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心配でしょ、家族なんだから

 武が消息を絶って二週間。

 詳細を尋ねても兄貴は黙りで、今も地下に籠って何かをやっている。


「秘密主義も大概にしてよね」


 わかってる。アタシを危険から遠ざけたい兄貴の意思は。

 でも、蚊帳の外に置いてくれなんて頼んでない。


「……誰も食べてない」


 昨日作った食事は冷蔵庫に残ったまま。

 いつ帰ってくるかわからないけど、手作りのほうがいいに決まってるから、アタシはこうして毎日キッチンに立つ。

 何度も同じメニューを作っているのだから、嫌でも上達するわけで。

 自分で食べても美味しいと思える程度にはなっていた。


「死んでたら、素材になる」


 昔から武は思い出したかのように言う。

 『死んだら素材は二人に使ってほしい』

 その度に兄貴は死ぬなって言うし、アタシも本気で怒ってた。

 繰り返されるその言葉は、いつしか質の悪い冗談になっていたけど、今は現実に起こり得ようとしている。

 仕事で潜伏しているのか、もういないのか、攫われているのか。

 グルグルと悪い可能性ばかりが巡って嫌になる。


「毛皮は、こんな感じ……」


 顔を埋めたベッドから香るのは、武の匂い。

 太陽のような温かさと奥に潜む獣の香り。


「牙は、同じかな」


 自分の犬歯に触れる。

 普通の人より鋭い私の犬歯は、武とどれほど違うのだろう。


「嫌になる」


 絨毯にされた虎の姿。

 あんな扱いを受けるなら、全部捨てて逃げて欲しい。

 でも、そんなこと無理だって、アタシは知っている。


「アニキもアタシも……学校の友達も……無関係の人も、捨てられない」


 ヴァンパイアに誰かが襲われる。自分には止める力がある。

 それだけで無理してしまうのが、大上 武だ。


「買い物の時間」


 食材は昨日無くなっている。

 雨の中を出かけるのは嫌だけど、出来合いの料理を作る気にはなれなかった。


「結構降ってんじゃん」


 傘を差しても少し濡れる程度の雨。

 雨が傘に当たる音が煩わしく、イヤホンを付けて歩く。

 流すのは以前、武がカラオケで歌ったと話していた曲。


「やっぱ、古いわ」


 どれを聞いてもサビだけ知ってるなって曲ばかり。

 ここに武の好みなんて、一つも反映されていない。

 空っぽで自虐ばっかりして、主張をなにもしない無気力なやつ。

 でも、学校で友人ができたんだ。

 アタシたち家族以外に、繋がりが出来たんだから。


「さっさと帰って来なさいよね」


 呟きは、横を通ったトラックに水をかけられて霧散した。


「……最悪」


 傘が守ってくれるのは上だけ。

 足元はとっくにずぶ濡れで、側面は今しがた泥水塗れ。

 イヤホンのせいで車に気付けなかったと反省し、ポケットに仕舞う。

 もう水浴びはごめんと思い、車の通らない裏道を通る。


「失礼、お嬢さん」


 急に声をかけられた。

 赤いレインコートで全身を覆い、サングラスのフレームや手袋にマスクも赤い。

 ……赤いと言うより、紅いってほうがしっくりくる。そんな人。


「すみません。急いでるので」


 不審者にはかかわらない。これ、社会で生きていく鉄則。

 アタシは足早に不審者の横を通り過ぎようとしたとき、聞こえたんだ。


「ヴァンパイアって信じる?」


「は?」


 足を止めてしまった。


「吸血鬼だよ、吸血鬼。人の血を啜る……バケモノさ」


 サングラスの奥から紅い瞳が覗いている。


「っ!?」


「当たりだね」


 突如、サングラスが形を変えてアタシの肩を刺し貫く。


「痛った!」


 血液操作。やっぱりヴァンパイア。でもなんで?


「傷の治りは……ふむ。やはり番場 栗栖の妹だな?」


「……だったら何」


「無駄な抵抗はやめてほしい。君を殺すつもりはない」


 傷口から出た血を操ろうとしたけど、雨に流されて上手く行かない。


「稚拙な操作だな。少し水が混じるとこの様か」


 再度、サングラスが形を変えてアタシの首を絞めていく。

 油断した。雨の日に全身を血で覆って紫外線を克服しているなんて。


「アニ……キ。……武」


 薄れゆく意識の中、相手の言葉は、もう聞こえない。


「楽しい実験の始まりだ」


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