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人狼は孤独である

 志臥の下へ行き、長から聞いた話をした。


「名前、凪って言うんだな」


「だから言ったろ。今は志臥で通してるって」


 俺からは、前を行く志臥の表情は見えない。

 ただ、匂いが少し、後ろめたさを感じさせた。


「志臥ってどんな意味なんだよ」


「……戒めみたいなもんだ」


「おーい」


 さらに踏み込んで聞こうとした時、後ろから人狼がやってくる。


「長から聞いた。しばらくいるんだろ?」


「ああ。厄介になるぜ」


「前の家は片づけてるから、適当に時間を潰しててくれ」


 それだけ伝えると、人狼は足早に去っていく。

 周囲の話し声が耳に届き、意識がそちらに逸れる。


 『凪のやつ、しばらくいるらしい』『いい加減、群れに入ればいいのに』『都合いいときだけ帰ってくるんだもんな』『でも、お土産は楽しみにしてる』

 

 聞こえてくるのは、彼に対する話題ばかり。

 志臥は周囲の声を気にもせず、集落を歩いて行く。


「ここだ」


「火と鉄の匂い。ここは?」


「鍛冶屋みたいなもんだ」


 金属を叩く音が定期的に聞こえ、屋根から出ている煙突は煙を吐き出している。


「ここでお前に武器を作ってもらうんだよ」


「……武器?」


「人狼の牙と爪は消耗品だからな。それを覆う装具みたいなもんだ」


 志臥は懐から、革製グローブに金属の爪が付いたものを取り出した。

 金属部が当たり、ジャラジャラと音を立てる。


「あとはマウスピースみたいなやつもあるぜ」


 次に取り出したのは、犬歯を覆う形のマウスピース。


「使ってるの見たことない」


「雑魚に使うかよ。最近使ったのは、群れのボスを狩った時くらいだ」


 群れのボス。それはきっと、ヴァンパイアのことだろう。

 志臥が明確に強者と認めた存在。


「いつまで立ち話してやがる」


 建物から聞こえてくるしゃがれた声。


「なんだよ、立ち話くらいいいじゃねぇか」


「手前がいると客が来ねぇ」


 中から出てきたのは右目を瞑り、左目に眼帯を付けた男性。


「じゃ、親方の言葉に甘えて邪魔するぜ」


 志臥に促されて中へ入る。

 金属を溶かすための炉が二つ。それぞれに熱した鉄を叩く職人がいて、別の場所には歯を研ぐ人に、装飾をつけている職人も見えた。


「で、用件はなんだ?」


「俺は手入れ。んで、こっちのボウズに武器を頼む」


 親方と呼ばれた男性が俺を見て口を開く。


「外の人狼か。今使ってる武器は?」


 人狼用の武器なんて持ってない俺は、どうしたものかと戸惑ってしまう。


「コイツはハンター組織の出だ。使ってるのは感染防止のマスクだよ」


 志臥はバッグから俺のマスクを放り投げる。


「……いつの間に」


「手癖が悪いんでな」


「……感染防止と牙装具は両立できんな」


 親方は俺のマスクを見てそう呟く。


「牙装具は人狼同士の戦いで使うのが主だが、成人の証みたいなもんだ」


「コイツはガキだから、最悪無くても構わねぇ」


「お前さん。人間に育てられたんだろ?」


「はい」


「人間の技は使うのか?」


「……多少心得がある程度です」


 親方は顎に手を当てて考えた後、数度頷いて俺に変身するよう指示した。


「若いのに立派だな」


 そう呟き、親方は俺の採寸を始める。

 志臥は研ぎ師へ武器を持っていき、あれこれと注文をしているが、相手は志臥を疎まし気に見ているのが少しだけ、気になった。


「よし。試作は三日後にできるだろう。そっから完成まで見込んで五日か七日ってところだな」


「じゃ、決まりだな」


「滞在期間の話か?」


「ああ。触りだけでも戦い方を学ぶには丁度いいだろ」


 こうして、俺の集落での生活が始まる。

 狩りの手伝いや畑仕事をし、空いた時間はひたすら組手……いや、人狼的には、じゃれ合いだったか。

 閉鎖的な人たちかと思えば、若い俺にあれこれと世話を焼いてくれる。

 人狼の風習についても、多くを教えてくれた。


「志臥……凪はいつからここに?」


 俺は、集落の人が志臥と距離を置いていることが気になった。

 昔の家があり、重役の人と面識があるのに。


「アイツが村に来たのは十年前くらいか?」


「ああ。名前は凪なのに、いつからか志臥って言い出したんだよ」


「凪の集落は別でね、ヴァンパイアに襲われて滅んだんだよ」


 志臥の故郷はもうない。

 ここへ拾われたのに、馴染まず居場所としていない。


「志臥は、滅んだ集落を忘れられないのか?」


 夜。囲炉裏の向かいに座る志臥へ訪ねた。


「……何の話だ」


 タバコではなく薬草を咥え、酒を呷る志臥。


「聞いたんだ。凪と志臥の名前についてと、故郷が滅んだ話」


「俺達は帰巣本能が強い。それだけだ」


「前に、志臥は戒めだって言ってたけど」


 俺の問いかけに志臥は酒を飲むことしかしない。

 流れる沈黙と、木が爆ぜる音が響く。


「弟分がいた」


 遠くを見ながら、志臥はポツポツと語る。


「俺の集落は子供が少なくてな、血は繋がってねぇ。でも本当の弟だって思ってる」


 そんな弟分は、ヴァンパイアの襲撃に遭い行方不明。


「死体は無い。もしかしたら、眷属になってるかと考えた。だが、希望的観測ってやつだ」


「だから、志臥の名は戒め」


「俺の故郷はあそこだけだ。ここは仮宿でしかねぇ」


 俺は志臥を、本物の人狼だと思ってた。

 自由で、強くて、全部持っていると。

 でも違った。

 彼の居場所はもうない。だから自由なんだ。


「次はどこに行くんだ?」


 もうすぐ親方の言っていた七日目。

 俺の武器が出来ればここを離れるのだろう。


「次は別の顧客だ」


「別の顧客?」


「雇い主と契約更新について話す」


 志臥の雇い主。

 なら、町へ戻り裏稼業をまたするのだろうか。

 人を殺す仕事。

 俺は、またそれをついて歩くだけの傍観者になる。


「人を、殺すのか?」


「あ?それは契約次第だが、安心しろ」


 志臥は酒を飲みきると、薬草を揉み消した。


「次の顧客はヴァンパイアだからな」


「なっ!?」


 話は終わりだと言うように横になる志臥。

 胸の内に燻る疑問に答えてくれる相手は、もういない。

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