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人狼は高校生

 寝不足を補うため、世界史の授業を子守歌にしていたのだが、教室の雑音が多すぎて寝付けない所に後頭部を何かが掠めた。


「ごめん、起きた?」

 

 体を起こして振り返ると柏木風花(かしわぎ ふうか)が謝った。見ると彼女が窓を開けており、風でカーテンが動いたのだろうと見て取れる。


「いや、大丈夫」


 彼女は席が近いと言う理由だけで何かと世話を焼いてくれている。素っ気ない態度なのは申し訳ないと思うが許してほしい。

 過去に人を大怪我させた経験が脳裏を過って中々歩み寄れない。

 上に掛け合って高校へ入れてくれた番場さんへ心の中で謝罪しつつ、再び机に突っ伏す。


「大上。せっかく起きたのにまた寝るなんて。良い度胸じゃないか?」


「……すみません」


 名前を呼ばれた瞬間、教室の空気が止まり全員の視線が集中する。が、俺への視線は一瞬で消え、みんな再び前へ意識を向ける。

 俺も注意された以上、寝る訳にも行かず窓の外へ視線を移す。

 正直、人が多い所は苦手だ。この教室だけでも声、足音、紙の擦れる音、ペンの走る音、匂い。全てが五感を刺激して頭痛が起きるから。


「ごめんね」


「別に、気にしてない」


 柏木が謝ってくれるが、彼女は悪くない。順応できない自分が一番悪いのだから。

 番場さんが用意してくれたこの席だが、申し訳なくなる。

 友人を作らず、勉強もせず。ただ空気のようにここにいる。明日急に俺が居なくなっても誰も困らないし気にも留めない。

 死ねば素材になる身の上で居場所を求めても意味はない。これ以上を望むのは分不相応というものだ。


「あっ」


 背後でカラカラとペンの転がる音が続き、消えた。

 咄嗟に手を伸ばし床に落ちる前にペンを掴み、そのまま彼女の机へ置く。


「ありがとう」


「ああ」


 短い会話。色眼鏡で見る事無く、ただの不愛想なクラスメイトとして接してくれるこの空間は、少しだけ心地いいのは確かだった。

 授業が終われば昼休み。

 俺はそそくさと教室を立ち去りいつもの場所へと向かう。施錠されている屋上出入口扉。最上階のここへ足を運ぶのは俺と同じ孤立した人間か、周囲に隠れて何かをしたいモノ好きだけだ。

 当初は何人か同じ考えの生徒と出くわしたが俺が一番乗りなので次第に誰も来なくなった。

 毎日腰かけていた所為か俺の定位置に埃は積まれていない。それでも気休めにハンカチを敷いて腰を下ろす。

 持っていた弁当を開けて匂いを嗅ぐ。

初めは組織が用意してくれていた。だが、一度致死性のない毒が入っていたことがあり、それ以来自分で作るようになった。それでも確認する癖は消せなかった。


「あの、大上君」


 弁当を食べていると、不意に声を掛けられた。匂いで柏木だと知ってはいたが、こちらに用があるとは思っていなかったので暫く無言でいると、柏木は気まずさから頬を掻きつつ苦笑する。


「あのさ。知らないと思うけどここ、部室からよく見えるんだよね」


 そう言って指差すほうには吹奏楽部の根城である音楽室と楽器保管室兼部室があり、柏木の友人であろう女生徒が数人、こちらへ手を振っているのが視界に入る。


「いつも居るけど、教室は嫌なの?」


「静かなのが好きなんだ」


 そうなんだと言いつつ柏木は壁に背中を預ける。横に座らないのは汗を気にしているのだろう。制汗剤と混じってしまい、吐きそうになるが必死に堪える。


「昨日の夜さ、パトカー多くなかった?港の倉庫方面」


 瞬間、戦闘の記憶が蘇り、呼吸が僅かに荒くなる。


「知らないな。家が反対だから」


「事故?事件かな、よくわかんないけど怪我人が出たって」


 そうだ。でも彼は命に別条が無いとさっき連絡があった。


「最近物騒だよね」


 ああ、物騒だ。下手をすれば死んでしまうのだから。


「そりゃさ。この町は平和だなんて言わないよ?でも、最近は特に多いなって感じる」


 俺の反応が悪いのを察してか、柏木との話題は弁当の話へ移っていく。

 そうだ。それでいいんだ。

 高校生なんだから物騒な話なんかしないで、中身のない話をしていればいい。


「大上君ってさ、不思議だよね。眼がさ、独特なんだ」


「確かに、目つきが悪い自覚はあるよ」


「そうじゃなくて、何て言えばいいのかな。皆の事を羨ましそうに見てるのに、混じりたいって思ってないように見える」


 彼女の観察眼と言葉は、音楽で感情を表現する吹奏楽で培われたのだろうか、俺の心を見透かされているようで少し、居心地が悪かった。


「別に悪いと思ってないよ。ただ、気になっちゃって」


「そう見えたとして、理由を話すのはもっと仲良くならないと無理だね」


「お昼はいつもここ?」


「まあ。特別な事情がなければね」


「じゃあ、また明日来るよ」


 言外にもう関わるなと伝えたつもりだったのだが、彼女は違う受け取り方をしたようだ。

 コミュニケーションの難しさを実感しつつも彼女の提案を受け入れる。

 やがてチャイムが鳴り、選択授業の違いから廊下で別れると窓ガラスに映る自分が目に入る。

 どこにでもいる高校生。牙も爪も持たない無力な子供。そんなふうに振舞う事を許されるのは、この箱庭の中だけだ。


「どうしたいんだろうな、俺は」


 頭の中にはいつも正反対の思考が渦巻いている。そのどちらも選べず、中途半端な自分はとてもじゃないが狼とは程遠い存在に思える。

 ブブッとマナーモードにしていたスマホが震えたので取り出すと、番場さんからメッセージが届いていた。

 内容は至ってシンプルなものだ。


『20時に集合』


『了解です』


 俺は事務的に返信すると、沈みそうになる気持ちを何とか切り替える。

 今日死ぬかもしれない。明日には素材になっているかもしれない。そう考え続けて覚悟を決めるのだ。

 でも、今日はいつもと違った。柏木との約束があるのだと、思考の最後にノイズが入る。


「ああ、死にたくないな」


 そう思ったのは、いつ振りだろうか。


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