それよ――」

「港町で買い物をしましょう。久しぶりにデートしませんか? 布も買わなくてはいけないし――」

……今日も話しそびれそうだ。で、それ、デートなのか? それに、何か避けていませんか? さらに、引き取った彼らの生活に俺達のせいかつひを回さなければいけないので、そもそもお金が無いのですが。彼らの何人かは軍に入ってもらうことになるだろう。金が~、金が~、世の中金だよ、金、妻に何と言い訳をしたものか。初めにお金ありき。人は希望があれば幸せに暮らせるがお金が無ければそもそも暮らせな――――言ってみた。

「53人の命をお金で買えたのですから、安い物ではないでしょうか」

等と言い訳しつつ、彼女に土下座した。

「あなたの信じる事を行って下さい。私はあなたの妻ですから、許すも何もありませんよ」

いろんな意味で……こっそりと泣いた。

「それにしても、暫くは野草生活ですねぇ」

そう言った妻に、将来的には、少しでも楽をさせてあげたい。でもたぶん無理だろう。

「となりに居て下されば良いですよ」

心を読まれた。笑顔が眩しい。アルマさんは一生懸命努力したチェス大会での優勝よりも、ふと道端でごみを拾った姿を褒めます。『悪人でもチェスは勝てるでしょう?』だとか。俺の努力って一体……でも、そんな嫁が、大好きです。


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